TEN  DO I LOVE ME?
 
 (まだだ!)
 繰り出す刃の一つ一つは、未だにそれの身体に刺さることはない。だが、その距離差は確実に埋めてきている。(もっと早くできる!)
 光の刃がさらに大きくなる。(もっと大きな光を!)
 足がさらに軽いステップを踏み出す。(もっと素早い対応を!)
 片手で扱っていた光刃を、両手に持ち変える。(もっと力強く!)
 そしてさらに大きく、早くなる。(僕は強くなれる!!)
「信じられん・・・こんな短期間でここまで成長するとは・・・・・・!」
「僕の力を・・・甘く見るな!」
 依然としてそれは軽くその刃を避ける。しかし、先程より早く避けなければ、当たるのは必死だ。
「・・・・・・仕方がないな。」
「何がだ!」
「一つ聞かせてもらおう。」
 mothe r 2は軽く空の地の上に降り立つと、触手を自分の体の中に収めた。
「君は一体何のために戦うのだ?」
 ロックはそれの言葉に、さらに表情を険しくした。
「何の茶番だ?」
「いや・・・本心からだ。」
 敵に策略がないことを直感的に感じる・・・。ロックは己の刃をポケットの中に収めた。
「守るためだ。」
「何を?何から?」
「仲間を、そして自分を。傷つける存在から。」
「何故?」
「それが嫌だから。」
「何故嫌なのだ?」
「・・・心が痛々しくなる。」
「しかし、傷つける存在から守るのだとしたら、君はその守りたい人自身を殺さなければならない。」
 その言葉がわからないのか、ロックは首を傾げる。
「どうして?」
「人類は、知らぬうちに自分自身を傷つけるのだ。そして、無意識に愛するもの、愛されているものを傷つける。人類が一人としている限り、その全てが傷つけるものなのだ。」
「人類は知らないうちに自分を含めた、全てものを傷つけるってこと?」
「そうだ。やがて自らを嫌悪し、自分自身を傷つけてしまう。」
「・・・。」
「それにも耐えられなくなり、やがて無へと還ろうとする。」
「無へと?」
「そう・・・つまり自らを死へと導くのだ。」
「おかしいよ。君の言うことが本当なのだとしたら、人間の全てが自殺することになる。」
「話は最後まで聞き賜え。だが・・・それすら怖くて何もできぬままに、老い、朽ち果てるのが大半の人間だ。」
「何もかもが怖い・・・生きることすらって?それはおかしいじゃないか。それじゃあ一体何のために人類は生きるんだ?それじゃあ生きていると言うより、そこに在ると言った方がいいじゃないか。」
「人類とは矛盾だらけの存在なのだ。何もかもが嫌でありながら、結局はずるずると生きてしまう・・・己の力量すら弁えずに無駄死にするもの。精神の弱さを知っていながらに無茶をするもの。そんなものばかりだ。」
「違う!人は皆、信じることの出来る明日と、自分に出来ることを信じて戦っているんだ!一人では生きていけない・・・明日を知ることが出来ないから、明日を気にしない。毎日一日のうちにあることを、一所懸命に生きて行くんじゃないか。そんな消極的な人ばかりが存在しているなら、どうして・・・。」
「人間はそんな存在だった。だが・・・わずかに生き残っていたある存在が人間を少しばかり強くしたんだ。」
「・・・・・・?」
「しかし、今でも人間は同じ思いを抱いている。それから目をそらし、それから逃避することで命を知るのだ。」
「違う・・・傷つけ合うことは当たり前のことだ。それから逃げちゃいけない・・・・・・。それを知り、消化し、自分が誰かを傷つけていることを認めなきゃいけない。自分がいる位置を把握して、自分の力を信じなきゃいけない。それが大事なことだ。無へと還ることは、自分を否定し、楽になろうという楽観主義でしかない。そんな人間・・・この世の中には存在しないさ!」
「なら何故自殺がある?何故逃避という言葉がある!?その言葉、歴史を知るがいい。人は逃げてきたのだ。自分を追いつめる何もかもからな!なのに貴様は何故そんな偽りの可能性を信じる!?」
「信じているからだ!自分を、そして、仲間を!」
「人は分かり合えない存在なのだ!仲間など、偽りの協調性でしかない。それがわからないのか!」
「違う・・・それこそが偽りの信頼なんだ!人間は、分かり合えない存在じゃない!」
「お前にそれが出来るというのか!」
「できるさ!僕は信じることが出来る・・・。自分をとりまく何もかもを!自分の可能性を、自分の力を!そして、守ってみせるさ!僕を含む、何もかもを・・・。襲いかかる闇の力から!!」
 その瞬間、ロックの周りを光のサークルがとりまいた。
「な・・・なんだ?」
 青き紋章が自分を包み込み、その両腕に光がともる。
 青き光が、あたりを明るく照らし始める。そしてその中で、ロックの精神は、暖かい何かへと還っていく。まるで・・・自分を全て知ることが出来るような・・・・・・。
 そしてその紋章が・・・自分の手の甲で力を成し、光刃のナノマシンがその両腕の甲に紋章として宿る。背中に・・・枯れ木のような青き翼が・・・五十メートルくらいの幅で広がっていく。そして・・・・・・光は消えた。
