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墜ちる とき



仕事からの、帰り道。
もうすっかり暗くなった道を、一人歩く。
返り血を浴びない様上手く仕事をこなしたが、それでも僕の全身には血の匂いがこびりついている様で、このまま昴流くんの待つ家へ帰ったら、彼は嫌がるのではないかと思えた。
自分の背広に鼻を近づけたが、この鼻などとうの昔に血の匂いには麻痺していて、そんな行為は無駄に終わった。


昴流くんは決して、僕の仕事に関して口を挟むことなどしないし、それは僕も同じだ。
もしかしたら本当は、人を殺すのはやめて欲しいと、そう思っているのかもしれない。
しかし物騒極まりないこんな仕事でも、人に必要とされているからこそ、今の世まで残っているのだ。
昴流くんもそれが分かっていて、何も言わないのかもしれない。
僕も昴流くんもいい年をした大人、お互いのプライベートに立ち入ることはしないのだ。


けれど。


時々、そうごくたまに、僕の中で黒い気持ちが頭をもたげる。
例えば、昴流くんが自分以外の誰かの前で笑っているのを見ると、その誰かが魅了されてしまうのではないかと不安にかられる。
昴流くんの笑顔を、自分だけのものにしていたい。
それが無理ならいっそ、その笑顔を奪いたい。
歪ませたい。
泣かせて、泣かせて、声が出なくなるまで。
犯したい。


そんな残忍な気持ちを抱いてもなお、昴流くんの前でそれを露呈せずにいられるのは、僕だけに向けてくれる彼の笑顔があるからだと思う。


ふと気付くともうマンションの下まで来ていて、随分と長く考え込んでいたことに気付いた。
部屋に灯りが点いているのを下から確認して、ホッとする自分がいる。
自分を待っていてくれる人がいる事の心地よさ。
彼と暮らすまでは知らなかった感覚の一つだ。


「おかえりなさい」
そう言って彼は、読んでいた本を閉じてソファから立ち上がる。
もちろん、笑顔を浮かべながら。


僕がどれだけ、その笑顔に救われているかなど、知る由も無いだろう。
そして、僕がどれだけ、その笑顔に胸を焦がしているかなど。
それはまるで、太陽に惹かれて身を焦がしたイカロスの様に。
僕もいっそ、昴流くんの笑顔の前にその身を溶かしてしまえば良い。


その時は、僕を弔ってくれますか、昴流くん。






蝋は溶け、糸は緩み、不実な翼に乗ったイカロスは、
手足を曲げ、髪を振り乱しながら大空の中をまっさかさまに落ちていった。
四散した羽は波間を漂い、嘆き悲しむネレイス達は海の墓を飾り、
青白いイカロスに真珠のような海の花を振りそそぎ、
大理石の死床には真紅の海藻をまきちらし、
珊瑚の塔に弔いの鐘を打ち鳴らして、悲しみの音を海原遠く伝えた。 ――ダーヴィン


END


何だか独占欲むき出しな星史郎さんを書きたくなりました。
ダーク(だった?)な彼には、昴流くんは眩しすぎる存在なんじゃないかな、と。


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