修学旅行を終えて

 9月15日から19日まで中国へ修学旅行へ行ってきました。その感想文です


修学旅行を終えて

 九月十五日から十九日までの間、中国のいろいろなところへ行った。その中でもっとも印象に残ったのは万里の長城だ。今までは日本列島往復分の長さがあるとしか聞いたことがなかったので(いったいどれくらいの長さなんだろう)と、よくわからなかった。でも、実際に間近で見てみると(いったいどれくらいの長さなんだろう)という考えが(どこまで続くんだろう)というのに変わってしまった。さらに、長城から見た景色もすごくきれいだった。
 次に印象に残ったのは月壇中学との交流会だ。ここでの交流会は今までの交流会とは少し違った。月壇中学の人たちは日本語が話せるので、気軽に話しかけることができた。いろいろなゲームもやった。○×ゲームや腕相撲のトーナメント戦。あと修学旅行中はできないと思っていたバスケットボールもできて、ほんとうによかった。もう一つおもしろいことがあった。修学旅行に行く前に見た「小さな留学生」というビデオに出ていた張素さんが月壇中学にいた。(これはすごい偶然だな)と驚いてしまった。
 楽しい思い出の他にも、いろいろと勉強になることもあった。中国の建物の造りや歴史などが少しわかるようになった。特に抗日記念館では、日本が中国にしてきた数々の悲惨なことがそのまま伝わってきたような感じだった。(もう二度とこんなことはしてはいけない)と、僕は思った。
 この修学旅行は、楽しいこともたくさんあったし、勉強にもなり、ほんとうに充実していたと思う。

修学旅行
 行く前からずっと心配していたのは、かぜと食事だったけど、北京に着けば香港なみに暑かったので、かぜはひきそうになかったし、食事は後半は、割とおいしかったのでよかった。
 この修学旅行で行く先々の景色は、香港や日本にいては見れないくらいスケールが大きくて、圧巻だった。特に万里の長城ではスケールも大きく、景色も最高だったけど、階段の段差がそろっていなくて、とても危なかった。やっぱり昔の建造物なので、気をつけなくてはいけないと思った。
 かぜもひかなかったし、食事もOK。そして、すごく勉強になった修学旅行だった。

修学旅行を終えて
 ぼくには香港最後の修学旅行だ。
 一日目は金山嶺長城へ行って見学した。けど、ものすごく長くて、はじめから階段だらけで、ものすごくつかれた。その日の夜はつかれたせいか、早く寝ることができた。
 二日目は避暑山荘へ行って、池なのに水がない池を見た。底はかれて、われていた。そこを走ると、底がくずれて、転びそうになった。その夜、泊まるところが変わって、どんなところか、わくわくしていた。
 三日目は月壇中学へ行って交流をした。みんないい人で、中でも王くんといちばん仲よくできた。そのあと、外でバスケットをした。男子チーム対女子チームでやった。だんとつに男子チームが勝っていた。その後、教室に戻ってトランプをしていたら、時間が終わってしまった。もっと遊びたいと思った。
 青年宮にも行った。そこでは雑技を見た。皿回しに布回しなどを見た。その中でいちばんすごかったのは皿回しだ。片手に五本の方をもって、そのうえに五枚の皿を回していた。それでいろいろと動かしても皿が全く落ちないのはとてもすごい。
 四日目は故宮博物館へ行った。見学し終わったあと、最後のホテル外の買い物だったから思いっきり買おうと思ったら、二百元しかなくて、あまり買えなかった。パンダ人形とカメの置物と、イルカの置物を買った。その中でいちばん高かったのはイルカの置物だった。二百七十元のところを、ぼくと友だち二人の三人で三つ買うので安くしてと頼んだら、百三十元にまけてくれて、なんとか買えた。この日の夜は自由時間がとても長く、とても楽しかった。
 五日目はとうとう香港に帰るときで、香港の空港に着いて解散になったら、TOKIOに行き会って、とてもすごかった。生まれて初めて芸能人に会って、言葉にできないくらいうれしかった。
 今年の旅行がいちばん楽しかった。

修学旅行を終えて
 修学旅行前日、ぼくは荷物整理を終え、もう寝るところだった。
「中国って、やっぱりスケールがデカいんだろうな」
事前学習で中国のことを調べたが、やはり想像がつくはずがなかった・・・。
 修学旅行当日、北京国際空港に着き、バスから外を眺めてみて、驚いた。木しかない・・・。だが金山嶺長城を見学したときは、ほんの少しだが感動した。いくつかの小さい山々の上に万里の長城があるのだ・・・。これがすごくきれいだった。
 三日目の月壇中学との交流会はすばらしいと思った。トランプやバスケットボールなどをして、とても楽しかった。願わくば、もう一度会いたいが、そんなわがままは言ってはならない。月壇中学のみなさんと交流したことを一生の宝物の一つにしたい。
 僕がいちばん心を痛めたのは抗日記念館を見学したときだった。戦争という二文字の言葉で殺し合いをする。全く人は馬鹿だと悟った。人は同じ過ちを繰り返す。それが第一次、第二次世界大戦を起こしたのだ。もし、第三次世界大戦が起こるとすれば、人は自滅すると思う・・・。
 改めて修学旅行を振り返ると、いろいろなことを学んだ。数では数え切れないほどの思い出と経験をした。一生、心に残しておきたい。