「おお・・・っははははは!そうか!これがヒト本来の覚醒した姿か・・・。素晴らしい!美しき光の刃だ・・・。光とはこうあるべきだったのか・・・・・・。ふふっ。図ったなアリアよ!貴様最初から私を殺すつもりだったのか・・・。それにしても愉快だ。」
 再びmother 2の周りを触手が全て包み込む。
「青き光よ・・・。決着をつけよう。その新しき刃の力を、全て私に見せてくれ!」
 ロックの周りに再び光がともる。その翼が全て活性化する。目を瞑ったロックは、無意識に両の腕の光の紋章を胸の前で輝かせた。
 その両腕が、光に満ち満ちて、光の刃を作り出す。
 瞬間、ロックが両眼をカッと見開いた。mother 2もその力を一点に収束し始める。
 そして・・・二人は共に己の刃を双方へと叩き込む。
「ぬおおおおおおおおおおおっ!!」
「ちぃぃいいいいいいいいいっ!!」
 mother 2の刃は、ロックの光によって打ち砕かれる。さらに次の瞬間、mother 2自身も、その光によって打ち砕かれていた。
「・・・・・・み・・・ご・と・・だ。」
 そして・・・その全ての身体が十字架の光のように朽ち果てるとき、全てを引き込む大爆発が起こった。もちろんロックは、被害が広がるであろう範囲を、全て光のシールドによってくい止めていた。自分も含めて。
 爆発が終わる瞬間、ロックは気を失った。
 「起きて下さい。」
「・・・?」
 暗闇の中で、ロックは目を覚ました。それでも、その暗闇が当然のような感じで、居心地がよかった。
「起きて下さい。」
 あたりが全くわからない。仕方なく両手の紋章を光らせる。
「覚醒できたのですね・・・。それはよかった。その両手の紋章は、あなたが光を司ることを示しています。あなたにある無限の力を表した、一つの証明のようなものです。」
「誰・・・?」
「光が差すことで、自分以外の誰かが見えますか?」
「何も見えないや。一体僕はどこにいるの?」
「それはあなた自身が確かめる必要があります。今からあなたにはがむしゃらに歩いてもらいます。そこで・・・もう一人の存在と共に話を進めましょう。」
 無茶苦茶な話である。こんな暗いところで、何の標識もなしにある場所をめざせなど、はっきり言ってバカもいいところだ。ロックは大きく溜息をついてあたりを見回した。本当に真っ暗で何も見えはしない。それに・・・もう一人の存在とは一体誰なのだろう。
 疲れる。今戦い終えたばかりの自分にこんな要求をつけるとは・・・。
「ね〜。どうしても僕が歩いていくの?」
「あなたが歩いていかないと、意味がありません。少し辛いかも知れませんが、うまくいけば、何のことはありませんよ。」
 どういうことなのだろう。うまくいけばも何も、一体何を頼りに・・・。
 まあそれでは永遠にこの場に突っ立っているだけになるので、仕方なしにロックは歩き出した。ゆっくり、一歩づつ・・・。
 だが、一気にその歩調は早くなった。まるで自分が行くべき所を足が知っているかのように歩き続ける。一足一足進むごとに、足から波紋が広がり、小さな音を立てる。ロックはなんだか楽しくなってきた。ついには地を蹴って走り出した。自分がどこに行けばいいのかを、自分の中の自分が知っている。それは、不思議でありとても楽しいものだった。
 そのまま、数分ほどロックは走り続ける。
 急に、自分の進む先に光が揺らめいたので、ロックは紋章の光をその方向に向けた。光は大きく揺らめき、その姿を変える。それに同調するように紋章が青く光り、自分の真下が紋章へと変化した。それが鍵だったのか、目の前の空間が白く光り、そのドアを開く。
「・・・なるほど。」
 ドアが完全に開くと共に、ロックはその中へと一歩づつ足を進める。その一歩一歩が、全て自分を成長させるもののような気がして、ロックは高揚感を隠せなかった。
「ようこそ・・・あなたなら来てくれると信じていました。」
 目の前の白いマントを羽織った女性に、ロックは見覚えがあった。
「あなたは?」
「私の名はアイリス。この世界で、二代目の観測者をしています。」
 そう言ってアイリスは優しく微笑んだ。その微笑みが、何となくロールに似たようなものがあって、ロックは驚いた。その性格も最初に受けた感じも全然違う二人の笑みが、こうも似通っているなど信じられなかった。その、全て抵抗無く通り抜けるような清らかな微笑みが --
「どうしたんですか?」
「いや・・・僕の知っている人と笑顔がそっくりだなーって。」
「それは奇遇ですね。」
 もう一度優しく微笑む。やはり、ロールに似ている。
「・・・そうだ。思ったんですけど・・・観測者ってどんなことをするんですか?」
「話を進める前に、もう一人、この世界で話をしてもらうことになります。」
 アイリスがそう言うと共に、先程のドアがもう一度開いた。
「・・・なんだこりゃ・・・。って、ロック!それにアイリスさん!」
 呆けたような顔をして入り込んできたのは、ドリッカーだった。
「久しぶりです、ドリッカーさん。何百年ぶりでしょうか?」
「俺が憶えてる限りじゃ、大体六百年ちょいですけどね。」
「そんなに長い間・・・。寂しかったでしょうか?」
 ドリッカーは、心配そうな顔をしたアイリスに微笑みかけた。
