汎用生物兵器1
  2 療養
 
 かくして、ドリッカーはリーバードの中で生きることを認められたのだ。が、本人が納得するはずもない。
「助けるってのはこういうことだったのかい?」
 皮肉そうな顔で、ベッドからゼロに向かって叫ぶ。
「仕方ないじゃないか。そうでもしなかったらお前はただ死んでるんだぞ。」
「リーバードなんかと同格に扱われるくらいなら、死んだ方がましだよ!」
 今ドリッカーが住んでいるのは、ゼロの住んでいる六畳一間。もちろん狭い。しかし、ドリッカーが療養中ということもあり、ベッドはドリッカーが占拠している。
 ローズも今は順調に成長している。元々大人しく、騒ぐことなどしないのがローズだ。食事の時間以外はほとんど寝ている。あまり自分から動こうともしない。
 「でも・・・・・・君は人間なの?それともリーバードなの?」
 ドリッカーからいきなりきつい質問を喰らったゼロは、内心動揺したように身体をふるわせた。
「いきなりそれか?」
「真剣に・・・・・聞きたいんだ。」
 ゼロは少し考え込んだ用にして、ドリッカーの目の前に座った。煙草に火をつけ、少し息を落ち着かせてから口を開く。
「どちらとも言えないな。」
「・・・?」
 ゼロもドリッカーと同じライトに「造られた」存在でしかない。
身体を造るベースとなっているのは確かに人間だが、人間として身体を保っていくには、ナノマシンの力を借りなければならない。故に、完璧な人間などと形容できるわけではなく、かといって身体から言わせればリーバードとも言うことはできないのである。
 ローズもそうなのか・・・・・と言うと少し違うようだ。確かに体内にナノマシンを内蔵していることに変わりはないのだが、特に効用もないのであってもなくても変わらない。
 しかし、ゼロは自分がライトに造られた存在だとは自白していない。そうなればこれから執行されるべく、ライトの立てた壮大な計画が、全ておじゃんになってしまう。それだけはなんとしても避けなくてはならない。
「お前にはまだわからないことだ。」
「また!すぐそう言ってはぐらかすんだから。」
 頬を膨らませてぶちぶち文句を言うドリッカーを見たゼロは、喜びと呆れの入り交じった表情で苦笑していた。まるで、子供の成長を喜ぶ親のように・・・・・・・・・。
 そんなほほえましく、平和な光景を、通信機器が遮った。
 けたたましくビープ音を上げる通信機器を起ち上げて、中に入っているメールを確認する。
「・・・・・・艦隊司令より通信、いますぐ出頭を要請する・・・・・・だと?」
 自分に入っているメールを一通り読み上げたゼロは、自分の着ている軽いジャージのようなものの上に、簡単に軍服を羽織った。
「ねえ・・・・・・・ゼロ。」
「?」
「そんな簡単なカッコで怒られないの?」
 そう指摘されたゼロの身体がびくんと揺れた。前髪のせいで表情がわかりにくいものの、口元がひきつっているから案外、驚いているようだ。
「いいんだよ。どうせ服装チェックさせられるわけじゃないんだから。」
 照れ隠しに笑ってみせるものの、ゼロは明らかに動揺していたことだろう。しかし、それを見たドリッカーには、ゼロが何故あれほどに動揺したのかはわからなかった。
 「それじゃ出かけてくる。勝手に外出なんかするなよ。撃ち殺されても知らんからな。」
「え・・・・・。でもさ。僕今動けないんだけど?」
 ぐさ。
 それに返事することもせず、ゼロは足早に外に出てしまった。
「耳・・・・遠いのかな?」
 ドリッカーはそれに対しても、さしも疑問を抱かなかった。
 mother2直属第七陸上精鋭艦隊所属、特一級粛正官ロックマン=ゼロ大尉。これが今のゼロの肩書きである。彼自身はあまり気にもかけていないのだが、特一級粛正官になるには、かなりのキャリアと実力が必要だ。故に、なれるものなど数少ないし、扱う作戦に対してもかなりの難易度がある。ゼロは22才という若さで(リーバードでは、造後22年という)特一級粛正官の座を取得したのである。
 が・・・・本人が全くの無関心故、ほとんど気にしていない。周りのリーバードからは若造だの、ひよっこだのと悪態をつかれているが、それ自身にも聞く耳持たないといった感じだ。
 不真面目なミッション。無鉄砲な行動。上官に対しての口の聞き方の悪さで、いわば問題児(そんなに小さくはないが)的な存在なのである。司令官から呼び出されておしかりを受けるなど。日常茶飯事なのだ。
