Vol.63
「ネット世代のムーブメント
〜アジアIT社会その7」

*その先にヒトがいる
携帯にインターネット。日本ではデジタル派・対・アナログ派は、必ずしも年齢によるものでなく、どちらかといえば志向によるものかもしれない。「ケータイ族」という呼称もあるのだが、あくまで「族」どまりなのだ。「ナナロク世代」という言葉、つまり1976年前後生まれのネット系ベンチャー企業の幹部をさすものだが、こちらはこちらはユーザー層でなく経営者たちの話である。
いっぽうの韓国では、新世代をネットカフェの大手「Na」にちなんで「ナ世代」と呼ぶことが少なくない。同様に台湾のメディア上でも、「e世代」という表現を見かけたことがある。また特別な呼称ではないものの、大陸中国ではネット人口の8割以上が35歳以下という、世代の断絶があるようだ。
志向ではなく世代。特定のグループでなく時代の生き方そのもの−−そのせいか、たとえIT利用が嵩じたとしても、必ずしも日本のようにオタク化するとは限らない。一例が、インターネット上のコミュニティだ。日本で「オフ会」という言葉があるのはご存じだろう。オンラインで作った仲間が実際に対面する、オフラインの会合である。そんな表現からオンのほうが「ハレ」で、オフは「ケ」とばかりに、現実と仮想現実の比重が逆転しているように感じるのは、筆者だけだろうか。
ところがITツールに関するかぎり、少なくとも韓国においては、携帯にしろインターネットにしろ、使用する若者は必ず背後にヒトの存在が意識されているように感じられてならない。たとえば携帯電話をかけるさい、日本では写メールで画像を送信、手短に通話して満足で終わるところが、韓国のNa世代は、少なくとも筆者が観察したかぎり、その先に必ず面会がひかえており、通話で完了というほうがまれなのだ。こうした特性の象徴であるかのように、90年代の恋愛映画の名作『接続』では、いつまでも現れることのないチャット相手を待ちつづける少女と、そっと陰から見つめつづける当人という場面がラストシーンとなっていた。これも人間関係の密度の違いによるのだろうか。
これは出会い系にしても同様である。そもそも韓国では、いわゆるコンパをミーティングと称し、その発展形として、仲介者をはさんだ一対一の対面(「紹介(ソゲ)ティング」)という形態が若者の間で一般化している。その紹介ティングを、人間でなくネットが仲介するだけで、やはり対面が期待される。
とくに盛んなのは新入生の学内のデジタルコンパだ。サイトに設けた「コンパ掲示板」に、デジカメで撮影した肖像写真とプロフィールを載せ、出会いのきっかけが生まれる。知りあった仲間同士、インターネットのメッセンジャーで対話、メールで写真を交換したのちに、実際の面会に至るというわけだ。
ネット上の合コンサイトは2000年以降に急増したという。年齢や出身校、職業や性格・体格など、各種の条件を入力すれば、適切な異性を検索できる。一部のサイト(「ウェッピー」)では相性も合わる機能もあるという。日本の出会い系サイトの多くが、本人のメッセージとプロフィールを掲載する機能を持つ程度の段階で、メル友犯罪事件の発生により、社会的に自粛へと向かったのとは対照的だ。
さらに結婚相談所サイト(「セイキューピット」など)も開設されており、会員数は20万人をほこり、うち9割が20代であるという。日本にも同様の登録制、入会費・月額費制のサイトがある。いわゆる出会い系遊びサイトでなく、日本の総務庁認定の結婚相談所サイトなのだが、それでもとにかく異性を数だけあさるタイプの会員というものは少なくない。必ずしも面会を必要としない、バーチャル上での仮想コミュニケーションを楽しみ、その数に自己満足するというタイプの輩(やから)だ。こちらもたオンラインをハレとする、「仮面型」に分類される。こうしたシステムは、相手捜しの効率性が高まるいっぽう、選択肢がケタはずれに増えることから、利用する側が選択という能力が試されるのは事実だ。
情報化の時代、赤い糸の縁やベターハーフ(魂の半身)というものすら、運命でなくひとつの選択である時代なのかもしれない。
これは余談だが、大陸中国では、必ずしも異性あさりでなく、国土が広大であるという地理的理由から、必ずしも面会が結末ではない、オンラインをハレとするブログが人気を集めているという。その名もデートブログ。相互にパスワードをかわした者同士がアクセス可能なページにおいて、交換日記がくりひろげられるというものだ。政治ネタと異なり、検閲上表示が不可能な表現がないという点が、利用者にとっては魅力であるという。日本と異なり倫理観から表現の自由にいたるまで、規制が強いため、その価値は我々の想像以上であることだろう。

