汎用生物兵器1
10 愚劣
暴走した軍を止める・・・・・・それはそれ以上の軍勢をぶつけるか、軍が動いている原因を絶つ必要がある。そして原因を消された軍は、必ず自壊するものだ。
ドリッカー達はそれを狙っているのである。
この愚劣極まる出動を抑えられるのは、こいつらだけだった。
司政官司令部上空。その上で一人の少女が冷笑を浮かべている。
「さって・・・・まだあの子達はこの電波を飛ばしているのがあたしだとは気付いてない。軍隊を止められるか、止められないかがあなた達にかかっている・・・・・・・・。しかし、それでもまだ止まるものはない。ヒトは、けして人間に成ることは出来ないのよ・・・・・・。」
空に浮かぶその少女は、以前の名をmother 2と言う。
戦闘配備は完全に整った。バスターはフルチューンだし、体調も万全だ。生涯最大になるかも知れぬミッションにも、ドリッカーとゼロは動じる様子すらない。しかしそれには理由があった。この無益な戦争の影に潜む邪悪な存在が、ほとんど白日の下にさらされた状態になったからである。
「艦隊側に問い合わせたら、司政官側も被害を受けていると言われたんだろ?」
ドリッカーが腕組みをしながら確認するように低く呟く。この戦争に裏で手を加えている存在に、最も早く気が付いたのだ。苛付かないはずもない。腕を組んで目を瞑っているドリッカーの姿は、抑えきれない怒りを人に見せないようにしているのかも知れない。もっとも、そんなことをいくらやっても彼の周りにうめいている殺気が、その怒りを写実に表していることは明白だった。
「あたしの盗聴にミスはないわ。白を切っているとしても、あの口調は嘘とはどうしても思えない。司政官側も襲われているとみて間違いないわね。そうなると、双方が双方を疑って戦争になる。所在不明の兵器が、機械を浸食していくだけで、ここまで大規模な戦闘が行われるのよ。機械も人間も単純だと思ったけど、ここまで単純すぎるとはねえ・・・・・・。正直言って、人間に失望しちゃうわね。」
苦笑しながらローズがひとりごちる。
「仕方がないだろう。元々人間の全てが戦略に長けているわけではないように、リーバードの中にも戦略の得意不得意がある。それだけで失望する原因になることは絶対にあり得ないな。」
悲観的に言い放ったローズとは裏腹に、ゼロは静かに、そして諭すように呟く。
怒りをたぎらせているドリッカーに対し、ゼロは半ば呆れたような雰囲気をあたりにばらまいているのだ。彼が怒りに身を焦がすときが来るのは、一体いつなのだろうとアイリスは一度考えたことがある。全てにおいて謎だが、逆にそれがゼロの人柄を逆に表しているような気がしないでもない。彼の使っている刃に関してもそれは全く不明だし、そもそも彼が素手で以外に戦っているところを、誰も見ていない。
「・・・・・・・一つ思ったのですが。」
エックスが恐る恐るドリッカーに話しかける。
「勝算はあるのですか?」
疑問としてはもっともなものだった。ドリッカーとゼロの二人を動員したとしても、艦隊とまともに戦うことは難しいような気がしていたのだ。なにせ数が違う。少なくとも、普通に考えれば不利なことは言うまでもないだろう。
「・・・・・・・・・・俺は機械風情に身体を傷つけられるつもりはない。」
ドリッカーが答えるのも面倒だとばかりに言い放つ。
「艦隊など、立派に見えるのは外側だけだ。中身はやはり人間と同じように腑抜けなのさ。」
ゼロにいたっては微笑すら浮かべているように見える。
エックスはその言葉に安心と共に不安を憶えた。全く正反対な感情を一度に背負う・・・。人間がよく背負うような複雑な感情を、エックスは初めて身体に憶えた。
「・・・・・・死なないで下さい。」
「死ぬ気はないがな。」
「あんな奴等にやられるぐらいなら自殺する。」
正反対な答えが帰ってきたところで、都合よく警戒音が響いた。ローズが楽しそうに微笑みを浮かべながら、警戒内容を確認している。
「・・・・・。mother 2がお呼びよ。」
その言葉に、司政官側と艦隊側が動き出したことは、全員容易に理解できた。
戦場の手前まではローズ自作の戦闘ヘリで向かう。ローズには使い捨てでも全く構わないと言われたのだが、ドリッカーやゼロにとってはこの有力な兵器を使い捨てする気には到底なれなかった。
「まともな戦いは久しぶりだな。」
緊張などは絶対にしていないのだろうが、ゼロはドリッカーにそう話しかけた。その言葉にもドリッカーは「ああ。」と軽く答えただけで、未だに腕を組んで怒りに身を焦がしていることに変わりはなかった。ヘリには一分間に800発は軽く放つガトリングガンが装備されているほか、対特殊車輛用のミサイル4本が装備されている。が・・・・ドリッカーやゼロはヘリで戦う気は毛頭なく、自らの力のみで敵を打ちのめす気でいた。
