汎用生物兵器1
13 悲劇
家に戻ったドリッカー達を迎えたのは、いつもと変わらないエックスとローズ。そして何故かゼロの前に姿を現すことがなくなったアイリスだった。
アイリスの顔が、昔にましてはれているようだ。
「アイリス・・・・。」
ゼロの声は、驚きと喜びの入り交じったものだった。何か元気のなかったアイリスが、こうして元気になってくれたのだから。
「お帰りなさい。ゼロ・・・・。」
「お帰り。兄さん。」
「お帰りなさい。ゼロさん。ドリッカーさん。」
久しぶりに揃って聞いたような言葉だった。自分たちの帰りを待ち、自分たちを思ってくれる存在がある・・・・・それさえあれば、今の生活も悪くないのかも知れない。
そう思い始めている。計画を知らないドリッカーは、そう思い始めている自分を咎めない。咎めることは意味ないことでしかない。自分は、それだけで生きていけると想い始めている・・・・・・・・・・。
思い始めている。思い始めている・・・・・。ドリッカーはその「思い始めている」を、腐るほどに頭の中で繰り返した。
人間の存在を取り戻そうという使命に燃える自分。
今の生活に幸せを感じ、今を大事に生きていこうとする自分。
二つあろうが、どちらにしろ自分だ。
決めるのも、捨てるのも、自分だ。
自分が最高意志決定を司る。
ドリッカーは二つの考えに揺れる自分を、どこか慈しむように見つめていた。
自分は、優柔不断なのかも知れない・・・・などと考えた。
「ゼロ・・・・。」
「ん?」
アイリスとゼロは寄り添って座っている。その寄り添い方が、妙に愛らしく、そしてぎこちなかった。
「アリアから聞いたよ・・・。計画が始まるって。」
「・・・・・そうか。」
「お別れね。」
「そうだな・・・・。君はこれから生きていく計画の首謀者達を、永遠に見て行かなくてはいけない。そして俺の生き方はここで終わりだ。もう・・・・二度とあえなくなる。」
二人は一通り抱擁をかわすとまた惚けたように座り込んだ。
「始まるのね。ようやく・・・・。」
「結局、始まってしまうか。少なくとも、これでよけいなものは一掃できる。」
一人は死に、一人は永遠の戦いへと身を踊らせていく。運命ではない。自分が選択しているのだから。運命は自ら選択しないことには動き出さない。偶然を作り出すのは、必然なのだから。
「有り難うゼロ。私はあなた達の母親なのに、何もしてあげられなかったね・・・。」
「いいさ、母さん。いや、アイリス・・・・。」
ゼロの部屋から窓を開けて、アイリスが外へ出ていく。
彼女が黄金の光に包まれ、そして光の翼をその身にまとうまで、ゼロは外へは出なかった。
「さよなら。またいつか、永劫の光と闇の戦いの中で。」
「ああ。肉体が幾度と滅びようとも・・・・な。」
アイリスは消えた。彼女がどこへ消えたかはまだだれも知らない。しかし、彼女は必ず現れる。それは、彼女が二代目の「観測者」なのだから。いつか、俺達を見なければならないのだから・・・・・。とゼロは自分に言い聞かせた。しかし、妙な風に流れ落ちる涙は、彼の外面を否定していた。
彼もまた、弱いエキストラでしかなかった。
ローズはmother 2に伝えられた通り、家をこっそりと抜け出した。後は伝えられたIDを門番用のAIに伝えれば入れる。艦隊司令部のトラムに乗り込み、彼女とのアクセスを試みればいい。
自分が死ぬということに関しては、未だに実感が涌かない。しかし、それがドリッカーを次世代の計画の首謀者にするためには、仕方のないことだった。しかし、それではドリッカーが単に悲しむだけなのではないか?
