汎用生物兵器1
 11 適当
 
 アイリスは、部屋の中でゼロの帰りを一心に待っていた。いまさらだが、いつから自分はゼロに執着しているのだろうと考え始めている。
 しかし、それは許されるものではない。自分にはやらねばならないことがある。その使命のためには、今この身体を捨てることも、ゼロに身を委ねることもできない。しかも、それが終わることはけしてないのだ。つまり、無理なのだ。
 ゼロは昔自分が愛した男に似ている。何が似ているかというと、そのあり方だった。自分の目的のために、いかなるものでも犠牲にする。たとえそれが自らの命だろうと。愛故に人を騙す・・・・・・形容すればそんなところだ。
 この身体をもらってからまた新しく自らの心が造られた気がした。思念体でしかなかった自分が、今は死んだその男に手によって身体を手に入れたのだ。そこで初めて、使命より先に感情が動くようになっていた。ゼロに対した想いも、それが原因だ。
 彼を愛しているのだ。しかし、それは絶対に許されない愛・・・・・。
 そういえばプロジェクトの中に、そんな名の少女がいたような気がして、ハッとなった。いつ生まれるかはわからないが、プロジェクトには欠かせない人材だった。
 ゼロも必要だ。まだゼロはプロジェクトの全容を把握しているわけではない。彼には手を出してはいけないのだ。彼等に干渉することは、あの女に任せておけばいい。
 身体はまだ思春期の少女の身体だ。つまり思考もそうなっている。
 体中がゼロへの想いで満ち溢れている。
 その想いは否定しなければいけない。
 しかし身体が言うことを聞いてくれない。
 アイリスは初めて、感情の激化を体験した。
 想いが悲劇へと変わるとは、このとき一体誰が想像できたことだろう。
 戦況は、少しづつ艦隊側に有利になっていった。司政官側の燃料が切れてきたのだ。リーバードがいくら太陽光発電で稼動しているとは言っても、それを稼動させるための燃料が必要だったりする。その燃料が切れてきたのだ。
 艦隊がいくらでもそれを補給できるのに対し、司政官側は戦っている最中の司政官の燃料を補給できるわけがない。補給のために退かせれば、それだけ戦力が後退することになる。
 ジュノにとっては自分たちが勝とうが負けようがどうでもよかったのだが、先程ゼロとドリッカーが自分たちの本拠地に向かっているのが見えた。いきなり憎悪が全身を支配しそうになったが、ジュノはそれにも構わず戦い続けることにした。今はまだドリッカーを殺すべき時ではない。それを自らに言い聞かせた。
 トラムは数十分に渡り延々と平行移動を繰り返していた。トラムとは言ってもエレベーターのような移動の感覚がある。二人とも壁によし掛かり、目を瞑って考え事をしている。なぜか、考え事という形容をした方がいいような気がした。
 目的地が近づいたことを伝えるビープ音がなる。それに驚く風でもなく、全く気付かないわけでもなく、数秒後にゆっくりと目を開く。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
 終止、彼等は無言だった。己の中に抱いている感情が、いかに違ったとしても。
 二人の神経を逆撫でするように、ゆっくりとハッチが開いた。
「・・・・・よく来てくれたわ。」
 中にいたのは、あの大きな機械ではない、どちらかというと快活そうな女の子。歳のころは十七、八歳だ。一体、彼女にどんな関連性があるんだろうか。 
「君は?」
 ゼロの言葉は簡潔にありながら、その中にはものすごい殺気が含まれている。関係のない存在が、何故ここにいるのだ。
「あなたより、そっちの男の子に話をしておいた方がいいのかも知れない。」
 そうして浮かべた怪しげな笑みは、ドリッカーとゼロの緊張をより強くさせるものでしかなかった。その殺気まじりの視線を向けられても、少女は動じる様子すらない。その視線は、挑戦するでもなく、見下すわけでもなく、まっすぐに二人を見据えていた。
「初めまして。ロックマン=ドリッカー。いえ、ドリッカー=ヴォルナット。この日が来るのを何年も待っていたわ。」