「いんや。俺の変わりをしてくれた奴がいたから。別にどうってこたなかった。」
 そう・・・そしてその存在は、今はない。
 アイリスはそんな二人を見比べて、クスリと笑った。
「似てますね・・・。二人とも。ドリッカーさんとは長いお付き合いでしたけど、ロックさんは二回しか会っていません。見比べてみないと、似ているということがわかりませんでした。」
「そんなに似てるかな・・・あっ!それよりも、話を進めようよ。これじゃあ何の解決にもなりゃしない。」
 自分の役目を捨て去ることは出来ない。感動の再会を喜ぶ間もなく、三人の表情は一変して険しくなった。
「まず、何故あなた達にこんな特別な力があるのか、そして覚醒とは何なのかを説明しましょう。何事にも順序があります。
 愛さんが先にエホバ内で御説明したとおり、あなた達一人一人の力は、ライトの作り上げたナノマシン兵器によるものでした。しかしそれは、あなた達の力を引き出すための、一種のスイッチに過ぎません。その能力の実際は、あなた達の中にあったのです。
 それはもう何十億年も前に遡ります。神は己の力で宇宙を、地球を、そしてそこに存在を作り出しました。そして、その中で自然に生まれた生物達に、その運命を握らせることにしたのです。しかし・・・もし万が一に地球が宇宙にとって有害な存在になったときに、創造のみにしか力を使うことのできない神の一族は危惧を抱きました。そして、自分達に代わって地球のあらゆるものに干渉できる存在・・・、ヒトを造りだしたのです。万が一の場合には、彼等が神に代わって方向を正すはずでした。しかし、造られた瞬間からヒトはある大きな計画を造りだしたのです。」
「計画?」
「それは、彼等が神にとって代わり、宇宙全域を支配するということでした。もともとヒトは、神に造られた瞬間から、支配されるということに対して疑問を抱いていたのです。何故創造をすることしかできない神が、我々を支配することが出来るのか、と。一方神達は、自分たちを造りだした存在である神に対して、ヒトが反乱を起こすことなどは絶対にないと信じ込んでいたのです。しかし、それは大きな過ちを引き起こしました。
 実際に仲間も少ない神と、着実に一族を増やしつつあるヒトとでは、力の差は歴然でした。その後、約二億年前に行われた人類と神の戦争は、圧倒的な力の差の上でヒトが勝利し、神の一族は女子供関係なく全て処刑されたのです。これを、解放戦争といいます。
 ヒトはさらに勢力の拡大を目論見、自らを神として生きることを決意しました。そして、自分たちの代わりに地球を正す存在・・・人間を造りだしたのです。」
「・・・ちょっと待ってよ。そうなると、人間とヒトは別物ってことになるじゃない。」
「それに、神が創造しか司どらないって・・・そんなバカな話があるか?絶対的力の名の下で全てを支配するのが、神という存在なのではないのか?」
 アイリスは、二人の言葉に大きく溜息をついた。
「ヒトは、今ドリッカーさんの言った神になろうとしたのです。自分たちの持つ絶対的な力の下で・・・。しかし、今までに経験したこともない力の行き来に、ヒトという種族全体が弱体しました。やがてそのシステムは4人のヒトにより、統率されることとなったのです。かつてのヒトのように支配されることに抵抗を感じた人間達は、どんどんヒトに対する反抗心を高めていきました。当時、ヒトは一個体の精神も弱く、物理的な力の小さい人間を軽視し、何よりも人間が集まったときに生まれる、希望を無視し続けていたのです。
 そして、約二千年前・・・。結束した人間達の精神力に打ち勝つことが出来ず、ヒトは敗退し、各地へと堕ち延びました。そして・・・今はもうパラレルワールドとなった4057年。ライトは失われた太古の神の力を、そして私はヒトの力を、自らの中に見いだしたのです。けして相いれることのない二つの存在。しかし、私とライトはお互いを取り込み、認めあえたのです。昔の過ちを繰り返さないために・・・。そして、神が地球創設と同時に作り上げた地球の管理装置・・・。それを見つけるために、あなた達を生み出したのです。神の生み出した能力と、ヒトの生み出した力。その二つが掛け合わされたあなた達汎用生物兵器は、世界最強の兵器なのです。」
「・・・・・・。それじゃあ・・・僕たちは・・・・・・。」
「父さんの道具に過ぎなかった・・・ってことなのか?」
「違います!」
 かすれる声を出した二人に、アイリスはつい声を荒げた。
「最終的には、あなた達の意志に、私は委ねるつもりです。戦いたくなければ、別にやる必要はありません。」
「でも・・・父さんはそれを望んでいたんだろ?アイリスさんは俺達が・・・、特にゼロが戦うところを見て考えを改めたはずだ。俺達は、道具としてみるには、多様な精神を持ちすぎている。そして俺の見た所、ゼロはそれに気付いていた。自分たちが道具として生み出されていることに・・・。だからアイツはロック以上に強かった。 常識外れの能力を持っていながら、奴が俺に殺されたのは、奴自身自分を偽っていることに気付いていたからだ。道具が嫌でライトの元を離れたはずが、結局は俺を育てるという道具に成り下がっている。だからアイツは俺に言ったんだ。前髪をあげないのは、自分が人を騙していることを悟られないためだと。その人という言葉の中には、何よりも自分が大きな場所を占めていたはずだ。それを見ていたあなたは、それに大きな痛みを抱いたんだろ?」
