アジア風物誌31 内モンゴル編8
「ラクダ 〜キャメル毛布どころか砂漠の舟」
遠いまなざし
白ラクダの背は、思いのほかまるく、あたたかい。座りこんだ背のこぶの間に乗りこめば、ラクダは「折り畳み式」の前脚をやっとこすっとこ立ちあげる。乗り手の体は大きく揺れて、振り落とされんばかりに揺れた。おお、と鞍にしがみついた時、すでに視界はラクダの目の高さにまで上がっていた。
モンゴル草原の遊牧民にとって、ラクダはまるで「砂漠の舟」。乾燥ばかりでなく、強風や重い荷物にも耐えしのんでくれる。こぶが二つ、であるところがポイントだ。西アジアから北アフリカに生息するのは、ヒトコブラクダで、家畜として飼われるのみだが、モンゴルをはじめとする中央アジアのラクダのほうは、野生も群れをなしているという。
「つかまりなさい」と引き手に示されたこぶは、ほのぼのと暖かい。骨格に形どられるわけでも、動脈がめぐるわけでもない。我が物ながら我が物ならぬ感覚というのは、ちょうど耳たぶに匹敵するだろうか。しかし決して欠かすことができないというのがこぶたるゆえん。脂肪分の貯蔵庫として、この巨体を支えるために存在しているのだ。−−とはいえそれは傍から見た話であり、とある観光地では、ラクダがコブを「フフ〜ン」と左右に揺らし、リズムをとりとり足踏みしているのを見かけたことがある。
たしかにコブは、ひと足・ひと踏みごとに揺れる。この手触り、その部分だけ、暖かなぬいぐるみのようにも感じられて、思わず頬擦りしてしまう。ふとラクダが振り向いた。その横顔は、思いのほかまつ毛が長く、モンゴルの民話に語られるように、遠く黒目がちな瞳を示している。
伝説によれば、角のない鹿が、獣たちの宴に出るため、堂々たる角を誇るラクダに、角の借用を申し出たという。ところが宴が終わっても、鹿は角を返そうとしない。そのままどこかへ……。ラクダはいつ返されるともわからない角を求めて、いつまでもいつまでも待ちつづけていましたとさ。
だからラクダはどこか遠い目をしているのだろうか。−−そんな話はさておき、この身の下には、巨体を養う機能が息づいている、その体を血がめぐり、水分がめぐり、と思うと、どこか心強い。実際にラクダは、全身がまるで宝のように利用価値が高いのだ。その乳は蛋白質が豊富で、牛乳以上に鉄分やビタミンCが多く、脂肪や糖分はひかえめ。その乳を発酵させれば、コクのある酒に。肉もカロリーが高い。こぶは、漢方の地に隣接しているだけあって、なんと生薬にも活用される。そして骨は工芸品に。皮は服や靴に。毛は国内のみならず、海外にまで輸出されている。というのも、西アジアのヒトコブラクダに比べて、冷涼な中央アジアの気候ゆえに、毛並みが長いのだ。キャメル毛布は「内モンゴル産ラクダ純毛布」として、日本で通販されていたこともある。キャッチコピーは「天然素材で極上の暖かさ」
目の前のラクダは、うなじのあたりに、こまかな汗の水滴をやどし、なまあたたかい鼻息を荒げて砂漠をゆく。もちろん頭に角はない。ほやほやと隙間がちに毛がたなびくさまを眺めていたら、しみじみとした心もちになってしまった。
(つづく)
(06/10)
※参考文献;「風の旅行社」/「中国 内蒙古」
バックナンバー;
(内モンゴル風物誌) 7「馬頭琴 〜草原のチェロは亡き愛馬」 6「酒〜モンゴルウォッカに馬乳酒」 5「乳製品 〜白い食べ物、神聖なもの」 4「羊 〜全国から広く世界まで」 3「羊肉料理 〜日本進出の味」 2「蒙古馬 〜大草原のトレッキング」
1「草原 〜天の神さま、地の神さま」
(ミャンマー風物誌)
14「八曜式占星術の世界にようこそ」
13「誕生曜日と八方位の相関」
12「曜日に司られた人生」
11「境内はアミューズメント・スポット」
10「癒し&ヒーリング」
9「お供えグッズ」
8「功徳システム」
7「出家の日々」
6「ぼうさまワールド」
5「東南アジアの巻きスカート」
4「男性向け『ろんぢー』再び」
3「女性向け定番ファッション」
2「熱帯アジアの着物」
1「着るアート、腰巻きタイトスカート『ろんぢー』」
(『豊饒の楽土』中国東北部風物誌)
9「瓜の実るころ /東北部」
8「快餐£華ファストフード/大連」
7「北方の真珠≠ニいう名の都市の象徴・中山広場/大連」
6「老虎灘という名の楽園 /大連」
5「大連賓館、歳月(とき)を超えて
/大連」
4「東北部の窓口・大連客船ターミナル /大連」
3「水晶、ガラス、クリスタル/大連」
2「蛇の島 〜まむし王国 /旅順」
1 「戦跡 〜あれから100年 /旅順」
![PageTop]()
|