修学旅行を終えて
 ぼくたちは九月十五日に北京に行き、いろんなところを見学して帰ってきました。
 一日目はとても緊張している日でした。金山嶺長城の見学の時は、なんと雲が見あたらないくらいの晴れで、尾根が少ないのでとても暑かったです。しかも階段は高さが一定でないので、登るのがとてもたいへんで、汗がたくさん出ました。
 そして二日目も晴れ。見学が多くて、よく歩きました。
 三日目は交流会がありました。トランプや話をしたり、バスケットをして楽しく交流したけど一時間十分がとても短く感じました。もっと遊んでいたかったです。天壇公園では買い物もしてよかったし、青年宮での雑技鑑賞もよかったです。今まででとても楽しく感じた一日でした。
 四日目は歩いての移動が特に多くて、足がくたくたになりそうでした。抗日記念館へ行って、日本軍はとても残酷だと思いました。ろ溝橋は反対側に店があって、買い物もしました。でも橋にのっている獅子はすべて違う形をしていて、とても面白かったです。故宮博物館はとても広くて、迷いそうだった。
 そして五日目に香港へ帰ってきました。
 たったの五日間だけど、いろいろな思い出がたくさんできました。ぼくはまた北京に行きたくなりました。

修学旅行を終えて
 九月十五日から十九日までの四泊五日北京への旅。長いようで、あっというまに終わってしまった。中一の時に時間に対して、とても悪かった面があった。一人が遅れることによって、みんなを待たせてしまうことを知った自分は、今回は時間に注意していこうと思った。
 一日目。自分がいちばん見たかった万里の長城が見られてよかった。ずっと階段を登っていると、この階段が果てしなく続くように思えた。景色が最高だった。香港と違って、ビルや大きな建物がなく、ずっと向こうの方まで見渡せた。
 二日目。この日から買い物ができるということで、自分もさっそくいろいろと買った。先生が言っていたように、同じ品物でもかなり違う値段で買っている人がいた。そのたびに損した方は悔しがっていた。
 三日目。自分はこの五日間の中でいちばん大事な日だと思った。それは月壇中学との交流会があったからだ。最初は、向こうも日本語を学んでいるのだから、そんなに交流は難しくないと思った。でも実際やってみると、どう話しかければいいのやらさっぱりだった。他のところはみんな仲よく交流しているのに、うちのところはなかなかうまくいかない。とりあえず自分は名刺を渡した。そしたら向こうも名刺をくれた。それからいろいろと話し合ったりして、ゲームしたり、外でバスケットしたり、気がつけばもう時間がなかった。あっという間の交流会、楽しかった。お互いの文化なども教えあったりできたと思う。
 四日目は抗日記念館、天安門広場、故宮博物館など、さまざまな場所を見てまわり、とても勉強になった。
 この五日間で学んだことを、これから先、何か役に立つことがあればいいなあと思う。最後にバスガイドさん、JTBのみなさん、ホテルの人たちに、謝謝。

修学旅行を終えて
 修学旅行の五日間の中で、いろんなところに行きました。金山嶺長城、普寧寺、避暑山荘、普陀宗乗之廟、魯迅博物館、天壇公園、青年宮、抗日記念館、ろ溝橋、天安門広場、人民大会堂、故宮博物館、他にも交流会をやりました。この中で、いちばん楽しかったのは交流会や青年宮の雑技団が楽しかったです。
 交流会は月壇中学と交流会しました。
 最初の頃は、みんなのことを知らなくて不安でした。でも、ネームカードをみんなで交換していきました。そして、月壇中学の人からバスケをしようと言って、バスケをやりにいきました。外へ出たらコートがなくて、やれなかったと思ったら、五組のグループがそこにいて、いっしょにやろうって言われて、一組の男子のグループ対五組の女子グループと試合をやりました。僕は二ゴールを決めました。途中でやめて、サッカーの日本人学校対月壇中学との試合に、途中から入りました。そのときは一対一でした。内山くんがロングシュートを打って、入りました。月壇中学が一点決めて、二対二になり、最後は三対二で勝ちました。でも、勝ち負けでやったわけではなくて、交流試合みたいにやりました。とても楽しかったです。バスケは男子のグループが勝ちました。最後になり、せっかく友だちになれたのに、お別れするなんて、ちょっといやだったけど、楽しく交流会をやれて、とてもよかったです。
 三日目の夜に雑技団の雑技を見に行きました。すごいあぶなかった雑技だらけでした。一時間しかなかったけど、とても楽しく見れてよかったと思います。最後に雑技団といっしょに写真をとりました。
 チャンスがあれば、もう一回北京に行きたいです。