 ドリッカーはそうやってアイリスの元に近づき、しゃがんで彼女を見た。アイリスはいつのまにか頬を紅潮させ、涙を流していた。
「あの人を失った後、私はゼロを見てきた。ゼロは、自分の中にある思いを知りながらも、道具であることに従事した。その姿に、私はあの人を重ねて、私はゼロを愛した。それが自分のやったことから逃げることをしりながら・・・。」
 流れる涙を拭って、アイリスはまた毅然とした表情になった。
「先を続けます。あなた達を生み出す目的は、それだけではありません。それまでで人類が作り上げてきたシステム。光と闇、閉塞と開放。そして下克上の行く末を見守るためです。そのために私は、先代の二つの戦争を見守ってきた先代の観測者に代わって、地球の全ての事象を見守ることにしました。」
「光と・・・闇とかって?」
「けして相いれることがない・・・。それでいて片方が消えてしまえば、もう片方も消えてしまうという、難しい対立関係のことです。これがなければ、人類は存在しません。」
「ほんじゃ、下克上ってのは?」
「まあ今までに繰り返されている、元々強かったものが弱いものにとって代わられてしまうということです。」
 (ここで忠告しておくが、ロックやドリッカーの生きた時代には下克上なんて言葉はすでに存在しない。)
「私達はあなた達に地球と人類の全ての未来を託すつもりでいます。」
「・・・どうして?」
「それしか・・・人類に残された手段はありません。このまま、永遠に下克上が繰り返されれば、人類は決して成長することが出来なくなるのです。学ぶためのものがないのですから・・・。」
「だからって・・・それを何故僕達に?」
「俺達だけどうこうという問題じゃない。これは人類全員に関わる問題なんだろう?だったら・・・。」
 アイリスはそこで、掌から一つの光球を生み出した。
「神やヒトにあって、人間や機械にないものがあるのです。」
「・・・。」
「神やヒトは・・・一人でも生きていくことが出来ます。その何百年という生涯の中・・・誰とも出会うことなく、生きていくことが出来るのです。その強硬な精神を、現在の人間は持ち合わせていません。そうなると、誰かのことを気にかけたりすることの出来る、素晴らしい心も消え果てるのです。自分のことにしか手が回らなくなり、やがて自分を滅ぼしていくことになります。」
「・・・誰かを気にかける心を持つなんて当然のことじゃないか。」
「人間全てがそう・・・というわけではないでしょう。このまま、どんどん弱体していくことになるのです。そうなってしまえば、誰もこの地球を担えない。干渉権を持つ人類の滅亡は、地球の力のバランスを崩します。そして・・・いずれは・・・・・・。」
 アイリスはそこで深く俯いた。
「状況はそこまで悪化しているのか?」
「今は十分間に合います。しかし、その可能性は否定できないと言うことなのです。これから先、もしそのような事態に陥ってしまったとき、あなた達以外には・・・。」
「・・・・・・僕にはわからない。一体何のためにそんなことする必要があるのさ。今がそんなものであったとしても、それは僕達が扇動するものじゃなくて、人間も、そして僕達もやっていくものでしょ?」
「気付いてからでは遅すぎると言うこともあります。」
「違う。遅すぎるような事態にはけして陥らない。。」
 ロックは自分の紋章を再度青く光らせた。
「僕は気がついたんだ。自分の中にこんなにも強い光があるんだってことを・・・。そして、闇には強い闇の力があるはずだ。だから僕達は、戦うことが出来る。両方の意見をぶつからせて、よりいい意見を作り出すことが出来る。そんな希望溢れる人類と、僕達に神の造りだした自然の大切さを教えてくれるこの地球が組み合わさって、道を誤るなんてバカなことがあるもんか。でも、失敗はすると思う。だけど問題はそれをどう解決するかなんだ。僕達はそれを模索するために当然の尽力はするつもりだよ。だけど、他人事みたいに人々を扇動することなんて、出来るわけがないじゃないか。」
「俺もロックに同意見だ。たしかに、今現在人類はこうやって過ちを繰り返している。だけど、それはけして何とか出来ないものじゃない。そして今俺達は、そんな人類の実態を知ることが出来た。後は、俺達がそれを人々に伝えるんだ。そして、一緒になって物事を考えていけばいい。研ぎ澄まされない単調な意見は、存在できないんだ。強い意志をいくら持っていたとしても、一人だけの意見で物事が通るなんて間違いだ。だから独裁者はけして独裁者にはなれはしない。助け合って生きていかない人間なんて、俺達同様にバカなだけだ。俺はそれを沢山のものと引き替えに気付かされた。俺一人だけの考えで、物事が進んで行くことはけしてない。俺は人類の下克上を悪循環だとは思わない。それは、自分の弱さを認め、相手を、自分を傷つけることを当然のことと理解し、より全ての存在が素晴らしいものへ進むための、一種の通過儀礼なんだ。」
