ドルトムント・レバークゼン国境――

バラックを先頭に、リンケ、イェレミース、ヤンカーが続く。その隙のない軍団に、レーマー、クローゼ、更にはシュナイダー、ラメロウ、ブットというレバークーゼン勢を擁したスキッペ王が真っ向から対峙していた。

「スキッペ王、負け戦にむざむざ赴くとは大層な覚悟だと誉めてやろう。」
「お前がバラックか。なるほど、確かに恐れ知らずな若者だ。」
「バラック、貴様よくも!!!」
シュナイダーが、怒りを隠せずにジリジリとバラックに近づいて行った。
「よせ、シュナイダー! ここは冷静になれ!」
「しかし俺はヤツを許せん!!」
「それは俺とても同じことだ! しかし怒りまかせなどではヤツを倒せないことはお前も分かっているだろう!!」
「ラメロウ・・・」
ラメロウの言う通りだった。長年同じ国に仕えていた騎士として、バラックの実力は嫌と言うほど分かっている。
「ごたくはもういい、さっさとおっぱじめようぜ!!」
血気に逸るイェレミ―スが叫んだ。
それが引き金となり、両軍の兵士が凄まじい雄叫びと共に一気に雪崩れ込んだ。
「スキッペ王、後方へお戻り下さい!! ここでは危険過ぎます!」
「うむ、頼むぞ、レーマー殿!」
レーマーは小さく頷くと、真っ向から敵陣に突っ込んで行った。



「ううん・・・・」
「気が付いたか、ケール!!」
「・・・メ、メッツェルダー隊長!! ご無事だったんですね!!」
2人は互いの無事を喜び合った。
しかし周りの光景を目にしたとき、ケールの顔から笑顔は消えた。
戦いの後の荒んだ風景が、奇襲をかけられたリッケン軍が壊滅状態に追いこまれたことを、嫌でも2人の脳裏に蘇らせた。
「メッツェルダー隊長・・・りッケン王子は・・・?」
「王子のお姿はどこにもない・・・」
「まさか・・・」
「馬鹿、そんな訳ないだろう!! リッケン王子は絶対にどこかで生きていらっしゃるに決まっている・・・」
メッツェルダーは声を詰まらせた。
「・・・メッツェルダー隊長、王子は生きていらっしゃいますよ! 絶対に生きていらっしゃいます!!」
力強いケールの言葉に、メッツェルダーは頷いた。
「やれやれ・・・わしのことはお忘れかい・・・」
「ビアホフ老子!!」
「殺しても死なないとは思っていましたが、やっぱり不死身だったんですね。」
「ばかもん! わしは化け物じゃないぞい!」
ビアホフの言葉に緊張が緩み、2人は笑みを洩らした。
しかし次の瞬間、ビアホフの表情はいつになく真剣な面持ちに変わっていた。
「ひどいもんじゃ・・・わしらが油断したばかりに・・・」
「・・・おっしゃる通りです。」
メッツェルダーが項垂れた。



「そこにいるのはヤンカーと見受けた! 私と勝負しろ!!」
「えっ、ぼ、僕と!?」
振り向いたヤンカーの目に映ったのは、馬上のクローゼだった。
「私の名はカイザースラウテルンのクローゼ! 勝負だ!!」
「えっーーーーっ! もうどうなっても知らないよ!」
「それはこちらの台詞だ!」
そう言うが早いが、クローゼは最初の一振りをヤンカーめがけて振り下ろした。しかしそれはあっさりとヤンカーに交わされてしまった。
「そんなんじゃ僕を倒せないよ! 今度はこっちの番だ! 君が僕に戦いを仕掛けたのがいけないんだからね。」
普段は温厚なヤンカーだが、敵を前にすればその実力を如何なく発揮する。彼の繰り出す鉾を、クローゼは辛うじて交わすのが精一杯だった。一歩、また一歩と後退させられてしまう。そして遂にはヤンカーの鉾を避けきれず、鉾先がクローゼの頬を掠った。
「あっ、ごめん! 綺麗な顔に傷を付けちゃった。」
クローゼは傷から流れる血を拭おうともせず、ヤンカーを睨みつけた。
「まだまだ、勝負はこれからだ!!」
「えっーーーっ、まだやる気?」
しかしクローゼが何度剣を繰り出しても、強靭なヤンカーの鉾の前に太刀打ちできなかった。
「そうか!!」
クローゼは咄嗟に馬から飛び降り、真下からヤンカーの懐近くへと飛び込んだ。長い鉾では近くにいる敵の相手には向かない。
「ヤンカー、覚悟!!!」
クローゼが剣を突いた瞬間、ヤンカーは馬上から地面へと投げ出された。
こうして最後はあっという間に決着が着いた。
「・・・良かった、これで戦いのない世界へ行ける・・・」
彼の最後の言葉にクローゼは少しばかり同情したが、今は感傷に浸っているときではなかった。
「ヤンカー、このクローゼが討ち取ったり!!!」
周りにいたバイエルン兵達は尻尾を巻いて逃げ出した。



