ONE  FOR THE FIRST TIME
 
 気がついた愛が最初に見たものは、いかにも病院らしいタイル張りの白い天井だった。白という色が、自分に落ちつきをもたらしてくれる。
「・・・・・・。」
 さてさて。自分はあの後どうしたのだろう・・・・・というものが最初に出てきた。とにかく、まずは状況を把握しなくてはいけない。だが、身を起こそうとよじった腹部に、耐え難い激痛が走ったのだ。だが愛は顔をしかめただけで、後は無理に身体を動かすことはしない。ようやく戻ってきた記憶を手繰り寄せてみると、自分がとんでもない失態を犯したことが判明した。
「・・・・・バカみたい。」
 自分を嘲笑うのは一体何回目だろうか?しかし、まだその落ちつきのない感覚に、自分は慣れていなかった。
「気がついた?」
「・・・・・ロールさん。」
 そこにはロールが立っていた。すでに成長期を終えているものの、彼女の長身が自分を見ているのは何となく悔しかった。自分は今の所、152センチしかないというのに。
 一年経って、ロールは少しだけ変わった。赤だけだった服装が、黒をベースにして赤をより引き立たせるようにしている。はっきり言って、オトナの魅力を出していた。
「心配したわよ・・・・。ロックに様子を見に行かせたら、気が動転して帰って来るんだもの。そんでみんなでいってみると・・・・・。あんたが膨大な量を出血させて倒れ込んでるってわけ。弾が身体に敷き詰められてたから。それを取って病院に運び込んだわけ。ちょっとナノマシンじゃカバーできない傷だったから。」
「ゴメン。油断したのよ。」
 愛は心底すまなそうに答える。こんな時だけ、小学生らしい素直さを出すこの少女を、後一年で結婚することが出来るロールは、微笑むことしかしなかった。
「いいのよ。お嬢様と大バカと大ボケをよんでくるわ。ちょっと待ってて。」
「ありがと。感謝するわ。」
 その言葉が届いたかは分からないが、ロールは立ち上がって足早に病室を出ていった。少しでも早く無事を知らせたがっているみたいだと、愛は内心で微笑む。表情に出すことは出来ない。まだ自分の腹の中はぐしゃぐしゃだ。少しでも何とかする必要がある。
 本当にうかつだった。自分のソナーをもっと警戒しておけば、何らかの対策が取れたかもしれない。よくやるミスなだけに、反省しなければいけないものだった。発見が遅れていたら、もしかして死ぬかもしれない・・・・・・と考えると、反省せずにはいられないが。
「愛ちゃん!」
 ふとその甲高い声から思考世界より引き戻される。
 泣きそうな目をして入ってきたロックと、本当に泣きはらしたような目をした綾。それと全く変わらないマイペースのドリッカー・・・と、なんだかんだいって彼女の仲間はそれだけだった。
「姉さん・・・・。」
「バカ・・・何泣いてんのよ。」
 ベッドでまた突っ伏する綾の頭を、愛は優しく撫でてあげた。何をやらかすか分かったものではない。
 そんな感動的な場をガラリと組み替えたのは、いうまでもなくドリッカーだった。
「さて・・・・聞かせてもらおうか。お前が油断するほど、敵は強大で素早かった。少なくとも、ただ向かってくるような相手じゃあない。聞かせてくれるんだろうな。」
「もちろん。今回の失態はあたしのせいだからね。」
 愛は大体事実を伝えた。公園で呆けていたこと、いきなりソナーに反応があったこと。反応した物体が戦闘機で、陸上自衛隊のマークをつけていたこと。そしてそれがいきなり人型に変形したこと。倒した後に、ソナーに反応がなく近づかれ、マシンガンを腹部に直撃させられたこと・・・・・・。だが、ドリッカーはそれを聞いた途端に顔をしかめた。
「つまりお前のくだらん油断だってことか。」
 そう言ってドリッカーは、愛の頭を小突いた。
「いくら実力があるからって、もし判断が遅れてたら死ぬ可能性だってある。軽率なことは避けるべきだな。」
「わかってるわ。今回でそれが痛い程ね。」
 こんな時だけは、本当に素直だ。愛は自分の失態を決してごまかすことはしない。いじっぱりではあるが、それくらいの判断はつく。子供らしいけど、子供らしくない・・・・・・・。とても不思議な人間だった。
