ミュンヘンの2チーム 練習場編


ブンデスリーガのチームと言っても、そのカラーはチームによってかなり異なる。
私のごひいきのチーム、1860ミュンヘンの練習場は、あのバイエルン・ミュンヘンの練習場から、歩いて5分と離れていない。しかし練習を見学に訪れるファンの数の差は歴然である。言うまでもなく、圧倒的にバイエルンの方が多い。

数年前、まだ私がミュンヘンの近くに住んでいたとき、初めて1860の練習場を訪れた。すでにバイエルンの練習場を見ていた私は、その違いに驚いた。まず1860の練習場では、一面にしかフェンスがなかった。ピッチの横にまわれば、腰までの高さの柵があるだけだ。紅白戦などを行っているときにゴール裏になんて立って見学してしまうと、かなりの迫力を味わえる。ネット裏以外にいるときは、たまに飛んでくるボールに気を付けなければならない。
練習場の横にはお食事処。そのボロさは場末の居酒屋のようだ。選手達が練習後、このお食事処でビールなどを楽しんでいる。最近私が入ったときは、へスラーがビールを飲みながら新聞を読んでいた。ちなみに練習後に遠征先に向かう場合などは、選手達はここで食事を済ませる。その際、もちろん一般人(ただのファン)も混じっている。
そしてプレハブ小屋のファンショップ。プレハブだからとバカにはできない。これはなんと移動可能なのだ。現在、新しいクラブ施設を建設しているため、このファンショップは数十メートル移動した。
数年前まではこれまたボロいクラブハウスが建っていた。しかしこれは年を追うごとに立派になり、今では鉄筋5階建てになっている。

そして練習を見学に来ているファンといえば・・・ビール片手に酔っ払っていたりする。そしてそのほとんどは、年金生活者のような方々である。そもそも平日の午前中の練習を見学(彼らは別に見学などせずに、ビールを楽しんでいるが)できるのは、そのような方々しか考えられない。そして彼らはすでに選手と顔見知りである。近所の知り合いのように、練習が終わった選手達に声を掛けている。この前マックスは、タダのファンのオヤジと10分くらい話しこんでいた。
更に私が以前に話したおじさんなどは、私が「マックスのサインが欲しい」と言うと、「じゃあ、マックスがどこにいるか訊いてきてやる」と言うので、誰に訊きにいくのかとついていったら、へスラーのところへ行くではないか。そしてへスラーにマックスがどこにいるか尋ねている。いくらなんでもへスラーに尋ねるなんて畏れ多すぎる。でもへスラーも、「知らないけど、そのへんにいるんじゃないの」と普通に返事をしていた。へスラー、すっかり60er(1860の選手のこと)。

もちろん選手達とファンを隔てるロープなどは張られてはいない。練習が終わってクラブハウスへ戻る選手達とは、接したい放題である。もちろんクラブハウスから駐車場への道などにも全く何もされておらず、警備員やスタッフといった人も存在しない。まさにやりたい放題である。あまり思い出したくはないが、私は一度選手達の集団に勢いよく駈け寄っていき、その際お目当ての選手・チェルニーしか見えていなかったばっかりに、他の選手を突き飛ばしたことがある。思いきり転びそうになったが、私に当てられた選手の方がもっと派手に転びそうになっていた。皆、唖然である。でもその選手(名前も覚えちゃいない)は笑って許してくれたので、良しとしよう。

夏休みともなれば子供達も練習を見るために集まっている。その子供達は選手達が練習を行っているピッチの端で遊んでいたりする。そして練習後、子供達がサインを求めれば、選手達はもちろん断らない。頼まれてもいないのに、サインカードを配ったりもする。かなり前に、GKのホフマンに私もカードをもらったことがある(もちろんくれと頼んだ覚えはない)。そのときカードを2枚くれようとするので、「1枚でいいです」と言うと、「いいから、いいから」と結局2枚のカードを渡された。他にあげる人がいないのか? ちなみに最近、へスラーとシューケルという大物にも頂いた。

さて、一方のバイエルンはというと、とにかくいつ行っても人が多い。冬の雪が積もる中での練習にも、10人くらい見学に来ていたのには驚かされた。かく言う私もその1人なのだが。私は別にバイエルンのファンでもなんでもないが、マテウスとイェレミ−スが好きな私は、つい練習場に足を運んでしまった。

数年前にミュンヘン近郊に住んでいたときは、まだマテウスは健在だった。そしてイェレミ−スが1860ミュンヘンから移籍してきたシーズンだった。その2人目当てに練習場へ通ううちに、バイエルンのスタッフと仲良くなった。あるとき、私がイェレミ−スがクラブハウスから出てくるのを待っていると、スタッフがわざわざイェレミースを呼んできてくれた。彼にしてみれば迷惑だったろうけれど。でも私は呼んできてくれなんて頼んだ覚えはないぞ。
選手達の駐車場へも入ることができた。今でこそそこは立ち入り禁止で、柵で囲まれている日が多いが、その当時はファン達も入ることができた。スタッフがイェレミースの車を教えてくれて、「その前で待ってれば確実に彼は来るよ」などという、有りがたいアドバイスを頂いたこともある。そりゃ、当然だ。イェレミースはとても良い人で、私のことを覚えてくれて、当時、今以上にドイツ語が出来ないなりにも、ちょっとした会話などをしていた。

バイエルンの練習場で、初めてドイツ人の追っかけなるものに遭遇した。彼女達はリザラズのファンで、写真集でも作れそうなほど、ステキな写真を所有していた。かなり大きく引き伸ばして、パネルなどにしているのには、ただただ恐れ入る。彼女達に私のファンの選手を訊かれたので、イェレミースと言うと、「げーーーッ」という答えが返ってた。そのリアクションって一体・・・。
当時、マテウス、エッフェ、カーンなどの大物を抱えていたバイエルンだが、今のように選手達のガードは固くなかったような気がする。マテウスとも写真を撮ったりした。

この前、久し振りにミュンヘンを訪れて、両チームの練習を見学したが、バイエルンの練習場では、選手にまったく近づくことなどできなかった。夏休み中の日曜日ということもあったと思うが、至るところ柵だらけ。スタッフも数人いて、選手がきてくれない限りは、サインも写真もままならなかった。そしてほとんどの選手達は、子供達が柵の外から呼ぶ声を無視して、とっとと帰ってしまった。ファンの人数が多かったせいもあるとは思うが・・・。
一方の1860は・・・全く昔のままだった。選手ほぼ全員と2ショット写真を取らせて頂きました・・・。嬉しいやら悲しいやら。


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