「しかし・・・・最近俺はちゃんとミッションをこなしているし、特に問題を起こしているわけでもない・・・・・・・。一体何用だ?」
 ぶちぶち文句を言うわけでもなく、ただそれだけを呟いてゼロは天にも届きそうな全艦
隊司令部を見上げた。
 入り口に立つと、司令部の人工知性体が確認する。「ID番号、並びに所属艦隊をご照合下さい。」
「ID、66666、所属は第七陸上艦隊だ。」
「確認。」
 ピッ言う音がして、しばらく確認のために時間がかかる(といっても2秒ほどだが)。
「確認完了。お入り下さい。」
 それにしても IDが66666なんて本当にわかりやすいな・・・・・・・。ゼロは内心苦笑しながら、司令部室行きのトラムに乗り込む。
「大尉。」
 近くにいた少尉の肩章をつけた、小柄なリーバードが乗り込んできた。どうやら、女性タイプのものらしい。
「大尉は・・・・・何をされに?」
「俺はただ呼び出しを受けただけだ。・・・・・それより・・・・・・・。」
 ゼロが訝しげな目つきでその少尉を見つめる。
「俺は君を知らんのだが・・・・・・・・。」
「もう!最近あなたの副官になったばかりじゃないですか!」
 一応人間型だが、身体のカラーリング、歩くときに出す音でリーバードとわかる。
「す、すまない。気をつけよう。君こそどこにいくんだ?」
「私は大尉の副官ですから。御一緒に出頭することになります。」
 涼しい顔でそう答えると、少尉はただ前を見て壁によし掛かった。
 トラムに乗っている時間は長い。何万人とも言える軍の職員が集まることのできる建物は、当然それに見合うだけの大きさを必要とする。
 「・・・・・・・大尉。一つ質問しても・・・・・よろしいですか?」
「なんだ?」
 少尉は自分の腕を、バスターに変えてから喋りだした。
「私達は・・・・・・・。一体何のために人間を絶滅させる必要があるのでしょうか?」
 ゼロが冗談かと思って少尉の顔を確認してみると、意外に真剣な顔つきをしている。が、ゼロは気付かれないように小さく身体を揺すっただけだった。
「人間は・・・・・私達には何もしていません。逆に、私達は彼らに造ってもらった存在なんです。いわば創造主なんですよ。私達が彼らを絶滅させる理由はないはずです。」
 リーバードの中にもそのような考えを持っているものがいるとは・・・・・・・。ゼロは正直驚いていた・・・・・・が、対して驚いていないように装った。
「しかし、上層部が公開した正式理由では、人間からの独立・・・・・・・・というようになっているが?」
「それは見せかけに過ぎません。現に、大尉の保護した子供達は、ナノマシン反応が出ていなければ殺されていたんですよ。何も理由がないのに・・・・・・です。」
 このリーバードは本当に真剣に人間のことを考えてくれている・・・・・・。ゼロは確かに感心して、リーバードの話に聞き入った。
「私は・・・・・こういった理由のない殺戮は感心できません。」
「では君は・・・・・理由さえあれば殺してもいい・・・・・・・。そう言いたいんだな?」
「・・・・いえ。」
 戦うのに理由がいる・・・・・・それが戦争なのはゼロにも十分わかっている。だからとて、理由があるから殺してもいいですよ・・・・・・・。ということにはならないはずだ。
「俺にはわからない。しかし、俺達を動かしているのは紛れもなくmother 2なんだ。あれが何を考え、一体何のために俺達を動かしているのか・・・・・・・・。それは誰にもわからないはずだ。現に、上層部の奴等もあれの言いなりになっているだけだ。」
「では・・・・・・mother2とは一体何なんですか?」
「・・・・・・・。」
 ゼロが答えかねたところで、ようやくトラムがついた。
 
 「ロックマン=ゼロ大尉、入ります。」
 軽く敬礼したゼロのあとに、少尉が続いた。
「・・・・・・報告は聞いたよ・・・・・大尉。」
 会議用の長い机の一番奥にいる人物。艦隊司令がゼロに向かって口を開いた。
「人間の子供を保護したようだな。」
「しかし、彼らの体内にあるナノマシンが、彼らを存在させるために一番必要なものであることは明白であります。だとすれば、素材は異なるものとして、我々と同等の存在と考えても・・・・・・・。」
「そんなことはわかっているのだよ。」
 司令官が自分が喋るのを遮ったのが気に触ったのか、ゼロは露骨に嫌な表情を隠さない。
 「問題はそれを選ぶ権利が、何故大尉である君に委ねられたか・・・・・・ということなのだ。」
「自分が申請した・・・・・・それだけの話です。」
