Vol.66
「近くて遠い・遠くて近い 〜アジア大往来時代その1」

*日帰り圏の拡大実現
「今日は、どちらまで?」
「ちょっとそこまで」
「どこまで」
「台北まで」
この台北の場所にソウルや上海を代入してもかまわない。そんな会話をかわしたくなるほど、アジアの主要都市との距離が地理的によりも精神的に、長さを縮めてきているように思う。
実際に2006年、台湾をおとずれた日本人旅行者は、116 万1489人で、過去最高を更新している。なんでも観光の目玉である故宮博物館のリニューアルや、新幹線の開通、さらには開通でライバル意識を燃やす航空会社各社が日本の地方都市とのチャーター便を拡充したことが追い風となった模様だ。台湾にとって日本人は入国する外国人のトップとなっている。
こうして私のような小娘が、ひょこひょこと南は台湾から北は大連まで、自費で頻繁にでかけることができること自体、距離感の変化を感じずにはいられない。
時を同じくして政府は日本から東アジアへの日帰りビジネス圏を拡大するための対策を充実させはじめた。ここで言う「日帰り圏」とは、現地に4時間以上滞在しても、同日中に帰国できる地域をさす。空港から市内へのアクセスを考慮すると、上海とソウルが筆頭にあがるのだが、飛行時間3時間代以内と計算すれば、台北や香港、大連も圏内に入りそうだ。ともあれ政府はこうした日帰り圏を、2017年頃を目安に、北はハルビンから西は西安まで拡大する予定だという。たとえば地方からの直行便の増設や、空港手続きの簡易化、空港の24時間化、国内便乗り継ぎの利便性向上といったかたちで実現する見通しだ。
私の見た報道ではビジネス圏として扱われていたものの、旅行として実際に韓国から日本へ、24時間以内のツアーをおこなう者も少なくないという。そこまでいかなくとも、日本のOLたちが、週末に代休を加えて、2泊3日のリフレッシュ旅行を、前述の各都市でおこなうのがはやっているのは、ご存じのかたも多いだろう。筆者もまた、そうした女性たちのための書籍を『台湾に行こう!元気になろう!』など手がけたこともある。題名からして、「まさに」であったのは、『ソウルはもう、お隣り気分』だ。じつは執筆当時の前世紀末は、まだ韓流が始まっておらず、日韓の間は「近くて遠い」と言われていた。そんな潮流に一石を投じるつもりでいたのだ。ちなみにこうした言い回しを逆手に取って、台湾観光業界からは「近くて近いね、台湾」というキャッチコピーがだされたこともある。
*近くて遠い? 台湾と大陸中国
「近くて遠い」が、憎悪や無視のレベルを越えて、対戦の記憶を呼びおこしてしまうのが、台湾と大陸中国だ。国共内戦、そして冷戦。現在でもミサイル800 基が福建省から台湾に向けられているという地域において。政治的な緊張を越えた往来は、着々と進んでいる。両者間の往来「三通」−−通信・通商・通航のうち、最後まで課題であった交通の問題が、台湾の金門島・馬祖島から対岸のアモイへと通じたのが2001年。現在ではこれに◇(サンズイ+彭)湖島が加わっている。一方、空の便にも変化が現れ、旧正月に限って直行チャーター便が運行されたのが、2003年のこと。その後、2006年の段階では、これが旧正月だけでなく、清明節(4月5日)、端午節(旧暦5月5日)、中秋節(旧暦8月15日)にまで拡大されており、祝日の前後7日〜14日間、往復168 便が運行するようになった。離着陸する空港は、台湾側が台北と高雄、大陸中国側が上海・北京・広州・アモイ。台湾住民のほか、中国の台湾企業に勤務する中国籍の従業員とその家族が利用できることになっている。
台湾人が中国へ、親族訪問を目的に、香港など第三国を経由して渡航することができるようになったのは、80年代のこと。しかしその逆、中国人が台湾へと渡航するのは、現在、ようやく可能となりはじめているさなかのことだ。台湾側は、香港の中国化をまのあたりにしつつ、大陸から中国人が大挙して呑みこもうとするのを懸念しているのだ。
この問題を扱う窓口が設立されたのが、2006年のこと。その名も「台湾海峡両岸観光旅行協会」である。台湾側が主張しているのが、受入れ枠だ。たとえば人数としては1日に1000人まで、滞在期間は最長でも10日まで、など。懸念されているのは、密入国だ。もしもツアーから脱走者が出た場合、1人あたり20万元の罰金が課せられることになっている。これは余談だが、日本への中国人ツアー客からも脱走者は存在するものの、率としては0.34パーセントと我々の想像以上に少ない。
一方の大陸中国側が規定したのは、国がライセンスを与えた旅行会社のツアーに参加すること。参加人員に上限を設けること。受入れ側の台湾の旅行者も、大陸中国側の国家観光局などの確認を得ることとされている。様々な制限が存在するものの、実際にたとえばマイクロソフトの中国籍社員が台湾に421 名も団体で訪問するまでいたった。
