Vol.41
「「アジア現代文化」らしさの萌芽」
青春映画に強い台湾の『藍色夏恋』には高校生の瑞々しい純愛がえがかれている
*現代文化パワースポット、その特性
台北、ソウル、香港、上海、バンコク−−我々にもなじみの深い、これらの都市は、同時にまた現代文化の発信源でもある。映画、ポップス、ファッション、前衛美術などなど、何らかの形で、作品や商品にふれたかたも、少なくないだろう。
1980年代より、数限りない作品が、日本に上陸、ときにはブームもまきおこし、何かまばゆいものを残して、我々の前を通りすぎていった。それらがいったいどんな特質をもち、いかなる意義を秘めていたのか。なかなか考察されるまで及ばなかったものの、じつはこれらの作品・商品に、我々アジア人「らしさ」は何か、という問いへの答えが秘められているのだ。
いくらわが国やアジアNIES諸国が、先進国をきどろうとも、そのありかた・とくに文化や気質までも、欧米のコピーにはとどまらない。そこに生まれ育つものは、風土・歴史の影響をいつのまにか受けざるをえない。こうした初期条件は、人々の気質から、社会・思想的な特質までうみだしたすえで、その地その人ならではの文化を生みだすことになる。
冒頭の現代文化の発信源の特徴として「温暖湿潤〜(亜)熱帯気候」「季節風や海の影響」「稲作地域」を指摘したことがある。稲作ゆえに養いうる人口、その密度。こうした条件のうえに生まれる現代文化は、次のような性質をもっている。「純情」「湿度・陰影」「奥ゆかしさ・あいまいさ」「大いなるものへの帰依」「協調性」だ。(詳細は文末の拙著 に詳しい。)要約するなら、温暖湿潤〜(亜)熱帯気候、季節風や海の影響ゆえに、景観は「湿度・陰影」をおびてくる。また 稲作ゆえの人口密度は、自然と人間関係にも契約ではわりきれない「情」の要素を必要とするようになる。とうてい個人主義の自己主張ばかりでは、共同体はもたない。日常的な摩擦を吸収するためには「あいまいさ・奥ゆかしさ」が求められざるをえない。また時には人間関係のもつれを、「大いなるもの」という第三者にゆだねざることもあろう。もちろん温暖湿潤〜(亜)熱帯という自然の恵みの最も豊かな地域においては、恩恵の賜り元への感謝も自然に生じてくるはずだ。こうしたいくつかの特性が、風土的な条件と一体となり、アジア現代文化なるものを唯一無二、とり替え不能な存在としている。
*アジアの情、純情
もはや一家に1台、いや1人に1台となった携帯電話。お隣りの台湾にいたっては、赤ちゃんから老人まで含めて国民平均1人1台以上となっており、2002年、保有率は世界一を記録した。ところかわって韓国のN(ネット)世代にとっての携帯電話は、それこそ同性の若者同士が手をつなぐのもいとわないという、親密な人間関係を、技術の側から支える必要不可欠の手段となっている。日本においても、携帯電話は通信手段にとどまらず、着メロ(着信音)市場や写メールまで含めた、「ケータイ文化」なるものが観察される。とりあえず携帯電話があれば、「つながっている気がする…。」それは人間関係についてかもしれないし、IT社会に対してかもしれない。携帯電話の着信を日に何度も確かめなければ落ち着かないという症候群まで観察された。それほどまでしてつながっていたい? いくら個人主義が蔓延しているように見えながらも、東アジアの人々は、携帯電話という通信手段を、人間関係の維持の必須アイテムに変えてしまう。
もちろんいずれの国々も、いったんは欧米的な個人主義やフリーセックスに洗脳されており、ハリウッド映画やフランス映画に憧れたこともあった。しかし台湾の得意とする青春映画、韓国がアジア各地を席巻する純愛ドラマ。こうした例を見るにつけ、やはり根の部分は「情」や「純情」の人々なのだと、思い出させられる。
*あいまい転じてリミックスとなる
筆者の文章のなかで、しばしば「リミックス」という言葉を目にしたかたがいらっしゃるだろう。(実際、筆者がここ10年以上をかけて追究してきたテーマでもある。)混合(ミックス)ならぬ、融合〜再創造(リ・ミックス)。リミックスという言葉が生まれたのは、非アジア圏においてながら、和魂洋才や中体西用など、アジア人にとってそれば、文化のみならず、歴史までまきこんだ「サバイバル方法」であり、風土・気質がら協調性に富む人々ならではの武器でもある。そのせいだろうか、90年代の音楽シーンでは、こんなリミックス現象が観察された。
今でこそKポップスといえばジャンルとして定着しているものの、まだ韓国の現代音楽といえば演歌しか浸透していなかった当時。衝撃とすらいえる日本上陸をはたしたのが、90年代前半の国民的スター「ソテジ・ワ・アイドウル」だった。その音楽性の高さもさることながら、従来の音楽世界では対極とされていた、ハードロックとヒップホップを融合させた点からも、注目に値した。同時期の日本では、テクノ系ダンス音楽とヒップホップが融合をみせ、国民的アイドル・安室奈美恵が一世を風靡している。東アジアのみならず、90年以前の東南アジア・たとえばインドネシアでは、演歌がダンス音楽と融合をみせ、「ダンドウット」という、これまたこてこてでノリノリの音楽がひとつのジャンルを確立している。しかもこうした融合新ジャンル、上記の例では韓国ものは日本へ、日本ものはアジア各地へ、インドネシアものは逆に日本へと越境しており、現地版CDまで制作されている点、底力がうかがわれる。
新しいジャンルを創るために、たとえばレゲエからジャングル(レゲエをテクノ風に早回ししたもの)へ、と、限りなく細分化を見せる欧米の志向とは逆に、分類の枠組みをとりはらうからこそ、新しいものが創造されてしまう。これは「あいまい」な人々ならではの「ワザ」なのかもしれない。
(つづく)
*筆者注;最後から2段落目「ウ」表記は正確には小文字です。
(05/02)
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バックナンバー
40
「特効薬としてのアジア」
39
「亜洲(アジア)とともに、アジア人として」
38
「上海と台北 〜ふたつのパワースポット」
37
「共通アイデンティティーの獲得」
36
「折衷≠ニいう才能〜汎アジア表象文化の萌芽3」
35
;「タイムラグののち花開くもの〜汎アジア表象文化の萌2」
34
「グローバル画一化とのせめぎあい〜汎アジア表象文化の萌芽1
33
「受信から発信へ〜アジア都市表象文化のなかで3」
32
「「国境を越えた、現代文化の相互作用〜アジア都市表象文化のなかで2」」
31
「越境放送の力〜アジア都市表象文化のなかで1」
30
「ネットワーク型の交流 〜アジアのリーダーシップとは」
29
「共生・繁栄の試み 〜東アジア共同体1」
28
「アジアのグラデーション 〜東アジア共同体1」
27
「アジア文化のメジャー化 その1 〜日台交流その2〜」(アジア)
26
「南隣とのおつきあい」(台湾)
25
「オーガニックなエイジア」(アジア)
24
「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)
23
「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
22
「今だからできること」(アジア)
21
「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
20
「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
19
「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
18
「護りのちから」(北朝鮮2)
17
「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)
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