 その言葉と共に、アイリスの姿は消えた。
「?」
「見事です二人とも。それでは、あなた達にはもっと深い所へと潜ってもらいましょう。人類の繰り返してきた素晴らしい儀礼。そしてそれに込められた人々の思い。そして、あなた達自身に潜む負の感情を。」
 その瞬間、二人の姿を闇が包み込んだ。身体が消し飛びそうな重圧の中で、二人の意識は急速に二人を引き離していく。二人はお互いの名を呼び合う暇もなく、二人の意識へとその身体を投じた。
 この中に自分はいる。自分達がいた所の幻影の中に。
 ロックがいたのはかつてのフラッター号の内部だった。自分の部屋の中で、自分は自分のベッドにいる。柔らかな光が差し込み、あの聞き慣れたエンジン音が響く。
「・・・・・・。」
 だが、ロックはそこで信じられないものを見た。自分が椅子に座って自分を見ている。それは一言も喋らず、こちらを見ている。・・・と思ったら、急にこちらを見て泣き出した。
「ど、どうしたの?」
「怖いんだ・・・、戦うのが。戦って傷つくのが怖い。傷つけてしまうのが怖い・・・。戦いに感情がこもってしまうのが怖い。その重圧に押しつぶされそうになるのに、僕は明るい顔を演じている。それがどうなのかもわからないのに・・・。」
 なるほど・・・。これを言い負かせというのが最後の試練か。
「違うよ。怖がったって何にもならない。確かに、僕だって怖いよ。今があるのが、そして未来があるのが・・・。だけど僕は仲間の一生を見ていた。僕と同じに怖がっていた存在を見たんだ。だからって何のために怖がってうずくまるの?それでどうなるの?そのまま無へ還るの?でも僕は今を生きている。怖がっているのを隠している自分も、また自分なんだ。それだけで僕は強くなれる。本音も、建て前も、本当の自分・・・。本当の自分を模索するなんて言ったところで、結局何もかも本当の自分なんだから、そんなこと気にしないでいいんだ。僕はそう思って覚醒することが出来た。問題はその全てを柔軟に受け入れるかってことなんだよ。」
「・・・でも、それでいいの?そんなに割り切っちゃっていいの?」
「割り切れなきゃあ人生やっていけないよ。」
 そこで、ようやく自分は泣き止んでくれた。
「でもさ・・・覚醒してまでロールちゃんを守りたいの?」
 ロックは、そこでようやく驚いたような顔をした。
「驚いた・・・。君はそんなこと思ってたんだ。君がたとえそう思っていても、僕はロールちゃんを一生かかって守りたいと思ってる。ロールちゃんが死ねといったら死ぬさ。だけど、僕は彼女を守るために死ぬなんてバカなことをするつもりはない。」
「ほら!結局それも偽りのもの何じゃないか。」
 ロックはそこで勝ち誇ったように微笑んだ。
「誰がそこから逃げるって言った?」
「・・・え?」
「僕はいつもこんなつもりでいるんだ。誰かを守る。だけど、それで自分を死なせては守られた人は一生その悲しみを背負わなければならない。だから、僕は永遠にその人を守るために、自分の命を無駄にはしないんだ。」
「でも・・・できるの?そんなことが?」
「 [できる]じゃない。何があってもやり遂げるんだ。たとえどんな生涯があっても・・・・・・自分が手を少しでも動かせる限り。」
「すごいね・・・。僕もそんな決心がしたいよ・・・。」
「できるさ。僕と一緒になれば、どんな敵が来たって無敵だよ。」
 そして、ロックは再びあの暗闇の空間へと還っていった。
 ドリッカーもよく見慣れた空間に存在していた。
「ほーお・・・。ここか・・・・・・。」
 そこは、ゼロがいたところだった。いや、ゼロの部屋だった。
 懐かしくなってあたりを見回す。その全てが昔のままで、自分達がつけた傷の跡もしっかりとついていた。回りを包む空気もそのままで、再現にしてはできがよすぎた。
 しかし、ゼロも、ローズも、エックスも、アイリスもいない部屋だ。それが虚しさを誘った・・・。
 だが、そこでドリッカーの信じられない事態が起こった。
 いきなり、階段を降りて自分が現れたのである。その姿を見て、ドリッカーは思いきり眉をしかめた。こいつの出方をうかがうようである。
「お前は気付いていないのか・・・?」
 いきなりそんなことを言い出すもんだから、ドリッカーは口を開けて黙ってしまった。
「俺がゼロを憎んでいることを・・・。奴は俺を裏切った。そしてローズを殺したんだ!それに、あの機械共は俺の父親を殺した!裏切った・・・。機械は全人類を裏切ったんだ。いや・・・もしかしたらローズも・・・。あいつは死ぬときに笑っていたんだ。あの死が仕組まれたものだとしか俺は思えない。全てが俺を裏切ったんだ!俺はその全てが憎い!!今あるものも全てが裏切るかも知れない!俺は何もかもを信じることが出来ないんだ!」
 ドリッカーはその言葉を冷静に分析していた。確かにこれは、自分を巧妙に造った偽物だ。そもそも、何で自分の言っていることに、自分がこんなに腹を立てなければならないんだ!こいつは・・・ローズを罵倒した!!あの時、俺を駆り立ててくれたあいつを、何故俺が憎まなければならないんだ!
