遠い遠い昔のある大陸――――
この大陸には数十にも及ぶ国々がひしめきあっていた。よって当然至極、領土争いに伴う国同士の争いも熾烈を極める一方、政略結婚、同盟により安泰を計る国々も少なくなかった。
ここドルトムント王国は、この大陸の中でも大国という部類に入る。そしてこの国には、美しいく聡明と評判の王子がいた。名をリッケン。彼はスキッペ王の自慢の息子だった。
彼は剣の達人でもあり、その日も城の中庭でドルトムント国騎士隊長のメッツェルダーを相手に剣の稽古に余念がなかった。
「くっ・・・参りました。さすがは王子。私ではもう歯が立ちません。」
剣を収めながらメッツェルダーが言った。
「メッツェルダーもなかなかの腕前だよ。お前が騎士隊長を務めている限り我国も安泰だな。」
「有り難きお言葉・・・」
「・・・しかし大国バイエルン王国がいつ攻めてくるやも知れぬ。シャルケ王国も侮ることはできない。まだまだ軍を強化する余地はあるな。」
「はっ、心得ております。」
メッツェルダーは恭しく答えた。
「王子、ここにおいででしたか。スキッペ王がお呼びにございます。メッツェルダー隊長もご同行願います。」
2人の前に現れたのは、騎士隊の副隊長であるケールだった。
3人が揃って王の居間に足を踏み入れると、そこはいつにない緊張に包まれていた。王の横には、王の参謀
であるレーマンも控えている。
「父上、お呼びでございますか?」
「・・・恐れていた事態が遂に起こってしまった。」
スキッペ王が動揺を隠し切れない様子で口を開いた。
「父上、とおっしゃいますと、まさかバイエルン王国が・・・」
「察しの通りじゃ。たった今、バイエルンがレバークーゼン国を征服したとの報告が入った。レバークーゼン国の皇太子ノイビルが捕虜となっておるそうだ。」
「しかし大陸きっての精鋭を揃えているレバークーゼンがなぜ簡単に攻略されてしまったのですか?!」
「うむ、これはまだ未確認の情報じゃが、レバークーゼンがバイエルンに放った間者がバイエルン側に寝返ったらしいのじゃ。確かバラックとかいう騎士だったか・・・」
「バラックの名は聞いた事があります。彼はレバークーゼン国一の剣の使い手だとか・・・」
メッツェルダーが言った。
「レバークーゼンは我国とは同盟国・・・それにレバークーゼン国が攻略されたとなると、レバークーゼンの隣国である我国にバイエルンが攻め入ってくるのは必至・・・。そこで今後の我国の軍事について討議をしたい。レーマン、そちはどう思う?」
スキッペは、彼の横に控えていた参謀に尋ねた。
「・・・バイエルンが攻めてくるのは時間の問題・・・ともなれば攻められる前にこちらから攻撃を仕掛けるべきかと。」
「私は反対でございます。今の我国の戦力ではバイエルンには敵いません。まずは国境の警備を固め、敵の出方を見る作戦にでるべきかと・・・」
「私もメッツェルダー隊長の意見に賛成です。その上で同盟国の協力を得るべきかと存じます。」
「メッツェルダーとケールは防衛策か・・・」
「甘いぞ! 敵はいつ攻めてくるやも知れぬのに!」
声高にレーマンが言った。
「リッケン、そなたはどう考える?」
「私は・・・皆の意見に一理あると思います。今は一刻も早く同盟国の協力を得、レーマン参謀の言うように、先に攻め入るのが得策かと。ただし軍事力の差を考えると奇襲作戦が良いと思います。またノイビル皇太子についても考慮しなければなりません。」
「うむ・・・。よし、とりあえず全ての同盟国に密書を送れ! そしてすぐに援軍を請うのだ。」
「御意。」
こうして各地に密書が送られた。
数日後、各地より援軍がドルトムント王国に向かっていた。
城の広間では、スキッペ王をはじめ、リッケン王子以下ドルトムントムント王国の精鋭達が作戦を練っていた。
「申し上げます。ヘルタ帝国レーマー殿下、カイザースラウテルン王国クローゼ王子が到着致しました。」
「そうか、すぐにお通ししろ。」