最高の屈辱をリーバードに味あわせてやる・・・・・というのがドリッカーの意見。ミサイルなどを使うより、バスターを撃ちまくった方が手っ取り早いというのがゼロの意見。どちらにしろ世間一般に通る理屈ではなかった。
降りた場所は、戦場からかなり離れているところだ。そのまま降り立てば識別信号に反応しない自分たちを、まず自動砲台がねらい打ちにする。その後それに気付いたリーバードの戦闘部隊が寄ってたかってくる。それは明らかに面倒だ。大変だとか、死ぬ可能性があるだとか言う深刻な話ではない。あくまで面倒なだけなのだ。やろうと思えば別に大変なことはない。
今回裏で糸を引いているのがmother 2だと気付くのに、あまり時間はかからなかった。
ローズが司政官側の意見を口走ったとき、
「だったらmother 2なんじゃねえのか?」とドリッカーは静かに言ったものだった。
どちらにしろ、今回の目的はリーバードのせん滅ではない。あくまでmother 2を止めてこの一連の騒ぎを沈めることにあるのだ。
ゼロはこの任務をよく理解していた。
ドリッカーとて理解していなかったわけではない。頭の中では十分にわかっているものの、身体がいきなりリーバードに銃口を向ける可能性はあるのだ。感情が全身を支配し、例えるならば狂戦士になるかもしれない。重刃などという大規模破壊兵器を持っていながら暴走をすれば、その惨劇は目に見えている。
「なあ・・・・・ゼロ・・。」
「?」
「俺がもし感情まかせに暴走するようなことがあったら・・・・・・。」
ドリッカーは怒りに歪んでいた自分の表情を、一瞬だけ和らげる。
「俺を止めてくれ。」
ゼロはそんなドリッカーに対して返事を送る気にもなれなかった。当たり前のことだったからだ。そんなことまでわざわざ自分に言ってくるドリッカーが、妙に小さく見えた。昔よく感じていたことが久々に感じられた。ドリッカーとて、やはりまだ十四の子供なのだ。
ドリッカーに見えないように操縦席で苦笑を漏らしながら、ゼロは一言だけ簡潔に答えてみせる。
「もし、そうなったらな。」
まるで子供におもちゃを買ってあげるのに条件を与える父親のようだ。・・とゼロはつまらないことを思いついた。自分はドリッカーの保護者なのだ・・・・・ということを今一度意識しだした。
戦況は、すでに乱戦状態に突入していた。双方の戦い方があまりにも違いすぎたのがそもそもの原因だった。
兵器を使用しているだけあって、艦隊側は確かに作戦などの思考には優れている。それに対して司政官側は、運用できる兵器が少ないだけに一体一体の能力が突出しており、なめてかかった艦隊を吹き飛ばすようなことが多かった。まして、司政官側にはジュノがいる。彼が指揮を取っている限り、少なくとも艦隊側に負けるとも劣らない戦闘を行っていたのだ。
もちろん艦隊司令はすぐに決着が来ると思っていたのだが、乱戦に陥り一進一退の攻防を繰り広げていることを自らの聴覚センサーに耳にした。
双方が双方しか見ていない今、少なくともゼロは自分たちが戦闘に巻き込まれていることはないだろうと鷹をくくっていた。どちらにしろドリッカーは、邪魔するリーバードは容赦しないと心に決めていた。
思いきり荒廃した大地を踏みしめる。人間が存在していたころ、ここが大規模な穀倉地帯だったなどと、誰が想像できたのだろう。
ドリッカーの中で燃えたぎっていた怒りがだんだんと殺気に変わってくる。
血の気の多い人間だ・・・・・とゼロは内心で苦笑していた。自分の若いころにそっくりだったからだ。
正義の味方なんて考えはほとんどなく、私怨のためにリーバードをせん滅させてやると心に誓った若いころの自分。結局それをする役目を自分が背負ってはいないことを気付かされたとき、思いきり失望した自分。
あたりには戦場の異臭と咆哮が響いていた。
こんな戦場に、一体今までどれだけの人間が朽ちていったのだろう。
わざわざ人間を殺してまで主権を取ったにも関わらず、たった十年で共食いを始めたリーバードを、ゼロは哀れむことしかできなかった。しょせん、リーバードなど人間に造られた存在なのだ。一体こんなバカな悲劇を、ヒューマノイドタイプは一体いつまで続けるつもりなのだろう。
そう思案にくれていると、ドリッカーが一人で先行していた。よほど気が急いていたのだろう。
「仕方がないか。」
こんなことで戦うのは、妙に気が滅入った。こんな愚劣極まる戦闘に自分が巻き込まれていくのが、ばかばかしくて仕方がなかった。
しかし、ドリッカーはこの後人間の存在を取り戻す、重要な存在だ。今ここで死なせるわけにはいかない。まして、彼は今冷静な判断力を欠いている。まともに戦えるわけがなかった。
風のスラスターが全身を包み込み、ゼロは弾丸の如くホバーリングを始めた。
無謀なことにドリッカーはmother 2がいると思われる場所まで、戦場をそのまま横切っていこうとしていた。
