祝 九州新幹線開業
| 整備新幹線の一つとして、鹿児島中央〜新八代間が、開業しました。 これを祝し、地元写真家、のん植原さんの全面的協力をいただき、開業前後の写真をUPしてみたいと思います。 なお、特記以外は、のん植原氏撮影。 |
| 九州新幹線開業前 before | 開業後 after |
| 九州新幹線とは、(九州新幹線、部分開業までのあゆみ)
昭和47年6月の発表された、日本列島改造計画(故・田中角栄首相が提唱した、壮大な計画)に基づき、整備新幹線として、上越・東北・北陸(長野新幹線は北陸新幹線の一部)新幹線などとともに策定されたのが発端となる。 昭和48年10月30日、日本列島改造計画を受けて審議会は、整備すべき路線を発表 以下は、幣ページ「国鉄があった時代あの時こんなことが」からの引用 その後、国鉄財政の悪化と国の財政補助もままならないまま、整備新幹線計画は、昭和57年9月の閣議決定でひとまず凍結となりますが、国鉄改革がひとつの方向(JR化)に向かった、昭和62年1月30日またぞろ整備計画の凍結解除の話が持ち上がる。 以下は幣ページ「国鉄があった時代あの時こんなことが」からの引用 整備新幹線の凍結解除 1/30 JR化後、運輸省(当時)は、整備新幹線実現のためにより現実的な方向として、昭和63年8月、ミニ新幹線&スーパー特急構想を発表する。 少しはしょりますが、平成2年12月24日の与野党合意をを経て、平成3年8月22日には、暫定整備計画による工事実施が認可、具体的に動き出す。 平成7年12月25日の政府・与党合意により、ミニ新幹線区間を船小屋〜鹿児島中央間に拡大するが、地元からの反対論も多く、鰻を注文したら穴子が出てきたと、不満をぶつける意見も多発、平成11年12月28日、政府・与党申し合わせにより、博多〜西鹿児島(現・鹿児島中央)間の全線フル規格が決定し、平成12年4月の工事実施計画認可を経て全線で工事に着手 この背景には、地元の新幹線はフル規格が欲しいという要望とそれを受けた政治力による部分が大きい、また新幹線をJR各社に買取させたときに、60年年賦で、さらに再調達価格に1兆円の上乗せをした整備基金による存在が大きい。 これが、整備新幹線をフル規格で作れるのではないかと言う幻想を生んだのも事実。 九州新幹線に限らず、東北新幹線の八戸延長で切離された東北本線を受持つ第三セクターや、長野新幹線のしなの鉄道などが苦戦しているのはご存知の通りです。 そういった経緯はありますが、平成16年3月13日、九州新幹線は開業し、鹿児島本線の一部は肥薩オレンジ鉄道に移管されました。今後は地元の皆様の協力が、鉄道、そして線のネットワークを維持していけると思います。 今後も九州の鉄道が発展を続けることが出来ます事を祈念いたしております。 blackcat |
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