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1 瞬殺
ホバーリングをしながら、ゼロは荒野を走り抜けていく。
「遅すぎる・・・・・・父さん。準備はまだできていなかったのか?」
自然と、独り言が口をついて出る。
「ドリッカー・・・・・俺の弟と言っていたな。」
走り抜けているものの、誰一人と見あたらない。どちらにしろ、人間はほとんど死に絶えているはずである。
「殺伐とした風景だな・・・・・・・・。」
ゼロがここを訪れたのは、一体何年ぶりだろうか。少なくとも、軍に入ってからの二十年は経っているはずである。
「本当に人間は死に絶えたのか・・・・・・。ばからしい最後だな。」
一人であざ笑っているものの、自分も人間なのである。しかし、ゼロは自分のことを人間だとは思っていない。
自分が人間だと言うことを理解していないわけではない。むしろ、人間という存在を忘れるために、そう思うしかないのである。
「何故俺はこのようなバカなことを言っているのだろう・・・・・・・・・。俺が人間だと言うことは・・・・わかりきっているじゃないか。」
ロックマン=ゼロ、本名ゼロ=ヴォルナット。前者の名前は、軍の中でのコードネームのようなものだ。
彼は今から二十二年前、父親、ライト=ヴォルナットのもとに生まれた。生まれたときから自我を持ち、2時間で普通に歩けるようになった人間である。世に言う天才というものなのだが、それはあくまでナノマシンのおかげである。
二十年前、二歳になったゼロは、自分の身体にナノマシンが埋められていることを知った。彼は、その時点で人間であることをやめた。・・・・・・正確には止めようとした。
「俺が人間であることは許されない・・・・・・・・。」
父親の元を離れるときのゼロの最後の言葉が、これだった。わずか二歳の人間が、自分の身体の謎を解いたのである。
そして彼は自らの身体を活かし、リーバードに成りすましている。破壊を求め軍に入ったものの、彼はそんなに破壊を求めているわけではなかった。
彼は親のもとを離れる際に、自分がどのような使命で作られた「機械」なのか、これから父親がどのようなことを計画しているのかまでを、洗いざらい聞き出したのである。
明らかにドリッカーよりは知能があるが、ドリッカーは彼が持つことのできなかったものを持っている・・・・・・・・。
「心」だ。
すなわち、情という心がないのである。
本人はそのようなことを、微塵にも気にしてはいない。彼はただ自分に課された「使命」を実行していくだけなのだ。
ただ戦うだけの行動をしていた自分にとって、自らの人生を変革するときが訪れた。
遂に父親が動いたのである。・・・・・が、動き出すまでに二十年という月日が投じられていた。
遅すぎる。
ゼロはそんなこと隠しもしなかった。彼に遠慮という言葉はないのである。
「はあっはあっはあっはあ。」
もう息が切れるかも知れない。
しかし、走るのを止めるわけには行かない。ここで走るのを止めれば殺される。
「僕が・・・・・・僕がローズを守らなくちゃならない・・・・・。」
四歳・・・という人間には、余りにも重すぎる使命だ。
「もう・・・人はいないのかな・・・・・。」
人間が全滅しているのは、すでにわかりきったことだ。しかしそんなことを認めるわけにはいかないのだ。認めれば・・・・・自分の希望を失いかねない。
幼い人間の心は、脆く、そして暖かい。ドリッカーは両方を十分に備えた子供だった。
だが、彼自身はあまり自分を優れた人間だとは思っていない。むしろ、自分が豪語した父親を守ると言うことが実行できなかったやるせなさにより、自分を自分で軽蔑し始めていた。
「・・・・・・父さん・・・・。」
今は亡き父親の名を呼んでみる。が、返答が来るわけもない。
「僕はどうすればいいんだろう・・・・・・。」
ほとんど足をひきずらせていた。ドリッカーの体力では、これだけ走れただけでも驚きなのだろう。
自然と涙が出そうになったが、ドリッカーは急いでそれを振り払った。今泣いていては何にもならない。くじけることは許されない。愛すべき妹を見殺しにするわけにはいかない・・・・・・・・。
その時、いきなりホバーリングの音が聞こえた。
「!?」
まさか・・・・もう追手が・・・・・・。ドリッカーは自然と、荒廃したビル街の一件に隠れた。
大きく息をすい、心境を整える。焦っては逆効果だ・・・・・・・・。
「・・・・・・・・。」
ドリッカーの頬を、汗が滴り落ちる。
足音が聞こえだした。ドリッカーの身体が、かわいそうなぐらいに揺れる。
「・・・・・・・・。」
足音が止まる。
「出てきてくれ。」
大人らしい、少し癖のある声が聞こえた。
「・・・・・・・・誰だ?」
落ち着いたのか、子供とは思えないくらい冷静な声でドリッカーは聞き返した。
