Vol.78
「韓流のもたらす果実 〜アジア芸能交流6」

*世界化の成功
韓流は、いったどのような変化をもたらしたのだろうか。その意義とは。
まず韓国本国への影響として、第一に挙げられるのが、「ビジネスチャンスの拡大」でないだろうか。アジア各地がコンテンツ産業の新たな市場として開拓されることになった。これは国内市場に限界があった韓国にとって、少なからぬ影響を持つ。今後は現地との合作事業も進められていくことだろう。
第二に、そもそも韓国は90年代、韓国財閥の製品が世界進出を始めたあたりから、しきりに「世界化」を訴えてきた。これが韓国が海外を受け入れるという国際化の側面ばかりでなく、海外が韓国を受け入れるようになってきた。韓流とは、韓国のモノづくりが世界に認められるようになった証ではないだろうか。これは世界化の完成と言えるだろう。
第三に、こうした世界化の成功により、韓国人は「恨の民族」と揶揄されたこともあったところが、良い意味での自信を持つようになった。芸能人からも「韓国文化が日本で“韓流”と呼ばれ、多くの場所で紹介されていることに、大きな自負心を感じる」という発言がなされている。2002年のサッカー・ワールドカップ開催の成功から韓流に至って、韓国人のプレゼンスは世界的にも上がった。その変化に、韓国人は良い意味での誇りを持つようになったことだろう。
*受入れメリット増大、プラスサムの時代
それでは韓流は、及んだ先のアジア各地に何をもたらしたのだろう。特に我が国に対しては。第一に挙げられるのが、大衆文化におけるジャンルの確立と、享受される文化の拡大だ。第二にアジア文化の日本国内におけるメジャー化の先鞭をつけたことが、また第三には在日韓国人の地位向上や語学学習者・海外旅行者の増加など、人的交流の拡大が考えられる。第四にあげられるのは、韓国の世界における意識的プレゼンスの変化だ。
まずは第一点目の「ジャンルの確立」について。韓流という言葉は、日本のみならず東アジアから広く東南アジアにも知れわたるようになった。あのブームは、はたして吹き去ってしまったのだろうか。答えは否。去ったのでなく、各地にしっとりと染みこんだのではないだろうか。韓流はたんなるブームにとどまらない。日本のポップ・カルチャー世界に、ゆるぎないジャンルを築いてくれたと言えるだろう。それは韓国作品というくくりかもしれない。または映画・音楽・ドラマなどに韓国ものというシェアを確固たるものとしたと考えてもいい。日本においてマイナーからメジャーへ、韓国は完全に市民権を得た。目新しくはなくなったぶん、なじみ深くなったと言えるだろう。
反論があがるかもしれない。韓国を訪れる日本人旅行者は、2004年をピークに横ばいではないかと。それでも年間200 万人以上という人数は、決して無視できるものではない。旅行者の数が横ばいになった背景には、わざわざ海外に行かなくとも、日本に居ながら十分に韓国文化を味わえるようになったからではないだろうか。CDショップのコーナーで。またはレンタルビデオ店で。食の分野でも、韓国レストランは繁華街に行けば必ず目にすることができる。また辛ラーミョンや真露焼酎は日本の店でも簡単に手に入るようになった。私の大好きなゆず茶でさえ、インサドン(仁寺洞)の茶房まで行かなくとも、国内のスーパーで買うことができる。
これは我々が日本で享受できる文化が、より豊かになったことに他ならない。選択肢の幅が広がった、バリエーションが増えたとでも言おうか。たとえばエンターテイメント世界は。それまでは欧米ものを模倣するばかりであったところが、韓流や中華の華流をつうじて、我々というものを見直し、時には肩を並べて磨きあう−−そんな段階に入ったと言える。
少なくとも韓国は、10年前のような「韓国=キムチとチマチョゴリ」のみという短絡的な先入観にとどまらない、ある深みと厚み、多面性を持ってきたと言える。これは日本にとっても幸いなことであり、我々にとってはそれだけ韓国へのアプローチの幅が広がったのである。もはや韓国と出して、1 から説明する必要はない。日本国民として前提を共有したうえで、その先へ積み上げることができるのだ。その先とは。
*アジアのメジャー化に先鞭を
韓流のもたらしたもの・第二点目にあげられるのが、こうした韓国の健闘ぶりは、アジア諸国が日本で市民権を得るさいの先例ともなった点である。
