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ドイツ代表がまさかの決勝リーグ進出を決めて韓国へ行ってしまった後、私は大人しくテレビ観戦をするしかなかった。リバちゃんに誘っていただいて、ネットで知り合ったというドイツ代表ファンと一緒に観戦したりなんかもした。 決勝リーグ一戦目・対パラグアイ戦、2戦目・対アメリカ戦、準決勝・対韓国戦を、東京・青山にあるドイツ文化センターの大型スクリーンで観戦したのだが、回をますごとに増えていく観戦者の数に驚かされた。パラグアイ戦は用意されていた席がすべて埋まらない程度の人数であったが、2、3戦目は外まで溢れるほどの人達が文化センターに詰めかけた。改めてネットの力に驚かされる。応援も回を増すごとに熱が入り、ドイツ人パワーも手伝って結構気合いの入ったものになっていた。 そしてまさかまさかの決勝進出が決まったとき、会場は興奮の坩堝と化した。いつまでも続く"ドイチュラント"コール。誰が決勝進出することを予想していただろうか。ベッケンバウアーだって、フェラーだってそんな大それたことは考えていなかったはずだ(多分)。私だってアメリカ戦を見ていた時、ここで敗退すると確信していた。 何はともあれ、これで横浜で再び彼らに会える! そう思うだけで胸がときめいてしまうのであった。 6月27日 ネット上では、ドイツ代表の宿泊先に関する情報で某掲示板が賑わっていた。もちろん私もいろいろ手を尽くして情報を得ようとしたが、さすがにフランクフルトのドイツサッカー協会事務所に何度電話をしても繋がらない。この予想外の顛末に、てんてこ舞いに違いない。 深夜、同じく情報を探っていたリバちゃんからの電話で、宿泊先はシェラトンホテルということを知る。そうと分かれば行くしかない。 6月28日 午前中、リバちゃんと私はすでに横浜駅前のシェラトンに到着していた。リバちゃんはなんと宿泊の予約を入れていた。その行動には私も恐れ入る。ホテルのロビーで、文化センターでの観戦会で顔を合わせたことのある女のコにあった。彼女もいてもたってもいられなくなって来てしまったらしい。 3人でお茶をして再びロビーに戻ると、かなりの数のファンがロープ越しに選手の到着を待っていた。ドイツのメディア関係者に確認したところ、チームの到着は1時から2時の間とのこと。私達も良い位置をキープして選手を待つことにした。 待っているときに、後ろの女のコ達の話が気になってつい話し掛けてしまったが、その中の1人があんちゃんだった。彼女とはこの後行動を共にすることが多くなる。 ホテルの中がだんだん騒然となってきて、キャーという黄色い声と共に(日本ならでは)いよいよドイツ代表の凱旋である。後で知ったのだが、このとき集まったファンの数は数百人とか。さて、角度的によく見えなかったのだが、ルディとカーンが花束をもらったのではないだろうか。私達はエレベータ付近で待ち構えていたので、必然的にそこを通る選手達を拝むことができた。笑えたのは、ノイビルがこのファンの数に口を開けて驚いていたこと。他の選手達も唖然としていたのだが、彼の驚き様は分かり易かった。しかし彼の驚きも納得だ。私ですらこのファンの数に驚愕したのだから。ましてや宮崎での閑散ぶりを振りかえると、選手達の驚きも無理はない。リバちゃんがマルコ・レーマーに対して「マルコ!」と叫んだのだが、マルコ・ボーデが振りかえったのには笑えた。 |
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夕方に練習があるらしいという情報を得たので、遠ちゃん、あんちゃん、私の3人で遅い昼食を取った後、リバちゃんがチェックインして、彼女の部屋で休息させてもらった。 しばらくして私達は練習に出ていく選手達を見ようと1階ロビーに下りた。ロビーの隅に小さな売店があるのだが、そこにブットを発見。彼は代表チームの中でも比較的影の薄い存在。ドイツ代表のジャージを着ているにもかかわらず、そこにいたファン達は誰一人として彼に声を掛けない。みんな大物以外興味がないのか?(この書き方はブットにかなり失礼だが)それともブットを知らないのか? 果ては、スタッフの1人だと思われているのか? まあそれはさておき、私はもちろん彼に話し掛けた。宮崎と成田で撮った写真をやっと現像したので、彼との2ショットにサインをもらったのだが、彼は謙虚で良い人だった。 |