いや・・・・彼を覚醒させるためには、手段は選んではいられない。自分はmother 2のやり方に賛同している・・・・。
「でも。」
車を飛ばしながら、ローズは理屈では収拾のつかない感情に襲われていた。きっとこれが、機械とは決定的に異なる人間の頭脳なのだろう。
わたしは、こんな複雑な感情を持つ頭脳を作り上げようとしていたんだ。
今思うと、とんでもないことをしていたものだ・・・・と正直に思う。
「ま、今からやろうとしていることの方がよっぽどとんでもないんだけどねー。」
そのとぼけたような口調に変わりがないことに、ローズは安堵を覚えた。やはり自分はいつも通りだ。何も心配する必要がない。
いつのまにか、自らの運転する車が大きすぎるくらい大きな建物の前に着く。かの有名な艦隊司令部だ。
でかすぎる入り口に立ち、それと同時にIDを口にする。
「ID、66666。所属は第七陸上艦隊よ。」
「確認。」
無感情なOS音声が、確認を始めたことを口にする。だがすぐに戻ってくる。
「確認完了。」
夜。月の輝きに照らされた暗い要塞に、ローズは乗り込んでゆく。それが、自らの死につながっているということを理解しているからこそ、彼女の歩調は早めなのかも知れない。
翌日、ドリッカーは起きた後に異常を感じた。家には、エックス以外誰もいなかったのだ。
「誰がどこにいるかは知らないのか?」
「いえ・・・・でも、ローズさんは、何か用事があるとかで昨夜出たきり・・・・。」
「どこにいったんだ?」
「・・・・・艦隊司令部です。」
その言葉にドリッカーは硬直した。ローズが敵の本拠地に一人で乗り込んでいるのだ。
裏に奴がいる・・・・・。
ドリッカーはすぐに気付いた。ローズがそんな無謀なことを一人でやっているわけがない。
三年ぶりに、ドリッカーの存在が怒りと殺意に埋もれるようになった。
「ドリッカーさん!」
「?」
「ローズさんを・・・・頼みます。必ず・・・・それに・・・死なないで下さい!」
「んなこたぁ、百も承知だ!」
そう言うなり、ドリッカーはホバーリングで家を飛び出していった。取り残されたエックスが祈るように手を握りしめるのが、振り返ったドリッカーの目に映っていた。
こんな所に自分が存在しているのが分からないくらいに、全く違和感のない自分がここに存在している。人間は人間として、必ず自分に合う場所がある。しかも、それよりも合わない場所の比率の方が大きい。
ゼロはこの白く何もない空間を「彼女」が用意してくれたことが、とても嬉しかった。こんな場所で戦うことが出来る。・・・・アイツと。
それは罪深いことなのかも知れない。しかし、自分の観点から言わせると、これもまた正当な行為でしかない。そう、あくまで正当な・・・・・・。
よくよく考えると、自分が笑っていることが分かる。何故か、久々に自分の前髪がうっとうしくなってきたような気がする。ゼロは前髪を横にわけた。まともな視界は久しぶりだ。
「戦いにはちゃんとした視界が必要だからな。」
その笑みが狂笑であることを、ゼロは未だに知らなかった。
この機械が何なのかは分からない。しかし、これと話していると何となく心がやすらぐような気がする。あくまで感覚的なものであり、確証があるわけじゃない。
「あなたは誰?」
「存在するものは皆同じであり、そして奢り高ぶるものは力あるものに撃破される。」
「あなたは誰?」
「悲劇は幾度となく繰り返される。ヒトが、人間が、そして今ある機械共が同じ悲劇に直面する。皆、同じものを持っているのだから。」
この機械が意味不明なことを口走っているとは思えない。むしろ、何かを諭すような雰囲気がある。ローズはこれがきっと自分に、そして今ある全てのヒューマノイドタイプの存在に何かしら影響があることを確信していた。
「奢り高ぶるものは力あるものに撃破される。」
この言葉が抜けていくことはない。
誰かに考えてもらいたかった。この言葉の意味を。自分は怖くて気付くのが嫌だった。
「もう一度繰り返すわ。あなたは誰?」
「私は観測者と同じ任務を持つもの。それでありながら参戦者でもあったもの。」
「何に参戦していたの?」
「貴殿らが今より後に起こそうとしている戦争の原型。」
なるほど、とローズは思った。少なくとも自分たちと同じ騙しあいをしてきた人物が、この機械に脳移植をした成れの果てのようだ。
この戦いに終わりはないだろう、とローズはひと事のように呟く。しかし、終わらせなければならない。地球が生まれてからすでに何十億年と過ぎた今、ヒューマノイドタイプが自尊心で跳梁していることは許されないのだ。
何故許されないのだろう、ともローズは思ってみる。言葉を持ち、自然の恩恵を自らの都合のいいように手を加えることの出来るという特性を持った彼等に、奢り高ぶるなと言ったらそれは無理なのではないだろうか?
