7)石灰の横流し

  サーハル・ナ・ザボードでの主な仕事は、貨車にバラ積みされている石灰の荷 卸とその石灰を大ハンマーで細かく砕く力仕事で、とても辛い仕事であった。 ある時、所長代理のニコライフ中尉の指示で、その砕かれた石灰の握り拳大の かけらを監督の目に付かないように、少しずつシューバー(外套)のポケットに 隠して、運び出すように云われた。 皆が持ち帰った石灰は、収容所の通用門に置いてある箱の中へ放り込んだ。 その石灰が、大きな箱一杯ぱいになった頃のある日、まだ夜も明けきらない真 っ暗な時刻にニコライフ中尉が私を起こしにきた。 「今から出かけるので兵隊を5名ほど出せ」というので、使役を出した。 行ってみるとトラックが着いており、麻袋が用意してあり、その袋に石灰を詰 めてトラックに積み込めというのである。 「ヴィストラー!(早くしろ!)」と急かされて、やっと積み込みが終わったの で、兵舎に帰って寝ようかと思っていたら、 「ムライは一緒に来い」と言うので、仕方なく助手席に乗った。 ニコライフ中尉の運転でまだ夜の明けないビースクの町を抜けて随分走った、 「何処へ行くのか」と聞いたら、この石灰を売りにいくというのである。 ロシアの家は、部屋の内も外も真っ白に塗装されているが、それは石灰を溶か して塗ったもので、田舎の方では石灰がなかなか手に入りにくいので、結構高く 売れるというのである。 どれくらい走っただろうか、昼前にある小さな部落に着いた。 彼は、私を車に残して一軒の家に入っていき、マダムを連れてきて、日本人に 盗ませた積み荷の石灰の値段交渉を始めた。 そして次から次へと家を回り、一袋、二袋と売っては、また次の部落へ移動し て、昼過ぎには全部売り尽くしてしまった。 ニコライフ中尉の手には、ルーブル紙幣の束が握られていた、すると彼は無造 作にその札の1/3位を、 「これはお前の分け前だ」と、私にくれたので有り難く頂戴した。 「さぁ、帰ろうか」と、ビースクへ向けて走ったが街へ着いた頃はもう日は落ち ていた。 彼は、 「食事でもしていこう」と、レストランに入って私の略帽を脱がせ、 「誰に聞かれても日本人と云うな」と念を押された。 店の中は、われわれの収容所生活とはおよそ別世界で、紫煙とウオツカの匂い と、音楽の騒音でごった返していた。 そこで何を食べたか全然記憶にないが、腹が減っていたので随分食べた、考え てみれば、朝飯も昼飯も食べいなかったので当たり前である。 しばらくして彼が、 「ムライはダンスを踊れるか」というので、 「ソシアルなら少しはできる」と言うと、一人の女性を連れてきて踊れというの で、ロシア音楽に合わせてクイックを踊った。 彼女が、 「おまえはコリアンスキー(朝鮮人)か、ヤポンスキー(日本人)か」と聞くの で、中尉に云われたように、 「コリヤだ」と答えた。 その間ニコライフ中尉は、女達に囲まれてすっかりご機嫌になってしまい、な かなか帰らないので、私も帰ることができず仕方なく飲めない酒をなめたり、女 たちと踊ったりして時間を潰し、収容所に帰ったのは夜中に近かった。 この時に稼いだお金はバザールなどで全部使ってしまった。


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