2003.1
あけましておめでとう御座います。
本年も当ホームを宜しくお願い申し上げます。
さて。
最近は例年になく雪が早く降り、低温が続いております。
最近は−10℃は当たり前、と言った感じですね。
ベリー達は平然な感じで雪に埋もれていました。

大雪が来る前はこんな感じでした。

相変わらずツボミが見えます。

葉が少し残った状態で凍ってます。でも問題はないですよ。
毎年のパターンです。

雪が降って表面が凍ってしまっています。
いや。これが最高の状態なんです。多分3月中旬までこんな感じでしょう。
雪があることは有りがたい限りです。土が凍りませんので安心です。
湿度、温度とも保たれ最高ですね。
さてベリーネタが終わってしまったので新年を飾るネタとして諏訪地方のちょっとした名所を。

さてこの風景をご存知でしょうか。
見た事の有る方もいると思いますが、完成したのは大正元年頃(1928年)だそうです。
もう少し詳しくと言う事で。
ああ 野麦峠と言う映画をご覧になったことがあるでしょうか。
映画の内容は、明治の時代に飛騨高山から若い女性が野麦峠(現在の飛騨地方から乗鞍を越え安曇地方へ抜ける峠の名称)を越えて長野県平野村(現在の長野県岡谷市)へ生糸を生産する工場へ勤めに行く物語です。
この物語は実際に有った事です。
当時長野県諏訪地方の有数たる工業として蚕糸産業が盛んで、第一次世界大戦の日本の経済を支えた産業として製糸産業は急速に発展しました。
蚕糸工業とは?いわゆる絹のことです。絹糸を作る産業の事です。
繭から糸を取って出来る絹糸を生産する事を言います。
当時平野村(現岡谷市)を取り巻く各地方周辺は軒並み製糸工場が立ち並び山岳地帯は開墾され、蚕を生産するための桑畑(蚕が食べる桑の葉)がひろがり、農家では蚕の収穫が盛んな風景が長く続いていました。
さて本題です。
この建物。長野県諏訪市諏訪湖のほとりにひっそりと建っています。
建物の内容はこちらへ。
この建物は凄く恐ろしいと言っても過言ではない建物です。
掛かった費用や、建設技術、建設資材、立地条件、敷地、など当時としては超一流の推古を決して作り上げられた建物です。
当時としては全てにおいて現在の国会議事堂に匹敵するレベルに建設されている建物です。
何故そんな建物が・・・とお思いでしょう。

建物の周りにはこんな石製の飾りがグルリ回っています。
実はこの彫刻された装飾石材品は全て海外で特注生産された物です。
いや。この飾りだけでは有りません。
周りはレンガ作りですが、レンガも全て海外(イタリア)で特注に生産された物、当時使われていた建具やそれに付随する物全てが特注物。
この建物の中には温泉が引かれ、風呂が建設されているのだが、そこに使用されているのは外壁は大理石、装飾用のタイル、敷きタイル、ミロのビーナス調の焼き物、全て特注物です。
当時大理石を使用することで国会議事堂を作った石工を呼びつけ贅沢な工事を施した傑作品に仕上がっています。
この工事に携わった重要職人は殆どが国会議事堂や国家レベルの工事に携わった人達が作り上げた傑作品です。
何故個人レベルでこんな建物が建設できたのでしょうか。
当時の製糸産業は現在の自動車産業以上の生産力と収入があり、大日本帝国を支えていた産業だったと言われています。
製糸産業は現在の金額に換算すると1日に100億円の金が動いたと言われています。
当然その工場を経営した人達は膨大な利益を得ていた訳です。
その膨大な利益がこの建物に向けられた訳ですね。
温泉を引き千人風呂を建設、風呂は贅を極めています。
また、当時としては珍しい洋風に仕上げ、内部はふんだんに石材を使用し、温泉施設、宿泊施設、ヨーロッパ調の庭、美術館、日本庭園など多彩な施設を建設しました。
この建物を建設したのは製糸工場経営の片倉兼太郎氏(片倉財閥って言われていました)です。
現在はこの施設、敷地ともに諏訪市に寄贈され、諏訪市が管理しています。

さて、ああ 野麦峠と言う映画なんですが。
たしか、吉永小百合さんが演じていたと思いました。
吉永小百合さんが演じていたのはその製糸工場で働く為に飛騨高山から峠を越えて高い給料をもらうために来た訳です。
昔は1円工女と言う言葉があり、今で言うとスーパーキャリアウーマンってとこでしょうか。
昔の1円は今の金額に換算すると月給60万とも言われています。
貧しい生活を強いられていた農家やその他の人達は東北から関西まで皆平野村へ集まり1円工女を目指して働き実家へ仕送りをする。
これが皆の希望であり、目標で工場へ勤めたわけです。
チナミニ初任給でも月給20万以上だったらしいです。
労働時間は1日に16時間以上、当然24時間フル稼動。
男は監視役で女はみな生糸作りに励み最高級の糸が作れる人だけが1円工女って訳です。
当時結核が流行っており、工女たちは皆過労働で体力も衰え結核で大勢の方が亡くなっていました。
吉永小百合さんふんする、ヒロインは1円工女になり、暫く建って結核に掛かり、故郷の飛騨高山へ帰る途中、野麦峠でなくなってしまった。
この物語が ああ 野麦峠 のストーリーです。
最近野麦峠に記念碑が建てられたそうです。
実はこのようなことがあった、事は長野県岡谷市の教育委員会では市内の小学生に必ず教えるカリキュラムがあります。
市民はこのような事が現に有った事を子供達に教えています。
市内には記念館(蚕糸博物館)があり必ずそこで子供達に教育が行われます。
そんな訳で
諏訪湖も−10℃ですから全面結氷していますね。

お粗末でした。
帰りの車窓より
諏訪市湖岸線