アジア風物誌36 内モンゴル編13
「フフホト(呼和浩特) 〜北のはての青い街」
北のはてにひらけた街
黄河の支流である大黒河の北、草原のなかに開けた街・フフホトは、青森県とほぼ同緯度に位置するという。内モンゴル自治区の直轄市で、人口は100万〜120万人程度だろうか。
モンゴル語で「フフ」とは「青い」を、「ホト」は「街」を意味するという。というのも400年前には、街に青い屋根のチベット寺院がめだっていたからだという。フフホト、略称「フ市」(わかりやすい……。)漢字で表記すれば「呼和浩特」となるのだが、中文で和は「〜と〜」を意味するとすれば、「呼ぶ」と「浩く」の「特別」な街、何か遠く広くこだまするような語感があると思うのは、筆者だけだろうか。
この地の印象は、「人の手によって台地が適格に営まれている」というものだった。畑に実り、街には家々とでも言おうか。訪れたのが夏場だったせいか、とうもろこし畑には金の穂先がさざめき、その隣りには刈り入れをとうに終えた麦の畑が地肌をあらわにしている。合間を並木が縁どる。ポプラ、アカシア、白樺など。一角には煉瓦づくりの赤茶の家が軒をつらねていた。
いっぽうの市街地は、整然としていた。繁華街・中山路の周辺を中心に、寺院が多い玉泉区や、新興の新城区、ムスリムの多い階民区などが主だったものだ。街では街路樹のあいまを自転車が走りぬけてゆく。木漏れ日をくぐりぬけてゆくように。ところどころに馬車の姿もある。しんと静まりかえってうつむきかげんの馬がいた。屋台にはフルーツがあふれんばかり。しかし猥雑ではない。そこかしこに獅子やりんごを形どったゴミ箱がしつらえられ、自転車は整然と並べられている。ガイドさんいわく、「この街では1977年から信号を使い始めているのが自慢」だそうだ。ただし人口密度が低いため、交通規則に目くじらをたてなくても問題ないとか。
人口は多くが漢民族であり、モンゴル族など少数民族の占める割合は2〜3割であるという。そもそもフフホトの起源は、1565年に流入した漢人を定住させる街としてモンゴルのトメト部長アルタン・ハーンが城郭都市バイシン(=百姓)を建設したことに由来するという。我々が考えるような百姓一般というよりも、遊牧民に対する定住農民といった特別なニュアンスをもってのものである。農耕民族にとって、またこの国にとっても北限近くの大都市、「はて」であることには違いない。
これは余談だが、内モンゴルでは冬が半年近く、11月〜3月の5ヵ月間も続くという。夏の7〜8月が潤いの季節であるとするなら、春と秋には砂まじりの強風が吹きつける。砂眠という風土病もあるという。
※フフホト前史;2万年前にオルドス人が登場。戦国時代には東胡、匈奴などの民族が現れ、一部の土地は趙、燕などの領土であった。紀元前後の秦〜漢代には郡が、唐代には州が、元代になると「上都」という都まで置かれた。
※参考文献;「フフホト大作戦!」/「Ara China.com 」
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