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スターボー誕生
スターボーは、YMOに代表されるテクノポップの要素を歌謡曲に取り入れたシングル「ハートブレイク太陽族」で1982年にデビュー。
リアルタイムで見ていた当時の私の印象では、すでにその時点で「妙なモノ」であった。
同じくテクノポップ的音作りをしていたイモ欽トリオの「ハイスクール・ララバイ」を「傑作だ!」と思ったのとは対象的である。世間一般の評価も同様で、「ハイスクール・ララバイ」は大ヒットしたが、「ハートブレイク太陽族」は売れなかった。
もっとも、デビュー曲でありプロダクションも力を入れていたので、テレビの歌番組ではよく見かけた。しかし、無機的?イメージで売ろうとしていた??ので、たとえば司会者の「○○ちゃんは、お休みの日は何してるのかなー」的な和気あいあいインタビューを受け付ける雰囲気はなかった。そういったことも、歌謡曲として視聴者に親しみをもってもらうにはつらいものを私は感じていた。(主語が私なんだかスターボーなんだかわからん文章ですみません。しかし、歌謡曲やアイドルを語るには、単にデータではなく、「当時、自分がどう感じていたか」が極めて重要ですね。はい。)
インターネットはすごい!
「ハートブレイク太陽族」が、リアルプレーヤーで聞けるぞ! リンク→
WEB JUNGLE
ただし、音がけっこうよれてます。元の音は、もっとしゃきっ、としてました。細野晴臣プロデュースです。「アロハのボタン/ひとつ外せば/もっと自由に/愛しあえるさ」という歌詞が印象に残ってます。
ディスコ・グラフィーもあるぞ! リンク→IDOL
POPS '80s (discography of Starbow)
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