そもそも韓流は、溯れば90年代後半の日本人による韓国への「海外旅行ブーム」に始まり、サッカー・ワールドカップの共催という「スポーツ交流」をへて、映画からドラマに至る「芸能コンテンツ」のブームへ変化した。それもスター頼みのところから、しだいに作品として認められるものを生み出すようになり、エンターテイメントの各分野に「ジャンルを確立」するにいたった。こうしたプロセスは、おそらく台湾や大陸中国もたどることだろう。
参考までに、台湾の場合は、「海外旅行」として21世紀初頭に日本人観光客100 万人キャンペーンを実施、2001年に「スポーツ交流」として野球でワールドカップを開催、そして現在「芸能コンテンツ」のブーム「台流」(後述)を起こしている。韓流と同じく、「F4」というスターの人気が先行していたところが、少しずつ台湾もの全体としてジャンルを定着させつつある。また大陸中国も、「海外旅行」として2002年の日中友好年の前後から上海を中心に日本人旅行者を集め、2008年の北京オリンピックという「スポーツ交流」をひかえている。そして今や「芸能コンテンツ」の面で華流という言葉が聞かれるに至った。
時系列的に香港はやや韓国に先行していたものの、スポーツ交流のような段階は抜きで、より小規模であった。現在では、前述のプロセスのさらに先へと段階を進めており、スター監督たちは世界の二大市場である米中を活躍の場としつつある。映画界の巨匠たちのハリウッドでの成功や、エンターテイメント人材の大陸市場への進出が次々におこなわれている。
もしもこうしたブームの発展ルート、つまり「海外旅行〜スポーツ交流〜芸能コンテンツ」というものが、各国にあてはまるとするならば、韓国もまた米中での活躍が予想されることだろう。いや、すでに中国では韓流を成功させており、米国もコンテンツ輸出先としては第二位に挙がるようになり、地盤は築かれている。
*人的交流の拡大
芸能ブームをきっかけに、それまでキムチや焼肉といったモノの交流が先行していたところが、「ヒト」が前面に出る交流へと、交流の質的な転換がなされるようになった。
これは人的交流の拡大として総称できるかもしれない。その筆頭にあるのが、在日韓国人の地位向上だろう。それまでは異分子として見られていたところが、ともに暮らしやすくなった。「ドラマで見た、ああ、あの国の人!」それだけで、どれほど心理的な距離感が縮まったとか。それまでは理想のみで実現が難しかった「共存」という目標が、実現をはたそうとしている。
ところで韓流ブームが発生した当時、日本の出版界には異変が生じていた。アジア関連書籍のなかで、芸能ものが売上げの上位に入るとともに、語学関連書籍もまた、セールスを伸ばしていたのである。韓流による韓国への関心が、語学学習者の増加をもたらしたと考えられる。その証拠に、韓流の最盛期であった2003年から2005年の間に、韓国語を採用する学校は3 割も増加した。2005年には、高校生の第二外国語として、韓国語がフランス語を抜き、第2 位におどりでた。(第二外国語を設置する高校748 校中、第1 位中国語553 校、第2 位286 校、第3 位フランス語248 校)ちなみにこの背景には、溯ること2000年の発表で、センター試験の外国語選択科目に韓国語が追加されたことも影響している。
さらには(「大往来時代」の稿でも触れたのだが)韓国旅行者の増加も人的交流拡大の一貫として指摘される。韓流最盛期の2004年3 月には、訪韓した日本人は、前年比の27%増しであったという。同年に訪韓した外国人観光客のうち、韓流の影響によるものが7 割を占めるという計算もある。そして現在、2006年の数字では、訪韓した日本人が234 万人。訪日する韓国人は過去最高の236 万人を記録、日韓の間に史上最大の人的往来が見られるようになった。
こうした韓流の影響は、日本ばかりでない。香港や大陸中国などでは、韓流によって、中国人旅行者が、心理的に韓国料理や韓国人を受けいれやすくなり、韓国旅行がアジアでのブームとなるに至っている。
繰り返すようだ、韓流は、決して脅威ではない。我々の人生を豊かにしてくれるチャンスとして、ありがたく受けとめたい。そこにはゼロサムゲームのような勝った負けたが繰り広げられているわけでない。来日する作品やイベントの質が高くなったことが背景にあるため、受け入れた側にメリットが発生するというプラスサムの世界がある。交流すればするほど増える、そんな相互利益の時代が確立されつつあるのではないだろうか。
(07/12)
※写真;スポーツ交流の最がるものが2002年サッカーW杯共催だった
*参考文献;詳細はこちら
バックナンバー
77「寒流とは言わせない 〜アジア芸能交流5」
76「韓流、はるばるインドシナ半島に至る 〜アジア芸能交流4」
