14)入 浴

 この収容所から仕事以外で外へ出られたのは、入浴のときだけであった。 収容所を出て、右手のダラダラ坂を2〜30m位行ったところに風呂場(バー ニヤ)と殺菌釜(ダザカメラ)があった。 入浴は、時間制で1グル−プ20分程度で、月に1回から2回くらいあった様 に記憶している。 収容所の灯りは、前にも書いたように、1棟に裸電球が一個だけのために暗く 、自分のベッドの近くにも虱とり用の明かりが必要だったので、松脂の十分滲み ている木を1cm角、長さ30cm位に割ってこれに灯を点すと、結構明るく便 利で用をなしたが、ただ、困ったのはその油煙である。 松脂から上がる真っ黒な油煙は、顔は勿論のこと鼻や耳の穴まで入り込んで、 白い個所は目玉と歯だけで.それだけに入浴は嬉しかった。 入浴と言っても、日本の風呂の様に桶にドップリとつかるのではない。 天井の低い密閉した薄暗い小部屋の一番奥に、ドラム缶が横向きに壁に埋め込 まれていて、屋外から薪を燃やしてこのドラム缶を加熱して、そこへ入浴者が室 内からそのドラム缶の中に水をぶっ掛けると、熱せられた蒸気が室内に充満して 一寸先も見えなくなってしまうが、これを繰り返すうちに室温がどんどん上がっ てきて、スチームバスとなるのである。 温度が下がってくるとまたドラムカンに水をかけて室温を上げるという具合で ある。 入浴する兵隊たちの裸になった身体は、皆一様に痩せ細って肋骨が浮き出て、 正に集団ミイラの様相を呈していた。 こんな入浴でも10分もすると汗が吹き出てくる。 ソ連では、石鹸が貴重品でロ助でもなかなか手に入らない。 そこで彼等は、榊か白樺に似た葉のついた小枝を束ねて、これで汗の吹き出た 身体をバシッ、バシッと叩くのである。 この入浴法はやってみるとなかなか調子がよく、発汗して垢の浮いたところを 叩くので、石鹸を使わなくてもさっぱりとした気分になり、慣れるととてもいい 入浴法であった。 入浴から上がるとソ連兵たちは、身体も拭かずに濡れたまま、その上へ直接衣 服を着て、それでそのまま零下20度、30度の戸外へ、平気な顔で出ていくの には、いかに極寒地の生活に慣れているとはいえ驚かされた。 われわれにはとても真似が出来ず、煮染めた雑巾のような様なぼろ手ぬぐいで 身体を拭いて服を着た。


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