3)戦友の死

  ビースクにきても死亡する者が続いた。それはバラビリャンカにおける伐採労 働で、如何に体力が衰弱していたかということである。 柴田軍医がある日私を呼んで、上野候補生の胸をはだけ、聴診器を当てて、 「聞いてみろ」といわれたので耳を当ててみたところ、かすかに“ピュウーピュ ウー と笛を吹くような音が聞えた。 後で、ソッと 「あの呼吸をするたびに笛を吹くような音が出るようになると、あまり症状は芳 しくないので心配だ」と云われたが、それから数日経って軍医の言われたように あの頑強な体に似合わず、いつも素朴な話し方をしていた上野候補生はついに帰 らない人となった。 また、私と同じ愛知県(豊橋市二川町)出身の近藤伍長については、前にも書 いたように、バラビリャンカの伐採作業で自分の切った大木の下敷きになって、 腕と足を骨折し、頭蓋骨にもひびが入るという重傷を負ったが、柴田軍医の努力 で小康を得た一命も、ビースクへ着いて間もなく軍医が診断されたように此の世 を去った。 バラビリャンカで彼から頼まれていた遺品を、軍医立ち会いで受け取った。 上野候補生も近藤伍長も、和やかな顔で静かに息を引き取ったことがせめても の慰めであった。


ホームへ戻ります 目次へ戻ります
作業へ 倉庫係りへ