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(2005.06.01)
[シネマジャーナル] [Web版特別記事一覧]
(2003.09.03掲載)

『ここに、幸あり』撮影監督 芦澤明子さんインタビュー



けんもち聡監督作品『ここに、幸あり』の撮影監督であり、 日本の先駆的な女性シネマトグラファーである芦澤明子さんに最新作 『ここに幸あり』の作品について、 また撮影者としてのご自身の体験などについてお聞きしました。 

『ここに、幸あり』は、けんもち聡監督が、玄界灘に浮かぶ小さな島、 姫島出身の須田君と知り合ったことからアイディアが浮かんで出来上がった映画。 監督が須田君に出会ったときに感じた、なんともいえない、 ほんわかしたのどかな気持ちが映画にも現れています。

ストーリー →  『ここに、幸あり』上映情報
公式サイト http://www.sachiari.com/index.html

◆芦澤 明子さん プロフィール◆

1951年 東京都出身。青山学院大学卒。

学生時代はちょうど8mm映画ブーム。 8mm映画製作の資金稼ぎに、 ピンク映画の渡辺護監督のもとでアルバイトをしたのがきっかけでカメラの仕事に興味を持つ。 卒業後、東京映画出身の伊東英男カメラマンと出会い、撮影助手の見習いを経て、 押切隆世カメラマンをはじめ、多くのコマーシャルカメラマンのもとで経験を積む。 82年撮影者として独立。

主な撮影作品: 『タイムリープ』(1997、監督:今関あきよし), 『火星のわが家』(1999、監督:大島拓), 『守ってあげたい』(1999、監督:錦織良成)、 『UNLOVED』(2001、監督:万田邦敏、第54回カンヌ国際映画祭エキュメニック新人賞、レール・ドール賞受賞作品)、 『みすゞ』(2001、監督:五十嵐匠)、 『HAZAN』(2003、監督:五十嵐匠)。

映画以外にCF・ドキュメンタリー・ビデオ作品など多数。 『忘れてはイケナイ物語り・オキナワ』(2001、監督:御法川修)、 TVドキュメンタリー『かあさんぼく死ぬのはいやだ』(愛と感動の1002日・じん臓移植の記録)(1998、監督:門田得三)等。

また、コマーシャルの撮影で、舞台となった木造校舎が、 あと数日で壊されてしまうことを知り、映像に残したいとスチールカメラを買いに走り、 ライフワークとして、日本各地の木造校舎の記録写真を撮り続けている。

著書に写真集「木造校舎の思い出(関東編)」「木造校舎の思い出(近畿・中国編)」 (情報センター出版局)CD-ROM「木造校舎」(発売:シンフォレスト)がある。



◆インタビュー◆

2003年7月17日(木) 夜8時〜10時 於 渋谷 マイスペース

ー 『ここに幸あり』の撮影に参加することになった経緯と、他の作品も含めて、 撮影を引き受ける時の決め手などをお聞かせください。

芦澤: 脚本家の佐藤佐吉さんより、けんもち監督を紹介されてお会いしましたが、 監督のひたむきなお願いしますという感じの顔をみたら断れなくなってしまって・・・。 つぶらな瞳で、じぃ〜っとお願いしますというものですから、これはいい人に違いないと。 それに、前作のビデオをみせていただいたら、とてもいい作品だったので、 二つ返事で決めました。 撮影を受ける時は、よっぽど、えっ? ということがない限り、 まずは受けてみようと思っています。

ー 撮影はいつごろ、どれくらいの期間で撮ったのですか?

芦澤: 去年の3月です。東京よりは暖かかったですけど、まだ寒い時季でした。 ロケハンの為に早めに入りましたが、2週間で撮影しました。

ー 監督はどんな方だったのでしょうか?

芦澤: 厳しくはないのですけど、監督はこだわりが強い人で、そのために努力する人。 こわくはないけれど、こだわる人ですね。邦役の須田邦裕さんが姫島の出身で、 監督は彼と知り合うことにより、姫島を舞台にした作品を作ろうと、脚本を書いたのですね。 撮影に入った時は、イメージがすっかりできていたので、撮影場所の変更とかはありませんでした。

ー 姫島は、端から端まで歩いて十分くらいの小さな島とのことですが…。 とても素朴な感じの島ですね。リヤカーに子どもを乗せて運んだりしていましたが、 今もそんな光景が実際に見られるのですか?