弱肉強食の生物界で、強きものが奢り高ぶるのは当然なのではないだろうか?
奢り高ぶる故に、それ以上の存在を認めることが出来ず、いつのまにか強大な新しいタイプが存在している。よくある例だ。
「ま、いいわね・・・・・。どちらにしろ、私はこれ以後の戦いに参戦することは出来ない。せいぜい地獄から観戦させていただくわよ。」
少しだけ、ほんの少しだけローズには未練があった。まだやり残したことがあるような気がしたのだ。
「未だに現実感がないのよね・・・・・。」
同じ頃、ドリッカーは荒野を駆け抜けていた。いつもと同じ、何もないはずの荒野が、ドリッカーの心の中をかき回すように林立している。いつもの何倍かの高さがあるようだった。
そんなことはどうでもいい。どちらにしろ今自分がやらなければいけないことはもう決まっている。善だとか悪だとか、肩書きはどうでもいい。俺の正義は、今ローズを助け出すことにある。何がいいことで何が悪いことかなんて判断はつかない。
その時、頭の中に波紋を立てて声が響く。いや、波のように広がる。
その声は、
「ROCK」と言っていたような気がした。
「ロック・・・・だと?」
とりあえずすぐにそれを振り払う。そんなことに気を配っていてもどうにかなるものじゃない。一刻の猶予もないのだ。
つまらない戦いは避けたかった。今回の最終ボスは絶対に奴だ。それはすでに分かっている・・・・・。
見えてきている大きな建物を知らないリーバードは、この地球には存在しないだろう。
艦隊司令部だ。
ボスの前には雑魚キャラが出てくるのがうっとうしいところだが、相手だけはしなければならないものだ。
ほとんど命令を聞いて動き回るだけのリーバードがそこに存在している。必ず殺さなければならないものでありながら、ドリッカーはそのリーバード達に同情をしてさえいた。こんな奴等に人間が撃破された理由も少しは分かるような気がしていた。
「テメエらに構ってる暇はねえんだ!」
挑発の罵声を一声あげる。
勝利を確信した笑みと、それとは裏腹に体中に燃え上がる復讐心を、ドリッカーはもろともに愛することが出来るような気がした。
今自らの前に存在しているリーバードは、つい数日前までは自我を持って高慢稚気に動き回っていたのだ。しかし、今目の前にいるリーバードは、ゾンビのようにただ動き回るだけ。ちょっとやそっとの損傷では倒れそうもない。
「壊すしかないってことか・・・・面倒だな。」
言葉とは裏腹に、ドリッカーの重刃は、しっかりとバスターに組み込まれ、チャージを始めていた。黒い光が腕に染み入っていく。
それを感知したリーバード達が、一斉にドリッカーへとなだれ込んでいく。
「おせえんだよ!」
広域放射状態にしたグラビティブラストが、リーバード達を歪ませ、爆発させていく。
アタック&ダッシュは戦闘の基本。ゼロにはそう教えられたような気がする。今更にして考えてみれば、それが一体なんだと言うんだろう。
微笑を浮かべたドリッカーの重力空間に入り込んでしまったリーバード達は、一気に加圧された空間の中で潰れていった。なかなかにおぞましい光景だ。
走り込み、通常弾を撃ちまくったところで波に大きな穴が出来る。それをカバーしようとリーバード達が波を薄くしたのがいけなかった。無論のこと、それが繰り返されることで、だんだんと波は薄くなっていく。一体だけが波の厚さとなり、回転したドリッカーのグラビティブラストが、彼等を薙払ったのは言うまでもなかった。
しかし、その後ろからさらに新たなリーバード達が攻め入ってくる。そう、艦隊には軽く十万を越えるリーバードがいるのだ。こんな簡単にケリが付くはずがない。
「うざってえ!」
思いっきり集中力を高め、その集団が全て入ってしまうほどの空間が造られる。その中で登場したばかりのリーバード達が、潰れて爆発していく。
ふと、自分がこの爆発音になれていないことに気付いた。あれだけ人間の存在を取り返すことを宣言しておきながら、結局は自分がそれを全く実行していない無責任な存在であることに気付いたのだ。
しかし、過去のことなどはもうどうでもいい。目の前にあること、現実のみが何よりも大事なのだ。過去を悔やみ、過去に委ねていては進歩は出来ない。かといって未来にのみ望みを託し、現実を否定することも許されない。そう、自分は必ず現在にしか存在していない。現在しか見ることは出来ないのだから。
雄叫びをあげたドリッカーの、重力破砕刃が大型リーバードを貫いた。
そう、俺は戦っている。誰が何といおうと、俺は今戦うことを望んでいる。理由があるんじゃない。俺なりの正義がある。今俺の正義が俺に強く望んでいることは、妹を殺される前に助けることだ。絶対に助けてみせる。それだけの力が、俺にはあるはずだ!