 しばらく、愛は黙り込んでいた。見るべきものが見たとすれば、歯ぎしりをしていたようにも見える。それは、彼女の自分の失態への戒めと、そして・・・ただの恨みかもしれない。愛は拳を握りしめた。
「愛ちゃん。失敗を悔やむのはいいことだけど、悔やみすぎるのは力みを与えるだけ。程々にしといた方がいいよ。」
 やっぱり聞いていたのはこいつらしい。
 だが、なごみかけた空気をまたがちがちにしたのは、座り込んだロールの一言だった。
「待ちなさいよ。現行の戦闘機にそんな人型に可変するものはない。可変させる必要もないし。何でそれが陸上自衛隊なんて名乗ってんのよ。」
「確かにな。明らかに・・・・。」
「不自然です。」
 すでに涙の跡すらない綾が後をしめる。人一倍真面目な彼女だけに、今回のことは興味をひかれるらしい。
「形状としては、あの・・・なんだったけなあのアニメ・・・そうそうナ__コのエ__バリ_。あれにそっくりよ。一体どんな趣味かわかんないけど。」
 愛はお手上げ。
「エステ・・・か。なるほどな。」
 何故か納得しているドリッカー。まあ、愛達の中では一番アニメ好きだった(今でもだが)彼からいわせれば、ナ__コは超有名だった。が、その表情からは余裕さは消えている。
 また、不可解な事件が始まったのだ。
 陸上自衛隊が密かにそれを開発していたのかもしれない。だとすれば、それは二機も強奪されたことになる。・・・・が、専門家に聞かないとわからない。
「ロール。お前あれだけの兵器を現行の部品だけで作るのは可能か?」
「まず絶対に不可能ね。ここは私達に比べて、技術レベルが下の下くらいだもの。ホロビューくらいなかったら話にならないわよ。」
 ロールはそう言って肩をすくめる。ここに来て六ヶ月、彼女自身、ここの技術レベルの低さには閉口しているようだ。それでも、ここに自分たちが生きた時代の機械を持ち出すわけにはいかないから、ロールは好きな機械いじりが出来なくてストレスがたまっているらしい。
「・・・だとしたら・・・・。」ロックがそこまで言いかけたところで、愛がそれを打ち切る。
「まだわからないわ。あたし達が知らないだけってことになるかも、とにかく、あるかないかを突き止めてみる必要がある。何よりも先に、それをやらなくちゃ。」
 だが、全員乗り気ではないらしい。明らかに口元をひきつらせたり、怪訝な表情をしている。
「どーやって?」
 愛を除く全員から、ようやくその言葉が絞り出された。
「みんなもよく知ってる手段を使うのよ。」
「・・・・・・ハッキングとかーって〜?ちゃんちゃん。」
「ピンポンパンポン〜!おおあったり〜。」
 抑揚がないだけに、不自然極まりない応答の仕方で愛は声高らかに叫ぶ。ここが病院だということをまるっきり理解していない。
「!?」
 反応したのはロールだけではなかった。ロックも、綾も、そしていつもあまり驚くことをしないドリッカーも、さすがにそれについては驚愕の表情を浮かべている。
「おまえ・・・・。ハッキングなんてやるのか・・?」
「そうよ。何か悪い?」
「悪いも何も・・・違法です。」
 綾が思いきり不満そうに声をあげる。くそ真面目なだけに、そんな行為を感心することが出来ないのだ。頬を膨らませて、愛を睨み付ける・・・。可愛いのだが、何となく気圧される感じだ。
「違法だろうがなんだろうが、私達はあれの正体を突き詰めなくちゃいけないの。少なくとも、奴は無差別であたしを狙ってきたわけじゃない。明確な意志があった。それに現代ではなしえない機械の存在・・・。裏に何かあると思って当然でしょ?」
「確かに。」
 後ろでロールが静かに答える。だが、その表情は考えをめぐらしているようにひきつっている。彼女は考え事をするとき、必ず足を組んで目を瞑る癖がある。彼女はその成長した身体に度合いし、どんどん大人びてきているようだ。
 ドリッカーはそんな中で一人黙っていた。この事件、裏で糸を引いている存在が、何となくわかっていたからだ。修羅場をくぐり抜け、それに必ず「彼女」が絡んできていれば、それくらいのことは判断できるのだ。
「俺もそれくらいはした方がいいと思う。実際に興味はあるし、それにな・・・。」
 そこまでいったところで、ふと思いだしたように口をつぐむ。