芦澤: 一周はできないのですよ。5分の4周くらいで、あとは山に登らないと。 ちょっとした撮影の合間によく散歩していましたね。人口は200人位なのですが、 過疎の村って感じじゃなくて、密集していて結構狭くて、生活観溢れる路地がたくさんあって、 映画で表現しきれないくらいでした。懐かしいものがたくさんありました。 レトロなものが、廃墟でなく、今、使われているってところが魅力ですね。 それが、監督の眼鏡にかなったのではと思います。

ー 各家に見られた標語「一堂平和」も実際にあるものなのでしょうか? 狭いだけに、親戚じゃなくても皆親戚というような雰囲気ですよねぇ? 「一堂平和」という言葉がしっくりきました。

芦澤: あれは監督の創作です。島の皆さんの様子を見たら、 フィクションでこういうものを入れてもしっくりくると。 よりストーリーが明快にわかるようにとの意図で入れられたのですよ。 字体にも監督のこだわりがあって、誰が見てもほんとうに島にあるように見えれば、 監督は嬉しいと思います。次に島に行ったらまだどこの家にも貼ってあるような気がします。 監督は4文字熟語にこだわっていて、他にも候補があったかもしれないけれど、 考えたあげくあの言葉に落ち着いたみたいです。

ー 島へは船でどれくらいで行けるのですか?  観光の島じゃないから普通の人はあまり行かないですよね?

芦澤: 船で15分程ですね。観光というより、 釣りのお好きな方とか結構いらっしゃいますよね。 漁業と船の仕事でなりわいを立てていて、 観光を目玉にしなくても漁業で充分やっていける珍しい島ですね。 若い男性も多くて楽しかったですよ。若い年代の働き盛りの方たちが仕切って仕事をしていて、 活気もあって・・・。

ー 主人公の男の子も実際姫島の出身ですよね? 試写に行ったときにお会いしたのですよ。すごく素朴って感じの方でした。

芦澤: 初めてあの島で大学に行った子で、監督にとっても、 須田君と出会えたお陰でこの映画が出来てよかったと思いますよ。 島では、漁師さん独特のルールがきちんと出来ていて、 そのルールのもとに仕事をしているって感じがしましたね。 それと、地理的に韓国が近くて韓国のテレビも入るところで、それも監督が気に入って・・・

ー ビン・ラディーンのニュースの場面が出てましたね。

芦澤: あれも絶対これって、監督がこだわったのですよ。

ー シーンを撮るときの、監督との打ち合わせは?

芦澤: 事前に打ち合わせはしますけど、現場では監督は俳優さんに芝居つけるのに重点置いていますね。

ー 照明さんとの関わりはどうなのでしょう? 監督さんがみつけてくるとか、 ご自分でお連れするとか?

芦澤: 今回は人数制限があったので照明に明るい私の助手と、 監督の学校の後輩の人が見習いについて照明もやりました。照明さんがいないのは不自由だけど、 いないならいないで自分で色々できますしね。少人数の中であれこれ勉強できてよかったですね。 照明がいないというのも、マイナス思考でなくプラス思考で考えましたね。 また機会があったらそういうこともやってみたいなぁと。

ー 自然光と室内ではかなり違いますよね?

芦澤: 昼は昼、夜は夜に撮りたいけれど、撮れなかった時は翌日に回したこともありますね。 自然な感じが上手く出ているとしたら嬉しいですね。

ー 拝見してこれは低予算の映画だなぁという印象を受けたのですけど、 お金をかけている映画との違いは?

芦澤: 大きな映画だと分業になってしまいますけど、小さな映画の場合、 自分でいろんな経験が出来てよかったですね。一人二役以上やっていて、 いわゆる"撮影です"っていう感じじゃないスタッフィングだったので、 それはそれで楽しかったですよ。

ー 映画の中で、カメラを専業でやり始めてどの位になるのですか?

芦澤: 17〜8年になりますね。でも、カメラを始めても、しばらくは仕事がなかったですね。

ー 木造校舎の写真も撮っていらっしゃいますよね。 アサヒグラフで木造校舎の写真を見たことがあるのですが、 あれをお撮りになったのは駆け出しのころですか?  私も行ってみたいと思ったことがあって覚えているのですけど・・・

芦澤: そうですね。あれを撮ったのは昭和の終わりごろですね。長野のあたりが多かったですね。 九州にはあまりないですね。

ー スチールと動画のどちらを中心に活動されているのでしょう?

芦澤: スチールは趣味ですね。仕事っていうと本職の方に怒られてしまいます。 木造校舎を撮りたくてカメラを買ったので・・・。なんでも撮っていたわけじゃぁないのですよ。

ー プロとかアマとかいうのでなく、 何かを撮りたいという思いが大事なことだと思います。 スチールは自分一人のものだけど、 映画は大勢の中でのカメラのパートとして撮っているという違いがありますよね。 映画では、監督が一番権限があると思うのですが、話し合いして、 ここはこんな風に撮ったらというような話し合いがあるのですか?

