リッケン軍はひたすらカーンが居るレバークーゼン城を目指していた。途中点在する砦にはバイエルン軍の姿が全くないことから、カーンが全ての兵をレバークーゼン城に集めているであろうことが推測できた。
1日の進軍を終えて、リッケン達は野営をしていた。ここ数日、敵の抵抗もなく簡単に兵を進めることができたこともあり、リッケンをはじめ、兵士達の間には、些か穏やかな、弛緩した雰囲気が流れていた。
リッケンは杯の酒を一気に飲み干した。
「カーンは篭城を企てているのであろう。父上からの連絡では、バラックをはじめ、多くの兵がドルトムント国境へ移ったとのことだからな。」
「我々がいかに早くレバークーゼン城を攻略できるかが、この戦いの鍵を握っているのですね。」
「その通りだ、メッツェルダー。父上達の作戦では、我々が先に手薄になっているレバークーゼン城を叩き、カーンを倒す。奴を倒せばバイエルン兵の士気も大きく下がるだろうし、寝返る兵士も多いだろう。シャルケは劣勢と見るや、すぐに兵を引くだろうしな。奴らが無理をしてまでバイエルンの援護をする理由はないからな。」
「さすがスキッペ王とレーマン参謀。これ以上の策はありませんね。」
ケールがリッケンの杯に酒を注ぎながら言った。
このとき、リッケン、そしてメッツェルダーとケールは、全てがうまく行くと信じて疑わなかった。
「ここにおいでか、リッケン王子。あまり飲み過ぎてはなりませんぞ。メッツェ、ケール、おぬし等もな。」
「ビアホフ老子、これから戦いが控えているのですから、今日くらいは良いでしょう。さっ、ビアホフ老子もご一緒に。」
そう言って、リッケンはビアホフに酒を勧めた。
「リッケン王子に勧められては、断るわけにはいかんのう。」
「そうですよ、今日は飲みましょう、ビアホフ老子。」
4人はかわるがわる杯を交わした。そしてその日は、いつもより少しばかり飲み過ぎてしまった。
真夜中、ふと目覚めたリッケンは、すぐ近くで馬の嘶きが聞こえたような気がした。彼は耳を澄ました。
「も、もしや・・・」
しかし、時は既に遅かった。
ドルトムント城―――
「スキッペ王、リッケン王子からは今だ何の伝令も届いてはいないのですか?」
王が控える広間にずかずかと入ってくるなり、レーマンはイライラした様子を隠して尋ねた。
「うむ・・・。すでにレバークーゼン城に攻め入っていてもおかしくはない頃合いなのだが・・・」
そのとき、兵士が慌てふためいて広間に入ってきた。
「申し上げます。シャルケがドルトムント領土に攻め入って参りました!!」
「何! とうとう来たか! それで、フリングス殿達の様子は!」
「敵の兵力はフリングス・バウマン軍の約2倍と聞いております。今のところ援軍の要請はございませんが・・・」
「2倍・・・フリングス殿とバウマン殿がいかに精鋭を率いているとは言っても、苦戦していることは間違いない。すぐに援軍を向けよ!」
「お待ち下さい、スキッペ王。それは敵の思うところにございましょう。間もなくバイエルン軍が攻め入ってくるのは必至。今の我等の兵力ではそれに抵抗するので精一杯でございます。」
傍らに控えていた仙術師のハマンが言った。
「しかしシャルケがフリングス・バウマン殿の軍を突破した場合、ドルトムント城がシャルケの手に落ちる危険がございますぞ!」
レーマンが興奮気味に言った。
ハマンの言うことも、レーマンの言うことももったもだった。スキッペはすぐにでも決断を下さねばならなかった。
「・・・リッケンからの報告はまだないのか。」
スキッペは呟いた。
その時、再び伝令を伝える兵士が広間に入ってきた。
「スキッペ王・・・」
兵士は驚愕の表情を隠せずに、王の面前で跪いた。
「も、申し上げます・・・リッケン王子の軍が・・・」
報告を受けて、スキッペ王はその場に愕然と膝を落とした。
レバークーゼン城―――
