初めての出産は難産で、26時間かかって生まれた子は3880グラムの大きな男の子。はじめての夜はナーサリーに預かってもらい、次の日から母乳を飲ませる練習を開始しました。私はあげ方がよくわからないし、息子も飲み方がよくわからないでわんわん泣くばかり。3日目の朝には、体重が1割以上減り、4日目も体重がまだ減るばかり。小児科に連れていきましたが、たぶん母乳が本格的に出てこないからだろうと、電気搾乳器を購入して刺激するよう指導されました。
そして生後1週間たった日、小児科医から「スクリーニングの結果、ポタシウムのレベルが高いので、念のためすぐ病院に連れて来て再血液検査を受けて下さい」という連絡がありました。これが金曜日の夕方。家に息子を連れて帰って来てまもなくすぐ検査結果が出て、再び小児科医から電話。「すぐに救急へ行って下さい。」
救急へいくと、すぐに看護婦さんが息子の腕に点滴のくだをいれようとしましたが、これが大変!息子は泣きわめくし、生後1週間の子の細腕で血管をみつけるのが一苦労。それからさらにACTHテストを行い、副腎皮質過形成(以下CAH)であるということが確定したようですが、出産の痛みがまだのこっていて満足に歩けなかった私は、まわりでおこっていたことはあまりよくわからなかったのが正直なところです。
検査が終わり、息子はNICU(新生児集中治療室)へ入ることになり、その後私たちは待ち合い室へ。若いお医者さんが3人やってきて、CAHについて説明をしてくれました。病名からなにから、初めて聞くことばかり、しかも医学用語ばかり。ひとつだけはっきりわかったのは、これから一生薬を服用しなければならないことでした。それだけで目の前がまっくらになりました...
その後私たちが宿泊する部屋に、これから息子の内分泌科の主治医になるドクターが助手をつれてやってきました。さらにくわしいCAHの説明...2種類の薬を毎日飲むこと、緊急時には注射をしなければならないこと(アメリカではコートリルと同じ成分の薬をクライシスがおこりそうな時に注射するよう指導されます)、メディカル・ブレスレットを着用すること...
それよりも、私が使命のように考えていたのは、息子に母乳をあげること!2時間おきに起きてNICUへ行き、授乳をしました。いろんな管をまかれて、かわいそう...とは実は思わなかったのは、まわりの赤ちゃんたちのほうが、息子よりずっとかぼそくて、痛々しかったから。息子は体重が減っても3300グラム以上あるから、コットが窮屈そうだったりして。ほかの赤ちゃんはみんな未熟児だもの。しかも母乳をぐんぐん飲むようになったから、元気になっているのが手にとるようにわかったんです。
それにしてもNICUの看護婦さん、みんなとても親切だったな〜授乳がしやすいように、授乳用の枕とか、足台とか、飲み物とか、いろんなものを頼まなくても持って来てくれるんですよ。それからミレイの小児科の先生!息子の病気を疑ってからのすばやい行動、週末お休みだったのにNICUまで来て、見てくれて。今でも大感謝しています。
さて、次の日には普通の病室があいたので、そちらに移ることになりました。こちらはもっと事務的で、看護婦さんも検温や薬の時間以外はあまり立ち寄らず、放っておかれた感じでした。入院してから4日目、月曜日に新しい数値が出て、まだ高いものの安定しているので、退院することに。私はトイレへ行くのも大変だったから、とにかく嬉しかった!でも明日からちゃんとお薬を自分たちであげられるんだろうか???退院前に、看護婦さんから筋肉注射の指導を受けましたが、緊急時、というのがいまいちぴんとこず、なんだか他人事のように練習しました。
CAHと診断されてショック、という気持ちはあとからじわじわとやってきました。ちょうど同じ時期に何人かの友だちが出産して、「何ごとも問題なく、健康に育ってます」というふうにいわれると、心が傷つきました。それから息子がクライシスにあって、突然亡くなってしまうのではないかという恐怖。いなくなってしまったとき悲しみにくれるのが嫌だから、愛情をあまり注がずにおこう...なんて思っていました。彼がどんどん元気に育っていくのを見ているうちに、そんな気持ちも薄らいできましたけどね。
そんなときに、やはりCAHの女の子をふたりもつ友だちからこんなお話を聞きました。細かいところは覚えてないんだけど...障害のある子をもつってどんな気持ち?と聞かれたら、私はイタリアに行こうと思っていたのに、オランダについてしまったようなもの、と答えます。ずっとイタリアに憧れて、あそこを訪れようとか、あんな美術品をみようとか、美味しいイタリア料理を食べようとか、計画をいろいろたて、飛行機にのりました。
さあ、目的地に到着!ところが機内のアナウンスが「オランダへようこそ」。えっ、私はイタリアへいくはずだったのに、どうしてこんなことになってしまったの?私はとってもがっかりして、イタリアへ行ったらあんなことも、こんなこともしたかったのに、と悲しく思います。夢に描いていたイタリアにくらべて、オランダのなんてつまらないこと!こんなはずではなかったのに...
でも、よくまわりを見渡してみてください。オランダにも素晴らしいところはたくさんあります。親切な人たちもたくさんいます。美しい美術品もたくさんあります。だんだん
オランダの良さがわかってきます。オランダにいて、ああ、イタリアへ行くはずだったのに、とずっと考えていたらなんとつまらないことでしょう。夢に描いていたことばかり追い求めていたら、いまいる場所の素晴らしさに気付くことはできないでしょう。
そう...なんですよ!息子がCAHで、不安は数かぎりなくあります。はっきりいって、薬をきちんと飲ませるというだけで、ストレスがたまります。でも息子がCAHのおかげで、得られたものもたくさんあります。医学の知識、人の親切にたいする感謝の気持ち、そして素晴らしい友人たち!
それにわがマナ息子はわたしたち夫婦にとって、だれにもかえがたい存在です。生まれたばかりの赤ちゃんがCAHで、悲観にくれるのはあたりまえです。それでも、薬をあげたり、熱をだしたら心配したり、そんなことをしているうちに、いつのまにかCAHが生活の一部になってきますよ。