芦澤: 監督のイメージを実現するには、こうした方がいいと進言しながら撮っていますね。

ー 監督の思いと違う場合もあると思うのですが、そんなときには?

芦澤: そういうときには、ちょっと話しますね。話してみて、監督の意向がわかれば、 それで納得しますしね。やっぱり映画は監督のものだという思いがありますのでね・・。 幸いにも、今まで考え方が180度違う監督はいなかったですね。 雰囲気でこの人は違うだろうという感じの人には、監督も頼まないでしょう。

ー 何テイクも撮ることがありますよね。 プロとアマの人の違いなどもあるかと思うのですが、この作品ではいかがでしたか?

芦澤: 一番多かったのは、20何テイク撮ってますね。 微妙な芝居の部分で、どうしても監督が納得しなくて、 普通からみると合格レベルまでいってるのに何度も撮った場面がありました。 二人で旅館で食事をする場面なのですけど、OKのないロールも出て、 その分は現像にも出さなかったですね。監督はこの二人に関してはプロと思っているので、 こういう風にしてほしいということをきちんと話してやっていました。 何テイクも撮るうちに、いいものがでてきますね。また、島の人も何人か出ていますが、 子供との場面はさらっと流して撮って、 素人の良さを出して使いわけしていいものを引き出してますね。 心配していたのですけど、皆お上手で。船長さん役は、須田君のお父さんなんですが、 何度やってもぶれなかったですね。

ー 味のある人でしたね。あの方がお父さんなのですか・・  魚を持ってきた人がお父さんかと・・・

芦澤: あの方は海士で、実際にいっぱい海で獲ったものを色々持ってきてくれました。 美味しかったですね。

ー この映画は二人が主人公で、島の男の子の成長物語である一方、 売れない役者の主人公にとっても、指導する立場でありながら、おまえはダメだと言われ、 修行だったかなと思いながら観ていたのですが、 この人のダメ男を演じていながら味があるという部分は、本来の彼の姿なのでしょうか?

芦澤: 似ているところもあるけれど、自分を出すのでなく、 この役に沿った演技をする必要があるわけですよね。 それがまさに本当の姿であるように見えれば、上手いということになるけど、 自分に近いキャラクターだけに難しいですよね。

ー 疑問だったのは、モデルの女の子が出てきて、 旅行誌の写真を撮っているといいながら水着姿で撮られていましたが、彼女の存在は?

芦澤: ちょっとH系の雑誌のね・・  島の人たちとの対比で、「居場所のない人」 という設定で、幸も「居場所のない人」。その二人をだぶらしている効果ですね。

ー 学校のシーンで、体育館がとても立派でしたが・・・

芦澤: あれは実際の体育館で、春休みで空いている時期を選んで撮影したのですよ。

ー 実際に生徒たちも出ていましたよね。先生も島の方ですか?

芦澤: 生徒は島の子たちで、春休みに出てきてもらったのですよ。 でも、女の先生役はオーディションで選んだのですよ。 短い出番ながら、四股の踏み方とかかなり特訓したみたいですね。 監督のこだわりがあって。島の方と思っていただければ、監督の勝利ですね。 島の人と俳優さんが違和感なく溶け込んでいるということで・・

ー 素足で相撲の土俵を描くシーンが印象的でした。

芦澤: 伏線はいろいろありますが、それぞれこだわりがあるのですよね。

ー 2週間で撮るとなると、前準備が大変だったのではないですか?

芦澤: ロケハンは私は1回。監督は何回か行っていますね。

ー 今まで撮ってきた映画の中で カメラの技術はどのように学んでこられたのでしょうか?

芦澤: 助手の時代にはCMが多かったので、技術は学べました。 ドラマに関してはカメラマンになって、やりながら学んだほうが大きいですね。 助手のときも学校に行ったわけじゃなかったので、今の人は学校を出てうらやましいと思う反面、 そんなところに月謝払わなくても、現場に出てくれば学べるのに・・・と思ったりしますね。 でも基本は知っていたほうがいいですよね。

ー 私自身、カメラをやっていて、技術的にわからないことがけっこうありますが、 カメラについてよく知っているからといって、上手く撮れるものでもないと思いますね。 オートなのはありがたいような気もするけど、ずっとマニュアルで撮ってきたものですから、 オートは物足りないような気がして・・・・・

芦澤: 今はスチールカメラはデジタルなので、オートを解除するのもわからない人もいますよね。

ー 映画撮影のカメラは?