時をおかず、レーマー、クローゼの両名が広間に姿を現した。
「これはこれは、レーマー殿下にクローゼ王子。お二方直々に援軍に加わっていただけるとは、なんとも心強い。」
「スキッペ王、バイエルンは我らの敵。この機会に必ずや蹴散らしてみせましょう」
「さすがレーマー殿下、力強いお言葉じゃ。」
「私も微力ながら協力させていただきます。」
「宜しく頼みますぞ、クローゼ王子。」
「スキッペ王、ブレーメン王国のフリングス騎士団長とバウマン副騎士団長が到着致しました。」
兵士の後ろから2人の勇者が続いた。
「スキッペ王、ブレーメン王国のフリングスとバウマン、ブレーメン王ボーデの名代でただ今参上致しました。」
フリングスとバウマンは、スキッペ王の前で跪いた。
「うむ、おぬしら2人の武勇は聞いておる。おぬし等を遣わしてくれるとはボーデ王もなんという心使い。期待しておるぞ。」
「はっ、お任せ下さい。」
ここに英傑達が集った。
広間ではレーマー、クローゼ、フリングス、バウマンを加えて、再び作戦会議が開かれていた。
「やはり守りを固めると同時に、奇襲作戦にでるのが得策かと思います。」
「レーマー殿下もそう思われますか・・・」
「後ろからの憂い、つまりシャルケ国にも備えなければなりませんな。」
クローゼが言った。
「うむ。我国の戦力がバイエルンに集中すると、シャルケにとってはまたとない好機。」
「国境の3つの砦に兵力を集めているように見せ掛け、レバークーゼン国のバイエルン勢に奇襲をかけてはいかがでしょう?」
「奇襲か・・・。」
そのとき、一兵士が慌しく広間に駆け込んできた。
「スキッペ王、国境の近くでレバークーゼンの残兵を保護したとの報告が入りました。」
「何! 彼等をすぐに城に連れてくるのじゃ! 彼等からバイエルンの様子を聞き出せるかもしれん。」
「はっ、すぐに手配致します。」
数時間後、レバークーゼンの残兵という3人の兵士がスキッペ王達の前にいた。
「私の名はラメロウ。レバークーゼン国の外交官です。この者はブット。国の軍事守備団長を務めております。そしてこの者は軍事団長のシュナイダーでございます。」
「うむ、それで一体何が起こったのだ?」
「・・・恥ずかしながら、我国が放った密偵による裏切りでございます。その密偵、バラックにより我軍の情報がバイエルン軍に流れ、対抗する間もないまま城を占領されてしまいました。まったくの不覚にございます。」
「そうか・・・。それでレバークーゼン王は?」
「我王フェラーは行方知れず。ノイビル皇太子は敵の手により捕らわれてしまいました・・・。」
「やはりノイビル皇太子はバイエルンに・・・。」
その場にいた一同は天を仰いだ。ノイビル皇太子は温厚な人柄で、皆から好かれていた。
「それでバイエルン軍の様子はどうだ?」
気を取り直して、スキッペ王が続けた。
「バイエルン軍を指揮しているのは3人。騎士隊のリンケ、イェレミース、ヤンカーです。そして彼等をまとめているのは、武勇王と名高いバイエルン王国のカーン王です。」
「カーン・・・無敗の王か・・・」
フリングスが呟いた。
「それでバイエルンの軍勢は?」
「敵の数から察して、兵のほとんどがレバークーゼン国に集結しているものと思われます。」
軍事団長のシュナイダーが答えた。
「ということは、今バイエルン本国は手薄な状態・・・そしてバイエルン王カーン自らも出陣し、現在はレバークーゼンに駐留・・・となると父上、先にバイエルン本国の領土を攻略するというのはどうでしょう。そして背後と正面からバイエルン軍を挟み撃ちにするのです!」
リッケンが進言した。
「しかしバイエルン本国へ兵を進めるには、レバークーゼン国を通るのが近道ですが、駐隊しているバイエルン軍に気づかれずに兵を動かすことは難しいかと存じます。」
騎士隊長メッツェルダーが言った。
「それならば私に任せてはいただけないか?」
