ある占い師の死。『名で縛る』
冷たい雨が降る。
「なんだい、あんた」
「…桜塚護 という者です」
「桜だかなんだか知らないけど、こんな老いぼれに何の用かね」
「鈴木ヨシさんですね」
「…さぁね。ここいらの人間は私を『黒猫屋』と呼ぶけど」
でも、あたしに本当の名前なんてないよ、と背を丸めて老婆は言った。
「『黒猫屋』…では、貴女で正しいようです」
「あんたもあたしに占って欲しいっていうのかい?こんな綺麗なスーツ着た旦那が、ホームレスの、この婆に」
皺が深く刻まれた顔を、一層くしゃくしゃにして、笑う。
「いいえ、貴女を殺しにやってきました」
「――おや、あんたがそうかい」
「知ってらしたんですか」
「こういう雨の日は、骨が痛むねえ……あんた、誰に頼まれたんだい」
「依頼主のことは、お話出来ないことになってるんです」
「けちな商売だね」
「すみません」
雨は強くもなく、弱くもなく、この地にあるもの総てを濡らしていた。
「…桜さんとやら、折角だし占ってあげよう」
「――では、お願いします」
黒猫屋というその老婆は、星史郎のサングラスの中をじっとみつめた。
小さくひとつ、ため息をついた。
「……あんた、偽ってばかりだと本当のことも分からなくなるよ」
「何のことですか?」
「誕生日も、生まれた場所も・・・自分の気持ちだってそうだ」
「・・・・・・」
「気持ちに名前を付ければ、本物にだってなるんだよ」
老婆はぶるっと身震いした。
「…そう、呪縛と似ているね」
「――難しい占い結果ですね」
「タダでやってやるんだから、解説はつかないよ」
「ええ、ありがとうございます」
老婆はひと仕事終えると、目頭を押さえた。
「あんたみたいに見えないのも大変だろうけど、見えすぎるのも問題だよ…」
「お疲れ様でした。・・・僕も、自分の仕事をしてよろしいでしょうか?」
「好きにしな」
老婆は目を瞑ると、じっとうずくまった。
雨は止む気配がない。
ざわざわと、星史郎の周りの空気が張り詰めていく。
「…あんた、賭け事なんてするもんじゃないよ。弱いんだから」
「控えます」
黒猫が、にゃあと啼いた。
END
『男が女を愛しいと思う。その気持ちに名をつけて縛れば恋・・・』――夢枕獏
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