アジア風物誌27 内モンゴル編4
「羊 〜全国から広く世界まで」
全国でも有数の牧羊地域
*羊との距離
内蒙古の大地をゆくと、時おり舗装道路を横ぎる羊の群れに出くわすことがある。それを待つトラックやバスたち。または街なかに羊のソーセージ、その名も「羊小腸」とでかでかと掲げられた店もある。
「小腸と言われてもなあ」
あまりに直接的すぎて、食欲が半減してしまうのは私だけだろうか。
この地では羊と人間との距離が近い。羊や牛は、たんなる肉の原料ではない。ひとと共同生活をいとなむあいだ、乳や毛を提供し、最後にはひとつとして器官を余すことなく活用されるべく、身を捧げつづけるという存在なのだ。ちなみに内蒙古では、これら家畜の頭数は全国一。とくに羊毛の生産量では、国産の4分の1を占めるという。その種は、「内蒙古細毛羊」のなかでも、「鳥珠穆沁肥尾羊」や「内蒙古三北羊」、「二狼山白山羊」−−などと難しい話はよそう。
筆者は旅の道中に、羊をさばく場面を目撃したことがある。
屠殺人は、まずしばった羊の腹を裂き、手をつっこんで動脈の血をとめる。次に喉もとを押さえて完全に絶命させた。こうしたのちに足から順に皮をはぎ、胴をも素手で皮をはぐのだ。そのあいだの羊の表情が、焼きついて離れない。何というか、嘆きと諦め、断末魔の懇願にも似たもの、「なぜ私が選ばれなければならないのですか」という訴えから、絶命の瞬間、停止した表情。一瞬、至福のような何かが浮かぶ。おそらくは昇天したのだろう、そして剥製のように固まってしまう。壁掛けの獣の顔のように、たんなる物体と化した。あとはどれほど皮をはがれようと、動脈を止められているせいか、血は一滴も外に流れ出ることがない。毛皮の一本にいたるまで余すことなく使えるように。
屠殺人は、ひとつずつ内臓をとりだし、固まりはじめた血をくみだし、残りの肉をさばく。そのころには羊の頭はすっかりうなだれていた。ほんの30分あまりの出来事だろうか。その間、悲鳴があがるわけでなく、静かに、ただ黙々と「生命を扱うプロ」によって屠殺作業は続けられる。時おり汗がしたたり落ちた。我々からすれば、ゆでた羊肉を裂くだけで、相当な力がいるというのに。
脱臼のぼきりという音が、なかなか耳から離れなかった。
あの羊の表情を見てしまうと、やはり肉食というものを、考えなおさざるをえなくなってしまう。だからといって、肉を捨てろというのか? せめて、せめて料理として出されたものは、ありがたくかみしめよう……。ところは違えど、イスラム教徒が屠殺された家畜への祈りを捧げ、ハラールの印をつけるきもちが、想像できるような気がした。
これは余談ながら、このシリンゴル草原の羊は、はるかサウジアラビアやクウェートにまで輸出されているという。2001年にはその数、4万頭分。屠殺・加工・冷凍・包装されて出荷された。この地の羊は汚染されていない自然環境で育っているのがウリで、中東諸国から好評を集めているという。
(つづく)
(06/09)
※参考文献;「人民網日本語版」2001年1月23日/「中国 内蒙古」
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