*企業を動かす、政府に訴える
かつて台湾が、大陸中国からサイバーテロを受けかけたことがある(2003年)。湖北と福建を発信源とするハッカーが、中央選挙委員会や中央銀行、警察署から国防部に至るまで、88もの機関のパソコン系統に侵入、翌2004年の大統領(総統)選挙のさいに発動して、社会的動揺を起こすことを狙いとしていたという。
逆に大陸中国において、宗教団体・法輪功が、弾圧に対して世界各地にスパムメールを送る形で抗議をおこなうというような現象もある。
ハッカーやスパムメールとまでいかなくとも、発信源が巨大な人口をほこる大陸中国である場合、1人1クリックですら、日時を決めて一斉にアクセスされれば、それだけで武力に匹敵する勢力になりかねない。既に日本のサイトが謎の大量アクセスで一定期間、パンク状態に陥ったことは、大陸中国発や韓国発など一度や二度ではない。
「彼ら」は、仮想現実上に特有のネット荒らしでなく、何らかの感情を伴う、血の通った人間による1クリックであるだけに、少々、そら恐ろしくなることがある。その先に人がいる、どころでなく、怨念までひきつれてくるのは、人間関係の濃厚な東アジアならではだろうか。
こうなるとインターネットは手段でなく一種のパワーであり、時には社会的勢力となりえてくる。
日本でも口コミサイトが人気を集め、企業に対する消費者同士の情報交換の場として効果を発揮してきたのは、ご存じだろう。しかし韓国でネット市民(ネチズン)が威力を発揮するのは、日本以上であるという。筆者は国内で、「2ちゃんねる」上に匿名の日本人から名指しで日韓交流批判を受けたり、いわゆるネット荒らしに掲示板に嫌がらせ広告を掲載されたことはあるのだが、そんな陰口というレベルでない。韓国ではネチズンが現大統領の当選にひと役買うこともあれば、企業の新製品開発に関わることもある。
ネチズンの消費者運動は発生当初、クレームだらけの厄介な消費者とみなされていたのだが、現在では、その勢力ゆえに企業側も無視しきれず、とりこみに転じるケースも増えている。たとえば会員数20万人をほこる自動車同好会連合のサイトは、その口コミ影響力から、起亜(キア)自動車に会員20名を招かれ、ブランド車「ソレント」をマスコミ公開以前に評価、開発課程にたずさわることとなったという。こうなるともはや口コミの域を越え、モニターとして機能しているといえるだろう。
そのほかにもネチズンを味方をつけるために、企業はさまざまな工夫をこらしているようで、たとえばゲーム会社(「ソンノリ」)は、自社のファンクラブにサーバーを無償提供している。さらに、かの自動車業界最大手・現代自動車にいたっては、自社のサイトに所属するネット上の10グループに、年間各1000万ウォン(100 万円相当)の援助をおこなっているという。
商品が市場をひらくプロダクト・アウトでなく、消費者が市場を作るマーケット・インの時代。日本でも企業の新商品開発について、モニター専門会社が不特定多数から人材を集め、企業に評価データを有償で提供しているのだが、韓国ではネチズンの発達ゆえに、企業と消費者が直接、ウィンウィンの関係を結んでいるといえるだろう。
ともあれインターネットというツールが結ぶ縁は、異性だけでない。
(つづく)
(06/07)
*写真1;ネット「Na」世代の命名にちなんだインターネットカフェ「Nazit」(ソウルにて)
写真2;キャッチフレーズは「いつか会えるかもしれないひと!」・恋愛映画『接続』より
*参考文献;詳細は
こちら
バックナンバー
62<」「ブロードバンド世界一をめざして〜アジアIT社会その6」 href="http://page.freett.com/asna/asia61.html">
61「無線LAN世界一の都市〜アジアIT社会その5」
60「東アジアの奇跡の果実〜アジアIT社会その4」
59「どうせやるなら3.5世代方式〜アジアIT社会その3」
58「ステイタス・シンボルから必需品へ〜アジアIT社会その2」
57「携帯普及率はひそかに世界一〜アジアIT社会その1」
56「それぞれのアジア〜アジアの精神的範囲」
55「ゆとりのくに〜台湾の都市風景」
54「アジアへのアプローチ3 〜東アジア共同体時代への対応」
53「アジアへのアプローチ2 〜フロンティアの消失?」
52「アジアへのアプローチ1 〜ブーム式の消費」
51「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
50「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
49「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3」
48「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性2」
47「水と緑の大地 〜東・東南アジアの共通性1」
46「アイデンティティーとしてのアジア 〜アジアの魅力」
45「ヒトの往来、モノの交流 〜お隣のアジア人」
44「留学生10万人時代 〜お隣のアジア人」
43「等身大へのしたて直し 〜アジア現代文化らしさの萌芽3」
42「大いなる風景のなかで 〜アジア現代文化≠轤オさの萌芽2」
41「アジア現代文化≠轤オさの萌芽」
40「特効薬としてのアジア」
39「亜洲(アジア)とともに、アジア人として」
38「上海と台北 〜ふたつのパワースポット」
37「共通アイデンティティーの獲得」
36「折衷≠ニいう才能〜汎アジア表象文化の萌芽3」
35;「タイムラグののち花開くもの〜汎アジア表象文化の萌2」
34「グローバル画一化とのせめぎあい〜汎アジア表象文化の萌芽1
33「受信から発信へ〜アジア都市表象文化のなかで3」
32「「国境を越えた、現代文化の相互作用〜アジア都市表象文化のなかで2」」
31「越境放送の力〜アジア都市表象文化のなかで1」
30「ネットワーク型の交流 〜アジアのリーダーシップとは」
29「共生・繁栄の試み 〜東アジア共同体1」
28「アジアのグラデーション 〜東アジア共同体1」
27「アジア文化のメジャー化 その1 〜日台交流その2〜」(アジア)
26「南隣とのおつきあい」(台湾)
25「オーガニックなエイジア」(アジア)
24「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)
23「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
22「今だからできること」(アジア)
21「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
20「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
19「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
18「護りのちから」(北朝鮮2)
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)

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