開放直後は様々な懸念が存在するものの、ふたを開けてみれば……とでも言おうか。たとえば台湾から大陸中国への訪問が解禁されたさいに、結局は、訪問した国共内戦時代の老兵士たちは、親族と思って行った先で、金めあてにたかられるなど、結局、台湾に戻る道を選ぶことも少なくなかったと聞いている。(一部は大陸女性を妻にめとった者もいるが。)
個人的に筆者は、渡航するまでは憧ればかりがつのるものの、実際におとずれてみれば、結局、一番、落ち着くのは我が家となる、のではないかと考えている。台湾の中国熱も、中国の台湾行きも……。両者はそれぞれに別の形でそれなりの発展をしている地域なのだ。
そしてまた、一度は踏んだことのある地と闘おうと考える者はいない、ということもつけ加えておこう。
ちなみに筆者は、海外旅行を国際交流、平和活動の一貫として位置づけている。
(07/05 )
(つづく)
※写真;中台間を就航するのは台湾側は中華航空
*参考文献;詳細はこちら
バックナンバー
65「ブログによる世界変革〜アジアIT社会その9」
64「ブログによる意識変革〜アジアIT社会その8」
63「ネット世代のムーブメント〜アジアIT社会その7」
62「ブロードバンド世界一をめざして〜アジアIT社会その6」
61「無線LAN世界一の都市〜アジアIT社会その5」
60「東アジアの奇跡の果実〜アジアIT社会その4」
59「どうせやるなら3.5世代方式〜アジアIT社会その3」
58「ステイタス・シンボルから必需品へ〜アジアIT社会その2」
57「携帯普及率はひそかに世界一〜アジアIT社会その1」
56「それぞれのアジア〜アジアの精神的範囲」
55「ゆとりのくに〜台湾の都市風景」
54「アジアへのアプローチ3 〜東アジア共同体時代への対応」
53「アジアへのアプローチ2 〜フロンティアの消失?」
52「アジアへのアプローチ1 〜ブーム式の消費」
51「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
50「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
49「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3」
48「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性2」
47「水と緑の大地 〜東・東南アジアの共通性1」
46「アイデンティティーとしてのアジア 〜アジアの魅力」
45「ヒトの往来、モノの交流 〜お隣のアジア人」
44「留学生10万人時代 〜お隣のアジア人」
43「等身大へのしたて直し 〜アジア現代文化らしさの萌芽3」
42「大いなる風景のなかで 〜アジア現代文化≠轤オさの萌芽2」
41「アジア現代文化≠轤オさの萌芽」
40「特効薬としてのアジア」
39「亜洲(アジア)とともに、アジア人として」
38「上海と台北 〜ふたつのパワースポット」
37「共通アイデンティティーの獲得」
36「折衷≠ニいう才能〜汎アジア表象文化の萌芽3」
35;「タイムラグののち花開くもの〜汎アジア表象文化の萌2」
34「グローバル画一化とのせめぎあい〜汎アジア表象文化の萌芽1
33「受信から発信へ〜アジア都市表象文化のなかで3」
32「「国境を越えた、現代文化の相互作用〜アジア都市表象文化のなかで2」」
31「越境放送の力〜アジア都市表象文化のなかで1」
30「ネットワーク型の交流 〜アジアのリーダーシップとは」
29「共生・繁栄の試み 〜東アジア共同体1」
28「アジアのグラデーション 〜東アジア共同体1」
27「アジア文化のメジャー化 その1 〜日台交流その2〜」(アジア)
26「南隣とのおつきあい」(台湾)
25「オーガニックなエイジア」(アジア)
24「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)
23「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
22「今だからできること」(アジア)
21「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
20「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
19「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
18「護りのちから」(北朝鮮2)
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)

|