修学旅行を終えて
 僕はこの修学旅行を通して数々の中国の建造物を見学し、中国独特の文化や数々の歴史上のできごとなどを学ぶことができた。
 一日目に見学した万里の長城も、見学地からはそのほんの一部しか見れなかった。壁の高さもかなりあった。生まれて初めて直接目で見た万里の長城のスケールには圧倒した。それを眺めていると、美しさだけでなく、当時の皇帝が持っていた偉大な権力と、他の国に対しての敵対心の強さが感じられた。
 三日目に見学した天壇公園は二七〇〇平方メートルの広さの美しい建造物が並んでいる公園だ。階段の数や敷き詰めてある石をすべて九の倍数にしたり、昔からの習わしや信仰が残っていた。祈年殿からあたりを見回すと、明の皇帝が天を祭るところが目に浮かぶようだった。
 その他にも故宮や魯迅の博物館にも行ったが、どれもいい思い出になった。

修学旅行を終えて
 九月十五日、僕が中二の行事でいちばん楽しみにしていた修学旅行が始まった。行きの機内でのワクワクは、なんとも表現しがたい気持ちだった。
 中国で有名な場所といったら?と聞くと、だいたいの人が「万里の長城」と答えるだろう。イメージ通り、壮大なスケールと迫力が僕を待っていた。上まで登ることはとてもつらかったけど、そこからの景色はそんなものを吹き飛ばしてしまった。
 今回の修学旅行で印象がよく残っているのは四つある。一つ目は前にも書いた万里の長城。二つ目は天壇公園。特にそこの祈年殿は感動と等しい印象を受けた。天壇公園は自分が事前学習で調べていた場所なので、思い入れがあり、何度も来ていたような気がした。
 三つ目は交流会。はじめのうちは少しよそよそしい感じだったけど、交流係が先陣を切って話し始めてくれたので、だんだんと打ち解けて、腕相撲トーナメントやバスケで盛り上がり、昔からの仲間のように楽しむことができた。僕は交流会は苦手な方だったけど、あんなに帰りが惜しかった交流会はなかった。
 四つ目は抗日記念館。この場所だけは例外で、全体の空気も重くなっていた。そこには日本軍がしてきた数々の残酷なできごとが写真で飾られていた。特に暴力行為のところは目をそらしたくなった。本で「そういうのを見て(日本はひどい国)と錯覚するな!」と書いてあった。けど実際、日本軍は中国に対してああいう行為をしているのだ。先生は
「今、僕らがここに立っているのが奇跡なんだ」
と言っていた。まさしくその通りだ。戦争という行為自体まちがっている。二度とこんなことが起きてはならない!今回の修学旅行は喜び、哀しみ、楽しみ、決意、全て自分の心身のレベルアップにつながったと思う。最高の思い出だ。

修学旅行を終えて
 修学旅行を終えて、いちばん心に残ったのは万里の長城だ。
 バスの中や雑技などもおもしろかったけれど、なにがいちばんよかった?と聞かれたら、まずこの名前が出る。
 その理由は、第一にスケールの大きさ。もうなにもかもを圧倒するこのスケールがすごくて、頭に刻み込まれた。
 第二は、ほんとうに万里の長城の近くには何もない。まあ、ひとことで言うと田舎なんだけど、万里の長城から見た山の風景は、もう言葉に言い表せないほどすごかった。
 第三に長さがすごい。全部歩いたわけではないけど、日本列島の長さぐらいなんて、もうすごすぎると思った。それと、これを作った人はなんて用心深いんだなあ、と思った。モンゴルの遊牧民も、日本列島の半分の長さでも攻めてこないと思うのに、日本列島の長さの分を作るのは、ちょっとやりすぎだと思った。
 以上の理由で、万里の長城がいちばん心に残った。行くのにも、着いてからもたいへんだったけど、じゅうぶんその価値があった。
 これからも、唯一宇宙から見える万里の長城を、後世に残していってほしい。

修学旅行を終えて
 僕は北京に行って思ったことがある。それは建造物がメチャクチャ大きいということだ。
 万里の長城は、ほんとうにすごいと思った。僕は夏休みの宿題で万里の長城を調べて、宇宙から見えるほど「デカイ」というのはわかっていたが、近くで見ると見とれてしまうほどすごいと思った。
 他にも、いろいろすごいことがあった。それに北京で交流会をやったときに、友だちまでできた。僕と趣味が同じ人がいた。その友だちともなれて、みんなで外でバスケをやった。短い時間だった交流会だったけど、もう少し話したり、スポーツをしたかった。
 僕は今回の修学旅行のできごとを大切にしていきたい。

