Vol.51
「共存のすべ、協調性のひとびと3
〜東・東南アジアの共通性3」

内モンゴル自治区の草原にて
*実例・エスニックの尊重
エスニックの共存。
かつて単一民族が強調されたわが国では、なかなかピンとこないかもしれない。しかしアジアの大多数は多民族国家であることを、思い出しておきたい。文明圏というほど大きな要素でなくとも、現在、少数民族の共生が進められているという例は、それこそ東〜東南アジアのほとんどの国々で見られる。
たとえばミャンマー。一説によれば少数民族の数が70を数えるという国は、ミャマ(日いづる国)であり、決してビルマ族のみの国でない。堂々とチャイナタウンがヤンゴン市内に、山間部にはシャン族もカチン族も存在する。カレン族の問題が時おり発生するものの、かつて黄金の三角地帯と呼ばれた国境地帯は、リゾート開発が進んでいるという。脱ケシ栽培化に成功したという事実は、二OO五年にあらためて国連機関によって確認された。
前述の中国大陸の場合、華南の山間部の少数民族が、しばしば観光対象としてクローズアップされ、国内外の機内誌に登場することがある。さらに前述のチベットすら、(当のチベット族からすれば賛否両論ながら、現実として漢民族の移民が進み、言語・食文化など、いやおうなしに漢化が重ねられているせいか)観光地として特集に大々的にとりあげられ、筆者を驚かせた。
また同じく「自治区」と名のつく代表民族の地域、内モンゴルにおいては、街の各地にたたずむもの・精神的な支柱とされるのが、必ずしも中央政府の偉人像ばかりでなく、現地の文物であることが少なくない。たとえば騎馬民族の宝である白馬であったり、モンゴル王族に嫁いだ、現地化の象徴・王昭君であったり……。さらに現地の博物館でも、展示されているのは、漢民族の宝物でなく、モンゴル族の衣装や住居であったのが、印象的であった。
さらにお隣りの台湾において。少数民族の保護は、もはや時代の潮流であるといっても過言ではないだろう。前世紀後半より進められてきた、現地文化の追求が、行き着く先が、一七世紀の漢民族の移住すらも越え、島嶼系の先住民であったことに由来する。そのシンボルとも言えるのが、先住民族出身の国民的歌手・通称「阿妹」の活躍だろう。芸能界・野球界といった才能の世界のほかにも、教育世界における先住民言語の教科書編纂・言語検定試験の実施など、急速に少数民族の復権が進みつつある。(詳細は『現代台湾を知るための60章』第38章参照)
少数民族の締めつけが弱まるのは、決して政府の弱体化が理由ではない。むしろ民間パワーの台頭により、相対的に「小さな政府」で済むようになったという、プラスの要因によることを、つけ加えておきたい。
*共存のメリット
エスニックの共存が、なぜそれほどたいせつなのか。これは表裏一体である「対立のデメリット」を記せば、明らかだろう。少数民族の弾圧・抵抗が、国内的には不安定要因となるばかりでない、対外的には信頼の失墜となるのは、言うまでもない。
現在、東〜東南アジアの各国では、エスニックの存在が、観光資源として活用されることが多いようだ。前述の台湾のケースでは、先住民族の復権ばかりでなく、海外旅行者の誘致として、ポスターの前面に先住民の祭りがとりあげられ、キャッチフレーズにはアミ族のあいさつ「ナルワン」が採用された。
それでは経済的には。実績として、東南アジアではマイノリティである華人たちが、人的ネットワークを駆使、先行する漢民族の地域(台湾や香港など)と合弁や直接投資受け入れなど、経済協力を進めたという事実がある。つまり内包するエスニック(ここではチャイナ系)が、近隣先進諸国との貴重なパイプ役をはたしたというわけだ。いわばエスニックが国際化にひと役、買ったというわけである。
また大衆文化の世界においても、建国当初の純粋性追求の時代はともかく、世界的な流通網に各国が組みこまれた現代。異種混交による種の変化は、変質ではなく進化であると言えよう。タイの成功例のような人種的な意味あいばかりでない。文化の越境力、国際競争力というニュアンスにおいてである。
たとえばシンガポールの食文化。同じ南方の漢民族のものと自らを区別する、ひとつの要因が、マレー系の香辛料づかいではないだろうか。鶏肉乗せチャーハン−−同じ食材・似た調理法のメニューは、台湾にもタイの華人にも見られるものだが、スパイスづかいの有無ひとつで、シンガポール料理の代表「ハイナン・チキンライス」となり、国内外で愛好されてしまう。漢民族のみでない、マレー系というエスニックが、ポイントなのだ。
ほかにも90年代の日本のエスニック・ブームで、ミャンマーの少数民族・シャン族のかばんが愛用された例。またはタイやブルネイのマイノリティーであるチャイナ系のアイドルが、同じ漢民族である台湾で歓迎された例など(これらは、すでに拙著『アジアンの世紀』で紹介した)。エスニックの尊重ゆえに、文化が国際的な越境力を増したケースは、枚挙にいとまがない。
「リミックス」この用語は、すでにほうぼうの原稿で唱えてきたものだ。決して譲歩ではない「協調性」というワザは、近現代の東〜東南アジアのひとつのありかたであるばかりでない。21世紀のサバイバル術であるとすら言える。
くりかえすようだが、民族性の尊重といえば、時には場違いの原理主義の地域などをひきあいにされ、誤解されるむきがある。しかし気質も信教も歴史も社会構造も異なる地域の例を、共存・協調性の民の地に、あてはめるべきでない。(本連載の前回・前々回で述べたような/49)風土的・時代的背景をふまえた、この地域において。少なくとも21世紀の東〜東南アジアにおいて、各種エスニックの優位性をわかちあう−−それは文化の豊かさを意味することに、ほかならない。
(05/11)
(つづく)
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バックナンバー
50「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
49「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3」
48「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性2」
47「水と緑の大地 〜東・東南アジアの共通性1」
46「アイデンティティーとしてのアジア 〜アジアの魅力」
45「ヒトの往来、モノの交流 〜お隣のアジア人」
44「留学生10万人時代 〜お隣のアジア人」
43「等身大へのしたて直し 〜アジア現代文化らしさの萌芽3」
42「大いなる風景のなかで 〜アジア現代文化≠轤オさの萌芽2」
41「アジア現代文化≠轤オさの萌芽」
40「特効薬としてのアジア」
39「亜洲(アジア)とともに、アジア人として」
38「上海と台北 〜ふたつのパワースポット」
37「共通アイデンティティーの獲得」
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35;「タイムラグののち花開くもの〜汎アジア表象文化の萌2」
34「グローバル画一化とのせめぎあい〜汎アジア表象文化の萌芽1
33「受信から発信へ〜アジア都市表象文化のなかで3」
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