Vol.53
「アジアへのアプローチ2
〜フロンティアの消失?」
 先住民タイヤル族の織物。九州サイズの台湾には、かつて「高砂族」の名で呼ばれた人々など、10あまりもの先住民族が存在する
*リッチなアジアへの、とまどい
あなたにとってのアジアとは。
アプローチ方法として、もうひとつあげられるのが、「フロンティア志向型」だ。アジアン・ドリームを胸に、息づまり・行きづまりの日本を飛び出すバックパッカー、それが嵩じて同人誌やウェブサイト、メールマガジンなどを運営する者もいる。彼らは、また別の一定したア〜観なるものを共有しているように思われてならない。ひとことで言うなら「貧困と停滞のアジア」いや、これでは聞こえが悪い。「清貧と田園農耕のアジアとでも言おうか。
こうしたアジアに魅かれてきた層は現在、とまどいをおぼえていることと思われる。アジア各地において、近代化、都市化といった社会変化が、現在進行形または未来形として、もはや首都のみの現象でなく、全土にまで及びつつあるためだ。フロンティアの縮小ゆえに、一部の層からは「もはやアジアはアジアでなくなってしまった」という嘆きすら聞かれるようになっている。いまだ経済発展の及ばない地域へと地理的に西漸するばかりでない。灯台もと暗し、とばかりに、東ア〜近隣諸国の少数民族へと、関心を向ける者も現れている。台湾の先住民族、または雲南〜インドシナの山岳民族。いわば「西へ向かう」のでなく「山へ向かう」とでも言おうか。実際に、少数民族についての書籍や番組は、二一世紀に入る前後より着実に増加しているようだ。
*紛争地帯を求めて
ともあれリッチなアジア、時には我々以上の輝きを放つ彼らを前に、驚きを隠しきれない。こうした反応を示すのは、フロンティア型の人々ばかりでない。かつて対アジア・アプローチのなかで「半世紀前の経験を意識する派」としてまとめた左右両派のうち、左派もまた同様だろう。かつてベトナム反戦運動で活躍、アジアの民主化にも強い関心を示してきた層といえば、ご想像いただけるだろうか。
彼らの場合もまた、都市化・近代化ならぬ、(表向きの)平和化(?)、ある程度の国内情勢の安定が普及した段階で、同じようにインセンティブを問いなおされざるをえない。その結果、環境問題へと関心を転換する者もいれば、次なる紛争地域を求めて中東へと関心を西漸させる者もある。不思議なことに、台湾海峡や朝鮮半島など、いったん東西いずれかの体制に入ったのち経済発展をとげた、いわゆる火薬庫に対しては、ハングリー精神の欠如とでも評するからなのだろうか、再び平和運動を展開するわけでない。国内外の警告をふりきってまで、単身で中東紛争地域に渡航する人々とは、真の平和を求めるというより、紛争状態に身を置くことを求めるのだろうか。
筆者個人としては、悲劇的な彼岸の火事もさることながら、此岸の防災対策という、陰の地道な活動に、賛同を求めたいところだが(とつぶやいてみる)。
*心のなかのフロンティア
こうした「フロンティア志向型」「反戦型」、いずれもが、やはりアジア自体の変身とともに、視点の転換を求められつつあることだろう。ここで提案したいのが、「フロンティアとは、心のなかにある」というヒントだ。たとえば「反戦型」に対しては、前述のような東アジア此岸での“防災”対策というかたちで、需要は秘められている。
「フロンティア型」に対してもまた、一段、縮尺を変えたうえでの発見というものが、ひそんでいるということを指摘したい。望遠鏡の焦点の絞りを変えるとでも言おうか。従来は、衣食住の自体の相違が珍奇にとりざたされてきたところだが、たとえ一見「日本と同じ」と見落とされがちな外観、都市生活・文化・社会のなかにも、一律化されきれない国民気質や思考、感覚の個性というものが、たしかに秘められているのである。
こうした視点の転換は、すでに文化人類学の世界で始まっている。従来は、アジアといえば農村・伝統文化であったところが、アジア自体の変化によって、ありかたを問いなおされたすえ、一部の権威たちは都市文化へ、とくに新興中産階級がうみだす現代文化へと、研究対象を広げつつある。既にアジアにおける日本の大衆文化論というかたちで、身近なマス・メディアにも議論が登場したのは、ご記憶のかたもいらっしゃるだろう。(ちなみにこれに続く議論として、筆者は「アジアにおけるオリジナル大衆文化」というものを、提案している。)
ともあれ無限のアジアに、フロンティアが消滅することはない。いまだ認識というかたちで発掘されきれていない事象が、各地にいくらでも埋もれている。宝物のように。
(05/12 )
(つづく)
バックナンバー
52「アジアへのアプローチ1 〜ブーム式の消費」
51「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
50「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
49「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3」
48「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性2」
47「水と緑の大地 〜東・東南アジアの共通性1」
46「アイデンティティーとしてのアジア 〜アジアの魅力」
45「ヒトの往来、モノの交流 〜お隣のアジア人」
44「留学生10万人時代 〜お隣のアジア人」
43「等身大へのしたて直し 〜アジア現代文化らしさの萌芽3」
42「大いなる風景のなかで 〜アジア現代文化≠轤オさの萌芽2」
41「アジア現代文化≠轤オさの萌芽」
40「特効薬としてのアジア」
39「亜洲(アジア)とともに、アジア人として」
38「上海と台北 〜ふたつのパワースポット」
37「共通アイデンティティーの獲得」
36「折衷≠ニいう才能〜汎アジア表象文化の萌芽3」
35;「タイムラグののち花開くもの〜汎アジア表象文化の萌2」
34「グローバル画一化とのせめぎあい〜汎アジア表象文化の萌芽1
33「受信から発信へ〜アジア都市表象文化のなかで3」
32「「国境を越えた、現代文化の相互作用〜アジア都市表象文化のなかで2」」
31「越境放送の力〜アジア都市表象文化のなかで1」
30「ネットワーク型の交流 〜アジアのリーダーシップとは」
29「共生・繁栄の試み 〜東アジア共同体1」
28「アジアのグラデーション 〜東アジア共同体1」
27「アジア文化のメジャー化 その1 〜日台交流その2〜」(アジア)
26「南隣とのおつきあい」(台湾)
25「オーガニックなエイジア」(アジア)
24「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)
23「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
22「今だからできること」(アジア)
21「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
20「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
19「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
18「護りのちから」(北朝鮮2)
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)

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