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『さいはての極楽』ミャンマー風物誌&

出家の日々

 出家中の青年。禁欲生活のせいか、やせ気味
*ぼうさま体験

 なにはともあれ無事に式を終えて、いよいよ出家生活が始まる!のだが、当の本人たちに頭をまるめた悲壮さはない。中には“イベント”ととらえていそうな、フツーの坊やも混じっている。即席なだけに、ついついいつものノリになりがちなのだ。はっきり言ってタイに比べて、ぼうさまがたがとてもラフなのだ。仏教上、女人禁制のため、タイでは決して女性がぼうさまに指1本触れないはずなのだが。なんだかヤンゴンのとある歩道橋では、若きぼうさまが柵に肘をもたせかけて、娘さんと語らっているのだ。さらに寺院“しゅえだごん・ぱやー”では参拝用エスカレーターの柵にぼうさまが腰かけて足をぶらぶらさせながら、通りがかりのコに声をかける。「ベートワーマレエ(どこ行くの、キミー) 」とかいって。私までも数人にナンパ(?) された。境内ではコぼうずくんが、友コぼうずくんの一心に祈る様子をわいわい写真に撮っている。サングラスのぼうさまボーイもよく見かける。やはり肩ひじをはらずにナチュラルというのが大切なのだろうか。なのかもしれない。

(ただしプロの上座部僧になるためには、その後に仏教学などに関する5段階にもわたる試験に合格し、比丘式などをも経なければならない。これがまた難関で、例えば86年度は受験した見習い僧600人弱のうちわずか7%であった。本格的なミャンマー仏教をあなどるなかれ。)

 なんだかんだ言っても、やはり出家が少年に与える影響は悪いはずがない。「うん、あのときはとても、良い時間を過ごした、と思う。袈裟のほかは何も持たないまっさらの生活だろ。朝は早くに鉢を抱え当て街中を托鉢する。あんなすがすがしいと思わなかった。とにかく、出家した経験を誇りに感じてる。」との声も実際にきかれる。しかも今はディスコでちょっとグレ気味となっている、少年Aの口から。

 ミャンマーでは誰もが皆、赤茶色の袈裟を肩から身にまとったことが1度はあるのだ。そしてぼうさま軍団のあとにつき、毎朝托鉢を行うのである。草履や素足でひたひたとぼうさまの列が道をゆく。そっと民家の戸口に立ち、中から人が現れなければそのまま何事もなかったように立ち去る。現れれば静かにシャモジひとよせ分のごはん又はミャンマーカレーひとくちぶんを受け取る。この瞬間、ぼうさまは施した者に功徳を積むチャンスを与えることができたのだ。−邪心なく目立たない継続的な施しこそが、大きな徳となるのである。こうして施した者は感謝の心をもってぼうさま軍団を見送る…

 托鉢は決して物乞いではなく、施した者が功徳を積める、一方のぼうさも日々の食すら持たない謙虚さを身につけられる、そんな行為だと考えらる。聖・俗の互いにとってありがたいことなのだ。

 余談だが、べつにヤンゴンのぼうさまはヤンゴン市内すべての民家を訪ね歩くわけではない。出身地域などを考慮してそれぞれ担当エリアを定められており、数軒をまわればすむようになっている。また場所によっては地域で作った“托鉢協会”(!) のバックアップも得られるという。(僧侶という出家者集団(サンガ) の世話、例えば食物や袈裟・身の回りの品々を提供する、在家の集団(ウパタカ)があるのだ。)これで施す人もひと安心。いくら施しによって功徳を積めると言っても、毎朝ぼうさまたちの長蛇の列に押しよせられては、破産してしまうから。


*ぼうさまのスケジュール


 ところでぼうさまたちは、托鉢以外にどんな生活を送っていらっしゃるのか。その実態に迫ってみよう。

 毎朝起床はなんと4時半〜5時半。ぼうさまはドラの音を合図に目をさます。洗顔や掃除などもそこそこに本堂で朝の読経に参加する。おかゆなど簡単な朝食をとったのちに、7時頃から1時間半ほどかけて前述の托鉢まわりだ。このときひと口ぶんづつ受けとった、色とりどり種類ごちゃまぜの料理を、ひとりもさもさ侘しい気分で食べるわけではない。食料は僧院でより集められたのちに、各種混合をうまく生かしたメニュー(カレーや煮物プラス白飯など)へと再調理される。ただしこれらを口にできるのは午前中のみだ。あとは1日中、固形の食物をとることが許されていない!ただの水やライムなどのジュースをわずかに許可されているのみである。ミニぼうさまは空腹を抱えつつ、午後はひたすら祈祷や読経や瞑想、そして仏教徒としての倫理や思想、経典で使用されるパーリ語などの学習に費やすわけだ。(ただし強制ではないため、街をほっつき歩いているコぼうずくんもいるのだが。)夕方頃に長老たちとともに勤行するほかは、9時頃の就寝までまた自由時間。ひとりもくもくと修行に励むのが望ましい。

 これほど学習させてしまう僧院は、いわば教育機関の役割をもはたしているかもしれない。かつては読み書き算術も教えていたそうだ。そのためほとんどの男性が一生に1度は出家することを考えあわせて、ミャンマーの教育普及率はかなりのものと言えるだろう。実際、GNPが同レベルの他国と比べて、ミャンマーの就学率は81%と異様に高い。(1992年。小学校5年までの場合。) また該当年齢以外の者が再教育を受けるのも含めば、初等教育在学率は105 %だ。1990年)

(ただし僧院は文化の領域において影響力を有するものの、政治には介入していない。かつての社会主義の影響もあって政教分離がとられている。というか表向きは政府の指導によって、全宗派合同の会議が催されたり、全国レベルで僧侶の統一組織が作られるなど、さらにエセぼうさま排除のために宗教裁判所や僧侶登録制が整えられているという。)

 ともかくぼうさまたちは、学習&瞑想のみという清く正しい生活を送る。暇つぶしの雑誌持ちこみなどはもちろん許されない。持ち込み可能なものは、ごく最小限に限られている。例えば剃刀はOK。(←まるめた頭にちょびちょび毛がはえてくるのは格好悪いため、というのは冗談で虚栄をたちきるべく剃るため。) 他に托鉢必需品の漆塗りの鉢&紐。もちろん袈裟。てらてらの頭に直射日光が当たらないための、椰子の葉製うちわ。針と糸。そして煮沸用ポット。以上のみだ。


                                (つづく)





バックナンバー;
6「ぼうさまワールド」
5「東南アジアの巻きスカート」
4「男性向け『ろんぢー』再び」
3「女性向け定番ファッション」
2「熱帯アジアの着物」
1「着るアート、腰巻きタイトスカート『ろんぢー』」

(『豊饒の楽土』中国東北部風物誌)
9「瓜の実るころ /東北部」
8「快餐£華ファストフード/大連」
「北方の真珠≠ニいう名の都市の象徴・中山広場/大連」
「老虎灘という名の楽園 /大連」
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「東北部の窓口・大連客船ターミナル /大連」
「水晶、ガラス、クリスタル/大連」
「蛇の島 〜まむし王国 /旅順」
1 「戦跡 〜あれから100年 /旅順」

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