芦澤: フィルムのカメラは、さすがにマニュアルですね。電気系統が入っているので、 それがわからないといけませんけどね。まだまだ鋳物の塊ですよね。

ー 撮影機材は重いというイメージがあるのですが、昔のカメラに比べれば、 今は小さくなっているのですか?

芦澤: 16mmは小さくなりましたけど、35mmは付属品が増えて、大きさ的には変わらないですね。

ー 基本的には35mmで撮られることが多いのですか?

芦澤: 私としては35mmが一番やりたいことですね。でも多様化していますから、 与えられた中で最大限のことができたらと思っています。 また、作品によってどっちが似合うかがありますけれどね。

ー 劇場公開するものは、35mmが多いのですか?

芦澤: 『ここに幸あり』は、16mmで撮って、現像の段階で35mmに焼きなおしています。 16mmが似合うというわけじゃなくて、予算的なことがあって・・・。 35mmだと、倍くらい、いや、1.5倍くらいの人数がいりますのでね。

ー 『ここに幸あり』の撮影中のエピソードがありましたら、お聞かせください。 予定外のこととか。

芦澤: 地元の人の協力がとにかくすごかったですね。泊まっていた旅館の玄関も使わせていただいて、 他のお客さんをキャンセルしたのだろうなぁと。 まかないの食事は自分たちで用意していたのですけど、 島の人たちがいろいろと差し入れしてくれて感動しました。 睡眠時間が短くて食欲がなかったりしたのですけど、やっぱり何が楽しみって食べることですよね。 島の人の人情がほんとによかったです。島の人の為にも、 くたびれていてもいいものを作らなくちゃと思いましたね。

ー 島の人にとっては、映画の撮影は初めてですよね?

芦澤: 初めての撮影で、私たちのやることに興味津々でしたね。 もっとも昼間は仕事があるのであまり集まってきませんでしたけど。女性も海に行かない分、 網のほつれをなおしたり、結構忙しいんですよ。

ー カメラを大学時代に志されたとのことですが、何かきっかけがあったのですか?

芦澤: 最初8mm映画をやっていて、資金稼ぎにピンク映画のバイトで、 助監督のようなことをしたのですけど、やってみて助監督は向かないような気がして、 現場でカメラマンがかっこよく見えたので、やってみたいなぁと思ってやらせてもらったのがきっかけなのですよ。

ー 撮影を志された若いころに、ピンク映画の撮影助手をされたとのこと。 カメラが女性ということは女優さんにとっても、気が楽になっていいのでは?と、思ったのですが、 どうなのでしょうか?

芦澤: 逆ではないかと思います。言われたことはないですけど、 やっぱり若い男の人にみられた方がいいのじゃぁないでしょうか。

ー 女性でカメラの先駆者ということで、現場での抵抗やこだわりは?

芦澤: 自分は気にしたことはないけれど、使う人にとっては、やりにくかったことと思いますね。 使う人本人が思ってなくても、まわりから、例えばプロデューサーから、 女のカメラマンで大丈夫?とか・・・。よく勇気を持って使ってくれたなぁと。 当事の自分としては夢中でしたから気にしませんでしたけどね。夢中ってことはいいことですよね。 振り返ってみると、まわりにご迷惑もかけていたかなと。

ー 私も山とかカメラとか若いころから好きでやってきて、 その年代だとあまり女性でやっている人はいなくて、 珍しいねとか言われるとカチンときたりしたこともあったのけど、私は好きだからやっていると、 気にせずやってきたのですが・・・。映画のカメラの世界も、 回りが男の人ばかりでそういう思いをしながらやってこられたことと思いますが。

芦澤: あれからうん十年たって、全体からすると、今はうそのように女性スタッフが増えて、 どの現場でも活躍していますね。組によって半分以上女性スタッフということもありますね。

ー 撮影の方はどうですか?

芦澤: 私の助手をしていた人がカメラマンになりましたね。劇映画で女性の撮影監督は少なくて、 私とその彼女くらいですね。テレビの放送局やドキュメンタリーでは結構いますけど、 ドラマの方では少ないですね。

ー ここまで続けられてきたのは? 

芦澤: そうですね・・・仕事がなくて困ったときに、 必ず誰かが助けてくれたという幸運に恵まれていたということもありますし、 他にやれることもなかったからですね。

ー やめたいと思ったことは?

芦澤: やめても他にやれることがなかったですね。器用な人なら、 やめて次はこれを・・ということがあるけれど、 器用じゃないってことが逆によかったかなと思いますね。

ー 女性はメカに弱くて、 カメラには向かないのではと言われることがあったと思いますが、そんな中でやってこられたのは?