修学旅行を終えて
 僕は九月十五日に修学旅行に行った。この修学旅行は、中学校生活の中で最後の修学旅行なので、たくさんの思い出を作って、忘れられないような友情物語を作っていきたいと思っていた。
 僕たちの修学旅行は空港に入った瞬間から始まっていた。香港の空港は、いつ見ても広かった。空港にいちばん最初に着いたのは僕たちのチャーターバスだった。誰もいない空港はものすごく静かだった。ほんとうに今から修学旅行なのかなと思ったくらいだ。しばらくして、ほぼ生徒の全体が集まった。そして、飛行機へ乗るためのの手続きなどが全て終わった。あとは飛行機に乗るだけだ。そして、僕たちは飛行機に乗った。
 飛行機の中では、出席番号順みたいな座席順だった。飛行機の中に入った瞬間、十秒もしないうちに、にぎやかになった。にぎやかな中、約3時間が経過し、中国に着いた。
 ここで僕らは五日間過ごすんだ。初めて旅行で来た中国は、冷蔵庫のように寒かった。ホテル内では、とても楽しいことがたくさんあった。楽しいまま、僕は寝付いてしまった。十六日は、ホテルは違ったオリンピックホテルというところで寝たのだけれど、見学地を見学していた時の楽しさは、十五日と同じくらいだった。残りの三日間も同じように楽しく過ごした。
 さあ、中国ともさよならだ。おみやげも買った。もう思い残すごとはない。そう思いながら、帰りの飛行機に乗った。帰りの飛行機では、あまり声が出なかった。それは、中国との別れが悲しかったから。そして約3時間後、香港に着いた。
 しかし、香港でもものすこくいいことがあった。なんとTOKIOに会った。とてもすばらしい終わり方だった。

修学旅行を終えて
 この修学旅行ではいろいろなことを学び、とてもよかったと思います。いちばん印象的だったのは、避暑山荘でした。すごく広くて、まさに中国だと思いました。皇帝の避暑地であるこの避暑山荘は、すごく印象に残りました。
 二番目によかった場所は金山嶺長城です。金山嶺長城は万里の長城の一部ですが、それでも十分長くて、歩いたら何日もかかると思いました。あと、金山嶺長城と同じくらいよかったところは、天安門広場です。ここで十一年前に多くの死者を出した天安門事件があったとは思えないほど、広くてきれいなところでした。
 三番目は、マルコポーロがこの橋を見て「世界で最も美しい橋」といったところ、「ろ溝橋」です。この橋は日中戦争の発火点になったので、知られている橋です。僕がこの橋を渡って感じたことは、まず獅子が多いこと、人が多いということぐらいですが、抗日記念館でろ溝橋事件について見てみたら、人々の苦しみや悲しみが、よく伝わってきました。
 この修学旅行は、今書いたものだけでなく、すべて印象に残りました。中国(北京)で働こうとは思わないけれど、また一度中国(北京)へ行って、すみずみまで見てみようと思いました。

修学旅行を終えて
 僕はこの修学旅行を通して、ひとまわり(半まわり?)成長した気がする。それは「中国」という二文字の大きさとともに、友の偉大さを感じたからだと思う。特に友人には多々助けられ、感動し、泣いたほどだった。
 なかでもいちばんの思い出は、ある友人に「友だちじゃん」と言われたとき。冗談じゃなく、マジ泣いた。
 もう一つは、初日(のたぶんいちばん最初)に部屋の中にカードキーを忘れてしまったこと(ただのバカ)。
 他には、人民大会堂で床が全て大理石だったことと、北京市内で三回こけたのもいい思い出だ。故宮も広くてよかったが、「皇帝はこんなところに長い間住み続けていて、楽しかったのだろうか」と思った。
 という感じで書いてはいるが、まだまだ書ききれないほどの感動を、中国は僕に与えてくれた。きっと僕たちの先輩や後輩も同じような体験を今までにしていったり、これからしていくんだと思う。このすばらしい行事は、たとえ僕らがじいさんになろうが、死んで鳥に変わろうが、魚に変わろうが、ミジンコに変わろうが、続いていって欲しいと思う。

修学旅行を終えて
 二年生、最大にして最高のイベント、修学旅行。少なくとも私はそう思っている。四泊五日という限られた時間で、多くの文化とふれあうことができた。事前学習でも見学地のことを学んだけど、百聞は一見に如かず、というほど、実物は迫力があった。明らかに写真で見たものとはスケールが違った。万里の長城の壮大さ、彫刻のきれいな避暑山荘、計算し尽くされた故宮の造りなど、どれもみんな言葉で言い表せないほど感動した。人それぞれ、感じ方は違うけど、誰一人これらのものに、不満を感じた人はいないだろう。さすが広大な中学だけあって、建造物の大きさが日本や香港とは比べものにならないと実感した。ずっと昔にこれらのものを造り上げる技術があって、四大文明の一つに数えられているのも納得がいく。はるか昔と変わらない中国の歴史の中に、五感すべてをもってふれることができて、すごくうれしかった。今回の旅行で得たものは、文化に対する感動だけではない。友だちとの関係も強まったのでは、と思う。ふだんと違った角度から見れば、相手の新しい別の面を見れたような気がする。それまでのイメージとガラリと変わることもあるし、やっぱり、この人はこうなんだな、 と思うこともある。他の人たちもそう思ったのではないだろうか。とにかく、この修学旅行の感想としていえることは一つだけである。
 「最高」
 ほんとうにいい思い出になった。