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さて、次は選手を見るための場所取り。残念なことに、ファンは1階の出入り口付近で待つことができず、2、3階にいるしかなかった。吹き抜けになっているので下を見下ろせるとはいえ、そこは角度的にも、距離的にもいただけない。しかし大人しくホテル従業員と警備員に従うしかない。私達は仕方なく1階ロビーがよく見渡せる2階の通路で待ち構えていた。 選手達が練習へ行くために再びロビーに姿を現したときには、先ほどに勝るとも劣らないファンが、いや、正確にはファンではない人々も多く含まれているのだが、集まっていた。しかしそんななんちゃってファン達は、「ケリィィィィ!!!」「クリスチャーーーーン!!!」「マルコォーーー!!!」などと叫ぶわけもなく、そう叫んだ私達の声はしっかりと選手達に届いていて、何人かの選手は私達の存在に気づき顔を上げてくれた。ケールはさすがにアイドル(?)だけあって、しっかりと笑顔で手を振ってくれた。 夕方、仕事が終わったマリちゃん、マミちゃんと合流。2人ともドイツ文化センターの観戦会で親しくなったカーン・ファンの女のコ達だ。今度は5人で選手が練習を終えて戻ってくるのを、再び1階ロビーが見渡せる2階の通路で待っていた。 練習が終わって戻ってきた選手達に懲りずに上から声を掛ける。私達の「メッツェーーーー!!!」の声に、メッツェは絶対に気づいているはずなのだが、恥ずかしがり屋さん(?)のため(そう思いたい)顔を上げてくれない。しかしメッツェの後ろを歩いていたボーデが、メッツェを後ろから突いて、私達の方を指差し、手でも振るように言ってくれたらしい。メッツェは赤い顔を上げて、私達の方を見て手を振ってくれた。なんてカワイイんだぁ。←すでに壊れかけている その日の夜、私達はとうとうこの作戦にでた。その名も「エレベーター大作戦」。何のことはない、ただエレベーターで行ったり来たりして、選手との偶然の出会いを狙うのだ。私達はエレベーターに分乗して、ひたすら行ったり来たりしていた。小型カメラが付いているとも知らずに。 その日どの選手に会うことができたのか、なぜか記憶にない。もらったサインから察するに、レーマン、ハマンか? それとゼップ・マイヤー。私達の誰かがエレベーターのボタンに寄りかかってしまって、何個かボタンがついてしまったときという最悪のタイミングで、そのエレベーターに乗りこんできた。押されているボタンを見たマイヤーは、「そんなにボタンを押したのは君達だろう?」と冗談めかして言ってきた。私が「知らないよ〜、私達が乗ったときにはすでにこの状態だったんだもん」ととぼけてみても信じてくれない(と言うか、信じないも何も本当に嘘だし・・・)。でもお茶目な人で、「もう、仕方ないな〜」という感じで私の髪の毛をクシャクシャと撫でた。あの往年の名ゴールキーパーに頭を撫でられたなんて感激ぃ〜〜〜。そしてなんだかんだで、宮崎で撮った2ショット写真にサインももらった。 その日はもう収穫なしと踏んだ私達は、22時30分頃、家路へと向かった。 6月29日 決勝前日。朝9時頃に1階ロビーで再会することを前夜約束した私達。私は9時過ぎに到着したものの、他のメンバーは誰も着ていなかった。まあこんなもんか。 しかし昨日ちょっとお話をしたお姉さんがロビーにいた。彼女と話ながらロビーで待っていると、リバちゃんが下りてきた。それにしても他のメンバーはどうした? マミちゃんは前日から来ないと言っていたし(彼女が唯一まともかもしれない)、マリちゃんからはその時点で「今起きた〜」という素敵な電話が入っていた。しばらくして、あんちゃんが合流。 ロビーで待っていても誰もやって来ないので、再びエレベーター作戦にでることになった。前日同様、エレベーターでうろうろやっていると、何人かの選手と遭遇した。しかし、日本人スタッフも一緒であることが多く、その場合、選手達に声を掛けることができない。日本人スタッフは怖いんだもーん。