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アジア風物誌24 内モンゴル編1


「天の神さま、地の神さま」

 シリンホトの大草原


*はてしない……

 この地では国内移動するだけで、日本の海外旅行ほどもの距離を旅することになってしまう。国内線の飛行機は、一路北上、シリンホト(錫林浩特)へ。おや、機内の座席シートには、不思議な模様が織りこまれている。緑の地に所々と羊が群れ、かたわらにはテント(包/パオ)が建つものだ。

 やがて飛行機はシリンゴル(錫林郭勒)草原の上空へ。窓の外には大草原に放牧の羊たちが点々と。たしかに包(パオ)も建ち、はるかには青い丘陵が広がっている。まさに座席シートの模様が、スケールを拡大してくりひろげられているのであった。降り立った空港の屋根には、無造作にパラボラアンテナが設置されている。大地はあまりに広大で、社会に組みこまれるためには、宇宙からの交信を通じて電波を受けるよりほかはないのだろう。

 市内にはなかば砂塵の舞うような、煉瓦造りの町並みが続いていた。窓枠の塗りの青緑が、青空によくはえる。官公庁の並ぶ市街地は、思いのほか整然と区画されており、草原のただなかに出現したコロニーといったおもむきだ。それでも通りにはロバの荷馬車がゆきかい、そのかたわらを我々のバスがゆっくりと追いこしてゆく。そして一同は郊外へ。

 シリンホト=錫林浩特。漢字表記の語感から、内心ひそかに想像していた風景がある。錫のような鏡面の河のほとりに、ポプラの林が並ぶような、白く冷たい光景−−ところが到着した草原は、はるかにダイナミックなものだった。近景の若草のもえぎ色から、ステップ草原の緑色をへて、はての丘陵のあお色に至るまで、壮大な緑のグラデーションがくり広げられている。しかも淡い色の野草のさざめく原は、一見、日本の高原を思わせるのだが、吹きつけるのは熱風なのだ。内陸の灼熱。涼しげな光景と暑い体感、視覚と触覚とがかみあわずに、とまどってしまう。

「はてしない……」

ひとたび草原にたたずめば、静けさのあまりに、はるか遠くのテント(包(パオ))の人々の声が、妙に近く感じられる。あまりに何もないせいか、視界のはてを去ってゆく自動車が、不思議に大きく見えてしまう。

*羽根ありバッタ旋回中

 思わず野っ原に寝転がってみた。のびのびと横たわる頭上には、バッタが透明な音をたて、しきりにゆきかっている。かそけき葉ずれの音すら上回る、羽虫のささやき、さやけき響き。こうして虫の音に囲まれてみると、虫の響きをかきわけて存在するように思われる。音色の草原。この音を色にするなら、透明な薄あお色だろうか。

 なぜかバッタが飛び続けていた。跳び続けて、ではない。這うように跳ねるには、あまりに大地は広すぎた。幾度も天へと挑戦を重ねるうちに、飛ぶことを覚えてしまったのかもしれない。どこか目的地に向かうわけでなく、ただただ風のなかをたゆたうために、たゆたうバッタたち。羽根ありバッタ旋回中……。

 そんな見渡すかぎりの草原にて、馬を三時間あまり走らせたことがある。あいまでありついた休息中、ともに汗を流してきた馬たちを眺めながら、ミネラルウォーターを飲みほした。馬たちは、さもおいしそうに草をはむ。真夏の太陽をさえぎるものは、雲のみという風景。雲の影が野原をゆったり横ぎるさまが目に見える。そんな野原に足を投げだせば、

「今、地球に、座っている」

思いきり寝転がり、自転車こぎの形に足をあげてもいい。旅の間、大地に身を横たえるたびに感じていた。こうして誰もが大地を背負いあって生きているのだと。

 大地をわたる風は甘く、ほのかに花の香りをおびていた。一年のうち、わずか三ヵ月というあたたかな時期。最もかぐわしい季節を味わう。こうして涼風がそよぐかぎりは、大地はひとに優しい。本来は生きとし生ける者に、時に厳しく、時に暖かい。

 あるとき友がぽつりと言った言葉を思いだす。

「天の神さま、地の神さま、そしてわたし」

なんとなく草原のかなたに向かって大声をあげてみたくなる。だからモンゴル歌謡の歌声は、天まで響きわたるのかもしれない。

              (06/09)

              (つづく)

 

                                


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