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アジア風物誌25 内モンゴル編2
「蒙古馬 〜大草原のトレッキング」

 蒙古馬の群れ

*在来馬のルーツに乗る

 

 サファリパークみたい!?−−そんな感想を抱くべきでない。野原に草をはむ生き物を前にして、一瞬、思った。あまりに身の回りから自然が失われてしまったがために、私たちの世代は、自然のイミテーションのほうが、先に刷りこまれてしまっているのだ。しかしこのシリンゴル草原には、国内でも主要な牧畜地帯として、蒙古馬の三河馬のほか、三河牛や草原内、内蒙古細毛羊などが放牧されているという。

 ただしいつも自由気ままにたむろしているわけでない。時には号令ひとつで向きをかえ、かけ声とともに一斉に草をはむ。囲いに詰めこまれれば、こん棒さながらのつっかえ棒を、痛みもいとわず鼻先で押し破ろうともする。そんな馬たちを、ひとたび野に放てば、草をはむことはむこと。乗り手が手綱を軽く引くくらいでは、容易に顔をあげようとはしないほどだ。

 さあ、乗馬に挑戦してみよう。手綱を左手に、左足をあぶみにかけて、ひょいと鞍にあがれば、はじめのうち馬はうさんくさげに、二度・三度と首を振っていたものの、やがては群れとともに、おだやかに歩みはじめた。この蒙古馬、モンゴリアン・ポニー。あらためてまたがってみれば、サラブレットより小柄ながら、骨格がしっかりしており、背中が平らで乗りやすい。肌や肉が発達していることがわかる。低めといえども、騎乗の視線は地上2メートルほどだろうか、馬の目から見る草原は、地平線のレベルが一段、広く見渡せるように思われた。

 この蒙古馬は、日本の在来馬のルーツの一つとも言われている。一系統を縄文時代〜弥生時代に、華南から伝わった「四川・雲南馬系」とするなら、もう一系統が弥生時代〜古墳時代に、朝鮮半島を経由して伝わった「蒙古馬系」であると言われている。さらには室町時代以降、直接、蒙古馬を輸入したという記録もあるようだ。朝鮮半島南部の済州島には、元の国が残したという蒙古馬が現在でも多く見られるという。

*人間と馬との距離

 ところで馬にも気性というものがあるようだ。最初にトレッキングした馬は、見た目はやや粗げで、黒光りする毛並みをほこる、どこか色男の雰囲気をただよわせたものだった。動作は多少、荒いものの、さして乗り手を嫌がるわけでない。ただしすぐに雌馬の尻にちょっかいを出すのには閉口したものだが。

 一般的に蒙古馬の場合、毛並みは赤みがかったものが最も多く、時おり白や黄味のものもあるようだ。寒さに強く、病気にも抵抗力があり、苛酷な環境にも適応しうるという。最も良質なのが、このシリンゴル産の馬だと言われている。

 さて、次に挑戦した馬は、さらりとたて髪を片側に流したワンレングスふうのもの。遠めに美人、近目にはひかえめといったところだろうか。(個人的にひそかにこの馬を、国産ブランド車にちなみ、「紅旗(ホンチー)」と名づけていた。)この馬は、プライドが高いのだろうか。虫のたかりや足の泥はねに、とてもナーバスになるかと思えば、与えられた職務はじつにきちんとこなすタイプだ。どんなに草をはみたくとも、出発の合図とともに、ひとたび手綱が騎手に委ねられれば、きちんと姿勢を正し、脇目をふらない。むしろへたに制御しないほうがいい。馬の群れの歩むままに進んでいれば、自然に適度な速度をたもちつづけてくれるのだ。

 どの蒙古馬にも共通しているのは、しっかりとした力強さかもしれない。なにせナーダムという祭りでは、競馬競技でなんと30キロもの距離を全力で駈けぬけるというのだから。それでもふだんは気性がおとなしく、サラブレットのように癇癪を起こすのはまれだ。人によく慣れている−−それは馬と人との距離からも明らかだろう。乗馬ばかりでなく、馬車引きに・搾乳に・最後には食肉用にまで、人間と運命をともにするのだ。

*遠乗り

 それでも野原を駈けめぐりたいという欲求は、我々以上に強く、何かにつけて、かの「紅旗ちゃん」は、並み足から早足へ。並み足のあいだ、こちらは馬と呼吸を合わせながら、腰のクッションで振動を吸収する。決して頭を振られないように。早足のときは、波に乗るように。体を軽く、リズムに乗せて、空へと伸びあがるように背筋を正してみる。馬の跳躍に振りまわされるのでなく、上下運動を常態とすればいい。振動がここちよさに変わるまで。ちょうどジョギングで、酸欠常態が一定以上に達する「デッドポイント」を過ぎると、脳内に快感を感じる物質が生成されるようなものかもしれない。

 みるみるうちに旅だってきた包(パオ)が、はるかかなたの白い集まりに化してゆく。丘を越え、山なみのふもとを駈けぬけ、すべてが遠い世界の出来事となるまで、ひたすらに先へ先へと進む。このまま青空と緑の大地のあいまに押しこめられてしまう? あまりの広さに圧倒されるころ。ほんの一瞬ではあったものの、その馬は並み足から早足をも越えて、駆け足に変わっていた。

「あ、今、飛んでいる……」

肉体の重量感が消え、気流と化したように錯覚された。

 そんな遠乗りの最後。「今日はここまで。どう、どう」と手綱を引きしぼるとき、一抹の寂しさを感じる。同時に「ああ!」と快哉をあげたくなるほどの爽快感があふれてきた。ここちよい汗が蒸発してゆく。

              (つづく)

              (06/09)

※参考文献;「大草原へご招待」「NOE 」


                                


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