無料ホームページ 一口サイズの、小品たち。 白く小さな手が、不器用そうに包丁を握る。

「気をつけて下さいよ」

「私だって、林檎くらいむけるわ」

宥めるような言い方が気に食わなかったのか、むっとした表情で彼女は言い放った。

本来滑らかな球体である筈のそれは、ごつごつとした赤と白の物体となっている。

「怪我だけは、しないで下さい」

「わかってるわよ・・・・・・っつ」

星史郎の言った傍から、怪我した親指を咥える。

「大丈夫ですか?消毒しないと・・・」

「てつの、あじがする」

「当たり前でしょう、血なんですから」

傷ついた指を、母は一心に吸う。

「えものの味だわ」

そういう彼女の瞳はきらきらと輝き、まるで小さな娘の様だった。




拍手御礼掌編 壱『の果実』





*  *  *



「昴流くん、随分と渋い煙草吸ってるんですね」

これって確か、両方から吸えるんですよね?

言うと星史郎は、机の上に置かれた煙草の箱を手に取った。

「仕事で知り合いになった職人さんが、一箱分けてくれたんです」

食器を棚に片付けながら、昴流は答えた。

「ああ、確かに」

くすりと笑う。

「職人さんが好みそうな銘柄ですね。それも、頑固一徹な」

「…星史郎さん、吸いますか?」

「いえ、ぼくはこれで」

胸ポケットのMILDSEVENの箱を、かさりと取り出した。

「昔から、それですよね」

「ええ」

「どうしてですか?」

「・・・秘密、です」




拍手御礼掌編 弐『GOLDEN BAT』





*  *  *



「…星史郎さん、香水か何かつけてますか?」

昴流は部屋の空を、何度も吸う。

「いいえ?」

「じゃあ何の匂いだろう・・・今さっき星史郎さんが通った後に、花か何か、好い匂いがしたんです」

ああ、と星史郎は思った。

僕の式服に焚き染めた、香の匂いか。

式服なんて滅多に着ないけれど、今日久しぶりに袖を通した、式服。

香を着物に焚き染めるのは、母の習慣だったから、

「・・・母親の匂い、でしょうか」

呟いた。





拍手御礼掌編 参『母にす』





*  *  *



「…わ、熱帯魚が沢山」

「昴流くん、この熱帯魚、ご存知ですか?」

店の隅の、一つの水槽を指差す。

「キッシング・グーラミィ?」

「これ、オス同士キスしちゃうんですよ」

と言うなり唇を奪う。

「せ・星史ろっ・・・」

まぁこの魚がキスするのは喧嘩でなんですけど、今はそんな野暮なこと言わなくてもいいでしょう、

と狼狽する昴流を尻目に小さく笑った。





拍手御礼掌編 肆『熱帯魚と僕ら』





*  *  *



「昴流くん、心理テストです」

「え…また、ですか?」

また、という言葉を強調して、昴流は眉間に皺を寄せた。

「…嫌ですよ」

「どうしてですか?」

「だって星史郎さんが試してくるのは、全部答えが、なんというか…その、い、いかがわしいものばかりで…」

言うなりそっぽを向いてしまう。

「いいじゃないですか、昴流くん、こうでもしないと貴方は本音を仰ってくれないんですから」

本音を言っていないのは寧ろ、貴方の方でしょうと思いながら、次は自分から仕掛けてやろうかと思う昴流であった。



拍手御礼掌編 伍『real intention』





*  *  *



「もう花火のシーズンですねぇ」

マンションの外から聞こえてくる、花火にはしゃぐ子供の声を聞きながら星史郎はそう呟いた。

その呟きを捕らえて、昴流が答える。

「僕は、線香花火が好きですね」

「…線香花火は、灯の落ちる時の儚さが、椿の花に似ているなぁと、以前から思っていました」

まるで、人の首が落ちる様で…という言葉は、飲み込んだ。

「なるほど……季節が全く違うものだから、連想したことがなかったです」

マンションの外をぼんやりと見る星史郎の横顔は、普段見せる彼の顔とは少し違う様で、戸惑いつつも昴流は答えた。

こうして、自分の知らない彼の一面を見た時に生じる感情、これは一体何と名づけるのだろうと思う。



拍手御礼掌編 陸『線香花火





*  *  *



草むらで虫が鳴いている。

雨上がりの澄んだ空気を、快い音が震わす。

駅から自宅までの、いつもの帰り道。

マンションの小さな植え込み、歩道脇の僅かな土に茂る雑草、そんな少しの緑のスペースを貸し切って、虫達は鳴く。