「チイイイイッ!」
単調な自分の攻撃方法に飽きもせず、突進してくるリーバードの大群を、音すら立てない3度目のグラビティブラストが引きちぎった。
mother 2のいや、アリアの元に、アイリスが近づいてきた。観測者として存在しているアイリスは、アリアのような実体を持たない。持っていては、肉体という器にとらわれていては、本当の「観測」は出来ないのだ。
「ご苦労様。」
笑顔でアリアが話しかける。
「あの子達はすでに動いているわよ。」
その言葉に、アイリスもまた微笑んだ。
「分かっているわよ。私は観測者なんだから。」
「ああ、そうだったわね・・・・。」
アイリスは自然に生まれたもの。運命であって、運命とは言えない生まれをしたもの。アリアはヒトに望まれて生まれたもの。運命とは全く関係のない出生をした存在。全く正反対な二人は、結局同じことをする羽目になった。
二人とも、母親だからだ。
母親が、子供の身の上を心配せずに何をしろというのだろう。
アイリスの心情を察したアリアは、少しだけ、ほんの少しだけ躊躇しながらも自ら口火を切った。
「愛していたのね。あの子のことを。」
「違うわ。」
少し淋しそうな目をしながら、アイリスは静かに、それでいて強い意志力を感じさせる喋り方でそれを否定した。
「私はあの子にあの人を重ねていただけ。結局、あの人を失った傷がまだ癒えてない証拠なのよ。」
「あの人はあなたを愛し、あなたもあの人を愛した。本当にマンガにでも出てくるような恋だったわね。毎日がぎこちなく、それでいて微笑ましくなるほど幸せに包まれた・・・・・・・。」
アリアは素直にそういっていた。自分が近くで彼等を見て、そう思ったからだ。
アイリスとライト。彼等ほどマンガのような恋をした存在はいないような気がした。アリアのいうように彼等はいつでもぎくしゃくしていた。しかし、その光景は本当に幸せそうだった。・・・・暮らしていた、二十年くらいの時は。
ライトは遺伝子操作により歳を取ることを知らなかった。ライトの生まれていた時代、非合法とまでいわれ、憎まれ続けていた遺伝子操作を、ライトは一人の狂科学者によって施されていたのだ。
それはライトの責任ではない。しかし、周りの人間はライトを思いきり非難した。ライトは一人だった。いつでも、いや、死ぬまで一人でいたのかも知れない。アイリスと出会うことをしなければ。
双方、一目惚れだった。当時、まだ人間だったアイリスがライトへと一方的な告白をしたのだ。ライトも、そんなアイリスの想いに答えた。二人はすぐに結婚した。親も何もいない二人の結婚を止めるものは、誰一人として存在しなかった。
昔の幸せな日々を思い出し、アイリスは頬を赤らめる。それでも口から出たのは、「からかわないでよ。」という声だけだった。
「別にからかってなんかいないわよ。」アリアはムキになって否定してみせる。「あたしは本当にあなた達が幸せだと思っていたのよ。」
しばしの沈黙が流れる。
「でも、幸せでいいのはその時だけ。そして私達だけ。」
アリアの言葉に、アイリスはゆっくりと頷いてみせる。
「あの子達には、ちょっと辛いかもね・・・・・。」
「辛いなんてもんじゃないわよ。」とアリアは口をとがらせる。「あたしなんかドリッカー君の恨み買ってるんだから。見つかったら殺されるんじゃないかって冷や冷やものだったわ。」
「ごめんなさい。」
アイリスは素直に謝ってみせる。本当にすまなそうだった。
「謝ることなんてないのよ。」
アリアはそうアイリスをたしなめてから、アイリスの顔をのぞき込むように見る。
「さよなら。アイリス。私達はここでお別れだけど、またいつか、必ず会うべき時がくる。」
「うん。」アイリスは頷く。「有り難う。アリア。私の代わりをしてくれる人・・・。」
そう言ってアイリスは消えてしまった。彼女の行き先は、もう誰にも分からない。知っているものといえば、創造することしか能のない、単純な神様ぐらいだろうか。
アリアは彼女がかなりずるい存在だと思った。そして、少しだけ彼女をうらやましく思った。だが、負け惜しみが口を付いて出ていた。
「でもねアイリス。」
そうやって凶悪に笑ってみせる。
「あたしの一生も、なかなかにスリルあるわよ。」