「おい!」
ゼロが少々声を荒げて話しかけると、ドリッカーがビクッと身体を震わせてから振り向いた。
「無謀なことはするんじゃない。俺達の目的はリーバードせん滅ではない。あくまで今回の計画の首謀者を止めることなんだ。」
「・・・わかってる!」
ぶっきらぼうに言い返したドリッカーは、当てつけのようにゼロの方にスラスターをふかし、戦場を通り過ぎることにした。
戦場から一キロは軽く離れているので、あの兵器によって浸食されているセンサーがここまで探知能力を持っているとは思われない。その可能性を考慮して、こんな間近の所を動いているのである。ここから自分たちを見つけられるものがあるとすれば、双眼鏡か望遠鏡ぐらいだが(これは単にレンズの反射を利用しているだけだからだ)、そんなものを艦隊や司政官側が使用しているとは思えない。
数分程度ホバーを繰り返していると、ようやく乱戦地から遠ざかっていった。戦場の異臭が和らいでいる。それと同時に、司政官側の本拠地が見えてくる。ゼロにしては初めてではなかったのだが、ドリッカーに関してはこんなものを見るのは初めてだった。
「こんな所に侵入するのか?」
ドリッカーはこの迷路のようになった司政官側の建築物を、恨めしそうに見つめている。
全体的に横に広く展開されているのだが、トラムが外側に縦横無尽に張り巡らされ、まるで機械をそのままむき出しにした工場という感じがしないでもない。
「確かにな。」
一度忍び込んだことがばれないように、適当に相づちを打つ。
ドリッカーのぶつぶつと文句を言う癖は、昔から変わることがない。下を向いて黙っている場合は、その可能性が大きい。面と向かって不平を言うことは出来ないのだろうか・・・・・とゼロは久しぶりに呆れてしまった。
忍び込む自分たちにとっては、今回の電波風兵器の使用は大いに有り難かった。入り口のハッチは簡単に開き、本部を開けているときに発動する侵入者用の赤外線センサーは己の任務を知らずに呆けている。
抜き足差し足と言うわけでもなく、そのまま堂々と中に忍び込む。結局どこでどんな行動を起こそうとも、ドリッカーが無謀だと言うことをゼロは楽に理解できた。思い起こしてみれば、艦隊に所属している間も、かなりの無茶をやっていたように思える。
この建物の中に、mother 2が潜伏していることは明白だった。明らかに手書きの挑発したような張り紙が、そこらじゅうに張ってあるのである。「さて、私はどこにいるでしょう☆」と。
ゼロは悪ふざけが過ぎるな。と思っただけだが、ドリッカーはなめやがってと歯がみしていた。そこらじゅうの壁に張り付けられているのが、張りつめた神経を逆撫でしているように思えた。
縦横無尽に走り回るトラムで、正確にmother への場所を示しているものは何もない。やはり、関係者のみの機密という奴である。
「どうする?」
燃えたぎる怒りをなんとか沈めながら、ドリッカーはゼロに小さく問いかける。
「・・・・・・今探す。」
一言だけぼそりと呟いたゼロは、トラムの入り口に近づいていき、指紋、網膜検査のセンサーに手を触れ、目を近づける。狂っているセンサーは、それがどんなものであれ、正しいと認めることしかできなかった。ゼロは、それを知っていた。
mother 2ならこうするとわかっていたからだ。
彼女との長いつき合いがあるゼロとしては、mother 2を上官というより、話友達として彼女を見ていた。そこにあるのは破壊神でも何でもない、寂しがり屋の女だったように思える。
それがもしmother 2の作り上げた虚構の性格だとしたら、彼女は本当にかなりの策士なのだろう。そんなことを一瞬考えてみたりもした。しかし、彼女の行動は明らかに自分たちに有利なものでしかなかった。ゼロはmother 2が自分たちのために造られたプログラムだと言うことを確信している。その事実をドリッカーに伝える気は、毛頭なかったのだが。
しばらくして、mother の部屋行きのトラムが現れた。後はこれに乗っていけば自然と彼女に会えるのだ。ゼロは彼女に裏切られたような気がしていた。だから、よけいに彼女を許すことが出来なかった。
「行くぞ。」
「もうできたのか。早いな。」
ドリッカーは小さく感嘆の声を漏らしてトラムに飛び込む。トラムは艦隊側と全く変わることがない、真っ白なだけの空間。そこに幽閉されるのは、けして言い気分ではない。そこで天井を見つめていると、自分がどこにいるのかわからなくなるような感じを憶えた。
「機械は何も感じないんだろうか?」
「さあな。」
ドリッカーが疑問を漏らしたところで、それを熱心に考えてくれるゼロではなかった。
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