SEVEN DEATH AND RIVIRTH
帰り道の最中、ドリッカーはずっと俯いていたままだった。
mother 2に、全くと言っていいほど歯が立たなかったのである。重刃を使いこなせれば楽勝に勝てるのかも知れないが、ドリッカーも含めて、WULAの全員が自分の「刃」を使いこなせていない。それは何故か?
使いこなせれば、世界の破滅が訪れる。一つの「刃」の性能は常識をいつしたものであり、データが以前言ったように、太陽系ぐらいは吹き飛ばす。それ故、彼等は自らの力にリミッターがかかるようになっている。いくら覚醒したといっても、彼等はその力を50パーセントとて使いこなせないだろう。それに耐えられる肉体すら、彼等は持ち合わせていない。
常識外れの出力を得られるということは、それに見合う、常識外れの耐久力が必要となる。それは科学的に見て、彼等ほど小さいものでは不可能なのだ。一発打つのに、身体が吹き飛んでいるのでは、命がいくらあっても足りるものではない。
ドリッカーはそれをしっかりと理解している。しかし、負けた。それが自分の心にウエイトとなってのしかかる。久々の、完敗だった。多分、ゼロ以来だろう。
横で愛が背中をばんばんとひっぱたく。
「気にしなさんなって。あれの方が性能もいいし、それにあたし達の力の源となる、精神状態が最悪だったんだから。」
「それでもな・・・・・・もうちょっと一当て二当ては入れられたとは思わないか?」
「まあそれはあんたの頭が回らなかったってことで。」
ちっとも慰めになんぞなってはいなかった。
もっとも、ドリッカーは愛に慰めるなんて高等技術が身についているとは思えなかったが。ドリッカーは再び、がっくりとうなだれた。
「さっさと家に帰りましょ。運が悪かったのよ。」
無表情なのが、同情しているのか、からかっているのかわからなくて嫌だった。
帰ってきた二人は、居間に偉そうに座っている人物を見て硬直した。
「ロ・・・ロール・・・。」
「もう回復したの・・・?昨日まで青ざめてたのに。」
二人の言葉に、ロールは反応した。しかし、別に咎めるようなことは言わなかった。回復したてで気分がいいのだろう。今のロールは、完全チューンされた機械のように、力がみなぎっていた。
「おかえりなさい。で?何でこんなに遅くなったの?」
「ちょっとね。」
愛が作り笑顔でそう答える。それに何か危惧を抱いたような顔をしたドリッカーが、愛に耳打ちする。
「おい・・・話さなくていいのか?」
「いいのよ。別に今話したって精神状態をさらに追い込めるだけ・・・・・・それくらいいいじゃない。とりあえず、兄さん達には、モラトリアムを楽しんでもらわないと。」
「なーんの話?」
ロールがジト目で呟く。
「別になんでもないわよん。回復おめっとさん。」
妙に砕けた愛を見て、ロールがさらに険しい顔つきになった。
「ドリッカーく〜ん。」
いきなり自分の方に話を振られて、ドリッカーは瞬間的に身構えてしまう。
「なんだよ。」
「よかったら聞かせてくれない?一体あんた達が外に行っている間に、何があったのか?」
もとより、答える気などなかった。
「いや。別になにもないが。」
「あやっしいわね・・・・・・。まあいいわ。答えたくないってことを無理に聞き出すような性分は、あたし持ち合わせてないのよね。」
ここは大人になったロールの要領のよさに、感謝といったところか。ドリッカーが、安心して大きく溜息をついた。愛は特に変な顔はしていない。平然とロールを見ている。・・・この異常な落ちつきが、愛の恐ろしいところでもあり、よくわからないところでもあった。
とりあえず二人は、二階へと上がり、ドリッカーの部屋に入り込む。
「・・・とりあえずこれはしばらくの間他言無用。あんな無茶苦茶な兵器、話なんかしたらみんなの精神爆砕しちゃうわよ。」
「そうだな。それでも危ないところだった・・・・・・。」
