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アジア風物誌42 台湾編4
「出会いはライブ会場にて〜歌いこみの中華ロック」

国民的歌手・張恵妹(阿妹)のCDより

   出会いの夜に流れていた音楽を、未だに捜し求めている。タイトルすらわからない、ラジオで偶然かかるのを待つよりほかない。−−おや、この曲−−似たような旋律に、思わず心が止まってしまう。想い出に刷りこまれたそのサビは? いっそのこと、記憶そのものをたぐり寄せてみれば……

                *                     

 あの晩、開店後の半時間にして、すでに店内にはデュオニソスの酩酊の空気が満ち満ちていた。「彼」との出会いまであと3時間。あたりには、燃えあがっては雲消夢散した欲望が、そこかしこに散らばっているような気がする。それともよこしまな期待の残がいは、昨晩のものなのだろうか。メタル調の店内には、中央に巨大なフロアとライブの舞台がしつらえられ、その周囲から2階席に至るまで、ぐるりとテーブル席がめぐらせてある。高感度の音響からはくせのないユーロビートが流れるのみで、生演奏は未だ始まる気配がない。

 ワンドリンクのメニューには、見慣れたカクテルの合間に何やら怪しげな名前が並ぶ。カルーア・ベースの“B−52”中国語訳・轟炸機。またはウォッカ・ベースのE.T.“外星人”。やがて運ばれてきたのは、グレナデンの紅をおおうホイップと、具の代わりに垂れさがるオレンジ色の奇妙な塊、その名も“脳漿(ブレイン)”。脳髄が染み出ている。−−今晩は、キレるかもしれない−−

 こうして過ごすこと1時間……2時間。テーブル席にうずくまる人々の欲望は、東京ほどあからさまなかたちをとらずに、一瞬の目と目の交わしで形づくられている。一瞥の価値判断。器量の良し悪し、遊びの程度、乗り気の具合から、相性に至るまで。しかし品定めばかりでなかなかドラマは始まらない。というより期待に満ちたその雰囲気を楽しむためだけに、ひとはこの場を訪れるのか。数撃ちゃ当たる的な空気はなく、シャイな人々が衝動を持て余すばかりである。既に終電時刻の10時半が迫っているが、まだライブは始まらない。帰るに帰れないまま、私は一杯の“脳漿”で粘り続けていた。−−ええい、タイムリミット延長−−せめて11時まで。いっそ日付変更線まで? 

「おひとりですか」
「……すみません、私、外国人なんで」
これが彼に出会うまでの3時間に、他人と交わした唯一の会話であった。しかもたったの二言三言は、当時私を知りもしない「彼」に、遠くから目撃されていたという。後々に“あれが連れかと思ったよ”と苦笑いまじりに明かしてくれるのだが。出会いまでのカウントダウン、1時間。そろそろライブ演奏の準備が整いつつある。

 台湾のライブハウスでは、しばしばフリー・チケットのイベントが開催される。例えば衛星放送スターTVの音楽チャンネル主催のイベントなど、かなりの有名歌手が、惜しげもなく観客の間近に現れるのだ。これは一種のPR活動であるらしく、その他にも大学のキャンパス内や原宿に匹敵する西門町のCDショップ前などで、仮設舞台のミニ・コンサートが毎週のように開かれている。音楽の後はCD即売サイン会。にこやかな笑顔で応じる一流アーチストと、時には感極まって抱きつく者すらあった。

 台湾の音楽と言えば、古くは70年代のテレサ・テンから、80年代にはベテランの羅大佑などが思いうかぶが、これらは国語歌謡の世界であり、もう一方で台湾語のジャンルも存在する。かつては演歌風であったが、80年代の終わりになると、ニューウェーブが生まれ、アイドル的存在・林強などが登場した。現在は大別して、男性ロックと女性バラードに分けられるが、それらの境界を越えて活躍するのが、国民的歌手・張恵妹だ。彼女はソウルからポップス、クラシックまで、透明感のある切実な声で幅広くこなし、その人気は沖縄出身の安室奈美恵にたとえられる。実は張恵妹は台東の◇(口+卑)南(ピュマ) 族の出身であり、少数民族サウンド・ブームの一大中心となるばかりでなく、従来の本省人対外省人という対立を、原住民の立場から融和するという役割を果たした。2000年の新総統就任式では、百名の管弦楽手と300名の合唱隊をバックに、国歌を歌う栄光にも恵まれている。