修学旅行を終えて
 私がもっとも二学期に楽しみにしていた修学旅行があっというまに終わってしまって、今思っていることは、行ってよかった。ほんとうに楽しかったということだ。
 最初は見学する場所について勉強したり、中国の歴史について知ることが多かった。私は勉強しているうちに、なんだかいろいろなことに興味がわいてきた。きっと中国の長い歴史と建物のすごさにひかれたからだろう。私は万里の長城がいちばん楽しみだった。万里の長城をテレビや新聞でしか見ることがなかったからすごく楽しみにしていたことと、承徳市の方にある金山嶺長城まで約三時間半かけて行くということに感心したからだ。登るのにも一苦労して、長い長い道のりを登り切ったあと、私はすごいと思った。右も左も山に囲まれ、自分が登ってきた道が一瞬に見下ろせるすばらしさ、建物の長さ、そして景色全部をすごいと思った。そして、昔の人はすごいと思った。長い年月をかけて一生懸命作ったから、今の万里の長城があるからだ。やっぱり中国の歴史にはすばらしいものを感じさせる力があるのだと思う。万里の長城はほんとうに「人類による地球上最大の人工建造物」だった。
 この修学旅行で私はいろいろなことを学んだ。違う文化を持つ人たちがお互い自分たちの国に誇りを持っていて、それが歴史となっていることや、みんな違う文化を持っていて、いいことや日本とは違う見方もあることなど、たくさんのいろいろなことを、自分なりに考えて整理することができた。学校で勉強することも大切だけど、どっかしらない国に、クラスのみんなや同じ学年の子たちと修学旅行で行くこともいいことだと、この旅行でわかった。みんなと一緒に行った北京への修学旅行がまた一つ大きな思い出になった。学校でもっと大きな思い出がたくさん作れたらいいと思う。
 ほんとうに楽しい修学旅行だった。

修学旅行を終えて
 私はこの修学旅行で多くのことを学んだ。文化の違いや歴史、交流会。どれもすごく感動し、いろんなことを思った。
 初日。金山嶺長城。初めて見る万里の長城は、私が思っていた以上にきれいで、とても印象に残っている。階段の段差がいろいろあって登りにくく、こういうところに昔の人の知恵があったのだと(?)私は思います。
 二日目。小ポタラ宮では階段の数を数えながら登ってみた。すると、階段は全部、十三の倍数だった。いちばん上まで登ったときの景色はとってもよく、山がきれいに見えた。
 三日目。月壇中学との交流会。ここでは、月壇中学の子があまりにも日本語が上手だったので、びっくりした。それにいろいろと学校案内や話もできたのでよかったと思う。これからも文通していきたいと思う。
 四日目。抗日記念館では、改めて戦争とは、してはいけないことだと思った。そして、天安門広場はテレビでしか見たことのないところを実際にこの目で見れて、ほんとうに感動した。人民大会堂を見学して思ったことは、日本とは比べられないくらいのスケールの大きさに驚いた。故宮は、すごかった。あの「ラストエンペラー」で見たときのBGMが頭で流れていた。階段の真ん中にあるのは、おそらく天に昇っていくという意味なんだと思う。とにかく、とても感動感動の連続だった。
 友情面では、友だちの知らない一面を知ることができたり、ふだんはあまり話さない人と同室になったことで、いろいろ話せて楽しかった。
 修学旅行で、私たちは「友情のだんご(団結)」という目標通りのクラスに達したと思う。

修学旅行を終えて
 「四泊五日の修学旅行だー」
と九月十五日、私は朝が早いのにも関わらず、胸が高鳴っていた。
 空港に向かうバスの中でもうれしさが隠せなかった。
 飛行機の中で、私は爆睡していた。当然だといえる。いくら胸が高鳴るとはいえ、朝四時に起きれば眠たくなる。むしろ、眠くならない方が変だ。移動のバの中でも、私はひたすら眠っていた。よく寝ると思う。しかし眠いので、眠っていた。
 そんな中でも、北京や承徳に行き、感動したことだってある。それは天壇公園。故宮も感動したけれど、天壇公園はとても記憶に残っている。何個か門をくぐると、広々とした道が続いている。そこはまさに写真を写すべきところという感じがしたので、私は友だちに写真を写してもらった。その広々とした道を抜けると、祈年殿が見えてくる。お城のように見える祈年殿はとても素晴らしいと思って、写真を写しまくっていた。
 市内観光が終わり、雑技を見に行く時間になったので、再びバスに乗り込んだ。雑技は、ただただ驚くばかりで、
「超人だ」
と思ってしまった。
 そのあとのことだ。四日目の夜、ホテルの部屋に戻ったとき、私の友だちの一人が狂い始めた。なんだかこわれている。性格が変わってしまった。
「どうしたんだ」
と、他の友だちも狂っているAさんとともに狂ってしまった。
 それはきっと北京にいるからだと思う。
 友だちの性格をも変えてしまう北京。私は
「すごいよ、北京」
と思った。