選手がナーバスになっているのは分かるが、その選手が別にいいよって言ってくれたら良いのではないだろうか? ブットとチームドクター(ミュラーさん)と同乗したときにその日の練習時間を訊いたのだが、全く嫌そうな顔はしていなかった。26階の踊り場でノイビルに会ったときも彼はとてもフレンドリーで、そこにいた全員(確か5、6人)と写真を撮ってくれた。それにしてもノイビルは意味もなくうろうろしていたのでは? そしてあの腰の低さって一体・・・。こっちがサインや写真をお願いしているのに、彼の場合は「本当に僕でいいんですか?」という感じで応対してくれる。レバークーゼンが来季優勝することを願っていると言うと、彼は笑顔で「僕も願っているよ」と言った。私が言うのもなんですが、彼のドイツ語は確実に進歩していた。 |
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何人かの選手に偶然会うことはできたが、私のお目当てのメッツェ、ケールには運悪くお会いすることはできなかった。が、リッケンには会えた。エレベーターのドアが開いて彼が乗りこんできたときは、再びドイツ語が吹っ飛びそうになってしまった。しかし彼にサインを貰おうと宮崎で撮った写真を見せて、「私のこと覚えてる?」と尋ねると、光栄にも彼は私のことを覚えていてくれて、「ああ、覚えてる。元気?」と言ってくれた。私が撮った写真がちょっと失敗していたことを告げると、「残念だったね」と答えてくれ、更にもう1度写真を撮りたいとお願いすると、快く承諾してくれた。と、そこでエレベーターは彼の降りる階に到着してしまったのだが、私が一緒に降りて良いか訊くとOKしてくれた。ええ人や〜。しかしエレベーターを降りてみると、おばさん2人と子供数人という最悪の追っかけが待ち構えており(彼らの行動は明らかに度を越していた)、あっという間にリッケンは囲まれてしまった。みんなが次から次へとサイン・写真とねだるので「時間、大丈夫?」と訊くと、彼は「問題ない」と言ってくれた。私も写真を撮ってサインを貰ったのだが、最後に「明日の試合出るんですか?」などと余計なことを尋ねてしまったのがいけなかった。彼はちょっと不機嫌そうな顔になってしまい、何も答えてはくれなかった。10番にもかかわらず試合に出ることができない彼のジレンマを察していながら、私はなんて質問をしてしまったのか。彼も自分では「例外措置的な10番」と言っていたが、チャンスがあれば試合に出たかったはず。最後は素っ気無く行ってしまったリッケンの後ろ姿を見送りつつ、かなり後悔した。 その直後、私達はホテルスタッフに捕まってしまった。エレベーターに付いていた小型監視カメラによって私達の行動は見られていたのだ。このおっさん、かなり横柄な態度で、「あんた方、こんなことしていておかしいんじゃないの!」等々、ひどいことを散々言われた。しかしそこにいた6人のうち、4人がホテル宿泊者と分かると手のひら返し。と言っても、口調が変っただけで、言っている内容はひどいものだったのだが。なんとかおっさんから逃れた私達は、エレベーター作戦を少し自重した。 その日はバカらしくなって、練習に行く選手達を待ち構えることもなく、リバちゃんのご厚意で彼女の部屋でマリちゃんとだべっていた。(リバちゃんは他の友人と外出中) 選手達が戻ってくるのを見に行く気力もなかった。 その日の夜、1階ロビーに下りてきたミヒャエル・スキッペにサインを貰った。4、5人にサインをしていたが、私にだけメッセージを入れてくれた。なんと書いてくれたのかは、すごい筆記体のため私には読むことができない。いつかドイツ人に尋ねることにしよう。しかし私にだけメッセージを入れてくれたのは嬉しかった。 更にバラックが姿を見せた。そのバラックにものすごい数のファンが殺到した。私は比較的早く彼の存在に気付いたので、なんとかサインを貰うことができたが、それは適当に書いたとしか言えない代物だった。 次に現れたのがヤンカー。再び彼に群がるファン達。もちろん私もそんな1人になってしまったのだが、男のファンに突き飛ばされた。そのはずみでサインペンを落とし、それを拾うことはできないわ、さらに突き飛ばされるわで、踏んだり蹴ったり。 