「あんたが素直すぎるのよ。全くいつまでたってもポーカーフェイスなるものが作れないでいるのね。」
「お前が無感情なだけだろう。」
確かにそうだ。いや・・・・・・無感情なのではない、自分の中に生まれる感情を制御することが出来ない。言うなれば、感情表現が出来なかったり、出来たとしてもうまく表現できない。簡単に言えば下手なのだ。
もっとも、本人はそんなことを微塵にも気にしていないようである。
愛が一人で階段を降りてくると、下にロックと綾がいた。
「愛ちゃん。いつ帰ってきたの?」
「ついさっきよ。ドリッカーは部屋にいるわ。」
この家で一番探求心の強いロックに、さっきの事件の尻尾を握られるわけにはいかない。よほどややこしい事態に突入するに決まっている。
「随分遅かったね。なんかやってたの?」
「忙しそうに動いてる、人間達を見てきたのよ。これでも一年前には、デコイがほとんどだったんだから。」
「そうだね。」
ロックがよほど寂しそうに呟く。ロールがより大人の魅力を醸し出しているのに対し、ロックはいつまでたっても子供のような愛らしさがある。それは何故に?誰にもわからぬ問いかけだが、それはまたの機会に説明することにしよう。
「ねえ。敵はいつ頃動き出すんだろう。」
「そんな風に逸っても疲れるだけよ。いつきてもいいように、しっかりと静養しておかないと。」
それだけは保証できた。
「そうだね。最近なんか疲れてるのが多いし。ドリッカーもなんか変だもの。」
そりょあそうでしょうね。久々に敗北したんだから。まあアイツにはいい薬なんじゃないの?内心でにやにやと笑いながら、愛はそう呟いた。珍しく感情がありありと表現されている・・・もっとも、胸中でというだけだが。
「ドリッカーは大丈夫なのかな。」
「ゴキブリ死んだってアイツは死なないって。」
ただし、精神が自壊することはあるだろうなと思う。あそこまでプライドが高くて繊細な奴は、マンガぐらいにしかでてこない・・・と、愛は思った。幼いころの経験からか、ドリッカーは常識外れに傷つきやすい「何か」をもっている。それが何かはまだわからない。しかし、出会って一年しかたってないのに、ここまで一人の人間を見ることが出来た自分は、人より少し観察眼が優れているのかも知れない。愛はこった首をほぐすために、伸ばしながら一回転させた。かなり、痛い。思いきりこっている証拠である。ここ数日間肩の力を抜いていなかったからだろう。
「というわけであたしは寝るわ。」
「え?」
「ここ数日疲れたのよ。いい加減寝ないとロールさんの二の舞。それじゃあやってけないしね。それじゃ、おやすみ。」
とりあえず、適当に場を抜け出す。丁度眠かったのが救いとなった。眠いのに気付きだすと、どんどんと瞼が重くなってくる。これが自覚症状という奴なのか・・・それとも違うのか、愛はつまらないことを考えながら、自分の部屋のドアを開け放してベッドへと潜り込んだ。すると、夢も見ぬうちにさっさと眠ってしまった。夕方のうちからである。
翌朝。すでに十二月。
愛はベッドの中で、久々に起きられないという感触に浸っていた。別に本当に起きられないわけではないが、起きようとする気がないのである。これまでは緊張感故に早めに起きてしまったり、寝たとしても時間がかかり、浅いということが続く。疲れなど取れる気配がしなかったものだが・・・・・・。今は疲れすぎて起きられない。だるい。寒くなってきたから、ベッドがものすごく気持ちいい。もうすでに起きる時間だが、愛はずっと「目がさえているのに全く起きようと言う気がしない」を楽しんでいた。
それに、考えなければならないこともある。
身体じゅうナノマシン・・・・・・しかもそれで攻撃可能ということは、自分の発展系なのではないか?つまり、自分がWULATYPE-00ということは、むこうはWULATYPE-00-2ということになる。一体誰がそんなものを作ったのだ?