「違う!俺は憎んではいない!ゼロは確かにローズを殺した。だけどゼロは、その全てを俺のために投じた!そしてローズも、俺のために死んだんだ!俺は確かに憎んでたよ・・・だけどそれは、俺が何も知らない存在だったからだ!ただローズを殺したというものにだけ執着して、その真の意味を考えることすらしなかった!」
「違うはずだ・・・。お前は今でも心の奥底で憎んでいる。」
「何故それがわかる!」
 その時・・・自分の幻影はうっすらと笑った。
「お前が・・・そして俺が覚醒した原因・・・。それは、憎しみなんだぞ。」
「だから何だってんだ。覚醒が憎しみだったから、いつまでも憎しみを抱いている。それは絶対におかしいと思うぞ。第一、人がもつもの全てが負の感情だと言うことはあり得ない!」
「しかし、存在をつき動かす感情の実際は、ほとんどが負の感情じゃないか。」
「それが大きな思い違いだ!そんなことを思う必要がなぜある。そうやって諦めることが、何よりも負の感情を拡大させる原因になるんだ!そうなってしまえば、負の感情と正の感情の釣り合いが取れなくなって、自壊することになるぞ。」
「じゃあお前は一体何を考えてるんだ!心の中に負の感情がないと言い切れるのか!」
「人の話を聞いてないだろうお前!感情の釣り合いが取れなければ自壊する。それを聞いてなかったのか!」
「ならどうしてお前は負によって作り出された自分の力で戦っているんだ!その力を忌み嫌うことはしないのか!?」
「忌み嫌ってなんになる?自分の中にあるその感情。それがきっかけとなったんだ。それが力の源となっているわけじゃない!」
「ではお前は何を思って戦ってる!?何のために戦うんだ!」
「守るためだ!仲間を、そして自分を!」
「何故だ!」
「そんな明確な意志があって、人は戦うのか?戦うなんてほとんどがその時の感情によるものだ。だけど俺は戦いの中でいつも思ってるんだ!守りたい・・・誰かを、自分を。戦いなんてものはそんなものなんじゃないのか?」
「だが・・・。自分の力を遥かに越えた存在がお前に戦いを挑んできたらどうするんだ!お前は守れるのか!?全てを!」
 ドリッカーは幻影のその言葉に、大きく笑った。
「そんな奴は存在しない。俺が守るために戦うとき、覚醒した俺に勝てる奴は存在しない。もし・・・それが覆されてしまったら、俺は自分の力の全てを失ってでも!全身全霊を込めてそいつを殺してやる!!」
 その言葉で幻影は消え去り、ドリッカーは再びもとの暗闇へと還っていった。
 二人はほぼ同時に暗闇に現れた。一人は優しく、もう一人は吹き飛ばすような風圧を残して --一人は呆けたような顔をして、もう一人は大きく憤慨して。だが、二人が共通していたのは、疲れたようにその場に座り込んでしまったことだけだった。
「・・・・・・。」
 さすがに自分の幻影を言い負かすには、双方の聞き分けの良さが関係してきたようである。ロックはバカな自分を言い負かすのに苦労を、ドリッカーは聞き分けの悪い自分を言い負かすのに苦労した。
「・・・どこいってた?」
 ドリッカーが上を見上げて呟いた。
「自分と格闘してきたよ。」
「んじゃ俺と同じか。」
 二人とも大きく溜息をついた。自分がどれほどに疲れる人間か理解したようである。
 丁度その三秒後に、揺らめく光を伴ってアイリスが現れた。
「お疲れさまでした、二人とも。戻ってくると思ってましたよ。」
「・・・・・・アイリスさんしつもーん。」
「はあ・・・何でしょうか。」
 ドリッカーがいきなりたるそうに手をあげたので、アイリスは何となく抜けてしまった。
「さっき・・・あんたが俺達に言ってたこと・・・。あれは本当なのかよ。俺達を生み出した目的・・・。」
「やはり疑っていましたか。嘘ですよ。元々、ライトみたいな人があなた達を生み出すのに、大した目的を造るわけがないじゃないですか。」
 そう言った後に、アイリスは少し悲しそうな顔をした。
「彼はただ単に、自分のような弱さをあなた達に背負わせたくなかったんです。だからナノマシンというパートナーを造っただけなんです。おもちゃとしてね。」
「へ、そんなこったろうと思ったよ。」
 ロックはわけのわからないようにきょとんとドリッカーの方を見ている。ドリッカーは、先程話したあのアイリスが偽物であることを、とっくに見抜いていたようだ。やれやれと悪態をついて、その場に倒れ込んだ。そしてすぐに疲れた顔が真顔に戻る。
「でも・・・あんた達は俺達をこうもテストしてきたわけなんだろう。アリアと組んで、mother 2を突き動かした。そんで・・・今ここにロックがいるってことは倒したんだろ?mother 2を。」
「うん・・・でも彼のおかげで僕はああもたやすく覚醒することが出来た。今となっちゃ感謝してるよ。この紋章がその証さ。」
 ロックはもう一度その紋章を光らせる。柔らかい青色の光が辺りに充満した。
 しばらくは何事もないかのようだったが、いきなりヴーンという低い音と共に、アリアがその場に現れた。
「アリア・・・。」
 アイリスが微笑んだ。
「アリアか・・・。すまねえな。弟の面倒見てくれてよ。」
「・・・なによぉ。随分殊勝じゃない。ついこのあいだまであたしを憎み続けていた、ドリッカー君はどこに行ったのかな?」