「・・・・・・・お前の知らない人間だ。」
愛想もくそもない返事が返ってくる。そんなぶっきらぼうな態度に拍子抜けしたのか、ドリッカーは表情に笑みを加えた。が、その表情には、未だにさっきまでの恐怖と緊張が消えていない。
「・・・・・・・・何が目的だ!?」
「君の身柄を保護したい・・・・・・・・。それだけだ。」
思いも寄らない返事が返ってきたので、ドリッカーは少しだけ気をゆるめた。
「どうせ・・・・確保して処分する気なんだろ。」
「違う。君を生かすか殺すか・・・・。それは俺の手にゆだねられている。俺は君を殺すつもりはない。」
どうせこれは誘惑だ・・・・・そう思ったドリッカーは、再び緊張を最大の状態に戻した。
「・・・・・・・・・その話を信じる証拠は?」
「ない。」
間髪入れずに返答が返ってくる。
「あんた・・・・・だれだ?」
「答えても君にはわかるまい。」
確かにそうだ。ドリッカーは心の中で自分の失言を恥じながら、横目でそっと自分を追うものの姿を追った。
ふくらはぎまでのびている、美しい水色の髪。前髪がほとんど目を覆っており、目を見ることができない。服装は軍服・・・・・ごつごつしたものが色々ついているが、ドリッカーにはそれがなんなのかはわからなかった。
全体的に、信用できない雰囲気を感じさせる人間のようなリーバード。いや、あんなにリアルなリーバードは存在しないはずだ。
では・・・・・人間なのか?
ドリッカーの中で、そんな考えが頭をもたげてくる。が、すぐにその考えを振り落とした。こちらがすきを見せれば、相手は必ずつけ込んでくる。
「あんた・・・・・人間なのか?」
「・・・・・・・・。」
とりあえず聞いてみたのだが、追手から返答は返ってこない。
「どうなんだ?」
気丈に振る舞ってはいるものの、ドリッカーは内心びくびく震えていた。子供の経験としては、度を超えたものがある。
さっきから追手は近づこうとはしない。ドリッカーが出てくるのを待っているようである。あまりに良心的な追手だ。いくらなんでもおかしすぎる・・・・・・・・。
ドリッカーの頭は、フル稼動していた。もっとも、彼が人間である可能性はない。人間はもうこの世にはいないはずだ・・・・・・・。
「君は人間なのか?」
追手から声がかかってくる。
「もうこの世界には人間はいないはずだが・・・・・・・・。君は人間なのか?」
「・・・・・・ああ!だから何なんだよ。」
ドリッカーがぶっきらぼうな返事をよこしてきたので、追手は聊か気を悪くしたようだ。いきなり口調を厳しくする。
「君は見ず知らずの人間にも、そんな喋り方で応対しているのか?」
「僕はあんたが追手だってことをわかってるんだ。だったら厳しい口調になってもおかしくはないだろう。」
正論である。
ゼロは、いつまで経っても出てこない子供について、少し焦れったくなってきた。子供にしては警戒しすぎている。
自分が子供のころは、誰を相手にしていようと堂々とそのものの前に出てきたものだ・・・・・・・・。ゼロは幼い自分をそう解釈していた。
「第一、追手に出てこいと言われて素直に出てくる人間なんかいるもんか!」
「そうか?」
ゼロは正直にそう聞き返していた。
「そうかって・・・・・・。」
相手の子供は、呆れてコメントをよこした。確かに、普通の人間であるならば、ゼロのように聞き返すことはない。
「出てこなかったら持久戦になる。」
「でも出ていって殺されたら基も子もない。」
間髪入れずにそう返事してくる。どうやら捕獲しようとしている子供は、かなり口の回る少年のようだ。
あまり気は進まないのだが、力尽くで捕獲することにした。自分を紳士的だと称しているゼロは、あまり手荒な方法は取らない主義なのだ。
足音を感知したドリッカーは、一瞬身を堅くした。
来る・・・・・・。でも敵対した殺気などはない・・・・・・。だとしたら、相手はかなり無造作に人間を殺すことのできる・・・・・・つまりプロだ。
「こんなとこにいたら、すぐに捕まっちゃう・・・・・・。」
思わず独り言が口をついて出る。が、策を練っている時間はない。捕まってしまえば、自分はまだしもローズまで殺されてしまう・・・・・・。
「ローズだけは生きなきゃいけない・・・・・。」
意を決して、ドリッカーは追手が来るのと反対な行動に向かって走り出す。ここは崩壊してしまった元ビル街・・・・・・・・。隠れる場所は十分にある。
「これだけ建物があれば逃げられる・・・・。」
しかし、さっき倒れそうになるまで走り続けていた自分の身体が、悲鳴を上げるようにして痛みを発した。
「ぐっ・・・・・・。」
足首の間接部分がとんでもないほどに痛い。よく見てみると・・・・・・・アキレス腱の場所がへこんでいる・・・・・・。
腱が切れたのである。
「どうした?」
追手から心配の声がかかってくる・・・・・・。自分を心配してくれる・・・・・・?
