5)所長のマダム
或る時こんなことがあった。 ずんぐりもっくりの所長のマダムが、ニコニコ顔でやって来て、
「砂糖が欲しい」というので、 「伝票が無ければ駄目だ」と断ると、今度は威圧的に、
「私は所長の奥さんだ、言うことを聞かないと主人に言いつけて、お前を工場に
回すがいいか」というのである。 そうなるとこちらも意地になって、 「例えマダムでも、絶対駄目だ」と断った。すると今度はウオツカを出して、
「これと交換しよう」と云い出した。 もっとも、当時の日本人にはアルコール類は絶対許されなかったし、持ち込む
ことも許されなかったので、これなら簡単に砂糖と交換するだろうと彼女は考え
ていたようである。 ところが、私はもともと酒類には魅力がなかったこともあって最後まで、
「ニエット(駄目だ)」で押し通した。 遂にマダムは、 「所長に言いつけてやる」とぶつぶつ言いながら怒って帰っていった。
その場の成り行きで、強気に断ったものの若干の不安はあった。 翌日、案の定、所長から呼び出しがあったので、いよいよ今日から砂糖工場の
仕事に替えられるものと思って行くと、所長室に所長と奥さんの二人が私を待っ
ていた。 「昨日は、私の奥さんから砂糖を出すように言われても、お前は最後までマダム
の言うことを聞かなかったそうだが、私の云ったことをよく守ったのは偉い、こ
れからもしっかりやって欲しい」と誉められた。 これはマダムが単独でやったことなのか、或いは所長のやらせなのかはよく分
からなかったが、何とか一件落着した。 この件を機に所長から2つの特典を与えられた。
その一つは「倉庫の責任者として、全ての受領(入荷)と支給(出荷)の責任
者として必ず立ち会うようにせよ」というのであるが、そうなるとロ助のミッシ
ャですら自由に荷物を出し入れできなくなるので、ちょっと困った。 おかげで、収容所関係のロ助の糧秣も、われわれ収容所の糧秣もすべてこの倉
庫から支給されていたので、ソ連兵への食料をごまかして、そのピンはね分をわ
れわれの収容所へ回すことができた。 もう一つは、所長の発行する「ヴィズ・カンボーイ証」を貰ったことである。
この「ヴィズ・カンボーイ証」とは、歩哨の監視無しで収容所を自由に出入り
できる証明書である。 おかげで仕事の暇を見ては、一人で町へ出かけることができたので、ビースク
にいる間はおおいに利用した。外出時、衛兵所へ凡その帰る時間を言っておくだ
けでよかった。
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