機体の基本構成というか、そのスタンスは自分たちに似ている。だからライトが作ったとみるのが妥当なのだが・・・・・・それなら一体何故、あの機体を正式にWULAに登録しないのだろう。古くから作られているナノマシンなら自分の母親は知っているはずだ。つまり、アリアが何らかの形であれをナノマシン兵器にしたに違いない。mother 2は古くから存在しているものだし、かなり大型なものだ。そのまま頭脳のみを移植した・・・と考えるのが普通だな。少なくとも、ドリッカーがmother 2とやり合ったときの記憶を持っている。普通のプログラムなら、おいそれと手に入れられるものではない。シュミレーションで作り上げたとしても、そこまで鮮明なものは作れない。それに、いくらアリアの力でも、今現在のコンピューターシステムでそこまでの芸当は出来まい。
あの赤いモニターアイ。全てを破壊に導くような気がする。
はっきりとしてきた自分の意識の中で、愛は初めて自らに浮かんだ戦意を確認することが出来た。こんなに好戦的な自分をみるのは、初めてなような気がする。
起き上がって鏡で自分の姿を確認してみる。白い寝間着に身を包んだ、顔面蒼白の不健康な少女。輝きのない瞳からは、感情が感じられない。そして、肌に見合うかのような真っ白な頭髪・・・・・・。両腕には機械的なものがみられ、間接が動く度に、かすかではあるが機械音がする。そう・・・命を持つ機械。
「WULA TYPE-00。愛。それが私の名前。」
今思えば、母親の名はリーナだった。WULAのメンバーでライトとアイリスの子供達は、皆違う名なのに。何故自分の名は日本語で、しかもLOVEを表すものなのだろう。どこにも愛などありはしない。愛くるしい雰囲気など存在しない。それなのに、愛。
いつかその名に似合う人間になりたい。
幼い少女の心は、初めて希望と決意に燃えていた。こんなに暖かい自分は初めて。それに頬も紅潮していて、ようやく人間らしい。また一歩、愛は機械から生物へと進化していた。
ロックは自分が「何か」から疎外されているようで、不思議な気持ちになっていた。みんな疲れた感じでいるのに、自分だけが意気揚々なのも気になる。自分が何故そんな状態にあるのか、見当もつかなかった。いま、ロックの普段使われない腐った頭は、程度の低さあれフル稼動していた。
特に、昨日の愛の態度がおかしかった。どことなく目を宙にさまよわせていたし、喋り方も何となく変だ。何か隠しているに違いない。(でも何で?一体何があったんだろ。)
人の観察は得意だが、そこから考えをこらすのが不得意なのだ。
結局聞いてみるしかない。とロックは近くにいたロールに話しかけた。
「ねえ。昨日何で愛ちゃんあんなに変だったのか知ってる?」
「さあ。あたしも気になって聞いてみたんだけど、そこまでは教えてくれなかったわ。」
「どうしてちゃんと聞かないわけ?」
「・・・・・・あたし命令はいざ知らず、強制はやめたのよ。」
・・・・・・・・・ロックから言葉はでてこなかった。一度声を出そうと口を開くものの、でてくる言葉などない。自分が無力で小さな存在に見えたような気がする。口に出しようのない虚しさと、無力さがそこにあった。
ロックは、未だ十四歳の時と同じ子供だった。そこから一歩も進化しておらず、日々成長しているロールや愛。ドリッカーや綾に追いついていない。取り残されている。だから、誰も何も教えてくれない。そうなのではないか?ロックは小さな頭を振り絞って、それだけを絞り出した。
「ねえ・・・ロールちゃん。僕ってやっぱり子供なのかな?」
「え?」
「子供っぽいかな?僕って。」
その言葉の後に、ロールは微笑んだ。見透かされたような笑みだった。
「何が子供っぽくて、一体何が大人っぽいの?」
「え・・・・・・。」