75「韓流、台湾に至る 〜アジア芸能交流3」
74「韓流の源流は映画にあり 〜アジア芸能交流2」
73「『韓流』ブームの発生 〜アジア芸能交流1」
72「逆行する人的移動 〜アジア大往来時代その7」
71「移民たちの自由往来 〜アジア大往来時代その6」
70「最高学府2大学の選択 〜アジア大往来時代その5」
69「アジア学生は世界へ向かう 〜アジア大往来時代その4」
68「インフラの整備 〜アジア大往来時代その3」
67「お得意様の新顔・中国 〜アジア大往来時代その2」
66「近くて遠い・遠くて近い 〜アジア大往来時代その1」
65「ブログによる世界変革〜アジアIT社会その9」
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62「ブロードバンド世界一をめざして〜アジアIT社会その6」
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60「東アジアの奇跡の果実〜アジアIT社会その4」
59「どうせやるなら3.5世代方式〜アジアIT社会その3」
58「ステイタス・シンボルから必需品へ〜アジアIT社会その2」
57「携帯普及率はひそかに世界一〜アジアIT社会その1」
56「それぞれのアジア〜アジアの精神的範囲」
55「ゆとりのくに〜台湾の都市風景」
54「アジアへのアプローチ3 〜東アジア共同体時代への対応」
53「アジアへのアプローチ2 〜フロンティアの消失?」
52「アジアへのアプローチ1 〜ブーム式の消費」
51「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
50「共存のすべ、協調性のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3'」
49「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性3」
48「集住のすべ、集団主義のひとびと 〜東・東南アジアの共通性2」
47「水と緑の大地 〜東・東南アジアの共通性1」
46「アイデンティティーとしてのアジア 〜アジアの魅力」
45「ヒトの往来、モノの交流 〜お隣のアジア人」
44「留学生10万人時代 〜お隣のアジア人」
43「等身大へのしたて直し 〜アジア現代文化らしさの萌芽3」
42「大いなる風景のなかで 〜アジア現代文化≠轤オさの萌芽2」
41「アジア現代文化≠轤オさの萌芽」
40「特効薬としてのアジア」
39「亜洲(アジア)とともに、アジア人として」
38「上海と台北 〜ふたつのパワースポット」
37「共通アイデンティティーの獲得」
36「折衷≠ニいう才能〜汎アジア表象文化の萌芽3」
35;「タイムラグののち花開くもの〜汎アジア表象文化の萌2」
34「グローバル画一化とのせめぎあい〜汎アジア表象文化の萌芽1
33「受信から発信へ〜アジア都市表象文化のなかで3」
32「「国境を越えた、現代文化の相互作用〜アジア都市表象文化のなかで2」」
31「越境放送の力〜アジア都市表象文化のなかで1」
30「ネットワーク型の交流 〜アジアのリーダーシップとは」
29「共生・繁栄の試み 〜東アジア共同体1」
28「アジアのグラデーション 〜東アジア共同体1」
27「アジア文化のメジャー化 その1 〜日台交流その2〜」(アジア)
26「南隣とのおつきあい」(台湾)
25「オーガニックなエイジア」(アジア)
24「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)
23「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
22「今だからできること」(アジア)
21「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
20「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
19「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
18「護りのちから」(北朝鮮2)
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)

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