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 第1章 ハーフ・タイムT
 
 ポン、ポン、ポン。
 ボールがはねる音。
 キュッ、キュッ。
 シューズがこすれる音。
 タタタタタッ。
 そのシューズをはいて走る音。
 パシュッ。
 これは、
 「ナイッシュー」
 チームの声。
 
 わたしは今、体育館のステージに足をぶらぶらさせて座っている。目の前にある光景は、一週間後に迫った県大会に向けての練習をしている。
 縦25メートル、横15メートルぐらいの大きさのコートに、リングが2つ、ボールが1個、選手の数は両チーム合わせて10人。みんな汗をかいて、コートの中を走り回っている。

 わたしの中学校の男子バスケ部は、お兄ちゃんがいた頃から、県内でも有名なチームだった。そういえば、トールが言ってた。
 「うちは、小学校、中学校と指導者に恵まれている」
 確かにそうかもしれない。だって、お兄ちゃんの同じこと言っていたから。
 “ブーッ”
 電光掲示板のタイマーがゼロになって、ブザーが鳴る。前半の15分が終わった合図だ。
 
 そもそも、なぜわたしがここにいるのかというと、女子バスケ部、ではない。マネージャーみたいなものかな?なんで、こういう言い方をしたかというと、マネージャーの仕事はほとんどしていないから、である。
 きっかけは、小学生の頃、よくお兄ちゃんの試合を見に行ったからだろう。家にいる時のお兄ちゃんは、なんか頼りなくて、精神年齢はわたしと同じなんじゃないかって思っていた。そんなお兄ちゃんが、いったん、コートに入ると、人が変わった。チームのエースとしての貫禄があって、精神的な柱になっていた。すごい、カッコよかった。
 それから、お兄ちゃんが試合のある日は、できるだけ見に行った。そして、チームの人たちと仲良くなって、みんなと、いろいろなことを話すようになっていた。一足先にお兄ちゃんが中学生になって、わたしが5年生になった時、わたしはバスケ部のマネージャーみたいなことをしていた。今年で5年目。ふわふわした感じで、マネージャーみたいなことをしている。

 「リオ、水ちょうだい」
 トールがわたしの目の前に現れて、笑顔で言う。
 「ヤ」
 「おい。なんだよ、それ」
 「このスポーツドリンクはね、練習を一生懸命がんばった人にだけ、あげるの」
 「は?」
 と言って、トールは続ける。
 「そんな言い方されたら、俺がサボってるみたいじゃないかよ」
 「あら?そう言ってるのよ」
 ちょっと、いじわるをしてみる。
 「後ろ見てみなさいよ。みんなつかれて座ってるじゃない。なんで、トールだけ立っていられるのよ」
 後ろを振り返っていたトールが、こっちを向いて言う。
 「それは、・・・こいつら、体力がないからだよ・・・」
 トールが一生懸命考えた言い訳。まあ、しょうがないか。そういうことにしておいてあげる。
 紙コップの袋を破って、コップを2個取り出す。ひとつはトールの分で、もうひとつはわたしの分。スポーツドリンクをコップに注いで、自分の方に引き寄せる。
 「おい、俺が先だろう」
 一口、ゴクッと飲んで、トールの持っているコップに注ごうとした時、大きな声でトールの名前が呼ばれる。
 「松下ー!」
 監督の声だ。トールが振り向く。
 「ちょっと、来い!」
 トールがこっちを向いて、ボソッと言う。
 「なんだよ」
 「あら、残念、トール」
 「お前が早く注がないからだよ」
 そう言うと、トールの手が伸びてきた。わたしの横に置いてある、おいしいおいしいスポーツドリンクを取ろうとした。それに気づいたわたしは、さっと紙コップを持って高く上げる。
 「リオー!」
 「松下ー!」
 さすがのトールもあきらめて、気合の入っていない返事をして、監督の所に歩いていく。
 「走って来い!」
 またトールは気合の入っていない声で返事をして、走り出す。

