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アジア風物誌44 台湾編6
「コンビニの微光と孤独な夜とやけ食いパン
〜ひとくちサイズにこめられた意匠、点心とパンの世界」

饅頭はカレー味

   純白のヘルメットを装着する横顔を見つめていた。次なる約束の日時は定かでない。−−将校さんが遠ざかってゆく−−まるで出征する人を見送るように。それとも白いものを開くように、彼は私の手元から離れてゆく。次に再会するときは、おそらく彼女の色に染められてくることだろう。2人の記憶はべっとりと上塗りされて。そう考えるだけで、いてもたってもいられない。

「きっとまた会えるから」

彼の言葉にはからずとも涙がにじんだ。

 そのまま彼のスクーターはさっそうと走りだす。唯一、紅のヘルメットを私の胸に残して。せめてあの後部座席に彼女が座ることはない、その小さな事実がどれほど私を救うことだろう。

 こうしてまた、ひとりきりの週末が始まる。

 涙を押し殺したまま、淡水線の車窓を眺めていた。ふと頭上低くを国内線の航空機が行きすぎてゆく。

「あ……」

はるか上空を横ぎるであろう、国際線旅客機の印象が重なりあう。いつかそうして彼の方が、私を見送ることになる。あとほんの数ヵ月たらずのことなのだ。

                      *

        さて、あと1学期間、生活のマネージから外国語から取材・撮影のいっさいに至るまでを、独力で引っ張っていかなければならない。日用品はトランク1個分におさめ、食器は自助餐(セルフ・サービス)食堂の使い捨て、ベッド等は備えつけ。こうして身辺のすべてをこじんまりとコンパクトにまとめたうえで、小回りに日常をまわしてゆくのだ。

 到着して2、3日というものは、“あとこの何倍、滞在しなければならないのか”と指折り数え、その日数にうろたえていたものだが、この数日はまたたく間に過ぎ去ったように錯覚される。特に彼と出会ってからは。ただし家族や友人に包まれているころは、知らず知らずのうちに、誰かの魂と混じりあい、慰めあっていたことと思う。そんなシステムから離れた場所に放りだされたとき、いかに自分の日常を正常にまわしていくか。日本にいる頃よりも増して、規則正しい生活を演出してみた。

 午前6時、朝のめざめとともに、2粒のビタミン剤を口に含み、ジャスミン・ティーを飲みほせば、みるみるうちに体内がめざめてゆく。いつもは欧米バックパッカーのひしめくロビーにも、明かりは灯っておらず、明け方のブルーが闇に混じりあっていた。朝食はたいていトロピカル・フルーツとトースト。グアバの白さは心身を浄化するように思われる。窓辺に籐の椅子をしつらえ、網戸を開けはなち、水色を増してゆく朝の空を眺めながら、または白い雨の音を聞きながら、今日も1日を始めるのだ。

 ウィークデーであれば、午前中は語学の授業を受け、放課後は母国との微かな繋がりを求めてパソコン室へ。または近所の自助餐(セルフ・サービス)食堂へ。まだシャッターをあげたばかりの店内にて、窓ぎわにひとり陣取り、ちゃっかりと昼食・夕食の2食分を盛った弁当箱から、少し早い昼食をかきこむ。午後は台北の街なかへ。取材者の獲物を捜す視線と、撮影者の美を求めるまなざしとを、せわしなく入れかえては、そこらの情報パンフレットをかき集める、そんな姿は傍目にはどのように映っていたのだろう? 

                       *

    これが週末ともなれば、少しでも息のできる場所を求めて、4畳の部屋から遊歩道、カフェへとさまよい出ることとなる。通りすがり、ティーンのカップルなどが、つかず離れずはにかみあう姿を目にして、思わずニヤリとすることも。しかしお姉さんの立場から「よしよし」と見守る自分に気づくとき、ふと年齢の積み重ねを思う。そういえばこの国では、1人きりでカフェを訪れる者はまれであった。傍らから「この店のお勧めはね」「漢字のそれは、英語で言うと」などと導いてくれる人がいてくれれば……。

 どうも私は週末恐怖症であるようだ。ことに土曜の週末などは、彼の外泊の予感におびえてしまう。かといって新入りの身であるだけに、どなりこむわけにもいかない。原稿用紙の上に突っ伏して、やりすごすよりほかはない。敢えて小説の執筆などに没頭してみよう。構想をめぐらせつつ、カフェのストローをかみしめる。ジェラシーにこの身を腐らせてしまわないように。そうして日曜の夜に彼が基地に戻る瞬間を、息をつめて待ちこがれるのだ。

