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アジア風物誌 ミャンマー(旧ビルマ)編41
作・亜洲奈(あすな)みづほ

「ちょっと一服・合法ドラッグ・その3」

“こおん”の中身、大公開

 
*容器というアート

 一服でもお供えでもプレゼントにしても、そのまま葉ごと扱われるわけではない。ちゃんと特製の容器に収められる。今でも由緒ある家や僧院(こおんは前述のような禁断のぼうさま生活でも許される、数少ない嗜好品である。) などには、こおん作製グッズをわけ入れた箱と、使用後のための壺が常備されている。

 ところでそのこおん箱は、単なる容器にとどまらない。かつて王朝時代にはひとつのステイタス・シンボルであったのだ。家臣や王妃たちが国王からどれほど装飾の見事なこおん箱を使うのを許されるかが、国王との近しさを表すのである。同様に国王への謁見人にもてなしとして出されたこおん箱も、その客が重要人物かどうかの尺度となった。

 いったいどんな箱かというと、サイズは茶筒よりやや大きめで、内側は重箱ばりに三つ層を持つ。上段にはビンロウジュの種や香辛料、さらに実を割る道具などを、下段には葉を入れる。だが見ものは外装だ。漆地または銀、真鍮などに、細密模様が彫りこまれて芸術の域に達している。例えば銀細工であれば、すでに触れたようにレースに似た背景に花々などがうちだされているのである。

 だが最も有名なのは漆塗りのこおん箱だろう。原産地はタイ北部だが、その後16世紀以降はビルマが主産地となった。本場では次のような技法で見事な工芸品がつくりあげられている。1まず竹を編んだ素地に黒漆を塗る。2両刃の刀で細密模様を直接、掘りつける。下図なしで見事に!3上から油分を含んだ朱塗などを塗り、乾燥を待つ。4刻線以外の色漆をそぎ落として朱模様だけを残す。5最後に仕上げの油混合の漆を薄く塗って光沢を出す、というわけだ。  クオリテイ の高さはただものではなく、それゆえ海外でも広く評価されている。なんとわが国にも朱印船や八幡船を通じて伝来し、江戸時代には茶人の間で珍重された。“◇醤(“キンマ”)塗り”の名で。キンマって、葉じゃなくて?と疑問を持った方、鋭い!そもそもこおん(タイ語では“キン・マーク ”)の葉などを入れる容器が、いつのまにかそれ自体をキンマの名で呼び親しまれるようになったという。そして天保の時代には、四国の高松の職人によって同じ技法で◇醤塗りの製作が始められ、今でも“金馬塗り”として作りつがれているということだ。

 日常で使われるこおん箱そのものは、市販こおんなどの影響も受けて押され気味だが、こおんの存在そのものはミャンマー文化の一要素として確固たる位置をしめており、噛む行為そのものとしてのみならず、慣用句の世界にも登場している。

*ひと包みの『こおん』と絶望

 ビルマ語にはこんな言い回しがある。「一杯の水とひと包みのこおんを与えられる」…よく知らない我々は、なんか嬉しそうな話だなあなと想像をしたくなるが、慣用句としての意味は全く正反対、「すっかりうちひしがれてもはや生きる望みを失った状態」であるという。なぜだああ、その答えは!遥か千年も昔・パガン王朝より以前、モン族の国の王マヌーハの治世にまでさかのぼってゆく。

〜昔々、モン族の王国に“びえっと うい ”という名の屈強な若者が、海を越えてわたってきました。彼の強いこと象5匹ぶん!跳ねあがること天高く!そんな超人的な力におそれをなして、あるとき国王は命令をくだしました。「国の平和を乱しかねないあやつをひっとらえろ!」と。しかしそう簡単に彼が捕まるはずもありません。そこで刺客は謀をめぐらします。びえっと うい がいつも恋人との逢瀬へ向かう道に、こっそり“ためいん(=女性のロングスカート) ”を仕掛けてみました。ご存じのように、ためいんは不浄とみなされており、その下をくぐる者はたちどころに霊力を失ってしまうのです。

 さすがのびえっと うい も知らずに通りぬけたため、ついに刺客に捕らえられてしまいました。しかしいくら刺客が剣を突きさしても、槍で突いても象で踏みつぶしても! びえっと うい 自身が“生きる望み”を失わないかぎりは、決して殺しきれません。

 そこでびえっと うい の心をくじくべく、今度は精神戦で謀をめぐらせ始めました。こんなことをふきこみます。「例の恋人はもはや心変わりをしている、なのに信じつづけるお前はなんと愚か者だ」「そんなはずがない、俺は彼女を信じている」「ならば賭けをしようじゃないか。“彼女はお前が死ねばいいというそぶりをきっと見せるにちがいない。”これがもし偽ならお前を開放してやるが、真ならお前は自殺しなければならない」「よし、受けてたとうじゃないか、俺は彼女を信じるから」さらに刺客は大嘘を教えてしまいます。「お前は海の向こうから来たよそ者だから知らんだろうがな、この国で“一杯の水とひと包みのこおん”は死者への供え物になっている。だから彼女はおそらくそれを携えてやって来るはずだ」