異様な追手だ・・・・・・・。もしかしたら人間かも知れない・・・・・・・。
動くことはできない。だとすれば・・・・・・・・。
「どうしたんだ?」
ゼロは、初めて自分の追っている子供を確認した。うつ伏せになって倒れている子供の
アキレス腱の部分が、くぼんでいることも確認できた。
「腱が切れたのか・・・・・・・。」
「くっ・・・・・・。」
その子供は一生懸命に立ち上がろうと試みるが、いかんせん、立ち上がることなどできやしない。それでも何とか逃げようと、手だけではいつくばって匍匐前進しだした。
「まあまて。そこまで警戒することもないだろう。」
「うるさい!」
そう言いつつも、さらに逃げようと身体をねじる。が、その度に足に衝撃が来るらしく、しばらく歩いたところで、悲鳴を上げて倒れ込んだ。
「無理はするな。その状態だと、八週間は身動きできんぞ。」
「え・・・・・?」
ゼロが指摘したことについて、その子供は少し異様な顔をして見せた。
何故このリーバードは人間の診断ができるんだろう・・・・・・・。ドリッカーは目の前で自分の症状を軽く診断して見せた存在に、疑問を抱いていた。あまりに人間性を持ちすぎているからである。
「この部分は固定しなくてはな・・・・・・。」
ドリッカーの足を見たその存在は、人間のような温もりのある手で、ドリッカーの足を
見ている。
「人間・・・・?」
その子供が不思議そうな顔をしていることについて、ゼロは対して疑問を抱かなかった。むしろ、変な奴だな・・・・・とぐらいにしか解釈していなかったはずだ。
「人間・・・・?」
思わずそう聞いてきた子供に、ドリッカーは苦笑した。
「ああ。俺は人間だ。第一、保護しようとするリーバードがいるか。大抵はその場で撃ち殺すことになっているんだ。」
「・・・・・・。」
子供は返事をよこさない。呆けた表情で自分の方を見つめている・・・・。何もしようとしない。
「どうする?そこのお嬢ちゃんが不快そうな表情をしてるぞ。」
ゼロが微笑しながらそこに置かれている小さな女の子を指さしていった。
「・・・・・ローズ・・・・。」
「ローズというのか?」
子供はただ頷いた。動くことができないためか、ただ女の子の方を見ている。
「お前の名は?」
「ドリッカーだ。」
間髪入れずにドリッカーは答えた。
ゼロは、ローズをドリッカーに抱かせて、自分がドリッカーを持って歩き出した。
「あ・
・・・。」
「別にいいじゃないか。俺は少なくともリーバードじゃない。俺はお前を助けに来た。」
突然降りてきたエアフォースが、風を巻き上げてゼロの髪を揺らした。長い髪が差し込む日の光に反射して、きらきらと輝いた。
「あんたの名は?」
ドリッカーが出し抜けにゼロの名を聞いてきた。
「ゼロ。コードネーム、ロックマン=ゼロだ。」
では本当の名は違うのか・・・・?ドリッカーはゼロと名乗った青年に疑問を抱いた。
「そんなに身を固めることでもない。」
ゼロは身長に喋りだした。
「これはまだ前兆に過ぎないからな。」
「・・・・?」
ゼロの小さな呟きを、ドリッカーが理解するには十三年の歳月を要することになる。
これは人間を根本的な状態に戻す、一人の神の目論見に過ぎなかったのだ。
少年、ドリッカーはまだこの事実を知る由もなかった。
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