 たとえようのない寒気がいきなり背筋に走ったのだ。冷たい何かが来るわけじゃなく、そういった何かが存在するわけでもなく・・・・・・。ただ自分の中の「何か」に気付いた寒気だった。
 そんなドリッカーに、愛は刺すような視線を向けてくる。少女らしいものでありながら、射すくめる威圧感がある。ドリッカーはそれに対しても、先程以上に寒気を憶えた。
「何か隠してるんじゃない?」
「なーんにも。俺はそこまで策略家じゃない。」
 愛はそこでようやくその視線を崩す。その後には、残念そうな・・・というより、つまらなそうな雰囲気だけが残っていた。
 全員がその場で溜息をついた。
 針のような空気・・・動き出せば一斉に針が自分を狙う気がしてならなかったのだ。
 その空気の中で、無謀にも動き出したのは、いうまでもなく愛だった。
「さて・・・、始めましょうか。ロールさん。端末もってない?」
「こんな時に場を白けさせるわね・・・。あんたは。」
 ロールは苦笑しながら、持ち歩いているリュックサックから端末を取り出す。あまり小さくないのがロールらしくない。
「何とかここまで小さくしたけど、これ以上小さくなる見込みはない。あたしはこの時代にいることで、ストレスたまりまくりよ。」
「確かに。」
 後ろでロックが頷く。ロールと長いつき合いをしているだけに、彼女の異変にはすぐに気がつくようだ。
「ありがと。」
 すぐにそれを起ち上げる。だが、ロック達が見慣れたホロビューは一向に出てこない。
「・・・ホロビューは?」
「そんなものこのご時世に展開してみなさいよ。すぐに怪しまれるわ。」
 正論である。だが、愛の大得意なキーボードだけはあるので、まあ許すことにした。
 すぐにネットワークへの介入が始まる。少なくとも、この時代はインターネットがあるのでつながりはいくらでももてるのだ。愛は十五分とかからないだろうと判断した。そこで、自衛隊記録を探り始める。だが、どこの会社からも、そんな機械が納入された記録はなし。導入考慮中の機体にも、人型に変形するような珍妙なものはないようだ。腕が疲れてきたので、ナノマシンの触手を直接端末と連動させる。
「あんたならそれをやると思ったから、つなぎやすいように設計したのよ。」
 ロールが親切にもそう解説してくれるが、無論、愛にはそんなことを聞いている余裕など全くなかった。
 さらに、兵器開発に参入している会社の記録を調べてみる。可能な限りそれを検索してみたのだが、全くそんな記録はなかった。もっとも、空を飛べる人型戦闘機なんてものを作ろうという神経が理解できない。
 何故かって?空を飛ぶにはそれに適した道具を、地を走るならそれに適した道具を、効率と低燃費が期待される時代に、そんなコストパフォーマンスの悪いものを作ろうということこそ解せないことだ。
「日本に記録がないってことは・・・。外国製ってことない?」
「さあ・・・。」
 ふと、開きっぱなしにしていたウィンドウの中から、愛の目を引くものが一つだけあった。
「陸上自衛隊三沢基地・・・。正体不明の戦闘機に遭遇・・・とあるわ。」
「どれどれ?」
 ドリッカーが身を乗り出してくる。
「重いじゃない。むやみにでかい身体をのしかからせないでくれる?」
「へえへえ。」
 そういわれても、ドリッカーは少しだけ身体を浮かせただけだった。
 「2000年4月2日・・・。?今日じゃない。」
「それも愛が出会う少し前よ。何か似通ってない?」
 ロールの言葉には応答せず、愛は一人で黙々とそのウィンドウをスクロールさせていく。
「今年3月に搬入されてきた新型戦闘機試験中、戦闘機を撃墜して南下した・・・と言われてるわ。さらにこの写真と・・・・。」
 愛がナノマシンでモニターを作る。
「これがあたしの見た記憶上の戦闘機。」
 二つは全く違わなかった。複写したように、精密なところまで同じだった。
「同じですね。ほとんど。」綾が呟く。
「そう。確かに我々はこの事態を重く見ていたわ。でも、これはそれを遥かに越えるほどの事件になりそう。はっきり言って、また何かやっかいなことに巻き込まれそうよ。」
 愛の顔が、珍しく緊張に歪んでいた。
 
 
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