 ゼロが間髪入れずに答えた。
「大尉。いくら君が優秀な成績をたて、素晴らしい実力を持っていたとしても、少しは自重してくれなくては困るのだよ。」
「君がかき回してくれたおかげで、一週間前の作戦はめちゃくちゃになったそうじゃないか。」
 二人ほどの幹部が、ゼロに向かって喋るものの、ゼロはいたって涼しい顔だ。
「自分は、自分が正しいと思っていることをやっているだけです。」
「それが艦隊としてのチームワークを乱したんだよ。」
「しかし!」
 ゼロはいっこうに引き下がるつもりはないらしい。
「もういい。」
 司令官がおもむろに口を開いた。
「任務に戻りたまえ。」
 
 「災難でしたね。」
「ああ。すまない、このようなつまらないことにつきあわせてしまった。」
 ゼロが疲れ切った表情で少尉に向かって謝った。
「いいですよ。それより・・・・・どうします?これから・・・・・・・・。」
「俺は少し立ち寄るところがある。」
 ゼロが微笑を浮かべながら一言呟いた。少尉は怪訝な表情を浮かべている。
「君も来るか?少しは奴のことを知っておくのもいいだろう。」
 少尉はゼロのいっていることが全くわからないようで、ただゼロを見つめている。
 ゼロは自分がこんなことをやっていると知れたら、懲戒ものなのはわかっている。が、「奴」と話をするのは面白くて仕方ないのだ。
「どうする?」
「え・・・?」
「mother2と話をしてみたいと思うか?」
 少尉はゼロのいったことが少々信じられないまでも、反射的にゼロの言葉に頷いてし
まった。
 
 トラムを途中で乗り換えてついた先は、自分たちの何倍もある扉のある部屋だった。
「ここは・・・・・・・?」
 常識外れに大きな扉を見上げて、少尉はとらわれたように呟いた。
「これが奴に通じる扉だ。行き先から扉を開けるナンバーまで、知っているのは艦隊のごく一部のものでしかない。」
「何故・・・・大尉は知ってるんですか?」
「俺はただ自分のナノマシンにこの場所とナンバーを検索してもらっただけだ。ま、奴とはたまにあって話をする程度だよ。」
 そう言いつつ扉に近づき、ナンバーを瞬時に打ち込む。
 扉は轟音を上げて開き、中にある超大型のコンピューターが目にはいる。
「これは久しぶりの客ね・・・・・。しかもその娘は?彼女?」
「バカ言うな。」
 ゼロが苦笑してすぐに否定する。少尉の方は人間なら顔が火照っている所だが、さすがは機械。全く動揺していない。
「女の方・・・・・?」
 ただそれだけのセリフが少尉の口をついて出た。
「・・・・ゼロ。私の性格がどんなものをベースに造られているか・・・・・。その娘には話してなかったの?」
 優しい、どこか母を思わせるその口調と声は、人間を絶滅させるために全リーバードに戦争を命じた、殺戮すら平気でできる機械とはとても思えないものだった。
「自己紹介させていただくわ。わたしは mothe2。地球上一部のリーバードの管理、運営をまかなう大型コンピューター・・・・・・。といったところでしょうかね。」
「あなたが・・・・・・・。」
「そう。これが俺達を動かしている悪の黒幕だ。」
 ゼロはこれの前に出ても、対して謙譲的な態度になっているわけではない。むしろこれの前に出ている方が、自然で彼らしい一面を覗かせているのだ。
 少尉は、自分たちを動かしているものと平気で会話をしている上官を見て、正直尊敬した。誰の目の前に出ても堂々としていられるのは、この行動があるからこそなのかも知れない。
 ゼロはmother2とひとしきり会話を交わしたあと、事実を消去する申請を行ってから、少尉の方に近づいてきた。
「戻ろう。」
「え・・・・・。」
「もう時間が遅い。あいつが待ちくたびれているんじゃないかな?」
 ゼロは微笑していた。この不思議で暖かい上官の姿を見た少尉は、不意に彼と同等の存在になりたいと願っていた。
 私は何を考えてるんだろう・・・・・・・・。
 心の中で苦笑した少尉は、今浮かんだ願いを全て廃棄した。
「どうした?」
 一人考えているうちに、ゼロからかなり声をかけられていたようだ。
「あ・・・・すいません大尉。戻りましょう。」
 笑顔で答えると、ゼロは安心したように先陣を切って歩き出した。
 上官が歩くのを見ていると、少尉にはそんなことはどうでもいいかと思ってしまった。
 きっと、これがこの人の強さなのね・・・・・・・・。
 一人でそう納得して、少尉はゼロのあとに続いた。
 