「レーマー殿下、貴殿に何か策でも?」
「まずは我等が正面から攻めます。しかしそれは陽動です。その間に別働隊がバイエルン本国へ向かうのです。無事通過できれば退却を装って兵を引き上げます。」
「なるほど。」
スキッペ王は髭を撫でつけながら頷いた。
「父上、バイエルン本国を攻略する役目、ぜひ私に!」
若き勇者リッケンが、王の前に一歩踏み出した。
「うむ、それではリッケン、メッツェルダーとケールを伴って、バイエルンへ向かえ!」
「はっ。」
「クローゼ王子、貴殿にはレーマー殿下とバイエルンを攻めていただきたい。しかしこれはあくまでも策略。決して無駄に兵を失わないように願いたい。」
「はっ、心得ております。」
「そしてシャルケに対する対抗だが・・・」
「その役目、我等が仰せつかります。」
バウマンとフリングスが申し出た。
「うむ。宜しく頼む。」
「しかしノイビル皇太子はいかがなさいましょう。我等が攻めれば、バイエルン軍はノイビル皇太子を盾として使う可能性がございます。」
クローゼ王子が言った。
「戦いの前にこっそりノイビル皇太子を救い出すことができれば良いのですが・・・」
「仙術師のハマンに相談してはいかがでしょう。彼が術を使えば、バイエルン軍に包囲されたレバークーゼン城からノイビル様お1人をを救い出すのは容易いかと。」
メッツェルダーが提言した。
「そうじゃな。よし、早速ハマンを呼べ!」
仙術師ハマンが召し出された。
「スキッペ王、私のことをお呼びかな?」
「うむ、実はそなたに頼みたいことがあるのじゃ。」
スキッペは事の次第を説明した。
「ふむ・・・できないこともないが・・・ちょっと一人では難しいですな・・・。んっ、待てよ、確かツィーゲがバイエルン軍に加勢していたはずだが・・・」
「ツィーゲ?」
リッケンが尋ねた。
「ツィーゲというのは私の友人で、同じく仙術師です。彼は今はバイエルン側についておりますが、元々1人の人間に仕えるのが嫌いな性質の持ち主な上、最近のカーン王には辟易している様子でしたから、私が説得すれば彼の者の力を借りることも叶いましょう。彼の者の協力を仰げばノイビル様をお救いすることは容易いことです。」
「それは確かなのだな?」
「ええ、スキッペ王。保証致します。」
「うむ。では時を見計らってハマンにはレバークーゼン城に忍びこんでもらおう。」
「畏まりました。」
ハマンが仰々しく答えた。
「よし、これで大まかな作戦は決まったようじゃな。」
「おっと、わしを忘れてないかな〜?」
突然、広間にどこからともなく声が響き渡った。
「誰だ?」
リッケンがすかさず剣を抜いた。
「ここじゃよ。」
その声に一同が振り返った。そこには1人の老人の姿があった。
「ビアホフ老子・・・」
気が抜けたようにリッケンが言った。
ビアホフは往年の名剣士で、かつてはリッケンの剣の師匠でもあったが、今はほとんど引退した身であった。
「全くわしのことを無視しおって。わしも戦いに参加するぞい。」
「しかし老子、そのご老体では無理・・・」
メッツェルダーが言い終わらないうちに、ビアホフの持っていた杖がメッツェルダーの頭を直撃した。
「くっ・・・何をなさるんですか!」
「お前が失礼なことを言うからじゃよ。全くどいつもこいつも、わしのことを年寄り扱いしおって。」
「本当のことでしょう。」
そう言ったケールの頭にも、ビアホフの杖が振り下ろされた。
「ひ、ひどいですよ、老子。」
ケールが頭を押さえながら言った。
「わしも遠征に参加するぞい。スキッペ王、よろしいかな?」
「・・・勝手にしろ。」
「久し振りの大仕事。腕がなるのう。ほっほっほっ。」
ビアホフの高笑いを横目に、リッケン、メッツェルダー、ケールは顔を見合わせた。
何はともあれ、明日、バイエルン攻略のための作戦が実行されることになった。
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