| 生年月日 | 1980年11月5日 |
| 出身地 | Haltern |
| ポジション | DF |
『ヒルデブラントの前をうろちょろする、とても20歳には見えないヤツ』
だったはずなのに、2年後にはW杯準優勝メンバーにまでなってしまったメッツェルダー。数年前、私はシュットットガルト・キーパーのヒルデブラント目当てというミーハーな動機でU21代表の試合をよく観ていたが、そのときヒルデブラントの前をちょろちょろしていたのがメッツェである。ブンデスリーガでも大した活躍の印象もなかったメッツェルダーだが、自身も言っているように、ラッキーにもA代表入りを果たすことになる。というのも、当時ドルトムントでプレイをしていたハインリヒらDFがこぞって怪我で代表を辞退し、タナボタな状況で代表に選ばれてしまった。その後、2002年W杯予選での出場チャンスこそなかったが、親善試合にほぼフル出場を果たした。何気に実力をつけたメッツェはW杯のメンバーにしっかり選ばれ、そのW杯では全試合出場を果たし、スターダムを昇っていくかと思われた。
しかし2003年3月、彼のサッカー人生は天国から地獄へと急転する。アキレス腱の怪我が悪化し、長いリハビリ生活が続いた。一時は再起不能とも囁かれ、本人もやや自棄的になっていたように思われたが、2004年12月、630日ぶりにブンデスリーガに復帰した。
正直言って、メッツェに興味を持ったきっかけは、プレイではなく彼のHPからである。彼がHPを立ち上げたことを(ミーハー)ドルトムントファンの友人から聞きつけ、そこでメッツェの茶目っ気たっぷりのキャラクターを知ってしまった。最もツボにはまったのは、親友セバスチャン・ケールとのHP上でのやりとりである。またロジツキーにはまっていたこともあり、私はその頃、近年稀に見るドルトムントファンになっていた(私がドルトムントにはまるときには波があり、全て選手がキッカケとなっている。その前の波はファイヤージンガーにはまった1995、6年頃。こんなドルトムントファンで本当にファンの方には申し訳がないデス・・・)。そんな私が初めて生メッツェを見たのは、ドイツ代表がW杯キャンプを行っていた宮崎だった。そこでメッツェと少しばかり話す機会があり(詳しくはTEXTをお読み下さい)、それからじわじわと彼が気になる存在となっていった。W杯中の彼のプレイは危なかったしいところもあったが、カーンに叱咤されつつ持ち前のポジティブな性格でめきめきと実力をつけていった。あの短期間中に彼は本当にステップアップしたというのが私の印象である。
しかしあの怪我・・・まさかこんなに長い間苦しむことになるとは思ってもいなかった。HPのコラムを読むと、前向きに頑張ろうとしているけれど何か落ち込んでいるメッツェの姿が伝わってきた。そんな苦難を乗り越えて630日の復活を果たしたメッツェ。心から「おめでとう」と言いたい。
彼の魅力といえば、やはりそのキャラクターだと思う。選手としてももちろん認めているけれど、それ以上にメッツェルダーという人格に魅力を感じた人は少なくないのではないだろうか。これから彼がどう成長していくのか本当に楽しみである。
紆余曲折を経てメッツェにもらったメッセージ↓ 諸事情(コレは私の胸だけに留めておきます)があって素直に喜べなかったけれど、今は私に対してメッツェがくれたものなのだからということで私の宝物です。(でもウッカリ破いてしまったぁぁ・・・)

ぼかしのところに私の名前。『Mein groesster Fan aus Japan』(日本から僕の一番のファン)と書かれています。
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