レバークーゼン城の広間では酒宴が開かれていた。
リッケン軍壊滅、そしてレバークーゼン・ドルトムント国境で戦っているバラック率いるバイエルン軍がドルトムント本軍に対し優勢との知らせを受けたカーンが、気を良くして開いたものである。
「ははは、全くもって愉快じゃ!」
カーンの高笑いが城の広間に響き渡ると、広間に居た重鎮達も口々に今回の戦果を褒め称え合った。
兵士達にも酒が振舞われていた。城の見張り兵と言えども例外ではなく、城中の兵士達が浮かれいた。
そんな城の片隅で、一人の兵士がうずくまっていた。
「私が愚かだったせいでこんなことに・・・しかし私の命に代えても、必ず仇は取ってみせる・・・」
彼は密やかにその時を待っていた。



「へへへっ、レーマー殿下さんよ、この前はうまく逃げられちまったが、今日はそうはいかないぜ。」
イェレミ―スが舌なめずりをしながら言った。
「お前の相手などしているヒマはないと言っても大人しく聞き入れそうにもないな。」
「けっ、偉そうに!」
「仕方ない、存分に相手をしてやろう。」
「ふん、行くぜ!!!」
勢いづいたイェレミ―スはレーマーに向かって猪突してきた。
イェレミースの実力はレーマーの考えていた以上で、互角、いや、それ以上と言っても過言ではなかった。
2人の剣が何度も交錯したが、このままでは長期戦に持ちこまれそうな勢いだった。
「バイエルン御三家の実力と言うのは、まんざら嘘でもでもないようだな。」
「ふん、今頃俺様の力を思い知ったか!!」
「しかしお前のような冷静さの欠片もない血気に逸り過ぎた男を、カーンはよく傍に置いておくものだな。」
「な、なんだとーーー!!!」
落ち武者のような風貌のイェレミ―スが、頭に全ての血が上ったような怒りようで体を震わせた。そしてやみくもに剣を振り出した。
「なるほど、お前の弱点が分かったぞ。」
「何ぃ!?」
「確かに剣の腕は認めるが、お前には御三家を仕切る器もなければ、兵を統率する資格もないな。ヤンカーの方が騎士として余程上なんじゃないのか?」
レーマーの言葉にますます怒りを増長させたイェレミ―スは、更に平静を失って、ブンブンと剣を振り回したが、レーマーは軽々とそれを避けた。
「ここだ!!!」
隙を突いて放ったレーマーのたった一振りが、イェレミースの腕に致命傷を与えた。
こうなっては、イェレミ―スはもうレーマーと互角に戦うことなどできなかった。
「くそっ、今日のところはこのヘンにしてやるが、次は必ずお前を倒す!! 覚えてろよ!!」
イェレミ―スは馬の腹を蹴って素早くその場を立ち去って行った。
「やれやれ、本当に短気な男だな・・・」
レーマーは、敢えてイェレミースの後を追おうはしなかった。



