5、ソ連参戦
われわれの嫌な予感は的中した。 8月9日未明、ソ連が一方的に参戦、関東軍に対して一斉攻撃を仕掛けてきた。
8月11日、遂に教育隊は、解散、原隊(鉄道第二十連隊、第9中隊、横地隊)への
復帰命令が出て即日帰隊した。 8月12日、不穏な空気が漂う中、ソ満国境の鉄道がソ連の奇襲を受けて破壊された
との情報により補修、救援に行くことになったと聞かされ、鉄道の補修資器材を貨
車に積み込んだ。 この時部隊に残留者がいたかどうか知らないが、内務班には誰も見あたらなかっ
た、いよいよ出発準備が終わって香坊の屯営を出発するとき最後に内務班を見回っ
て唖然とした、これがあの厳格な規律と教育によって鍛えられた日本の軍隊かと疑
われるような有様であった。 それは常に整理整頓されて埃一つない内務班は、編上靴で踏み荒らされて泥まみ
れ、その上、員数管理されていた毛布や、飯盒、上靴などは蹴散らかして、軍隊手
帳や日の丸の旗までが捨てられていた、缶詰などの食料品や握り飯などが床に踏み
散らかっている有り様は、常日頃の厳しい訓練や教育が何の役にも立っていないこ
とを見せつけていた。 私は列車に乗り遅れないように引っ込み線へ走った。 すでに、無蓋車には、軌条(レ−ル)や枕木などが満載されており、われわれは
その上に腰を降ろして、満州ハルビン市郊外、香坊の鉄道第二十連隊の引っ込み線
から出発した。 戦況は明らかに不利であったが、列車は一路吉林に向けて走った。
それは終戦の3日前のことである。
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