 繰りかえしBGMに流れるのは、欧米や日本のポップスである。そのうち店員の娘さんもあとをついて、宇多田ヒカルの曲を口ずさみはじめた。とりたてて日本語を学んだわけではない、意味もおそらく知りはしない。そうして何気なく歌われた懐かしい言葉は、いつになくこの身を慰めた。

 台湾では、日本語に対する反応が、明らかに異なる。例えばそれが韓国であれば、うさんくささとともに一瞥されることだろう。中国大陸であれば、方言が多様なせいか、何の関心を示されることもない。ところがこの国では、なまじテレビを通じて日本語がある程度、浸透しているせいか、「あ、それ、日本語」と振り向かれることが少なくない。ひかえめな横目で、「ほう、あれが生身の日本人か」と観察されるばかりでなく、「あなた、日本人ー? 」と尋ねられることもしばしばである。

 これがもしも日本ならば、たとえ相手がアメリカ人であっても「どこの国の人ですか」などと簡単には質問しないだろう。それは必ずしも語学力によるばかりでなく、やはりどこか外国人を特別視する風潮によるためではないかと思う。欧米人に対しては、ささやかな劣等感、非欧米人に対しては、ひそやかな血統主義を秘めて……。台湾はと言えば、その歴史的経緯によって、かつてはオランダ、日本に続いて、国共内戦による大陸出身者と、めまぐるしく外来の勢力を受け入れてきたせいか、異国の要素に対して、きわめて大らかであるようだ。もちろん日本人に対するばかりではない、アメリカ人に向かっても、すんなりと英語で一言二言かけるのである。ただしつけ加えておくならば、彼自身は職業柄、手放しの親日派ではない。一般の台湾男性に比べて、予めハンディが設けられているのであった。

                       *

   夕食は、自助餐のテイクアウトにパンなどを併せて、ダイニングでぼそぼそと。バスルームは共同であるために、住人とのかねあいから、早めにシャワーを、洗濯を。足首や靴底の痛みぐあいを確かめるとき、日々の強行軍を思い知る。日本にいる頃、立ち時間と言えば、せいぜい1〜2時間程度であったが、今では荒れた歩道のつまずきつつ、いつのまにか1日の4分の1以上を歩きまわりつづけていた。

 平日ならば、復習や執筆を終えて、休むのは午後10時30分頃である。週末であれば……。紅のヘルメットを傍らに、小部屋のベッドで日記の筆をはしらせながら、ふと小さな会話を思い起こした。

「彼女って、どんなひと」

あの心やさしい空気を乱しはしないように、と細心の注意をはらい、ころあいを見はからって問いかけたことがある。

「アメリカ人なんだ」

 そのひとことを聞いたとき、私の周囲を取り巻く自責の空気が一気に変形するのを見た。愛するこの地・台湾の女性を決して害したくはない、この地の良心を裏切りたくはない。その一心で、彼の指輪を知ったときから、幾度も自らを傷つけてきたはずであった。

 彼女は3年前に、同じ国の恋人と台湾に訪れたのだという。例の彼とひきとめによってこの地にとどまり、アメリカの彼氏の方もまた、未だに台湾に住みついているという。それらの複雑な年月の重みは、そっと私の心にのしかかった。−−ならば今後は、アメリカ式にやらせていただきましょうか−−いたずらに東洋的な道徳規範に従うのではなく、愛そのもの量と質、価値に基づいたうえで。

 複雑な人間関係の渦中へと参入した私だが、泥棒猫の役まわりだけはお断わりだった。これは自分のプライドとして、略奪だけはしまい。朽ちるほどに愛をそそいだすえ、いつの日かこちらを振り向いてくれればと思う。−−これは、アガペー(無償の愛)を試されているのだろうか−−それまでの生は、仕事にしろ勉強にしろ、目標の達成に向けて、獲得(ゲット) 、獲得(ゲット) で闘いつづけてきた。そのひずみがこのような報いの形に現れたのかもしれない。そうだ、アガペーの練習なのだ……。やはり、出番がまわってくるまでは、じっと住処(すみか) にひそむよりほかはない。