 松下トオル。わたしと同級生で、幼なじみで、お互いが男か女かわからない頃から一緒に遊んだりしている。だから、トールには何でも話せるし、イライラすることがあったら、トールに八つ当たりすることも少なくない。
 トールはレギュラーで、ポジションは一応シューティングガード。でも、トールは自分のポジションはここ、っていう風には決めない。トールが言うには、
 「今、チームが求められている仕事をする。守らなくちゃいけない時は守って、リバウンドに参加して、点が欲しい時は、点を取る」
 らしい。控え選手からは、トールのポジションが一番人気らしい。みんなが言うには、
 「楽で、楽しそうだから」
 でも、ある日、トールはわたしにだけ言ったことがある。
 「俺の仕事は、楽で楽しそうに見えるけど、一番難しいんだ」
 わたしには、よくわからないけど、そうらしい。

 もう、5分以上が過ぎただろうか。トールはまだ監督に怒られている。きっとまた、まじめに練習をしろ!みたいなことを言われてるんだろうな。
 トールはまじめに練習に参加しない、というのは間違っていて、つまり、本気を出していないと言った方が正しいだろう。それは、試合になると、トールは別人になる。チームの得点の半分以上決めることがあるトールを知っているから、さっきの前半は明らかに手を抜いていた。だから、監督に怒られるんだよ、バカだなあ。

 やっと、トールが監督から解放されて戻ってきた。でも、トールの顔を見る限り、ちっとも反省していない。もう怒られすぎて、慣れちゃったのだろう。
 紙コップに注いでやったスポーツドリンクを飲みながら、トールはぶつぶつと言っていた。わたしは、トールのひとり言を完全に無視した。

 そんなトールが、ちゃんとレギュラーに残っているのは、決してセンスや運だけではない。センスは必要だけど、それを磨くのは、やっぱり日ごろの練習だと思う。
 みんなは、まじめに練習しないやつは試合に出るな、俺を出せ、みたいなことを言う人がいるけど、そんなことないよ。トールはちゃんと練習をしてるんだよ。誰もいない、ひとりぼっちの体育館でね。
 
 
 ハーフ・タイムU
 
 まだ、マネージャーみたいなことをはじめた頃、放課後の練習まで、まだ一時間半近くあったので、一度家に帰ってから体育館に行こうと思っていた。体育館の前を通って門を出ようとしたら、ポンポン、とボールの音がした。わたしは立ち止まって、しばらく、その音を聞いていた。
 ポン、ポン。その次に、タタタッと走る音が聞こえ、キュッと鳴って静かになって、次の瞬間に、ガコン、というにぶい音が聞こえ、ポンポンポンと今度は間隔が短くなった。お兄ちゃんの試合を見ていたから、体育館で何が起きているのかわかる。
 まず、2回、ボールをついて、ドリブルをして、適当な位置でボールを持って止まる。そこから、フッとジャンプをして、ゴールに向かってシュートをする。このような動作が行われているのだろう。でも、この人は、そのシュートを外した。だって、ボールがリングに当たる音がしたから。
 誰かな?と思って体育館に入ると、そこにトールの姿があった。体育館いっぱいに使って走り回っていて、全部で6つあるゴールにシュートをしていった。そこで、トールに声をかければ良かったんだけど、結局、しなかった。
 わたしは、入口のトールから見えない所に座って、その音を聞いていた。
 トールのドリブルの音、走る音、シュートの音を聞く。シュートは、外す方が多かったかな?でも、その音を聞いていると、気持ちが良くなっていった。ひとつ、感想を言うのなら、
 「ヘタ・・・」
 