戦いは熾烈を極めていた。序盤、ドリッカーが優勢だったものの、やはりリーバードが数にものをいわせて突進してくる戦い方に、正直体力がそこをつきかけていた。
「へっ。後から後から・・・・・。」
口は強がっているが、その表情からはその余裕が大嘘であることを意味していた。
もう、ほとんど限界だった。なのに奴等はじりじりと間合いを詰めてくる。死の包囲網だ。
「こんなとこでくたばる気はないが・・・・。正直、難しいな。」
しかし、もうほとんど戦える状態ではないドリッカーに、一つだけ一切衰えないものがあった。彼等がじりじりと間合いを詰めてくるのは、ドリッカーのこれを本能的に恐れるためである。
リーバード達にとっては自分たちが絶対に優勢なはずだった。結果的には優勢だ。自分たちの変わりはいくらでもいる。しかし、向こうは一人で、しかも体力をつきかけているのだ。恐れることは何もないはずだ。
それでも、ドリッカーに向けてバスターを放つものや、突進していって決着をつけようと言うものは一人とていなかった。もし下手に動けば、この瀕死の人間に瞬殺される気がしたからだ。
「どうした・・・・早く来いよ。」
ドリッカーの挑発の言葉にも、誰も乗ろうとしない。
そこでいきなり変化が訪れた。リーバードが道を開け始めたのである。
いきなり開き始めた道は誘導尋問のように次々と彼等に一本の道を造らせていく。そしてそれは、艦隊司令部の入り口へと続いていた。
「なあるほど・・・・。俺に恐れを成したか。」
ドリッカーは声高に彼等を笑い飛ばした。そして、威風堂々とその通路を歩いていく。
「やはり、機械だろうが人間だろうが、本能的な恐怖って奴があるような気がするな。」
少し体力が戻ってきたのか、そんな冗談もつけるようになった。
ゆっくりと、しかし確実に艦隊司令部に自分は近づいている。歩こうと思うだけで、頭脳はそれを感知し、命令通りに身体を動かしてくれる。肉体とは、思考制御の機械だったりして・・・・なんてことをドリッカーは考えてみた。もはや、リーバードへの私怨などどうでもよくなってしまっていた。
そして、体力の戻った右腕のバスターは、司令部の扉を、確実に射抜いていた。
トラムに乗り込んだドリッカーは、その壁にもたれて座り込んでしまった。次の場所に行くまでに少しは体力を温存しておきたかった。このトラムが自動的に自分を連れていってくれるのは、もはや百も承知だった。なにせ、入るなりトラムのハッチが開いたくらいである。
大きな溜息が白いトラムへと反響する。何故こんなに白い空間ばかり作り上げようとしていたのだろう。こんなに白かったら、何となく存在しているのが自分だけだと言う感じがするではないか・・・・とドリッカーは苦笑した。
「こう言うときには、最終ボスが登場するってのが定石なんだよな。」
そう言ったときに丁度トラムがとまり、勢いよくハッチが開く。
「そう。そして最終ボスというキャラクターは、今までになく強大なものだ。」
その声の主を、ドリッカーはよく知っていた。元々予想した最終ボスだった。
そして最終ボスとは、最強を誇るものでなければいけないのだ。いかなるものであろうとも・・・・。
ドリッカーの凶悪な笑みと、凶悪な睨みが、最終ボスを射抜く。
「ゼロォ・・・・・・。」
憎しみと怒り、そして疑惑を露にした視線が自分に飛んでくる。いかに表情が凶悪であろうとも、目は嘘をつかない。いや、つけないのだ。
強大なラスボスであるゼロと、弱いながらも成長し、ここまでたどり着いたドリッカー。ドリッカーの強さは未定。ゼロの強さは計り知れない。同じことを言っているような気がしないでもないが、絶対にそれは違うはずだ。
ドリッカーがゼロを見据えて、重刃をかまえる・・・・と同時にゼロは今まで誰にも見せたことのない構えを見せた。左肩を前方に向けて、胸の前で左腕を止める。右手は脇腹のあたりに据え付けられているが、その掌が紙縒りのようにすぼめられているのが、油断ならぬ雰囲気を出している。左足は前方に突き出すように踏み出し、右足はその後ろで身体を支えるように踏みしめられているのだ。
すぐにでも突っ込んでくるような体勢だった。
「何だよ。その構えは。」
「言っていなかったかな?」
(え?)
