土踏まず(もう、思いつかへん、、、)

2000年5月7日

朝、7時に起きる、で、いつものように準備をして、、、あ、あれ?(・_。)?(。_・)?
カメラがない(^_^;、おかしい、、、昨日の夜は、、、使ってない、、、最後に使ったのは
、、、う〜ん、海底駅のホームでフィルムを換えて、2枚くらい写真をとって、
その後の記憶がない、、、
って事は、列車の中かなぁ、、、急いで駅に行く、が、無い
まぁ、あちこち壊れてて、直すのにいくらかかんだろうとか思ってた所だったんだけど
でも、買ってから4年、色々な思い出を共に過ごしたカメラだったんだけどなぁ
フィルム換えた直後だったのが、不幸中の幸いかなぁ、比較的、ショックは無いです
YGHに戻って、荷物やベット周りをもう一度調べてみるが、やっぱし無い
まぁ、仕方がない、とりあえず旅を楽しもう(^^;、、、、
コンビニに行き、朝飯と写ルンですを買う、、、余計な出費やぁ、、、

8時頃、チャリダーの女の子達が出発する
フェリーに乗って行くんだそうな
JRだと自転車バラすの面倒だからだって
でも、あんな華奢な体で、よく行くよなぁ
でも1日100kmくらいのペースだって、、、
何時着くんだぁ?鹿児島、、、(^_^;

9時、さて、ボクらも出発しますか、
今日の予定は函館市内をクルクルと、、
自転車での観光地回りです
まだ、アソコが残ってますからねぇ(^^)

ボクも仕事、半年くらい休めれたら、北海道1周くらいすんだけどなぁ、、、

3日目と同じく、海岸線を東へ、湯の川温泉まで行く、そこから少し方向を変え、北東へ
9:30トラピスチヌ修道院に到着!ここは女子修道院です、修道女がウロウロしています
トラピスト男子修道院と違い、敷地内には入ることは出来ます
建物内は見学できません、ただ資料展示とバター飴なんかを売ってる建物は○
ここも、桜の木は少しありましたが、まだ早かったです、30分ほど見学する

来た道を市中心部に向かって戻る
10:20、五稜郭到着!そう、ココが残ってた、、
桜は満開ではないですが、7〜8分咲ってトコ
花見の客がたっくさん来てます
とりあえず、くるっと堀の外側を1周、んで中へ
中には市立博物館の分館がある
Yさんは見たことあるというので、1人で中へ
五稜郭の建設過程と背景、戊辰戦争の資料等
五稜郭に関するモノが展示されてます
やっとまともに咲いてる桜が見れた(^ー^)

五稜郭は、幕末にペリー来航により鎖国が終わり、函館が貿易港となった際に
この街を治め、また外交のために江戸幕府によって作られた、函館奉行所跡です
もしも外国との戦争になった場合を考え、西洋の最新の兵器攻撃にも耐え、
逆に大砲などでの攻撃が楽なように、西洋の城を参考に建てられました
住民も外国人が怖かったのか、進んで建設に協力したようです
でも、外国人との交流が進むに連れ、外国への畏怖は薄れ、当初の目的がなくなり
財政的な問題もあり、最初の設計時とは大分後退した形で完成したそうです
が、明治時代になり京都で戊辰戦争が勃発!、旧幕府軍は敗戦を繰り返す
そんな中、榎本武揚率いる旧幕府脱走軍が函館、松前、江差を占領!
徳川家を中心とした蝦夷共和国建設を目指すが、新政府軍も黙ってない、
そして函館戦争へ、しかし旧幕府脱走軍の劣勢が続き、最後に残ったのが五稜郭
外国との戦争のために造られた城が、日本最後の国内紛争の舞台に

博物館を出た後は、堀の内側を1周、それから高さ60mの五稜郭タワー
展望台からの眺めは、それ程でもないかなぁ、、、まぁしょうがないかぁ
300mくらいあったら、もっと星形がはっきりわかるんでしょうけど、、、

ここで12時になったので、昼食
すぐ近くの「ラーメンむつみ屋」へ、月形町に本店があって、全国チェーンらしいです
白みそラーメン(700円)を注文、ちょっと高いと思ったけど、美味しかったです(^^)

食後は、ボクの希望で、四稜郭へ、
むかし誰かの旅行記を見て、なんにもないただ土の壁があるだけで
五稜郭と同じように考えてると、がっかりするみたいのが書いてあって
これは、是非とも行ってみたいと思ったんですよ(^_^;
で、15分くらいで到着、ピクニックの家族が割といます30人くらい
さて感想は、、、たしかに土の壁(土塁)があるだけ、これは予想してたが、、、
小さい、、、こんな小さいとは思ってなかった、、、