結局マリちゃんと私が最後まで残っていたが、22時頃にはホテルから追い出されてしまい、23時頃まで外で待っていたが、そろそろ切り上げることにした。なんだかどっと疲れた・・・。 ホテルの外では、徹夜すると思われる人達が数人たむろしていた。体力あるなぁ。 6月30日 今日はいよいよ決勝。さすがに選手達はナーバスになっているだろうし、私ももうエレベーター作戦などやる気もしなかったので、ハミヤン(女:ベルリン在住 出稼ぎのために日本へ帰国中)と共に17時頃ホテルへ向った。すでにホテル内で選手を待つことはできなくなっていたので、試合に向かう選手達を外で待つことにした。それにしても、すごいファンの熱狂ぶり! 2日前の夜、ドイツのラジオ局の人にインタビューを受けたのだが、そのインタビュアーと話したとき、ドイツではホテルにまでファンが入ってくることは有り得ないと言っていた。この時点では違かったけれど、ファンがホテルまで入って行くというこの日本での光景は、ドイツ的には異常ということだった。ちなみにまりちゃんと私に対するインタビューは本当にドイツ国内で流されたそうだ。ちょっと恥ずかしい・・・。 ハミヤンとドルトムント・トークで盛り上がっていると、選手達を乗せたバスが徐行しながらホテル前から出てきた。結局選手を見るというか、バスを見るといった感じである。まあ誰が乗っているかくらいは確認できたが、ファン達の声援は凄まじいものであった。誰に対してかというと、1位:カーン 2位:カーン 3位:カーン 4位:クローゼ である。 さて、その日はネットで出会った例の方々と一緒に、横浜のインターコンチネンタルホテルのスポーツバーで観戦することになっていた。入場料を払ってまでテレビ観戦というのが日本らしい。ハミヤンと私が到着したときには、すでに皆集まっていた。ブラジルファンも集まっていて、会場はすでにエキサイト。 決勝戦――――決して悪い試合ではなかった・・・と思う。ドイツは珍しくアグレッシブで試合を面白くしていた。しかし決定力不足とバラックの穴はどうにも埋められなかった。しかし負けて良かったと思ったのは私だけではなく、数多いドイツ人達の意見でもある。 なんだかさっぱりした気持ちでその場を後にしたリバちゃん、マリちゃん、マミちゃん、私の4人は、再びシェラトンホテルに向かった。負けたといっても準優勝、しかもドイツ代表にとってはベストゲームとでもいうべき試合をした選手達を、称えたい気持ちでいっぱいだった。 ホテルのロビーにはすでに数人のファンが集まっていた。さすがにこのときばかりは、ホテルスタッフもファンを待たせてくれた。その上、写真撮影をしても良いという。 マリちゃんとマミちゃんは、"Vielen Dank(どうもありがとう)"と書いた紙を掲げていた。はじめにホテルに戻ってきたのは、ドイツ政府のお偉いさん達と大使館関係者だったが、その紙に気付くと、笑顔で答えてくれた。そしてあのドイツ首相のシュレーダーにいたっては、わざわざ私達の方へ来て、握手をしてくれたのだ。一国の首相ともあろう人がこんなことをしてくれるなんて、私達はとても感激した。 その後に現れたのが選手の奥様と彼女達。ドイツの女性はお世辞にもキレイとは言えないのだが(すみません、私の偏見入ってます)、やはりここにはキレイどころが揃っていた。 ファンの数も増えてきて、いよいよ選手達がホテルに戻って来た。その顔には疲れは見えたが、爽やかなものだったように思う。カーンに関してはまだショックが大きいようだったが。全員ではないが、ファンの声にも答えてくれた。私には、ここで見た選手達が一番ステキに見えた。 選手達が居なくなっても決勝戦の興奮は続いていた。 選手達は"お疲れ様会"をするようだった。私達はなんとか頼んでそのパーティに参加させてもらおうと思ったが、日本人スタッフの強固なディフェンスによりあえなく撃沈。 その日ホテルに宿泊していた友達は皆引き上げてしまったので、泊まっていなかったマリちゃんと私はファミレスかマンガ喫茶にでも行こうと画策していた。すでに終電もなかったし、そもそも私達ははじめからオールするつもりでここに来ていた。そして泊まっているにもかかわらずリバちゃんも一緒に行くというので、3人でファミレスに向かった。 