 瞬時にドリッカーが身構える。彼の本名を知っているのは、ゼロとローズぐらいなものだ。それを知っているものなど、信用できるはずもない。
「落ち着きなさいよ。まだ身構えてもいない相手に飛びかかっていくなんて、フェアに反するじゃない。」
「じゃあ自分の名を名乗らないのが、フェアに反することはないとでも言うのか?」
 ドリッカーの挑発的な言葉にも、彼女は全く動じない。
「そうね・・・。自己紹介させて頂くわ。私の名はあなたの予想通り、mother 2よ。」
「やっぱりな。」
 ゼロが安心したように微笑んだ。
「そうね。あなたには前もって言っておいた方がよかったかも知れない。ゴメンね。ちょっと遅れちゃった。」
「いいよ。こうなることはすでに予想済みだったからな。」
 この二人の会話は、まるでデートの待ち合わせに来た二人といったところだ。
「何故そんな暴挙に出た。」
 ドリッカーはすでに戦闘態勢に入っている。ゼロと「彼女」の会話など気にも止めてないようだ。警戒した獣のような表情と共に、全身に警報が出ている。
「ちょっとした試練・・・・のつもりだったんだけどな〜。」
「ふざけるなッ!!」
 ドリッカーのすさまじい一括に、さすがのmother 2も少し驚いたような顔をしてみせる。ちゃらんぽらんに見えたドリッカーが、自分が出てくると態度が急変する。それが逆に彼女の興味をそそる。しかし、今は彼等に使命を伝えなければいけない。
「条件を与えてあげる。あなた達があと2時間以内に艦隊と司政官の戦闘を抑えることが出来れば、この電波を抑えてあげる。あたしがこの子に命じて出しているから、はっきり言ってそのままじゃこの子はもちろん、あなた達の体内にあるナノマシンにまで影響をきたす。タイムリミットは後2時間よ。」
「今お前を倒せばそれで済む。」
 ドリッカーの吠えるような一言に、mother 2は一瞬だけ、たった一瞬だけ悲しそうな表情を見せた。ドリッカーを哀れむような・・・・そんなものではなく、心配しているような・・・・そんな表情だ。
「ドリッカー君。君の戦意が旺盛なのはわかるわ。でも、敵に敬意を払えないような人間は、所詮一定以上は強くなれない。心の広くない人は、それだけで自分の力に支障をきたしてしまうの・・・・。よく聞いて。あなたはまだ自らのやるべきことをやってない。それをやるべき時は確実に近づいている。私は、あなたがその使命に耐えられるだけの力を与えたいのよ。・・・・・・・だから。」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!!」
 母親に反論する子供のようだ・・・とゼロは一人でドリッカーに悪態をついていた。もう少しものわかりのいい子供だったような気はしたのだが。はっきり言って失望していた。どうしてこんなに心に傷を負うことになったのだろう。やはり父親の死が関係しているのか・・・・・・。だとしたら、父さんは自らの手でドリッカーの心に傷を負わせたのだ。それは許せない。
 二十年前と同じ感覚に襲われ、ゼロは眉をつり上げてみせる。二十年前、父親が自分の人間的価値ではなく、兵器的利用価値のみで自分を見ていたのに腹をたて、彼と対立するために軍隊に入った。結局、ドリッカーも自分と同じようなものだった。
 ドリッカーに、広くものを見ることの出来る心を植え込まなければいけない・・・。
 ゼロはmother 2に深く感謝した。彼女の協力がなければ、ドリッカーは成長できないだろう。
「やめろドリッカー。」
「ゼロ!」
「すまないな。君にはいつも迷惑をかけている。」
 ゼロがmother 2に向かって頭を下げると、彼女もにこりと笑ってみせる。
「いいのよ。困難な道だっていうのはわかってたから。」
 ものすごい形相で彼女を睨み付けるドリッカーを引き連れて、ゼロはもう一度トラムに乗り込んだ。トラムに乗っている時間は大体三十分。残りは一時間と少し・・・・・。
 
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