「俺の幻影と話をしてよ・・・。憎しみには意味がないってはっきりと思い起こされたんだ。よく考えると、お前もゼロ同様、俺を育ててくれる存在だった。・・・なあアリア。お前・・・一体何者なんだ?あのmother 2を動かし、このアイリスの空間に易々と入ってこれる・・・。並の人間にゃ無理だぜ。」
「私はアイリスの親友なのよ。でも観測者のアイリスは忙しいから、私はあなた達に試練を与えて回る、憎まれ屋さんになったってわけ。でもあなたと分かり合えたから、もう誰にも憎まれることはないわ。詳しい素性は教えない。ま、そのうち知ることになるでしょうね。」
 そう言ってからかうような笑みを浮かべる。感覚的に何百年も前と同じ、小憎たらしい顔だった。
「僕にはちんぷんかんぷんだけどねー。」
 ロックが穏やかな顔でそう呟く。試練を全て終えた後には、もう喜びしか残ってはいなかった。ドリッカーがその言葉に声をあげて笑う。
「とりあえず、あなた達男に与える試練は終わっちゃったわ。だけど・・・今回一つ誤算だったのは・・・。」
「綾が死んだこと。だろ?」
「え・・・・・・。」
 その瞬間、ロックの顔が蒼白になった。
「愛が言っていた。綾は自分の感情が偽りのものであることをずっと気にしていたんだ。そして、もう一度感情を持って還ってくると・・・愛に告げて無へと還った。あいつは、自ら死を選んだんだ。」
「・・・そうだったの。」
 ロックは気が抜けたような顔をしただけで、けして泣かなかった。
「珍しいじゃないか。お前が人の死を悲しまないなんて。」
「悲しいよ・・・。悲しくないわけがないじゃないか。だけど・・・自分から死にたくて死んだ人に涙を流したら・・・。それこそその人を悲しませることになる。僕は綾ちゃんの言葉を信じてみるよ。いつか・・・きっと戻ってきてくれる。ヒトの力を持っていれば、無から再び自分の体と心を作り出すのだって、可能なのかも知れないから。」
「・・・いずれ、どんなことがあろうともあなた達は無から戻ってこなければなりません。」
 アイリスの暗い言葉に、二人は振り向いた。
「いずれ・・・また。」
 アイリスはそう繰り返した。それを見ていた二人は、そこから一瞬だけ目をそらして、もう一度アイリスを見た。時に縛られているのは、もしかしてアイリスなのかも知れない。観測者というカルマを担ってから、彼女は自分勝手な行動が出来ないはずだ。
「アイリスさん。」
 ドリッカーが自らの刃を見ながら呟く。
「苦しかったら・・・やめるなんてことは出来ないのか?」
「残念ながら・・・。新たな観測者の出現まで、私は永遠に時に縛られる人形なのです。生きた撮影機。それが観測者の業なのです・・・。」
 アイリスはそう言って微笑んだ。彼女は、自分が選択したものをずっと守っていくつもりがあるらしい。ドリッカーは、その笑みを見るまいとして顔を背ける。
「観測者というのが何のためにあるのか知らないけど、僕ならなりたくないな。」
「普通は誰だってやれないのよ。川で流れていくのに、何の抵抗もなしにいるようなもんなんだから・・・。心の弱い人はそれに耐えられない。彼女は、本当に強い女性なのよ・・・・・・。あなた達を見守るために、一生を捧げることにしたの。」
 それから一息置いて、ドリッカーが思い出したようにアイリスに話しかけた。
「アイリスさん。エックスはどうなったんだ?俺はローズを助けに家を飛び出したまま、あいつを全く見ていない。ただで朽ちるような動力の持ち主じゃないはずだ。」
 アイリスはその言葉を聞いた途端に、驚いた顔でドリッカーを凝視した。
「憶えていたのですか・・・。大丈夫ですよ。彼女は生きています。しかし、彼女は今その思考を停止させられています。いずれ時が来れば、あなた達の前に現れることでしょう・・・。」
「そうか・・・。てっきりあの機械共に殺されたかと心配してたんだがな。これで安心できるよ。」
 これで言いたいことは全部言った。ドリッカーにもはやこの暗闇に留まっている理由はない。しかし、なんとなくこの場を去りたくなくなった。
「さあ、そろそろあんた達は下に戻りなさい。いつまでもここに留まっている理由はないわ。地上には膝を抱えてあなた達の存在を待っている少女が二人もいる・・・・・・。女を待たせるなんて、最低の男なんだからね。」
「わーってるよ。だけど・・・この空間。どこか懐かしいんだ。この臭いや、この肌の感覚。どこかで嗅いだもののような気がするし、どこかで感じたもののような気がする。アイリスさん・・・。これは一体。」
「・・・・・・。この空間は、私の体内に合わせてあります。あなた達もいたのかも知れません。ほんの・・・一時だけ。」
 二人は、そこでエホバの中で愛から聞いたことを思い出した。アイリスは、自分の達の真の母親なのである。彼女の卵子と、ライトの精子が合わさって、自分達が生まれた。だから思い出せた。
「・・・母さん。」
 ドリッカーが赤面してそう言いはなった。その言葉を聞いた途端に、アイリスの頬を一筋の涙が伝う・・・。それは悲しみでも何でもない、純粋な喜びの涙だった。
「私が今まで・・・あなた達を見守ってこれたのは、いつしかそう呼んでもらうためだったのかもしれません・・・・・・。」
「母さん・・・。俺はいつか・・・。」
 ドリッカーはそれきり俯いてしまった。
「あなたと戦いのない場所で話がしたいよ・・・。」
「僕もさ。いや・・・思いたいだけじゃない。僕達がそんな時間を作ってみせる。絶対に!」
「有り難う・・・二人とも・・・。」