修学旅行を終えて
 私はこの修学旅行で、さまざまな発見やクラスの団結など、数え切れないほどの素晴らしいものを手に入れたと思う。
 それは万里の長城などの見学地でのことでもある。行く前から万里の長城のことは、中一の社会の教科書に載っていたのを見たけど、実際、自分の足で一歩一歩、歩いてみると、まるで社会の教科書に飛び込んでいるようだった。万里の長城から見下ろす中国の景色は、行った人しかわからない味わいがあって、雄大でほんとうに感動した。そして、中国の歴史が目に浮かぶようだった。
 そして、次に承徳市の普寧寺に刻まれていたモンゴル文字に感動した。私は下調べで、モンゴル文字について調べたので、実際、見てみると、一つ一つの文字の区別のつけ方が難しくて、読むことは困難であったけれど、その寺とモンゴル文字についての新たな発見もあったので、まだまだ奥が深いので、もう一度、研究できたらいいなと思った。
 その他の見学地でも、それぞれ特徴があって、中国の歴史のあとが深く残っている場所もあったりして、とても充実していたと思った。
 最後に、最も大切であり、この旅行の目標の一つでもある「友情を深める」については、寝食を共にすることによって、今まで気づかなかった友だちの新しい一面を発見することができたりして、クラスが一つにまとまって、団結し、クラス目標にあてはまっていて、一組をよりよく知ることができて、よいチャンスだったと思う。
 このように、修学旅行には人それぞれに違った思い出があると思う。でも、「友情」については、どのクラスも深まったと思う。だから、この団結力をクラス一人ひとりが思って、体育大会の時もよりよい思い出が残るように、どのクラスにも負けない、一組のパワーを出したいと思っている。

修学旅行を終えて
 五日間、初めて飛行機を使って出かけた修学旅行は、疲れを感じないほど楽しかった。乗り物酔いの激しい私にとって、長時間のバス移動は心配の種だったけど、楽しくて、時間のたつのも忘れていた。
 修学旅行でいちばん感動したのは、やっぱり万里の長城。世界中で唯一、宇宙から見える人工建造物である万里の長城は、思っていたよりもずっと続いていて(あたりまえだけど)、どう写真を撮ろうか、いろいろ迷った。
 中国では天候に恵まれ、からっと晴れた青空が続き、いろいろな建造物が、よりはっきりときれいに見えた。そのおかげで無性に写真が撮りたくなって、フィルムを4本、使い切ってしまった。修学旅行の思い出は写真だけじゃ家族に伝わらないと思うけど、一つの思い出として、大切にとっておくつもりだ。
 五日間、長いようですぐに過ぎてしまい、帰ってきた今、もう少しいたかったと強く感じている。今回、伝えられないほど大きく、たくさんの思い出を作ることができて、ほんとうによかった。香港に住んでいなければ行けないようなところに、修学旅行で行けて幸せだと思う。この思い出を大切にしながら、大人になったとき、また北京に行ってみたいと思う。

抗日記念館で
 「あーあ、もう四日目か・・・」
 そんなことを考えながら、私たちは抗日記念館に入っていった。入るとすぐ、ビデオみたいのものを見た。とにかく凝った造りで、戦っている人々がリアルで、どこからが絵になっているのか、よく見ないとわからないほどのものだった。そのビデオは、そんなにひどい映像ではなく、感想も「ひどいことをしたんだな」くらいだった。
 次に展示物を鑑賞した。最初の部屋、次の部屋ぐらいまでは、そんなにきつくなかったんだけど、三つ目の部屋ぐらいから、まさに今、殺されるところや、生き埋めにされているところ、首がいっぱい下がっているところなど、すごく、きつい写真がたくさんあった。なぜ日本軍は、こんなにひどいことをしなくてはならなかったのかが疑問だった。ここまでひどいことをしたんだから、日本人をうらむ中国人がいてもおかしくないと思う。でも、なんていっていいのかわからないけど、それは過去のことで、だからといって、全部水に流せるわけじゃないけど、今生きている日本人をうらむのはどうかな?と思った。
 とにかく、四日目のここでのことが、いちばん考えさせられたと思うし、印象にも残った。

修学旅行を終えて
 修学旅行で私が学んだこと、得たものはなんだったでしょう?全部は書けませんが、少し思い出してみることにします。
 まず最初は、去年まで見学地になかった承徳の「金山嶺長城」から書きたいと思います。そこは、私にとってはとっても急な道でした。石段が急に高くなるところがあったり、低くても平らじゃなかったりしました。でも、上の方まで行くと、ずーっと続いていく長城の連なりや山々が見えたりして、ここまで登ってきてよかったなと思いました。
 次は月壇中学との交流会です。開会式が終わり、グループごとに教室に通されて、最初は何をすればいいのかわからなかったけれど、女の子が話をかけてきてくれて、名前の話や好きなものの話などしていて、意味が分からなかったときは、紙に絵や漢字をかいたりして、話をしました。終わってみると、時間が少なかったなと思いました。でも、仲よくなれてなれてよかったです。これからもこんな交流が続いていくといいなと思いました。
 次は抗日記念館です。ここでは日本軍が中国の人にしたことが痛々しく展示してありました。その中には、ひどいことをしたうえに記念写真まで撮っている信じられないような写真もありました。絶対、二度としてはいけないことだと思いました。
 最後に、承徳や北京でバスの中から見たことなどを書きます。承徳では牛やヤギが歩いていたり、山や畑が見えたり、中国の広大な景色が見れて、よかったです。北京では、承徳ではなかなか見れなかったような、住んでいる人の様子などがわかってよかったです。
 私が修学旅行で学べたこと、得たことは、中国と日本の昔のこと、いろいろな建造物を残した中国の歴史、そして、みんなと楽しく過ごせたことです。思っていた以上に修学旅行は楽しいものとなったのでよかったです。