意気揚揚と引き揚げてくる兵士達を、カーンは城の尖塔で満足気に眺めていた。
今朝早く入った報告によると、バイエルン軍は少数ながらも奇襲により、リッケン軍を壊滅状態に追い込んだ。
「はーはははーーっ、いかに精鋭と言えども、所詮リッケン軍は若造の集まり。敵陣で油断するとは、言語道断。バラックの考えた通りじゃ。全く奴には恐れ入るわい。それで、リッケンの首を取ったのであろうな?」
カーンは兵士に尋ねた。
「それが・・・定かではありません。暗がりの中ではっきりと確認した者がおりませぬゆえ・・・」
「何? それでは奴の消息は不明なのか? まあ、良い。あんな小僧1人生かしておいたところで一体何ができる。せいぜいドルトムントに逃げ帰るぐらいのものじゃろうよ。はーはははははっ!」
レバークーゼン城に、カーンの高笑いがいつまでも響いていた。
フリングス・バウマン軍は、人数こそシャルケ軍の半分にも満たないが、敵の進軍を予期して画策していたことが多いに役に立っていた。彼等の掘った落とし穴は敵の進軍を妨げ、四方から銅鑼を叩くことによって味方の数を多く見せ、シャルケ軍を混乱させた。
「これで少しは進軍を遅らせることができただろう。」
バウマンが小高い丘の上で馬を止め、遠方にシャルケ軍を見下ろしながら言った。
「しかしシャルケ軍が我々の軍と対峙するのは時間の問題だ。」
落ち着いた口調でフリングスが言った。
「・・・敵の指揮官は、ベーメとアザモアらしいな。」
「ああ、奴等が相手では、梃子摺りそうだな。」
「しかしやるしかない。」
「多勢に無勢。しかし兵の数では勝敗は決まらないことを奴等に教えてやろうぜ。」
フリングスがそう言うと、バウマンは無言で頷いた。
ドルトムント、レバークーゼン国境付近の砦では、バラック率いるバイエルン軍が、虎視眈々と進軍の準備を整えていた。
バイエルン御三家も、砦の一室で顔を揃えていた。
「全てがバラックの思惑通りになったな。まさかリッケン軍を壊滅状態に追いやるとはな・・・。」
剣の手入れに余念がないリンケが言った。
「後はシャルケがドルトムントを攻略できるかだな。」
そう言うと、イェレミースは剣を振りまわした。
「あ、危ないなぁ。こんな狭い部屋の中で剣を振りまわさないでよ。」
ヤンカーは戦いを控えて落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりしていた。
「けっ、お前はよぉ、少しはバラックの爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ? まあ、あいつの場合、度胸があるというよりも、厚かましくて胡散臭いって感じ・・・」
ドアが開いて、バラックが入って来るのを見ると、イェレミ―スは口をつぐんだ。
「さてと、我々も出陣と行くか! 存分に働いてくれよ、御三家の諸君!」
バラックは陽気に言った。
「お前に言われなくても、やってやるさ。」
イェレミ―スが、不機嫌そうに長剣の鞘を腰に巻きつけた。
「期待してるぜ、イェレミ―ス卿。」
バラックはニヤリと笑った。
「スキッペ王、お気持ちはお察し致します。我等とてリッケン王子のことは気になります。しかし今はドルトムントのことをお考え下さい。」
ハマンが心痛な面持ちでスキッペ王に声を掛けた。
「分かっておる。」
「ご決断を、スキッペ王!」
レーマンが促した。
スキッペは玉座から立ち上がった。
「我意は決まった。フリングス、バウマン両名には何としてでもシャルケの進軍を妨げるようにと伝えよ! しかし万が一持ち堪えられない場合はドルトムント城まで退き、篭城するよう伝えるのだ。そして我々は全軍を持ってバイエルン軍と対峙する!!」
「御意!」
ここに最後の戦いの火蓋が切って下ろされようとしていた。
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