                  * 

 やがて舞台上では、ロック調の男性ヴォーカルに、ベースとギターの間には、女性ダンサーが四肢をくゆらせ始める。聴いてもよし、踊ってもよし。……すでにこのとき、フロア右の端には、そのひとがいたはずだ。出会いまであと1分。たえまないミラーボールと時おりよぎるレーザー光線など、最新鋭の機器が備えられながらも、あからさまには意識させない演出で、赤や青一色を基にしたシンプルなライトがゆらめくのみである。視線が交わり、それてゆく。目と目の数限りない組みあわせの中から、いかにしてお互いを見出すことができるのか。人の出会いというものの理由を知りたい。とりわけこうして将来に1作の作品を書かせるような、精子さながらの源を注ぎこむ人物とのめぐりあいを。

 次第に浮かれる聴衆たちは、連れと戯れながら、しきりに私の体を右へ右へと押しやる。避けようか、流されようか。フロアを半分、横断したすえ、押し出されようかというとき、ふと見上げた傍らには、深紅のシャツのひとがいた。すっと心が澄みわたる。透明な横顔と、孤独の淵を見おろすまなざし。−−魂(みたま) の白さ−−

 そのまま私は再びライブ演奏に、心を傾けていた。いつになくうきうきとヴォーカルの煽動に合わせて片手を掲げ、歓声をあげんばかりとなるが、とっさに隣をはばかってしまう。

 瞬間の反応。微妙にずれた2つの一瞥。

 あまりの鋭さに、思わずひるんだ。

「………………………………………」

 その後十分の間に、いかなる調合が行われたのだろう。たくさんの月下老人・縁結びの存在が、天上からひそかに2人をたぐりよせ、フロアの端と端とに位置したはずの赤い糸を結びあわせてしまったのか。一説によれば人の歩みとは、運命によるものが50%、本人の努力は25%、あとは周囲のバックアップ25%であるという。思えばさかのぼること15年前、初恋はなぜか台湾出身の野球選手が相手であった。そしてまた17の頃、彼によく似た大学生に失恋した反動で、進学の進路を変更したこともあった。それから10年ののち、本場・台湾の地でめぐりあった男性は、どこか2人をしのばせるものがあるのだが。それとも案外、彼らの方が、今夜の伏線であったのだろうか。予め丹念にドミノが設けられ、あとは倒すのみという……

 今一度、私のもとに降りそそぐものがある。言葉なき、まなざし。

“僕? ”
“そうあなた”
“きみは”
とひらめいた欲情を、見逃さない。
“………”

刹那のやりとりののち、こちらの方から目をそらした。−−媚びてはいけない−−そのまま聴衆の人波に呑まれても不思議ではなかった。むしろその方が自然であった。

(いっそこのとき出会ってさえいなければ、今頃は……!)

 異国の地では、めぐりあいの妙を思わずにはいられない。もしも門限を破らなければ、彼もはるばる市街地まで繰り出していなければ、生まれも育ちも異にする2人がめぐり会うはずものなかった。だからこそ一会一会をいつになくいとしく思う。たとえそれが一期だとしても。

“□□□□□□? ”彼は何事かをつぶやきながら向きなおる。−−わからない−−聞き取ることができない。肝心の局面で、せっかく学んだ中国語が通用しない。せめて以心伝心に任せて、最後の言葉のみをかろうじて理解する。

“口がきけないの? ”

BGMの大音量は、自然と2人の唇を、互いの耳までひきよせる。

「私、日本人です」

やがて生演奏は一段落、周囲の人々はテーブル席へと引き揚げていった。

 日付変更線を過ぎ、そろそろシンデレラの魔法は解けてゆく。すでに幾度もタイムリミットを延長した以上、これ以上長居はできまい。「じゃ、私はこれで」そこに見出す失望の色と、「なら出口まで送るよ」。かすかな絆とともに、2度目の分岐点にたたずんでいた。

 相手は外国人であるのに。しかも後には彼女の存在が判明するにもかかわらず。遠からず傷を受けることが予想されながら、なぜ心を寄せることができるのか。−−例えば、国境の壁が高いほどにジャンプ力も増すとか、彼への理解は、すなわち異文化への愛となるとか。それとも旅先という時限の内であるからこそ、ベストを尽くせることもある? 単に現地に溶けこむ努力が嵩じて、心を開きすぎた、旅先の瞬発力にすぎないのだ−−それらの説明を跳び越え、まっしぐらに咳こむようにたたみかけていた。