 「帰ったぞ・・・・・・って、もう眠ってやがる。」
 ゼロが帰ってきたころには、二人とも寝息すら立てずに眠ってしまった。待ちくたびれたのだろう。
「・・・・・寝てるときだけは可愛い顔をしているんだな・・・・・・・。」
 出かける先まであんなに憤慨していたドリッカーも、遊び疲れた子供のように眠っていた。
 いい気なもんだな・・・・・・・ゼロはたったそれだけを思って、ドリッカーを起こそうとしたときだ。
 呼び出し用のブザーがなった。
「客か?まさかな・・・・・・。資料の届け出か何かだろう。」
 ゼロがそのままハッチに立ち、外にいるリーバードを確認する。
「・・・・・・なんだ。君か・・・・。」
「なんだはないですよ・・・・。」
 ハッチの向こうにいたのは、先ほど一緒にいた少尉だった。
「で?一体何なんだ?」
「すいません。もう夕方なのに・・・・・・。」
 今の時間は午後五時二十分。年中春だから、大体夕方なのである。
「まあ上がってくれ。特に珍しいものもないけどな。」
 少尉は入る前に一礼して、少しびくびくしながら入った。
 少尉は入ってからあたりを見回したあと、人間の子供が寝ているのがわかった。疲れ切ったような子供で、相当の試練を乗り越えてきた・・・・・・・そういった苦労が感じられる表情だった。
「そいつは俺が保護したんだ。」
 後ろからゼロの声が飛んでくる。
「君も聞いているだろう。人間の最後の生き残りの一人だ・・・・・・・・。」
 見てみると、もう一人。小さな女の子の赤ん坊が寝ている。
「この子も・・・・・・ですか?」
「ああ。」
 少尉はあたりを見回したあと、ベッドの子供の横に腰掛けた。
「可愛いんですね・・・・・人間の子供って。」
「ん?ああ・・・・。」
 ゼロは曖昧に返事をしたあと、人差し指で頬を掻いた。
 「どうして?リーバードなのに・・・・・・。」
「?」
「リーバードってのは人間を簡単に殺せる存在なんじゃないの?」
 ドリッカーだ。
「僕はもう、どうしていいかわからない。自分が何をやりたかったのか、自分がなんのためにローズを守ってきたのか、僕は見失いかけている・・・・・・・。」
 一人そう呟いて、ドリッカーは半身を起こした。
「ドリッカー。お前がリーバードをそう解釈するのは自由だが、一つ誤解だけは解いておきたい・・・
・・・。リーバードは、必ずしも人間に敵対したいと願っているわけではないんだ。」
 ゼロがそう言い聞かせるようにドリッカーの顔を見ながら話すと、ドリッカーから涙が出てきた。悔しくて悔しくてたまらない・・・・・・・それを伝えたいような涙だった。
「ドリッカー君って・・・・言ったわね。」
 ドリッカーは涙まじりに頷いた。
「悔しいならその気持ちを無駄にしないで。いつか必ず、人間の存在を取り返すの。それが残されたあなたの、ただ一つの使命なんじゃない?」
 ドリッカーはさらに頷く。自分が敵対しているリーバードに慰められている・・・・。それだけで悔し涙が出てきた。
「今は泣いてもいい・・・・・・。だけど、そのうち泣くことすらできなくなるかも知れないわよ。ね・・・・・。」
 母のような優しさを持ったそのリーバードに、ドリッカーは抱きついた。どうしようもないやりきれなさがそこにあった。
 ゼロは、言葉だけでドリッカーを慰めたその少尉に驚き、ただ見ていることしかできなかった。それは余りにも悲しすぎる現実。消して分かり合えることはない機械と人間の、和解の可能性を見せつけられたような気になった。
 「大丈夫・・・・・大丈夫よ・・・・。」
そういいながらドリッカーを慰める少尉の姿に、ゼロは母、というものを感じていた。
「君・・・・・・名前をまだ聞いてないよな・・・・・・。」
「私ですか?」
 しばらくドリッカーを慰めていた少尉は、自分の名を忘れたように天井を仰いだ。
「今の名はアイリス・・・・・・。それだけです。」
 今の名前・・・・?ゼロにはその意味がわからなかった。
 後にこのリーバードが、ドリッカー達に多大な影響を及ぼすことは、誰が思いついたことだろう。
「ごめんね・・・・・・ゼロ・・・・・。私はあなたの前で自分がどんな存在かすら教えて上げられないのね・・・・・・・。」
 アイリスの小さな呟きは、本人以外誰も気付くことはできなかった・・・・・・はずだ。
 近くで寝ていた、ローズを除いての話だが・・・・・・・。
 
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