                       *

 住まいからわずか徒歩5分の圏内に、なぜ4件もの便利店(コンビニ)がひしめいているのか。べつに誘惑のためではない。台北の都市に欠かせないのが、寺廟とコンビニなのである。店のなかには、日本との提携でおでん一式を備えるばかりでない、いかにもこの国らしく、温泉卵さながらにお茶で煮しめた“茶葉蛋”を売るものもある。しかし特筆すべきはやはり本場中華の肉まんである。ひとり身の深夜に、コンビニの蛍光灯は幾度、私を慰めてくれたことだろう。

 さらに専門店 の肉まんとなれば、ひと口かじった〈肉包〉の内から、じっくりと肉汁があふれ出て、ほどよく効いた薬味とともに、白い皮によくなじむ。〈菜包〉ともなれば、おやおや内から白菜の炒めものがざくざくと。軽食というより一皿いただいた感覚だ。その他にも、雑穀を練りこんだ〈雑糧饅頭〉など、そのバリエーションは半端ではない。いっそのこと屋台では、〈焼包〉という、油で揚げてパワーアップした肉まんも。〈割包〉に至っては、半ばハンバーガーに進化していた。パン代わりのまんの皮に、たっぷりと中華料理をはさみこむ。豚の角煮や酢漬けの野菜、香菜など、あふれんばかりの具を頬ばるのだ。もちろん〈漢堡(ハンパオ)〉と称した、その場で作るオリジナル・バーガーもあちこちで見られる。

 やけ食いの夜食を頬ばりながら、ふと想いがよぎる。

「わたしたちは、この恋の重みについてわかっているのだろうか」

初対面のその晩に、国際結婚を思いつめさせ、海外移住させかねないほどの。彼を彼女と決別させかねないほどの……。

「僕はただ、きみと何もかもを楽しみたいんだ」

その言葉は私を救い、また同時に恐れさせる。

 −−楽しければ、それでいい、ですか−−



バックナンバー;
(台湾風物誌)
5「中華民国の因縁に想いをはせる〜純白と無の空間、中正紀念堂」
4「出会いはライブ会場にて〜歌いこみの中華ロック」
3「あの薬指に光るもの〜金(きん)は金(かね)なり、ゴールド・アクセサリーの一大財産」
2「緑の大路を吹きぬけて〜2人乗りのスクーター」
1「味わいのある恋をしてみたい、山の麓の茶房にて〜台湾茶」

(内モンゴル風物誌)
15「チベット仏教寺院〜砂塵のはてに極楽を見た」
14「昭君墓 〜おしどり夫婦は和平シンボル」
13「フフホト(呼和浩特) 〜北のはての青い街」
12「ナーダム 〜男子三技、民族の祭典」
11「相撲 〜死人すら出た無制限自由型」
10「寝台列車 〜眠りの密集」
9「砂漠 〜4A級の砂丘、45度」
8「ラクダ 〜キャメル毛布どころか砂漠の舟」
7「馬頭琴 〜草原のチェロは亡き愛馬」
6「酒〜モンゴルウォッカに馬乳酒」
5「乳製品 〜白い食べ物、神聖なもの」
4「羊 〜全国から広く世界まで」
3「羊肉料理 〜日本進出の味」
2「蒙古馬 〜大草原のトレッキング」
1「草原 〜天の神さま、地の神さま」
(ミャンマー風物誌)
14「八曜式占星術の世界にようこそ」
13「誕生曜日と八方位の相関」
12「曜日に司られた人生」
11「境内はアミューズメント・スポット」
10「癒し&ヒーリング」
9「お供えグッズ」
8「功徳システム」
7「出家の日々」
6「ぼうさまワールド」
5「東南アジアの巻きスカート」
4「男性向け『ろんぢー』再び」
3「女性向け定番ファッション」
2「熱帯アジアの着物」
1「着るアート、腰巻きタイトスカート『ろんぢー』」

(『豊饒の楽土』中国東北部風物誌)
9「瓜の実るころ /東北部」
8「快餐£華ファストフード/大連」
「北方の真珠≠ニいう名の都市の象徴・中山広場/大連」
「老虎灘という名の楽園 /大連」
「大連賓館、歳月(とき)を超えて /大連」
「東北部の窓口・大連客船ターミナル /大連」
「水晶、ガラス、クリスタル/大連」
「蛇の島 〜まむし王国 /旅順」
1 「戦跡 〜あれから100年 /旅順」

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