そう。さっきまで二十メートルは離れていたゼロが、目の前にいたのだ。
「俺の戦法は体術だってな・・・・・。」
吹き飛ばされていた。ゼロがほんの少し腕を動かしただけで、一気にトラムの壁まで吹き飛んでいたのだ。気付いたときには、大きく吐血した後だった。
「か・・・は・・・・・・・。」
綺麗な赤色の液体が、白く何もない空間にただ一つのシミを作る。
崩れ落ちたドリッカーに歩きながら近づき、ゼロは微笑んでみせる。
「この程度で終わるはずがあるまい。まだ貴様には戦ってもらう必要がある。」
「上等だ!」
勢いをつけてドリッカーが立ち上がるのを見たゼロは最高に優しく笑った。この方が凶悪に見えるような気がした。
「全力を出してもらわないと困るからな。」
「余裕ずらしてられるのも今のうちだけだ。」
ドリッカーの表情で、見事にさっきがふくれあがっていく。重刃は深く握り直され、目つきはより鋭いものに変化していった。まだ十分に期待できる目だった。失望するには惜しい。
その時、ドリッカーの頭の中に一つの単語が浮かび上がった。
「R、O、C、K」
ロックと・・・・・・・。
「何だ・・・?これ・・・。」
「どうした?」
「いや。」
きっと幻聴だろう。そうでなかったとしても、今自分が集中すべきことはこんな頼りないことではない。まして、自分がいる状況は、死ぬか生きるかのどちらかだ。比としては七、三で死の方向に向かっているだろう。
勝てる気はしない。しかし、逃げるなどもっての他だ。逃げてなんになる。負け犬になって生きたところで、一体どこに逃げることが出来るのだろう。そもそもそんな気の長いことをするつもりはない。
陳腐な言葉だが、自分なりの正義があった。
ドリッカーはよくお話などで正義の味方というものを知っていた。しかし、そもそも正義の味方というものは何なのだ?正義ではなく、正義の味方・・・・・・。それを考え始めたときには、別の問題が頭に出てきた。
正義とは何なのだ?
善でも悪でもない、正義・・・・・。しかし、その正義は必ず善の方向へと向けられる。善が正しいなどと誰が決めたのだ?悪は何故正しくない?ドリッカーは幼き頃によく考えた挙げ句、一つの結論を出した。
「正義は、必ずしも善とはあり得ない。悪にも、悪なりの正しさがあるはずである。」
そう考えたのだ。悪は一つの立場、属性なのだ。善であれば正しく、悪であれば正しくはない。それはつまらない偏見なのではないだろうか?一方的に悪を差別しているだけなんじゃないのか?
人には、人一人ずつが深く考えた正しさがある。それが、「正義」なのだ。
そして、ドリッカーの正義は、逃げることなく、目の前のゼロを殺してローズを救い出せと指令している。
正義とは、自分の中で最高意志決定権を持つものだった。
「俺は俺の正義で貴様を殺す。」
「できるか・・・?」
ゼロがそう嘲笑ったときだ。彼の背中に、赤色に光輝く炎の翼が燃え上がる。
「・・・!?」
今までゼロから感じていた威圧感が、急にふくれあがる。それこそ、何百倍にも。
「撃って見ろ。」
「何・・・?」
「俺はこれから何もしない。反撃する気もない。お前は俺の背中に向かってバスターをぶっ放せばいい。」
そんな話を聞くことはしなかった。恐怖が全身を支配していた。ここまで強大な強さが、人間には存在しているのだろうか?背中を向けたゼロの背中になんとかバスターを突きつけたとき、ドリッカーはゼロの身体が何百倍にも大きくなっていた気がした。
撃つな!!