修学旅行を終えて
 修学旅行が終わって心に残ったことは、修学旅行に行く前からいちばん楽しみにしていた万里の長城です。思ったよりも、すっごく大きかったのには、びっくりしました。このまわりには山が多く、天気もよくて、景色もきれいでした。
 三日目の月壇中学での交流会では、すぐに仲よくできました。私の持ってきた「UNO」で遊ぼうと思ったけど、二人とも知らなかったので、やってみせて、やっとわかってくれたときは、とてもうれしかったです。
 魯迅博物館で印象に残っていた「死」の作品がありました。私はこの作品を読んでみたいなあと思いましたが、残念ながら漢字(=北京語)だけの作品でした。
 雑技鑑賞は、万里の長城の次に楽しみにしていました。皿回しや一輪車、椅子を積み上げてバランス感を保つなどの、いろいろな雑技を見せてもらって、すごく楽しかった一日でした。
 四日目は、抗日記念館で多くの生々しい写真を見ました。母親を亡くした子どもが死んでいる写真がたくさんあって、こんなことがあったんだと実感しました。次に行ったのはろ溝橋。四八五個の獅子が、どれも表情がちがうのでおもしろいし、小さくて、かわいかったので、記念に何枚か撮りました。
 いろいろなものを見て勉強になり、楽しかったです。今度北京に行ったら、もっとじっくり楽しみたいと思います。

修学旅行を終えて
 私がこの四泊五日の修学旅行の中でいちばん印象に残っているのは、中国といえば、というほど有名な万里の長城、金山嶺長城である。
 金山嶺長城に登ったのは一日目。朝四時に起きたので、自分の体の中での時計、感覚が狂ってしまっていた。だから、時間を見るごとに、いつも時間の遅さにびっくりして生活していた。そう思いながらも金山嶺長城に着いた。寒いと思ったら、暑かった。万里の長城と呼ばれるところまで、ふつうのボコボコした道を少し歩いた。私はそこを歩いていたとき、すでにつかれていた。そして、汗が流れ出していた。でも、みんなの流れについていった。そして流されているうちに、いつのまにか石造りの階段を登っていた。万里の長城は昔に作られたので、階段一つ一つの高さがちがっていた。だから、ふつうにリズムよく登れなかったので、こけそうになったりして、たいへんだった。
 少し登って上を見上げたとき、写真で見たことのあるような光景が出てきて、きれいだった。上の方にあがっていくにつれて、後ろを振り返るのがこわくなった。それは高さ一つ一つ違う階段を踏み外しそうになったから。それと、足が痛くなってきているところに徐々に階段が高くなってきていたことからだ。でも上に登ったら、とてもきれいな景色が、そこにはあった。そこまで登ってきたら、万里の長城、そして奥に広がるなだらかな山々。
 それを見て私は、イルミネーションのきれいな都会もいいけれど、山がいっぱいあって、一面、緑のような景色もいいなとつくづく思った。
 この修学旅行で、たくさんの雄大な中国を見ることができたと思う。

修学旅行を終えて
 「うっわー、でっかーい!!」
修学旅行の一日目、万里の長城。あまりの大きさに私はびっくり。つかれていたから上までは登れなかったけど、景色はきれい。初めてだから、とても感動してしまった。
 二日目はお寺に行った。大きな菩薩があって、とてもびっくりした。階段がたくさんあって、とてもつかれた。
 三日目。私がいちばん楽しみにしていたのが、月壇中学との交流会。みんなと仲よくなれるかなあ、と不安だったが、みんな、とてもやさしくて、日本語もしゃべれる人もいて、いろいろ話をしたり、トランプで遊んだりして楽しかった。しかも、道徳の時間に見たビデオの張素さんがいて、びっくり。思ったよりずっと日本語がとても上手でした。夜は雑技を見たけど、とてもすごいと思った。笑えるのもあったし、「ワー!」っと声を出すものもあった。
 四日目。この日はとてもつかれた。バスに乗る時間が少なくて、おまけに二時間も歩かなくてはいけない。この日は、この四日間の中でいちばんつかれたけど、もうこれで終わりだなあ、と思ったときは、少しさびしかった。夜はずっと友だちと四日間であったことを振り返って話した。でも、夜はあっというまに過ぎてしまった。
 五日目は、もうそのまま空港に行く。バスの中でずっと北京の町並みを見ていた。家に帰ったら、あったことをすべて親に話した。
 今年の修学旅行は最高に楽しかった、とてもナイスな思い出がゲッチューできたと思う。