ビアホフ、メッツェルダー、ケールの3人は、ずっと押し黙ったまま焚き火を囲んで座っていた。
いつもは口数の多いビアホフも今日は勝手が違う。
リッケンの安否も気遣われたが、ドルトムントで起こっているであろう戦いのことも気になった。本来ならば、彼等がここでカーンを倒し、一気に国境まで攻め上がり援護するという作戦であった。しかし愚かな油断から全てがふいになってしまった。
自分達の行動に対する後悔と叱責が重く心に圧し掛かっていた。
「・・・私はこれからレバークーゼン城を目指します。」
メッツェルダーがやっと口を開いた。
「メッツェルダー隊長、私も一緒に参ります!」
「お主等、何を言っておるんじゃ。みすみす殺されに行くつもりか。」
「先程レバークーゼン城の様子を遠巻きに覗ったところ、何やら酒宴を開いている様子でした。そして城内の守備もかなり手薄になっている様子。上手く城内に忍び込めば、カーンのところまで辿りつけるかも知れません・・・」
「・・・どうやら、わしが止めても無駄なようじゃな。」
ビアホフは溜息を吐いた。
「ビアホフ老子はドルトムントへお戻り下さい。」
「いや、お前さん達が危険を顧みず戦おうとしておるのに、わしだけがおめおめと逃げ帰るわけにゃいかん。わしはバイエルンに戻り、万が一のことを考えてゼヒツィヒに援軍を請うことにしよう。」
「分かりました。」
メッツェルダーとケールは立ち上がった。
「お気を付けて、ビアホフ老子。」
「お前さん達もな・・・」
2人は暗闇の森を僅かな明かりを頼りに歩き始めた。
「メッツェルダー、ケール!!」
遠ざかる2つの影をビアホフ呼び止めた。
「命を粗末にするんじゃないぞい!!」
ビアホフはトレードマークの杖を高く振り回しながら叫んだ。



陽が西に沈み、兵士達が焚く炎の元で今だ戦いが繰り広げられていた。
両国の兵とも既に疲労困憊して、憔悴し切っている。大地の上には、戦いの凄惨さをもの語るように多くの兵士達が横たわっていた。
「くそっ・・・梃子摺らせやがって・・・」
バラックは額から流れ落ちる汗を腕で拭った。
確かに最初はバイエルン軍が優勢だった。しかし両軍の兵士達の士気の決定的な違いが次第に戦いを五分に持ち込んでいた。つまりバイエルン軍兵士はこの戦いに勝ったとしても多少の禄を手に入れることができる程度だが、ドルトムント軍は国や家族の命が賭かっていた。まさに背水の陣である。
スキッペ王は戦いが始めると同時にすぐさま後方へ下がり、参謀レーマン、魔導士ハマーンといった面々をはじめ、統率の兵達にいち早く指示を出した。
魔導士ハマーンは、スキッペの期待に添う活躍を見せた。彼は敵兵を惑わすために幻の兵を作り出し、多くのバイエルン兵達が倒した瞬間に消えてしまうその幻兵達に惑わされていた。
そして参謀レーマンの指揮も見事だった。彼は味方兵の陣が崩れかかるとすぐに指示を出し、再び陣を整えた。

「おい、バラック、この暗さじゃ戦いにならん。兵士達も疲れ切っているし、今日は引き揚げよう。」
「リンケか・・・確かにその方が良さそうだな。」
「ふざけんじゃねぇ!! 俺はまだまだやれるぜ!!」
「イェレミ―ス! その傷で何言ってるんだ!」
「ちぃッ・・・」
「よし、引き揚げの合図を送れ!!」
バイエルン兵は一斉に踵を返した。



深夜、レバークーゼン城の片隅にうずくまっていた1人の兵士は、怪しまれないよう細心の注意を払いながら城内に忍び込んだ。
途中見掛けた兵士達は、酔い潰れて寝ているか、もしくは今だ酒盛りを続けていた。誰一人として、彼に注意を払う者など居らず、彼は容易く目指す城内の広間の扉の前に立っていた。
そしてゆっくりと扉を開けた。

「カーン王!!」
「・・・誰じゃ、わしの名前を気安く呼ぶ無礼者は!」
カーンが赤い顔を上げると、そこには1人の男が立っていた。
「よもや私の顔を忘れたわけではないでしょう。」
カーンは目を凝らしてその男をまじまじと眺めた。そしてその男の素性が分かったとき、驚愕の声を発した。
「お、お前はリッケン!!」
「あなたの首を奪いに来た! 私と勝負しろ!!」
「生きていたのか!! ええい、皆の者、出あえ! 曲者じゃ!!」
「残念ながらあなたの兵士達は皆泥酔して眠り込んでいる。」
カーンは先程まで繰り広げられていた酒宴を忌々しく思い返した。
「わしとしたことが油断しおったわい・・・かくなる上は、わし自らお主を葬ってやる!」
カーンは剣の柄に手をかけた。
「望むところだ!! 勝負だ、カーン!!」