 いっぽう彼女にはこう伝えます。「喜べ、ついにびえっと うい はその身を開放されて、そなたとの再会を待ちのそんでいる。せっかくだから“一杯の水とひとつつみのこおん”でも土産がてらに持っていっておやり」と。彼女は喜々としてうなずきました。こおんは本来親愛の情を表すという習慣に従ったまま。ついに彼のための品を携えて、びえっと うい のもとをめざします。愛しい彼女がやって来る、例の品を携えて…。そのさまをとらえた彼は、失意の底につき落とされました。“彼女が俺の死を望んでいたとは”うちひしがれて生きる望みを失い、ついに死に至ることとなったのです。

 以来、絶望的な状況を、「一杯の水とひとつつみのこおんを与えられる」(=『こおん・たやーね・いえ・たまう』)と言い表すようになりましたとさ。〜


バックナンバー;
(『ミャンマーの物モノ』ミャンマー(旧ビルマ)風物誌)
40「ちょっと一服・合法ドラッグ・その2」
39「ちょっと一服・合法ドラッグ・その1」
38「タマリンドいろいろ」
37「万能食材タマリンド」
36「万能食材、登場」
35「熱帯果実の世界」
34「みずみずしいものもの」
33「デザート天国」
32「甘〜いものもの」
31「ひとくちかじろうスナック・カタログ」
30「ひとくちかじろうスナック」
29「ヘアスタイルと入れ墨」
28「黒髪アレンジ」
27「南のファンデーション=『たなっかー』」
26「ルビー2万カラット!」
25「美の代償」
24「宝石の土地・ミャンマー」
23「若者ウォッチング」
22「人気ショップランキング」
21「観光年イメージキャラクター」
20「身近なイキモノ」
19「伝説上のイキモノ」
18「悲劇の一族」
17「ほら、あなたのそばにも『なっ』が…」
16「霊力グッズ」
15「八曜式占星術の世界にようこそ・2」
14「八曜式占星術の世界にようこそ」
13「誕生曜日と八方位の相関」
12「曜日に司られた人生」
11「境内はアミューズメント・スポット」
10「癒し&ヒーリング」
9「お供えグッズ」
8「功徳システム」
7「出家の日々」
6「ぼうさまワールド」
5「東南アジアの巻きスカート」
4「男性向け『ろんぢー』再び」
3「女性向け定番ファッション」
2「熱帯アジアの着物」
1「着るアート、腰巻きタイトスカート『ろんぢー』」

(『台湾に片想い』台湾風物誌)
1「山の麓の茶房にて・台湾茶」
2 「2人乗りのスクーター」
3「金(きん)は金(かね)なり、ゴールド・アクセサリーの一大財産」
4「歌いこみの中華ロック」
5「純白と無の空間、中正紀念堂」
6「ひとくちサイズにこめられた意匠、点心とパンの世界」
7「台湾料理のオンパレード、屋台村から夜市まで」
8「“西門町”の若者の顔」
9「自由主義の地に花開く、中華の美術」
10「芸術と珈琲と、さまざまなコンセプト・カフェ」
11「瞑想的リラクゼーション、早朝の太極拳」
12「極彩色のかき氷から、中華食材アイスクリームまで・熱帯風味のコールド・ドリンク」
13「中華四千年秘伝の漢方ダイエット法とトロピカル・フルーツのスキンケア」
14「雨の疾走」
15「ひとりきりで待つ淡水駅」
16「円卓式宮廷料理だけが中華じゃない。自助式快餐と素食ブーム」
17「地下鉄、地下街、地上の道。計画都市のそぞろ歩き」
18「高級書店は書斎のように」
19「近代都市台北を最上階から見おろせば」
20「長い線香と祈りを胸に」
21「デパートの双璧。買い物天国、忠孝敦化」
22「美容のツボをひと突きの、てきめん足裏マッサージ」
23「シルクの刺繍は花鳥、龍紋、吉祥模様など」
24「東京の雑踏のなかで」

(内モンゴル風物誌)
15「チベット仏教寺院〜砂塵のはてに極楽を見た」
14「昭君墓 〜おしどり夫婦は和平シンボル」
13「フフホト(呼和浩特) 〜北のはての青い街」
12「ナーダム 〜男子三技、民族の祭典」
11「相撲 〜死人すら出た無制限自由型」
10「寝台列車 〜眠りの密集」
9「砂漠 〜4A級の砂丘、45度」
8「ラクダ 〜キャメル毛布どころか砂漠の舟」
7「馬頭琴 〜草原のチェロは亡き愛馬」
6「酒〜モンゴルウォッカに馬乳酒」
5「乳製品 〜白い食べ物、神聖なもの」
4「羊 〜全国から広く世界まで」
3「羊肉料理 〜日本進出の味」
2「蒙古馬 〜大草原のトレッキング」
1「草原 〜天の神さま、地の神さま」

(『豊饒の楽土』満洲風物誌)
9「瓜の実るころ /東北部」
8「快餐£華ファストフード/大連」
「北方の真珠≠ニいう名の都市の象徴・中山広場/大連」
「老虎灘という名の楽園 /大連」
「大連賓館、歳月(とき)を超えて /大連」
「東北部の窓口・大連客船ターミナル /大連」
「水晶、ガラス、クリスタル/大連」
「蛇の島 〜まむし王国 /旅順」
1 「戦跡 〜あれから100年 /旅順」

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