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アジア風物誌30 内モンゴル編7
「馬頭琴 〜草原のチェロは亡き愛馬」

 馬頭琴の演奏

*馬頭琴との合奏

 弦をおさえる左手は時おりビブラートを作り、弓を持つ右手には、魂深くの想いをこめて−−それらが馬頭琴の胴の内から響きだす。弦楽器の演奏に合わせて、時おりテノールの男声が乾いた声を投げあげる。またはソプラノの女声が、頭頂から響きわたりもした。

 胴の上部に馬の首の彫刻をほどこした、馬頭琴。モンゴル語では馬の楽器(モリン・ホール)と呼ばれるものは、草原のチェロのようなものだろうか。両足に胴の部分をはさむ形で、左手の指で弦にふれ、音階を変えるというものだ。

 その由来は諸説があるのだが、有名なのものでは、ある若者が愛する側室のもとに連れていってくれた馬を、正室の怒りによって殺されたため、愛馬をしのんで琴を作ったのが始まりと言われている。弓も弦も馬の尾から作られているせいだろうか、生き物の体の一部を用いたにふさわしい、自然の響きが魅力的である。2本の弦は、低い方を100本もの馬の毛から、高い方を80〜100本の毛から作られているそうだ。(ただし内蒙古自治区と外モンゴルとでは、同じ馬頭琴にも若干の違いがあるようで、糸巻き部分がギア式か手巻きか、また胴の模様や塗りの有無は、そのほか大きさも微妙に異なっている。)

 ともあれじつに微妙なひと撫での加減で、音色は甘くもせつなくも、時には号泣すらかなでてしまう。たとえば「ジンギスカンの2頭の馬」という曲を奏でるときには、躍動的なリズムに、二重三重の和音がおり重なり、たたみかけ、馬の群れが駈けぬけるさまが、見事に表現されている。時おり、いななきにも似た響きが混じった。

 コーラスとの合奏では、ホーミーを思わせるビブラートが、聴く者の胸の琴線を震わせる。歌い手は、遠く、なにか地上を越えたものに呼びかけるようだ。鼓膜に響かせているのではない、あなたを護る高い存在に語りかけるようにすら思われた。たしかにこだまする物体のない草原においては、自らの喉の内で、艶やかな声を転がすほかはない。

 歌声は涼風に乗り、丘を越え、はるか数キロ先の民家にまで届くこともあるという。

*ホーミー、一人で二声の和音を歌う

 日本でも音楽教室が開かれるようになったという歌唱法「ホーミー」。東京の図書館でCDを検索すれば、ずらりと各種のラインナップが出てくるほど、我々にも身近な存在になってきた。

 とはいえ、初めてその音を耳にした者は、人の発する声とは思えないのではないだろうか。精巧な演奏と聴きまがってしまう。はたしてこのような音を人間が作りだして良いのか、「ヤバい」これはやばいと筆者は興奮したものだ。

 弦をビブラートさせているわけでない、ばねをはじくわけでもない。しかも微妙な音声が、二重に一人の人間からかもしだされているのである。低いベース音は、喉から絞るうなり声。高い音は口の開きや舌の位置から口の中で響く声。つまり一人で喉と口とを使いわけているというわけだ。ちょうど口笛を吹きながらうなるようなものだろうか。名演奏や歌唱などは、奏でる者が楽器と一体化するというけれど、このホーミーほど人間の肉体が楽器でもあることを実感させてくれるものはない。

 しかもコメディアンが余興で擬音を放っているわけでない、アーチストが真顔で、少し遠い目で歌いこなしているのだから。(わ、笑っては、いけない。)何か宇宙からの交信といった趣にも聞こえてくるのだが。ホーミーは10世紀頃より続く、モンゴル族の伝統的な歌唱法なのだ。「岩山を吹き抜ける風の音」−−これを模したのが起源であるという。一人二声の秘訣は、周波数が二倍となる「倍音」を取りだして共鳴させる点にあるそうだ。

 しかも高音のほうには、人間の耳にとらえきれない、20キロヘルツ以上の高調波が含まれているため、聴く者の脳波を自然にα波へと導く効果があるという。あの陶酔感にはれっきとした科学的根拠があった。日本で「ホーミーでヒーリング」と銘うったアルバムを見かけたことがあるのだが、あながち的はずれではない。

               (つづく)

              (06/10)

※参考文献;「ホーミー・ワールド」


                                


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