京都に住んでいた時も、北都ちゃんと東京で暮らした時も、変わらず毎年の様に。

いつも夜通し聞いていたこの声の主の名を、僕は知らない。

「星史郎さんなら、知っているかもしれない」

そう思った。

動物の名は星史郎さんは良く知っているし。

いや、いくら何でも、患者さんに虫はいなかったから、無理だろうか。

しかも、星史郎さんが虫取り少年だったなんてイメージ、全く無いし。



――けれども、僕が訊いたことには、いつだってちゃんと答えをくれる、そんな星史郎さんであって欲しいのだ。




拍手御礼掌編 漆『の終わりに』





*  *  *



今までも、そんな経験が皆無であったという訳ではない。

そんなものの多くは気のせいなのだと、そう思って過ごしていただけだ。

しかしそれにしても、ここ最近は・・・多過ぎる。

星史郎の眼を自らの躯の一部として受け入れてからというもの、既視感を覚える、という体験は目に見えて増えた。

例えばそれは、初めて行く場所や、初めて読む筈の本、初めて見る筈の人であったり。

そして、血の惨劇ですらもその対象外ではない。

否、星史郎の生業を考えれば、これが最も彼らしい、というべきか。

これは所謂内臓記憶というものなのだろうかと、難しく考え込む必要なんて彼には無い。

眼にするものにデジャ・ヴを感じる時、そこに星史郎の暮らした痕跡をしかと認めたのだと素直に思えば。

忌まわしい筈だった自らの生も、星史郎の生きた跡を辿るという意味の下に成り立つのではと、そうも思えてくるのだ。




拍手御礼掌編 捌『跡』






*  *  *



星史郎さんは、良く僕をあちこちの美味しい店に連れて行ってくれる。
しかも、予約まで取ってあったりするから心憎い。
お蔭で今まで、店に行ったはいいものの、満席で待たされたなどどいう憂目に遭ったことは無い。
以前、そのことを星史郎さんに感謝したら
「いやね、『予約した桜塚ですが』と言って店に入るのって、何だか格好良いでしょう? こう見えて、いい格好しいなんです、僕は」
なんておどけられてしまった(そして僕は笑ってしまった)。

更に申し訳ないのは、料金の精算。
ぼやっとしていると、星史郎さんがさっさと先に払ってしまう。
良いんですよ、と星史郎さんは言うけれど流石に毎回それは悪いので、僕が払うと言っても、大体6:4〜7:3位で星史郎さんの方が多く支払う。
僕だって、きちんと働いて収入もあるのに。


そして今日、今度こそ僕が払ってやる!と意気込んで食事に来た訳だが。
「店出る前に、トイレに行ってきますね」
と星史郎さんが席を立った。
僕は、鞄から財布を取り出す。
精算の時、出遅れない様に。
彼がトイレから戻り「さあ行きましょうか」と促すと、僕は財布を握り締めた。
カウンタの前を通り過ぎる星史郎さん。
店員は「有難う御座いました」と僕たちに頭を下げる。
支払いをしようとする僕に、星史郎さんは言った。
「ああ、支払いならさっきトイレに行った時に済ませましたよ」


…やられた。



拍手御礼掌編 玖『隙の無い





*  *  *



―――ああ、
持ち物が増えていくということは何と恐ろしいことなのだろう。
そんな僕は所有欲なんて知らない。

『絶える時には形あるものなど何一つ持って逝けないのだから』


…否。それも尤もな意見だけれども、僕はそんなことなど怖れてはいない。
そんなことよりも。


「いつまでも家具が増えない家ですよね、此処は」
「必要最低限ありさえすれば、いいんじゃないでしょうか?」
「…愛する弟の口からそんな台詞が出るなんて、北都ちゃんが聞いたら怒り出しますよ、きっと」
「どうも、僕は苦手なんです、『生活を豊かにする』という行為が…」
「…モノが増えていくのは嫌ですか?」
「はい」
「際限無く持ち物が増えることが、怖いのですか?」


いつか自分の背には負えない程に膨れ上がった『それ』を一体どうしようか?


「…はい、」


どうしようもなく膨れた貴方への気持ちにすら僕は成す術を無くしてしまっているというのに。
無形のものですらこんなにも怖ろしいのに、
有形のものは一体如何すれば、


…一体、如何すればいい?




拍手御礼掌編 拾『広がる内なる小宇宙





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