その日の夜は、3人ともナチュラルハイだった。ここ数日の思い出話、ドイツ代表のダメだし等、言いたい放題の無礼講。そして誰が言い出したか、各々のファンにファンレターを書くことになった。早速隣にあったコンビ二にレターセットを買いに行き、悩んで悩んで傑作を書き上げた。 明け方6時。ナチュラルハイを通りすぎた私達は、雨の中再びホテルに向かった。ホテル玄関前には、帰国するのか、酔っ払ったメディア関係者達がいて、私達は彼らにからまれる。酒も飲んでいないのにハイな私達はそんな彼らに応戦。酔っ払い対ナチュラルハイ、もう何がなんだか分からない。 再びロビーで忍耐強く選手達を待ち続ける。もちろん見知った他のファンの面々も揃っている。徐々に人数が増えてきて、再び選手に近づけないようにロープが張られてしまった。これでは選手達に手紙が渡せない。仕方がないので、偶然を狙ってエレベーター作戦に出るが、お目当ての選手には会えないし、もうそんなことをするのにも嫌気が差していたので、再び大人しくロビーで待つことにした。 選手達はちらほらと姿を現したが、近づくこともできず、そして前夜の疲れなのか、皆俯き加減で足早にバスに乗り込んでしまう。1ヶ月以上も国を離れていたのだから、早く帰りたいんだろうなぁ。私のお目当てメッツェもリッケンもファンに答えることなく行ってしまった。手紙は渡せずじまい・・・。が、ロビーの片隅に集まっている選手の奥様方を見て閃いた。彼女達に頼めばいいんじゃん! 早速警備員を振り払って、誰だか分からないけど、選手の奥様の1人に近づいて畏れ多くも手紙を渡してくれるようにお願いした。その奥様は、「OK! 問題ないわ。」とあっさりと感じ良く了解してくれた。更にマリちゃんのカーン宛の手紙と、リバちゃんのハマン宛の手紙については、彼女は受け取るなり、その場でそれぞれの奥様に渡してくれた。「ジモーネ、これ」(ジモーネはカーンの奥さんの名前)ってな具合で。これってちょっとイヤかも・・・。まあ私のファンのメッツェは独身だし、彼女も連れてきていなかったので、きっと直接渡してくれたでしょう(忘れられていないことを祈りたい)。 こうしてすべての選手を見送ったとき、私達のW杯は本当に終わった。そして後に残ったものは虚脱感。これがW杯後遺症なのか・・・。 余談だが、徹夜をしているにもかかわらず元気だった私達は、大人しく家に帰る気もせず、夕方までカラオケボックスで盛り上がった。 (後記) ツワモノ共が夢の跡――― 決勝が終わって周りを見回してみたら、泣いているファンあり、冷静に試合を振り返っているファンあり、呆然としているファンあり、喜んでいるブラジルファンあり。 私? 私は嬉しかったです。試合に対してじゃなく、みんなと知り合えて、一緒に盛り上がれて、同じチームを応援できて。 こんな風に誰かと一緒にサッカーを観られる日がくるなんて思っていなかったから。というのも、私がサッカーにはまった80年代には、周りにサッカーファンは1人しか居らず、ワールドカップはいつも1人で深夜に(時差の都合で)テレビ観戦していました。当時はもちろん全試合中継なんて有り得ない時代です。 だからW杯が日本で開催される日がくるなんて、当時は夢にも思っていませんでした。そしてここまで日本人がサッカーに熱狂するなんて、ガラガラの日本リーグのスタジアムを覚えている人達の誰が想像したでしょうか。 今回のW杯を通して知り合えた人達との繋がりが、W杯が終わった後もドイツ代表やサッカーを通じてずっと続いていったら本当に嬉しいです。これからもみんなでドイツ代表を一緒に応援していきましょう!! ところで私はこの回想録ですっかりミーハーファンをしていますが、ミーハーでどこが悪い!と思っています。ちょっとサッカーマニアの人は、ミーハーファンを侮蔑する傾向にあるように思えますが、ミーハーでもなんでもサッカーが好きならそれで良いのではないでしょうか? この場を借りて、今回のW杯で知り合った全ての人に”ありがとう”を言いたいです。 そしてドイツ代表とそのスタッフに親切にしてもらったことは一生忘れません。私は、自称・「今回、日本一おいしい思いをしたドイツファン」ですから。あくまで自称です(笑い)。 |