「お名前は」
「□□」
その発音を耳にしたとき、まるで古い記憶がよみがえるように、心の奥底でちか・ちかと反応するものがある。

「ここに書いてもらえます? 」

なぜか漢字よりもむしろ、カタカナ書きの発音の方が、胸の内でかぼそい声をくりかえしていた。

 「人海中、◇到汝(ひとごみのなかから、あなたをみつけた)」。

 フロアからタクシー乗り場に至るまでの道のり。あふれんばかりの問いかけを、点々と散りばめる。お年は。住まいは。電話番号は。異国の地では他に繋がる術がないことを知り、ためらいながらも1つずつ答えてゆく。そのたびに、説明のつかぬやわらかなものが体を満たし、溶けるように微笑みあうお互いを見出した。

「お仕事は」

−−OFFICER。その初歩的な単語を正確に理解できずに、思わず漆黒の瞳をのぞきこむ。

「……軍人なんだ」

その言葉は淡く消え入るようなやさしさから、あまりにもくいちがっていた。微かにうつむくうなじから、すんなりとしなやかな張りのある四肢へ。無意識の背筋の正しさのみが、その発言を裏づけていた。

「軍隊は嫌い? 」
「まさか! ……兵役中なんですか」
「ちがうちがう、ポジションは」
−−MAJOR。またも翻訳できないながら、何かやんごとなき地位であることを察知する。後日、いそいそと書店で英漢辞典を確かめたところ、ようやく目にした文字は、MAJOR=陸軍少校。

 つまり中華民国・陸軍少佐。

 あまりにさまざまな横顔を、たった10分の間にかいま見ていた。

 とりあえず電話番号を確かめ、最低限のつながりを確保したうえで、“再・見(さよなら)”ではなく“再・見面(また会う)”を祈らずにはいられない。最後のやりとりは、おそらくタクシードライバーに目撃されていたことだろう。

 このとき彼は手渡された連絡先の真偽を冷静に確認しようとしていたのだろうか。それとも中国語の拙い私を気づかっての行動だったのか。おもむろに助手席をのぞきこみ、運転手に向かって行き先の念を押す。

「この子を〜まで送り届けて」

               *

     これから私はひと晩かけて、ゆっくりと恋におちてゆくことになる。ただし、ひとりきりで。



バックナンバー;
(台湾風物誌)
3「あの薬指に光るもの〜金(きん)は金(かね)なり、ゴールド・アクセサリーの一大財産」
2「緑の大路を吹きぬけて〜2人乗りのスクーター」
1「味わいのある恋をしてみたい、山の麓の茶房にて〜台湾茶」

(内モンゴル風物誌)
15「チベット仏教寺院〜砂塵のはてに極楽を見た」
14「昭君墓 〜おしどり夫婦は和平シンボル」
13「フフホト(呼和浩特) 〜北のはての青い街」
12「ナーダム 〜男子三技、民族の祭典」
11「相撲 〜死人すら出た無制限自由型」
10「寝台列車 〜眠りの密集」
9「砂漠 〜4A級の砂丘、45度」
8「ラクダ 〜キャメル毛布どころか砂漠の舟」
7「馬頭琴 〜草原のチェロは亡き愛馬」
6「酒〜モンゴルウォッカに馬乳酒」
5「乳製品 〜白い食べ物、神聖なもの」
4「羊 〜全国から広く世界まで」
3「羊肉料理 〜日本進出の味」
2「蒙古馬 〜大草原のトレッキング」
1「草原 〜天の神さま、地の神さま」
(ミャンマー風物誌)
14「八曜式占星術の世界にようこそ」
13「誕生曜日と八方位の相関」
12「曜日に司られた人生」
11「境内はアミューズメント・スポット」
10「癒し&ヒーリング」
9「お供えグッズ」
8「功徳システム」
7「出家の日々」
6「ぼうさまワールド」
5「東南アジアの巻きスカート」
4「男性向け『ろんぢー』再び」
3「女性向け定番ファッション」
2「熱帯アジアの着物」
1「着るアート、腰巻きタイトスカート『ろんぢー』」

(『豊饒の楽土』中国東北部風物誌)
9「瓜の実るころ /東北部」
8「快餐£華ファストフード/大連」
「北方の真珠≠ニいう名の都市の象徴・中山広場/大連」
「老虎灘という名の楽園 /大連」
「大連賓館、歳月(とき)を超えて /大連」
「東北部の窓口・大連客船ターミナル /大連」
「水晶、ガラス、クリスタル/大連」
「蛇の島 〜まむし王国 /旅順」
1 「戦跡 〜あれから100年 /旅順」

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