全身の危険信号がそう大音響で訴える。ドリッカーはそれに素直に従うことにした。顔中汗だくになったのをようやく気付いた。
「何故撃たないんだ?」
ドリッカーは答えなかった。
「撃てないんだろう?」
少しだけ頷く。いかなるものでありこそすれ、今のゼロに逆らうことは単純な死を意味していた。
「これが強さというものだ。貴様にはそれが何よりも足りない。精神力、人間において何よりも効力を持つのはそれだ。戦闘能力を最大限に生かし、自分をつき動かすもの。本当の強さはそこにある。」
ゼロは完全に失望しきっていた。自分よりも境遇がよかった人間が、自分よりも遥かに弱いのだ。ひどく弱かった。こいつを育てた十三年は何だったのだ?そして、ライトは何故このような小さな器を作ったのだろう?
その時、いきなりゼロの背筋に寒気が走った。
もちろんそんなことを顔に出すわけにはいかない。ゼロはポーカーフェイスを決め込んで、その原因を探した。・・・・すると、すぐにその原因は見つかった。しかし、何故・・・・・・・。
ドリッカーの目は死んではいなかった。表情は明らかに恐怖にひきつっているが、目は鋭く光っている。こいつはまだ死んでいない。
なら、この鋭い目を力として「覚醒」させればいい。
気は進まないが仕方ないだろう。あの手段を取るしかない。少なくとも、彼を覚醒させるには十分すぎる手段だろう。いや、やりすぎて逆に精神を再起不能にするかも知れない・・・・・。危険な賭だ。
しかし、今恐怖という「感情」に包まれていては、一生腐りきったままだ。
ゼロは微笑んだ。やって損はない。やらなければ利益は絶対にあり得ない。
そう。やるしかないのだ。
「・・・・ついてこい。」
「!?」
「見せたいものがある。」
ドリッカーは、ゼロを信じることが出来ない。もう、二度と信じないと決めたのだ。どんなことがあろうと、自分の正義は彼を信じるなと告げている。自分の正義に従うとすれば、ゼロを信じるとすれば、死を宣言しているも同じだ。
しかし、好奇心というものが人にはある。今ゼロが何を見せようとしているのか、なにを、ドリッカーに伝えようとしているのか・・・・・・興味深かった。
ゼロが一歩踏み出すのを見た後に、ドリッカーも一歩踏み出した。結局、自分に少しだけ残っていた幼い感情は、まだゼロを疑いたくはなかったのだ。
「もう一度告げて。あなたの名前は何?」
一体この質問を何回繰り返しているのだろうか?自分でも、ばからしくなってきていたのだが。
「あなたが私に質問したのが、すでに六十四回。」
「つまんないこと数えてくれてありがとう。」
ちょっとした皮肉を口走ってみても、この機械の中に埋まっているものはそっけない対応しかしようとはしない。現時点で分かっていることは、彼が旧時代の遺産であり、そしてその時代に行われてきた戦いを「観測」してきたものだということだけだ。
そもそも旧時代とは何で、観測とはどのような任務なのだろう?
ローズは大きな壁に突き当たっていた。もっとも、その壁をつき崩すような暇は無論のことなかったが。
少し落ち着いてきたので、大きな溜息を漏らす。自分の死が近づいていることに一つの疑問を感じながらも、何となく・・・・・心残りだ。アリアも理由についてはよく教えてはくれなかった。何故だろう?