修学旅行を終えて
 私はこの修学旅行で、大きく分けて二つのことを学びました。
 一つ目、中国の文化です。各見学地では、中国の深い歴史がつまっていて、とても興味深いものばかりでした。行く前からいちばん楽しみにしていたところは故宮でした。文化展の事前学習発表でいちばん興味を持ち、夏休みの宿題で自分でも調べたからです。宿題で故宮を調べながら、もっと楽しみになってきて、実際に現地で、インターネットで見た写真の風景を見たときは、ほんとうに感動しました。溥儀の宝座、大和殿天井の玉、消火用のつぼ、九龍壁など、歴史の重みを感じさせるものばかりでした。
 二つ目は、友情です。月壇中学との交流会では、相手も積極的に日本語で話かけてくれたし、ちょっと通じないときは、ジェスチャーや紙に書いて伝えたりなど、自分たちで工夫してコミュニケーションをとることができました。友情を学んだのと同時に、この交流会では一つ目の「中国の文化」も学べたと思います。校舎案内をしてもらったり、おしゃべりの時間に、学校や北京について教えてもらったりできたからです。
 交流会だけでなく、朝から夜までともに過ごす仲間たちとの友情も深められたと思います。今までそんなにたくさんしゃべったことのなかった友だちと同じ部屋になったことによって、たくさんおしゃべりできたりして、今まで知らなかった相手の一面を知ることもできて、よかったと思います。長いと思っていた自由時間も遊び始めるとあっという間。楽しい時間ほど早く過ぎていくというのはほんとうなんだと実感しました。
 今回の修学旅行で学んだ大きな二つのことを、今後に生かしていきたいと思います。中国の文化を学んだことで、日本や香港の文化を改めて考えられるし、きずなが強まった友情も、体育大会などでさらに強めていきたいです。
 ほんとうに楽しい修学旅行でした!!

修学旅行を終えて
 私は今回の修学旅行では、ほんとうにたくさんのことを学んだ。特に心に突き刺さるように残ったのは、抗日記念館を見学したときだった。
 そこで私はほんとうに悲しくなってしまった。ほんの五十年ほど前には、こんなに残酷なことがあったのかと思うとゾッとする。それに日本軍は中国人に対して、罪のない人までもひどい殺し方で、何万人もの人々を殺したのだという写真などを見て、ほんとうに涙が出そうだった。
 だから今、こうして幸せな生活をしているのが、とてもありがたいことなんだと思った。
 そしてもう一つ、心に残ったのが交流会だ。修学旅行中は抗日記念館に行く前に行われたので、そんなひどいことを日本人がしていたなんて知らなかった。けれど月壇中学の人たちは、そのことを知っていたと思うのに、日本人の私たちに対してとてもやさしくしてくれた。もう何十年も昔のことだから大げさすぎると思うかもしれないけれど、中国の人たちにしてみれば、私たちの思っている何十倍も何百倍も悲しいできごとだったと思う。
 この修学旅行で学んだことは、ここには書き表せないくらいたくさんあるけれど、これらのことだけは絶対に忘れてはならないことだと思う。これからは、この世界から戦争などは二度とあることのないようにできたら、どんなに幸せだろうと思う。

修学旅行を終えて
 私がこの四泊五日で承徳や北京で学んだことは、ほんとうにいっぱいあるけれど、その中で最も深く感じたことを、この作文に書きたいと思います。
 修学旅行四日目の午前九時、(今日で観光はもう最後か。早かったなあー)と思っていたら、さっそく抗日記念館に着いた。そこには平日なのに結構な人たちが来ていて、中国人の学生の団体や、戦争の経験のありそうなお年寄りの方々がほとんどを占めていた。
 (人が多いなー)と考えながら、少しぼーっとしていたら、みんな早々と中に入っていって、遅れをとらないように急いでついていった。五分も経過するかしないかの間に、映画をいつでも見れますよ状態(?)になっていて、真っ暗になり、始まる始まると、ぼーっとしていた頭をすっきりさせた。そこには残酷な生々しい映像がハッキリ映っていて、戦争の風景がハッキリと目に焼きついた。時間はよく覚えていないが、すごく早く感じたのは確かだった。
 いろんな写真や展示物があるところにも行ってきた。それは先ほど映画で見たのより、何倍も悲惨なものがいっぱい残されていた。日本軍が悪いことを今までにいっぱいしているというのは、自分でもよくわかっていると思っていたが、こんなにひどいとは思わなかった。生首や骨、皮が転がっている写真がたくさんあり、うちの祖父などもこんな風景を目にしたことがあると思うと、ちょっと信じられない気持ちになった。
 抗日記念館で学んだ命の大切さは、今、少年犯罪の多い日本に、もっとわからせるべきだと思う。そしたら彼らもきっとわかってくれると思う、命の大切さを。