 心地良かったわたしは、いつのまにか、壁にもたれて眠っていたらしく、練習に来た先輩に起こされた。体育館は静かだった。先輩と一緒に中に入ると、マットの上にトールが寝ていた。時計を見ると、練習開始十分前を指していた。
 「また、寝てんのか」
 その声に反応したトールは起き上がり、
 「あっ、どうも」
 と少し寝ぼけた返事をした。さっきまで着ていたTシャツではなく、髪も乾いている。
 「少しでも、体力を温存しようと思いまして・・・」
 「ふん。たいして練習しないくせに」
 「先輩、それは言わないで下さいよぉ」
 トールは少し甘えるように言う。先輩が更衣室に入っていくと、やっと、わたしに気が付いた。
 「よう、リオ。お前も来てたのか?」
 わたしは、コクンと頷く。そして、トールに近づいて、小さな声で、
 「ヘタ・・・」
 と言った。
 
 次の日から、放課後、わたしは体育館にいた。トールと一緒に、まず、床をモップできれいにして、それから、トールのひとり練習に付き合うようになった。トールに一本でも多くシュートを打ってもらえるようにボールを拾ったりした。たまに、トールからシュートの仕方を教えてもらったりもした。
 練習開始三十分前が過ぎると、トールは更衣室で、Tシャツを替え、汗を拭く。わたしはその間に、もう一度、床をひとりでモップできれいにして、倉庫からボールの入ったケースを取り出す、というマネージャーみたいなことをする。これが、わたしとトールの日課となっていった。ただ、トールから奪ったものがある。それは、トールのお昼寝の時間だ。小学校六年間、トールとは一度も同じクラスになったことがない。だから、トールに、
 「今日ねえ、〜君がねえ・・・」
 とか、
 「〜ちゃんが、わたしにこんなこと言ったのー」
 とか、しゃべる。トールは少しヤな顔をしたけど、最後までわたしのおしゃべりに付き合ってくれた。
 そんなトールの努力が報われ、5年の夏ぐらいから、試合に出られるようになり、6年では、ちゃんとレギュラーとしてチームを引っ張った。
 
 中学生になっても、トールはひとり練習を欠かさなかった。わたしもできるだけ、トールに付き合った。別に、トールに頼まれて付き合っているのではなく、わたしが勝手に付き合っているだけだ。だから、わたしがいなかったらいないで練習するし、いたらいたでコキ使うし。でも、そのことについて、頭にきたことはない。たまにケンカするけど、いつもどちらかが折れて仲直りになる。わたしの方が多いかな?
 だって、トールはバカが付くぐらい、優しいんだもん。
 
 よく友達に、
 「松下君と付き合ってるの?」
 と訊かれる。
 それはしょうがないことだと思う。わたし達を見ていると、仲のイイ恋人同士に見えて当たり前。誰もわたしがトールのひとり練習に付き合っていることは知らないと思うけど、それでも、トールはよく話しかけてくるし、わたしもよく話す。
 だけど、答えは、
 “ノー”
 である。だって、わたしはトールに対して、
 “好き”
 とか、
 “恋してる”
 って感じたことがない。だって、今、わたしが好きな人は・・・。
 
 「竹内さん、俺にもくれない?」
 橋本君が声をかけてきた。わたしは慌ててコップにスポーツドリンクを注いでわたす。
 「はい、どうぞ」
 それを見ていたトールが、
 「なんだよ、橋本には、すぐあげるのかよ」
 と不満そうに言う。
 「だって、橋本君は、がんばってるもん」
 橋本君は今、チームの柱でキャプテンをしている。トールなんかより、全然、上手なんじゃないのかな。
 「橋本君、俺の分もがんばって〜」
 トールが気持ち悪い声で言う。わたしはトールの頭をどつく。
 「あんたが、がんばりなさいよ」
 橋本君は、少し笑ってコートに入っていく。
 「ほら、始まるわよ」
 トールは仕方なく、わたしの横に紙コップを置いた。
 「なあ、リオ」
 「なに?」
 トールが少し近づいて、
 「まだ、橋本が好きなのか?」
 こんな時に、何を言うのだろうと思う。
 「そうよ。それがどうかした?」
 「いや、別に・・・」
 と言って、トールもコートに入っていった。
 
 そして、後半の15分が始まった。

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