「ほら、わからない。」
そして微笑みは、にこやかな笑みへと変化していく。ロックは何か恥ずかしくなって、顔を赤らめて俯いてしまった。
「ロックはね、私達の中でだれも持っていないものを持っているの。日々輝き続ける、絶えることのない希望と、そして笑顔。貴方が子供っぽいと言ったものは、全て形の違う、大人ですら全くもてない大人っぽさなのよ。」
「・・・・・・よくわかんないな。」
「ま、子供っぽいところをあげるとすれば、理解力がないことかしら。」
「ロ、ロールちゃん・・・ひどい。」
ロールは笑った。珍しく、声を出して笑った。ロックのこんな「大人っぽさ」おかげで、また何かが吹っ切れた。もっとも、面白いものを見せてもらったという感覚でしかなかったのかも知れないが。
ロックもつられておかしくなってきて、一緒に笑った。疲れていたものの、微笑ましい笑みだった。
「そんなこと気にしてないで。私の看病で疲れてるんでしょ?身体を休めておかないと、精神が壊れちゃうわよ。」
「そうだね・・・・・・。」
それでもたっぷり寝たから、もう一度床につく気にはなれない。ロックはひらめいたように、顔を一気に明るくした。
「ねえロールちゃん。久々にどっかでかけない?近場をぐるっと。」
「身体大丈夫?」
「うん。ちゃんと寝たから大丈夫だよ。」
ロールは少し視線を泳がせて、自分の予定と体調を考えた。
「よし。回復記念に散歩といこうか。汚くても、外の空気が吸いたいしね。」
「決まりだね!」
久々にロールと同じ時間を共有することが出来る。ロックは、感動と高揚間に浸っていた。純粋な子供としての喜びと、大きな感情を持った大人としての喜び。その二つともが彼の中にある。本人が気にしていないからこそ、その喜びは純粋なのだ。
わざわざ自分の行動に難しい理屈をつける必要がないからこそ、自分の行動に絶対の自信と、力を生み出すことが出来る。それこそが純粋な強さなのだ。誰もがもてない強さを持つことが出来る。大人になってその強さを持っているような人間は、そうはいないだろう。
ロックはその上で、精神的なものを力として引き出すことが出来る。故に戦闘では天下一級の腕を示す。ドリッカーはそれをわかっているこそ、彼を「強い」と言い張るのだ。そして、自分のもてないものを持っている弟をうらやんだ。いや、妬みですらあったのかもしれない。しかし、生まれつき鈍いロックは、それすらも知ることが出来なかったのだ。
そんなことはどうでもいいロックは、すぐさま自分の部屋に戻り、上機嫌で持ち物を整える(といっても、財布くらいだが)。そのままスキップにもなりそうな歩調で、階段を轟音を立てて降りる。まだぐっすりと寝込んでいたドリッカーがそれの影響でベッドから落ちたことを、彼は知らない。
そうして居間に鎮座していると、ドアの開く音がして、清楚な足音がロックに聞こえた。もちろんそこまで清楚な足音がする以上、思い浮かぶのはあの人しかいない。落ち着いていながら、それでもどこか嬉しそうな雰囲気を出している、ロールだ。
「お待たせ。いこうか。」
「うん。」
ロックは特にこだわった服装はしていないが、ロールは赤いセーターに黒いジーパン。さらに黒い厚めのロングコートを羽織っている。ブランドでも何でもないが、それが彼女なりの一張羅だった。もちろん、鈍いロックはそんなことには気付かないが。
家をでて、珍しくでている太陽に目を向ける。
なかなかに綺麗なものだった。太陽が綺麗だなんて感じたことは、今まで一度もないような気が、ロールにはした。
ロックが手を引いて駆け出す。ロールが軽く抗議の声をあげるが、ロックはお構いなしに引っ張っていった。
それを後ろから、綾がみていた。