 その言葉と共に、二人は通常の空間へと戻っていった。
 アリアが彼等の去った場所を見た後、アイリスの元へと近寄り、彼女の左肩に手を置いた。
「いい息子さん達を持ったわね・・・。私も人間だったらよかったのに・・・・・・。」
 アイリスはアリアの胸に顔をうずめて、声を殺して泣き続けた。
 下は寒かった。今まで対して気にしていなかったはずなのに、今日は妙に寒かった。その寒さが見にしみて、思いきり身を震わせる。そこには小さな、粉雪が待っていた。その雪が自分に触る度に、凍るような寒さが自分へと伝わってくる。あの空間にあった暖かさや、なつかしさはそこにはない・・・。あの中に感じた、強大な力の存在も、そこにはない。
 だけど --
 そこには・・・自分が生きているという「存在感」があった。
 ドリッカーは膝を抱えて震えている愛の前に降り立った。未だに押し殺したような泣き声が耳に入ってくる・・・。掌は下にあった土を握りしめていた・・・。
 その姿を見て、ドリッカーは心の底から惨めになった。まるで、ゼロを殺した後に膝を抱えていた、自分を思い出していたようである。過去の自分がこんな風にうつっていたのかと思うと、涙に溺れるような感覚に襲われた。そう・・・彼の頬を、涙が伝っていた・・・・・・。
「愛。」
 一度、その名を呼んでみる。昔の、自分を歩んでいる少女を、少女故に繊細な心を持った、このガラスのような存在を・・・。
「もういいんだ!」
 耐えられなくなって彼は叫んだ。
「お前が背負えるものは、もう何もないんだ!」
 少女は顔をあげた。涙に濡れてくしゃくしゃになったその顔が、自分を凝視する。もう何も言えなくなって、ドリッカーは下を俯いてしまった。自分が小さいのが目に見えてわかった。
「私達・・・いつまで悲しみを背負えばいいの?やっぱり子供でなんか、私はいられないよ。」
 さっきの会話も、やはり幻影だったらしい。彼女は、未だにその業を忘れられずにいた。永遠に縛られる、その悲しみに・・・。
「さっきの会話は・・・私達には幻なのよ。苦し紛れの現実逃避なのよ!」
「違う・・・あれは絶対に幻なんかじゃない。あれは俺達の希望じゃないか!最後まで、悲しみを背負うことはない。悲しみは、俺達の為だけにあるもんじゃないんだ!!」
「わかっているのに・・・。だけど拭えないのよ。いったん悲しみから抜け出しても、それはいつまでも付きまとうの・・・。」
 その少女の細いからだを、彼は強く抱いた。
「それなら・・・その悲しみを委ねられる相手を捜せばいいさ・・・。な。」
 愛は、結局悲しみを拭えなかった。それは、過去のドリッカーと同じ、悲しみに満ちた戦士になると、決まってしまったのかもしれない。
 闇とは、そういうもの。
 彼等が抱いた悲惨なカルマも、アイリスと同じくらいに重いものなのかもしれない。
 降り立った場所は、自分達の家の前だった。つかの間の急速のための、休むべき場所。そのために用意されたものだった。
 いきなり咳が襲ったかと思うと、自分の真下のコンクリートには、赤い後ができていた。
「・・・・・・忘れてたよ・・・。僕には、病気ってもんがあったんだ。」
 しかし、その血はすぐに消えてなくなる。いつか・・・自分達が朽ち果てたときには、その跡すら残らなくなるんだろうか。
 しかし、今はそんなことを悲しんでいる暇はない。いまは、自分の帰りを何よりも心待ちにしている人がいる。自分が永遠に守ると誓った人が・・・。
 扉を静かに開ける。静かな表情で廊下を歩くと、その人が待っていた・・・。
 その人は、情けない声を出した自分を凝視していた。
「た、ただいま・・・。」
「・・・・・・おかえり。」
 そのまま・・・、言葉無く二人は見つめ合った。
「ごめん・・・。ちょっと遅くなっちゃった。」
「本当よ・・・。一体いつまで待ったと思ってるのよ。」
「ご、ごめん・・・。」
 それから・・・大きく自分の名を呼んで、その人は自分に抱きついてきた。泣き声が、自分の耳に入ってくる。喜びの声だった。
「ロールちゃん・・・。僕決心したんだ。」
 そう言っても、ロールは顔さえあげずに自分の言葉を聞いていてくれる。
「この戦いの中で、僕は大きなものを学んだよ。戦いの意味や・・・戦いの中で生まれるものを・・・。」
 ロールはまだ何もいわなかった。
「僕は・・・永遠に守ろうと思う・・・。仲間を、自分を、誰かを、そして何より・・・。ロールちゃんを!」
 そこまで来て、ようやくロールは驚いたように顔をあげた・・・。だが、困惑した表情を浮かべながらも、彼女は何もいわなかった。
「ロールちゃん・・・。お願いがあるんだ。」
 そこでロックは思いきり赤面して、俯いてしまった。
「あと・・・あと三年したら・・・。僕と結婚してくれ・・・・・・。」
 その言葉は蚊の泣くように発せられたが、ロールは思いきり赤面して硬直してしまった。
「嫌なら・・・いいんだけど。」
「い・・・嫌なわけ無いじゃない・・・・・・。」
 両方が、ぎすぎすしていた。
 想っていたことを二人ともこんなにひねくれて表現した・・・。
 だけど二人は幸せだった。
 こうして、ロックとロールの二人は、このときに正式な婚約をしたことになる。
 この幸せがつかの間のものであると、このとき誰が想像できただろう。
 
 
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