戦いには、このような理不尽な死が付き物なのだろうか・・・・・。
いきなり、自分のいる部屋とドリッカー達がいる部屋に隔てられた壁が解除された。
「ローズ!?」
ドリッカーが素っ頓狂な叫びをあげる。まさかこんな所にローズがいるとは思いもしなかったからだ。一体誰がこのような趣味の悪いことをしているのだろう。
「兄・・・・・さん・・・・・。」
ローズも驚きを隠せない。自分がいるすぐとなりの部屋に、ドリッカーがいてくれたことに、安堵と共に衝撃を憶えた。もしかして、この人の前で殺されなければいけないのだろうか?それは絶対に嫌だ。ただ死ぬならまだいい。でも・・・・。
近くを見回してみても、アリアの姿はない。つまりそれを考えついたものは・・・。
「ゼロ・・・・。」
目の前にいる、いかにも凶悪そうな青年に相違なかった。
そうか・・・・とローズは己の身の不運を呪った。そういうことだったんだ。
「兄さん。」
落ち着いた顔でドリッカーに話しかける。
「予感してるんじゃない?今、私の身に何が起ころうとしているかを。そして、これからあなたが背負わなければいけないことを。」
「・・・・・。」
ドリッカーは答えない。ならばあたりだ。
「答えて。」
「・・・嫌だ!」
泣きそうなドリッカーの声を無視し、ローズは淡々と続ける。
「兄さん。これからあなたのみにどんな不幸が訪れようと、どんな形があろうと、絶対に誰も恨まないで。憎悪や、恨みなんて感情は何ももたらさないから。」
「な・・何言ってんだよ・・・・。」
「あなたはこれから大きな戦争に参戦していく。誰から強制されるわけでもなく、あなた自身の意志でね。その時になれば、私が何故死んだのか、何故、ゼロが私を殺したのかがわかる。」
言い聞かせるようにいうつもりだったのに、結局は涙が流れた。むしろ、涙が流れることが自然なのかも知れない。悲しまない人間。哀れむことを知らない人間は、けして人に受け入れられない。
ゼロがバスターをかまえる、小さな音が耳に飛び込んできた。
「いつか・・・・私もかならず連れていって・・・・・。」
一瞬、熱いものが背中を直撃したかと思うと、のどから熱いものが吹き出てきた。崩れる意識の中で、最後の言葉を振り絞る。
「あなたや・・・・あなたの仲間が作り上げる・・・・本当の世界・・・・に・・。」
人間の死に方というのは --ローズは思った。なんて不便なんだろう。
ドリッカーはその光景を目の当たりにはしなかった。完全に目をそらし、自分の中にわき上がってくる感情を見つめていた。新しい存在でありながら、不思議と明白な影響力のある、変な存在・・・・・。
ドリッカーの周りに人がいなくなってしまった。いるのは、敵だけだった。
そんなことを考えたところで、身体に妙な異常が出る。
体の周りが、黒いリングに包まれる。彼の心を見ているように。見透かし、それを助長しているかのように。
ドリッカーの瞳には、赤い文字でこう描かれていた。
「TYPE-03 SYSTEM NORMAL」とだけ。
そしてその背中には、枯れ木のような黒い翼が形を見せていた。その存在を知ったときに、ドリッカーはかなりの失望感を憶えた。こんなつまらないものを生み出すのに、一体どれくらいの人間が死んだのだろう・・・・・。
「決着をつけよう・・・。」
ドリッカーは静かにそう言い放つ。自分にしっかりと言い聞かせるように。
ゼロは無言だった。本当に無言だった。その口元は、ドリッカーの成長を喜んでいるようなものでしかなかった。それが、ドリッカーにとって逆に憎らしかった。
二人は五十メートルほどの間合いを取った。それだけが、彼等の許される助走だった。ドリッカーの目に涙はなく、あるのは理不尽なことに対する怒り、そしてゼロに対する憎しみ・・・・・。負の感情が、彼を「覚醒」させたのだ。
直立不動の姿勢を取っていた二人は、その姿勢のままきっかけを待った。自分たちが刃を交えるその合図を。
白く、そして何もない空間の中の二つの異常物。それは、これからの彼等を表すものでもある。一体、何故・・・・・・。
先代の「観測者」の爆発で、二人は風の煙をあげつつ --
顔を歪ませたすさまじい叫びを、響かせていた。
mother 2の部屋の扉が、轟音と共に大きくへこむ。それも、一度や二度ではない。厚さ二十センチ以上の金属の扉が、次々と響く轟音により、じわじわと弱められているのだ。
そのうちに耐えきれなくなり、それは四散した。もうその任務を果たすことは出来なくなっていた。
そこから、顔を涙でぐしゃぐしゃにした、黒き翼をまとった堕天使が入ってきた。足どりは重く、全く覇気がない。手には、重刃がしっかりと握りしめられていた。
mother 2の正面でそれを見つめる彼に向けて、それはとんでもない仕打ちをして見せた。すでにアリアはmother 2とは違っていた。
赤い、その瞳が、彼に向けてしっかりと瞬いたのだ。
そう、「惨めだな。」とでも言うように。
その行為に彼は一気に怒りの臨界点を突破し、その腕の重刃が振り上げられる。
「嘲笑うなあぁぁあああっ!!!!」
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