幸せそうで、うらやましかった。それでも、自分はずっと笑顔だった。どんな表情をしたらいいのかがわからなかったのである。本人は自分の抱いている感情にすら気付きはしない。どんな人も、そう易々とこの感情を理解することは出来ないのだ。
視線を下に映したまま、綾はとぼとぼと家の中に戻った。何となく、空虚な感じがして、早く誰かに会いたかった。誰かといることが出来れば、寂しさと失望感をごまかすことが出来る。
「私は、どうしてここにいるんだろう・・・。」
今となって、哲学的でありながら、気付くのが遅すぎた疑問が口をついてでる。答えてくれるものなどありはしないのに。
しばらく走った後、息を切らして二人はバス停までたどり着いた。久しぶりの運動も、懐かしい疲労感がある。どっとした疲れが逆に嬉しさへと変わり、二人は見つめ合って微笑んだ。
「久しぶりだね・・・二人でいるのはさ。」
「ホント。何年ぶりかしらね。ま、たまにこんなのもいいんじゃない。」
控えめな言葉だが、ロールは内心とても嬉しかった。こうした空間を、未だに作り出すことが出来たのは、ロックの無邪気さのおかげだろう。
そこでタイミングよくバスが来る。丁度目的地行きのバスだ。他にバスを待っている人がおらず、そのまま勢いよく飛び乗って、整理券をとる。落とせば始発からの料金だ。うかつなロックでも、そんなバカなことはしない。一番後ろの長い席に乗る。何故かここにきて、バスがあるときは必ず後ろに乗るのだ。
「人が少ないね。平日だからかな?」
「・・・それでも少なすぎる気がするんだけど。」そしてあたりを見回す。「私達の他に二、三人しか乗ってないじゃない。それに、こんなに朝が早ければ、まだ通勤する人がいるはずよ。」
異常故にしばらく警戒してみたが、特になにもないようである。偶然という奴だ。
結局バスを降りるまでに、全く異常は起こらなかった。・・・・・・が、人一倍感性の強いロックは、降りた後に瞬時に響いた殺気に、一瞬だけ目を細めた。しかし、ロックはそのことはロールには言わなかった。彼女に迷惑をかけたくなかったのである。
感情が全身を支配する・・・。それに対しての嫌悪、恐れ。mother 2は自らの心を封じ込めるのに精一杯だった。ロック=ヴォルナットという今回の目標を、目の当たりにしたのだ。さすがナノマシンであるだけに、近くの何かに身体を似せて、変形するということぐらいは可能だ。
向こうはこちらに、感覚的でありながら気付いている。恐ろしく鋭敏な第六感を持つ男だった。眉を一瞬だけほそめ、あたりに威圧感をまき散らす。こうすることで、自分の力を知らしめている。恐ろしい相手だった。これだけ精神的な強さを持っていながら、傍目では無力な子供にしか見えない。あくまで、あたりにその強さを見せつけるのは、緊急の時だけだ。
目標は結局もう一人の女と共に歩き去っていった。人目がないことを確認すると、mother 2は光学迷彩で身を隠し、いち早くその場を離れた。予想していた子供とは全く違っていた。これだけの力を持っているものが、何故あのような弱い者の下にいるかがわからない。力の差は歴然のはずだ。
「どうやら・・・我々が相手にしようとしている者は、想像を絶する化け物らしいな。アリアでもここまでは予想していなかっただろう。」
控えめだが、これがmother 2なりの悪態のつき方だった。
ロックは、さっきあたりを一瞬だけ支配した殺気がないのを確認して、ようやくあたりに加えていた威圧感を解いた。
いない。消えたな。
「いなくなったみたいね。」
「え・・・?」
いきなりロールが口を開いたことで、ロックは凝固した。
「さっき一瞬殺気が支配したから、どこかに何かいるな・・・・・・と思ったけど、どうやら消えたみたいね・・・・・・・・・敵はまだそこら辺にいるみたい。これは英気養っとく必要があるわ。」