剣と剣が触れ合う金属音だけが広間に響き渡る。
互いの剣が互いの繰りだす剣を押しとどめ、一進一退の攻防が続いていた。
「くっ・・・若造だとばかり思っていたが、ここまでとは・・・」
「カーン王・・・あなたの力もまだまだ衰えていないらしい・・・カーン王、まだ覚えていらっしゃるか・・・あなたと私が初めて会ったときのことを・・・あれはドルトムントに近隣諸国の主君が集まったときだった・・・」
「・・・覚えている。お前ははまだあどけない少年で・・・」
「そのときあなたは私に言った・・・『立派な騎士になれ』と。」
「そんなこともあったな・・・」
「なぜ・・・なぜ戦わなければならなかったんですか! なぜレバークーゼンに攻め入る必要があったのです!!」
「お前には分からんのか? わしらは根っからの騎士じゃ。戦わずして騎士と言えるものか。」
「騎士・・・」
リッケンはカーンの言葉を反芻した。
「行くぞ!!!」
再び活力を取り戻したカーンが勢いよくリッケンに向かって行った。
リッケンは寸でのところでカーンの剣を受け止めた。
ギリギリと歯を軋ませながら、カーンは剣に力を込めていく。2人の顔が2本の剣を挟んで数センチのところで対峙していた。
「・・・お前も騎士ならば分かるだろう。戦わなければ自分の存在が無になってしまうようなこの気持ちが・・・」
リッケンは全ての力を振り絞って剣を前に押し出し、カーンを跳ね除けた。そしてカーンが再び態勢を整える前に剣を繰りだした。リッケンの剣が空を切った。
「ちぃ・・・」
リッケンの剣が掠った右腕をカーンは片手で庇ったが、その指の隙間からはぽたぽたと血が滴っていた。
「確かにあなたの言う通りかもしれない・・・。ならば私も騎士の端くれ。全力であなたを倒す!」
リッケンは剣を握る手に力を込めた。

利き腕の自由を奪われても、カーンは尚怯まなかった。剣の応酬する音が相変わらず広間に響き渡る。
しかし持久力では断然リッケンの方が上であった。カーンは荒い息づかいで一歩後ろへ下がろうとした。その瞬間の一瞬の隙をリッケンは見逃さなかった。
「もらったぁ!!」
「ぐわっ!!」
リッケンの振り下ろした剣がカーンを捉えた瞬間だった。
カーンは力なく剣を落とした。
「カーン王!!」
リッケンは思わずカーンに駆け寄ると、倒れ掛けた体を両腕で支えた。
「リッケン・・・立派な騎士になったな・・・」
「カーン王・・・」
「・・・不思議じゃ・・・お前とはまたいつか会えるような気がする・・・今度会うときは敵ではなく味方であることを願いたいものじゃ・・・ぐふっ」
カーンの首がガクッと落ちた。
全てが終わった。そして次にリッケンを襲ったのは虚脱感だった。確かにカーンが暴君だったことに変わりはないが、彼の治世でバイエルン王国が栄華を極めていたことは事実である。彼の元に優れた騎士達も集っていた。
”彼にはどこ知れぬ魅力があったのかもしれない・・・”
ラースはカーンの体をそっと床に横たえた。
「リッケン王子!!」
突然広間に響いた懐かしいその声に、リッケンは振り返った。
「メッツェルダー!! ケール!! 2人共、無事だったのか!!」
「リッケン王子もご無事で何よりです!」
3人は互いの無事を喜び合った。
メッツェルダーとケールは、リッケンの足元に倒れているカーンに気が付いた。
「全て終わったよ・・・」
リッケンはどこか寂し気な表情を浮かべて言った。
メッツェルダーとケールは、ここで繰り広げられたであろう壮絶な戦いに思いを巡らせた。しかし感傷に浸っている暇はなかった。
「リッケン王子、兵士に見つかる前にここを脱出しましょう。」
「そうだな。」
「戻りましょう、ドルトムントへ!」
「ああ。」
3人は泥酔している兵士達を横目に、足早にレバークーゼン城を後にした。
すでに空は、白みがかっている。

一つの時代が終わって、新しい夜明けが訪れようとしていた。


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