芦澤: メカに弱ければ、メカに強い助手を呼んでくればいいのですよ。

ー フィルムの場合、その場で確認できないので、 どんな風に仕上がっているかが気になりますよね。

芦澤: 腹をくくっていますね。フィルムのラッシュを見るまで確かに心配ですけど。 フィルムをちゃんと扱っていても、現場にくるまでに扱いが悪いと影響があるし、 現像に出してあがってくるまでにも事故があるかもしれないし、緊張感がありますね。

ー スチールでもそういう思いはありますよね。

芦澤: ビデオはいいけど、緊張感のないのがちょっとね・・・

ー 今もCMの仕事もなさっているのですか?

芦澤: CMはここのところそんなに多くないですね。CMは若い年代がメインなので、 一緒にやってきた監督たちも一緒に歳を取りましたから、自然、少なくなるのですよ。

ー 今後、カメラだけでなくて、映画を作ってみたいというお気持ちは?

芦澤: いや〜全然ないですね。プロデューサーをやったら、失敗することは目に見えていますね。 海外にロケに行ったりしたら、こんなのも撮りたいなと思うことがあるけれど、 本気でそう思うことがあったとしたら誰か他の人にやってもらいましょう。

ー それだけカメラがお好きなのですね。

芦澤: そうかもしれませんね。

ー カメラで表現するということは、 監督の意思を形にしていくということではあるけど、 撮ったものがどういう形ででてくるかという驚きや喜びもありますよね。

芦澤: そうですね。監督が思っていることを具体的にさせて、 さらにバージョンアップして提出したときに、監督に喜んでもらえたときが嬉しいですね。 いつもそんなに喜んでもらっているかどうかはわからないですけど・・・

ー 今後の予定は?

芦澤: 『HAZAN』が8月に茨城で公開されます。首都圏では来春公開の予定です。 初めての陶芸映画なのですよ。主人公の榎木孝明さんは素敵でしたね。 榎木さんご自身陶芸を学ばれたことがあるのでスタッフの誰よりもよくわかっていましたね。 榎木さんにとっても、『風の絨毯』と双璧の代表作になると思いますよ。 私にとっては『みすず』に続いて時代劇なのですけど、 レトロな感じが好きですね。微妙な時代の色を出すのが面白かったですね。

ー 時代の雰囲気を出すのは大道具さんの力も大きいと思うのですが、 カメラの力も大きいですよね。

芦澤: そうですね・・・。そう思います。とっても。今、 時代劇ブームで作品が多いのですが、その中でどれだけ時代の色が出てるかで違いがでてきますよね。

ー 『HAZAN』もいきなり公開じゃなくて、 自主上映の形で徐々に広めると伺ったのですが、日本の映画で全国展開で公開されるというより、 自主上映的な感じで細々上映ということが多いですよね。

芦澤: 作品数も多いですし、作ってもなかなか公開にこぎつけられない映画も多いので、 この映画が公開されるのはラッキーですよね。

ー 観たときに、自主制作っぽい雰囲気の映画だったので、 逆にこれが公開になるのかという驚きがありました。これも配給の力ですね。

芦澤: それが作品の強さだと思いますね。

ー 観たあとの不思議な安堵感というか、安らぎを感じる映画でした。

芦澤: それがまさに一番のみどころだと思いますので、是非皆さんに伝えてくださいね。

ー 監督さん共々これからもいい作品を作ってください。

芦澤: お客さんの反応もいいから、監督もだいぶん自信がついたのじゃないでしょうか。 ここのところ気をよくしているのではないでしょうか。

ー 監督の次の計画はあるのでしょうか?

グアポグアパ: これが5年ぶりの作品ですからね。どうでしょうか・・

ー 芦澤さんも今、撮影にはいっている作品があるのですよね?

芦澤: 8月にテレビで2時間ドラマが放映されます。 『UNLOVED』の万田邦敏監督と撮ったのですが、将来劇場公開というスタンスのものです。

ー 違う監督さんと撮ることの方が多いのですか?

芦澤: 監督自体、そんなに何本もということがありませんのでね。 カメラマンより監督さんは大変でしょうね。構想5年、撮影2週間とかね。

ー 今日はお忙しい中、長時間にわたってどうもありがとうございました。

撮影の仕事が終わったあとの夜8時からはじめたインタビュー、 気が付いたら10時近くになっていました。 同世代どうしで、ここに載せ切れなったたくさんの話題が飛び交いました。 一つの仕事に信念を持って取組んでいる方は輝いているなぁ・・・と、 うらやましく思ったひとときでした。

取材: 宮崎暁美、景山咲子