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新・アジア考

Vol.47
「水と緑の大地
      〜東・東南アジアの共通性1」

                                   
                                   台湾の上空から。
*平野をうるおす恵みの水

 東南アジアを旅したことのあるかたは、旅の記憶のどこかに水や緑の風景が刻まれているのではないだろうか。

 東〜東南アジアは、「水と緑の大地」である−−ただしそう断言すると、大都市の市場や雑居ビルが混沌とするさまや、中国大陸の黄土のイメージから、必ずしもすぐさまピンとくるわけではないかもしれない。しかし東〜東南アジア10カ国(アセアン+3)の大半(中・韓を除く)は、温暖湿潤気候〜熱帯モンスーン気候から熱帯雨林気候という、水と不可分の風土であることを、思い出しておきたい。

 実際に、これらの主要都市の年間降水量を眺めてみれば…
 たとえば「アジアNIES」では、台北2452mm・香港2360mm。
     「アセアン」では、 バンコク1560mm・ジャカルタ1903mm・シンガポール2087mm。
     「中国」でも、上海では年間1155mmの降水を記録する。
 参考までに、「欧州」の主要都市ロンドンでは751mm・パリ648mm。「ロシア」ではモスクワ705mm、「アフリカ」ではカイロ27mmと、一部の都市を除けば、ひとけたから場合によってはふたけたも異なる。乾燥の大地も少なくない中国には、大河のかたちで、たとえば世界に名だたる長江や黄河、黒竜江などが流れている。長さや流域面積では、さほどでないものの、前近代には交通の動脈であったものとして、上海の黄浦江や台北の淡水河、ヤンゴンのイラワジ河などもあった。

 しかもたんに長いというだけでない、ためしに世界の大河を眺めてみると、気づかされるのが、アジアの大河の流域面積の広さである。つまり支流や源流の山野までふくめた潤いの土地の大きさだ。流域面積がじつに90万平方キロ以上を誇るものが5本、さすがに広大なアフリカには5本を数えてはいるものの、対照的なのが欧州の1本で、アマゾンのある南米でも3本、北米で4本となっている。日本の渓流になれ親しんだ我々には、すぐに想像がつかないかもしれないが、少なくともアジアを代表する大河は、山間や砂漠をわけて流れるというよりも、広大な平野を潤していくようなイメージだろうか。実際に、インドシナ半島のメコン河は、標高差を他の河川と比べて見ると、世界でも1,2を争う平らかさがきわだっている。河口からざっと1000キロの位置においてすら、標高は200メートル。(参考までに、セーヌ河でも河口1000キロ以前、700キロの段階で、すでに標高500メートルである。)メコン河のゆるやかに、それこそ海かとみまがうほどにゆったりとたゆたうみなもが、思いうかぶ。

*水、その尊ばれるべきもの

 「メコン経済圏」−−そんな言葉を耳にしたかたがいらっしゃるかもしれない。タイをパワースポットに、経済成長率の高いベトナム、成長予備軍のラオスなど、にわかに活気づきつつある地域経済圏の名称だ。ここに河川の名称が使われていることに、川に対するひとつのニュアンスを感じる。さらに言えば、「漢江の奇跡」これは80年代の韓国の高度成長をさす言葉である。(漢江とはソウルの中心河川の名称。)河が水運として、交通の一端を担うという意味では、タイ・バンコクの水運も忘れるわけにいかない。ラッシュ時には渋滞する道路を避けて、水上バスにのがれるという声もある、交通のもうひとつの動脈はチャオプラヤ河。メ・ナーム(母なる水)との愛称をもつことからも、その重要性がおしはかられる。

 水や緑は決して克服すべき存在でない、河も堤防で固められておしまいではない。少なくとも東南アジアにおいては、洪水と闘うという対決姿勢よりは、共存がはかられてきたように感じられる。雨季の氾濫のあとには、豊穣な大地が現れる…。ひと昔前のバンコクでは、雨季になると道路はゆるやかな氾濫で、それこそ水路と化していたという。そのため現地市場向けの日本車は、日本市場向けの仕様と異なり、浸水対策が万全にされたという話もあった。

 東アジアの民話には、しばしば河の神様が、龍として現れることがある。また所変わって南へくだり、インドでは、二大神の1人シヴァが、聖画の一部として、ガンジス河の源流を背にすることも少なくない。荒くれる姿と穏やかな姿のあいだをいきかう、畏敬すべき存在としての水。アジア人が物理的のみならず、精神的にも水を尊重してきた背景には、やはり生命線である稲作がひかえている。古代に治水灌漑を司るものが、地域を支配する権利を得るというのは、なにも日本の弥生時代の話ばかりでない。政教一致の時代には、水の管理と神性のともなう権威というものが、限りなく重なりあっていたことだろう。水稲文化圏では、畑作地域以上に、自然との共存は必須であったのは、想像に難くない。

 ところでなぜ、東・東南アジアの風土的特質として「水と緑の大地」をあえて指摘するのか。じつはこの特性は、それだけにとどまらない。水と緑、ゆえの稲作文化、これが単位面積あたりに養える人口の多さ・人口密度につらなるばかりでない、さらにそれゆえの集団主義や協調性など、この地域をつらぬくさまざまな共通性と表裏一体の関係にあるからなのだ。

               (05/09) (つづく)




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