四稜郭は、函館戦争の時の五稜郭を守るための砲台のようなものらしいです
ちなみに上磯町にも四稜郭はあって、こちらは幕末に五稜郭と同じ目的で
外国との戦争に備えての防衛のために幕府が松前藩に造らせた物だそうです
こっちはもっと大きいみたいです(今回は行かなかった)

この後は、函館駅方面に向かいます、
途中、一日3回走ってるという市電のチンチン電車を見かけ追いかけて写真を撮る
駅の手前で、土方歳三最期の地を見に行く、土方最期の地は諸説あるらしいですが
碑もあるし、案内板もあったくらいだからここが一番有力なのでしょう
でも、鳥羽伏見、会津、函館と戦って、ここで散った土方歳三、
信念に殉じたなんて言われるけど、どうなんでしょう?あまり詳しく知らないボク(^_^;
ただ、降伏し3年入獄した後、ちゃっかり新政府の要職に就いた榎本武揚は
ちょっと「お前、何しとんや!」って思うけど、、、

それから、少し行った商店街の真ん中の公園に
あ!、月光仮面発見!一緒に記念写真(^ー^)
なんでも作者が函館出身なんだそうです
でも、もう今の子、月光仮面なんて知らんのと違うかな
("月光仮面くん"とかいうアニメは最近やってたな、、)
駅前では、一応交番でカメラの紛失届を出し
青函連絡船メモリアルシップの摩周丸の前へ
そして、函館漁港の敷地内を通り抜ける
ほんとは漁港は立入禁止らしいけど、
作業してないからか怒られることはなかった
サメが大量に並んでました、結構グロい(^〜^;
手に持ってるのは空気入れです(^_^;
赤レンガ倉庫群の脇を通り、緑の島
緑の島はなんにもなくて1周しただけ
今度は函館山の北側の立待岬へ       
そういえば立待岬の手前にある市営墓地の端に
石川啄木一族の墓ってのがあった

立待岬は岬の先端に向かって
左側には函館市街が、右側には険しい断崖が
沖には青函フェリーが、ゆっくり進むのが見える
石碑の前で記念写真を、と思ったら
オバちゃんの団体とかち合ってしまった(^_^;
この際、と言うことで、お互いの写真を取り合う
このオバちゃん達、、、三重から来たそうな、、、

おばちゃんPowerに押され気味で、、、、

ここからボクは碧血碑へ行こうと思ったんだけど、Yさんは行きたくないらしいので
ここで別れて、ボク1人坂を上り始める、そんなに上らないでも着きました
碧血碑は、函館戦争での旧幕府脱走軍の戦没者を慰霊したモノで
土方歳三ら、新撰組の7名も祀られています
「義に殉じた武人の血は3年経つと碧(緑)色になる」との中国の故事から
名付けられたそうです 林の中にひっそり立っています

そらから函館八幡宮を参拝、ここにはエゾヒキガエルって
函館山にしかいない、それも最近は数が減ってきてるカエルが棲息してるそうな
ん〜、いるいる、、うじゃうじゃ、、あまり気持ちいいもんじゃないけど、、

それから宿に戻る、Yさんと合流し、夕食を食べに行く
YGHのオーナーが勧める最近出来た「函太郎」って回転寿司に行ったんだけど
あまりに混んでたため、やめ、、、、ボクは普通の寿司屋でも良かったんだけど
Yさんは普通の寿司屋が嫌なんだって、ま、この人魚食えないし(^_^;
イカとかエビとかばっか頼んで、変に思われるのが嫌なんでしょうf(^ー^;
で、駅近くの回転寿司に行ったんだけど、う〜ん、、、、

YGHへ戻る途中に、昨日いっしょに飲むはずだった、
アイヌの木彫り職人のやっている民宿&元土産物屋の前を通りかかる、と、
いきなり、「こらぁ、何してたぁ!」と声が飛んでくる(^_^;
なんでも、ボクらが来るのが遅いんで、店を閉めてしまってたらしいです
、、、カナダと中国の泊まり客の女の子が一緒に待ってたらしいんですが、、、
、、、あんまし遅いので、部屋に帰ってもらったそうです、、、

その後、良く覚えてないんですが(^_^;
何故か、その民宿の1階の自称アトリエ
(元土産物屋、今も土産物が並んでる)で
思いきし酒飲んで、盛り上がってました
この日ウドを採って持ってきた人がいて
オーナーが料理?してそれをつまみに、、
このオーナー、メッチャおもろい人で、
よくしゃべる、何処まで本当かわからんが
でも、その筋ではかなり有名らしいです
、、気が付くと11時ちょい前、、
、、YGHの門限、、あわてて帰る、、、
実は1/4は和人なんだそうです

アイスクリーム喰って、お風呂は行って、就寝
5日目はこれにて、、、

  次回 「長靴の下」へつづく

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