ほんの少し予想はしていたのだが・・・・・・やはりロールは気付いていたようだ。さすが自分と十五年間一緒にいた人物だけのことはある。自分の感覚は、ロールの感覚でもあるようだ。これだから、ロールについた嘘はすぐにばれてしまう。とはいうものの、大した嘘をつくわけでもないから、少し小突かれるだけだ。
しかし、今回の場合は黙りで通したかったが・・・・・・やはりそうもいかないらしい。ロックはげっそりと溜息をついた。
「あたしに嘘つこうなんて考えても無駄よ。ロックはすぐに顔にでるんだから。」
やはり本格的なポーカーフェイスの訓練をした方が良さそうだ・・・。
「気にしなさんな。嘘付けない清い仲ってのは、そうあるものじゃないわよ。」
それにもまた、一理あるような気がした。
「あ、そう。ふーん・・・・・・。」
mother 2の報告に、アリアは何やら面白そうに笑ってみせる。
「あの黒い若造とは比べ者にならん。あの子供・・・・・・常識外れの精神力の持ち主だ。」
「怖いの?」
「いや、試してみないと分からんが・・・・・・そもそも私は感情の設定があまり明確なものではないからな。」
アリアはますます面白そうに笑ってみせる。このような状況の時だけ、この策略家の表情は新しいおもちゃを買ってもらった子供に戻る。
「まあ、確かにあの子はすさまじい精神力を持っていると思うけどね。ドリッカー君は覚醒した理由が負の感情だったから。彼なら、覚醒するときは絶対正の感情ね。でも・・・勘違いしないでよ。あくまで、殺すのはそれに素質がないときの最終手段。覚醒が目的なんだから。」
「わかっているつもりだ。しかし・・・どうやったらあんな存在が作れるのだ?」
mother 2のただ一人の相棒は、少しだけ考え込んでにやりと笑って見せた。
「さあ?一つの存在が出来る理由なんて、きっと腐るほどあるんでしょうね。」
「何故そう簡単に割り切れる。」
「だあから、この世の中には私達みたいな機械には理解できないようなことが色々あるのよ。それをわざわざ気にかけてたら、人生つまんないじゃない。」
呆れたのか、それとも・・・・・・、mother 2はその後特に何も言わなかった。
「システム転送完了・・・・・・。ディスプレイ異常無し。・・・・・・・・・だめねー、今になって。」
「え?どうしてです?ディスプレイに異常はないんでしょう?」
「だあからあ・・・。異常はないんだけど、これじゃあダメ。処理速度がおっつかないもの。」
そんなことをいくら言われたところで、ちんぷんかんぷんだ。綾はただただ愛の言葉に首をひねる。コンピューターなど触れたことすらないから、システムだの、処理速度など言われたところで、右から左へ突き抜けていくだけだ。
「しかし姉さん。何故今ごろになって新しいコンピューターが必要になるんです?今まで使っていたものではいけないのですか?」
「・・・思いっきり壊れたのよ。前に、正体不明の戦闘機を捕捉したときにね。そこから一気にデータからメモリまでおじゃんってわけ。」
・・・わからないらしい。
「つまり壊れたんですね。」
「それさえわかれば十分なのかもね。やっぱりロールさんに作ってもらうしかないかなあ・・・。あの人なら私の三倍はいい性能の機体が作れるはずだし・・・・・・。」
近くにあったソファにジャンプで飛び込む。ばふっと言う音を立てて、自分が飛び跳ねる。ぶつけた所には麻痺させたような変な感覚が走り、次第に自分が現実にいることに気がつく。大きな刺激を受けたとき、起きたすぐ後などは、自分が現実にいるということすら気がつかないことがある。何か刺激があったとき、すぐに気がつくのだ。愛はその刺激を受けた。自分が今おかれている状況、そして敵の目的、手段。それに気がつくことが出来た。しかし、それを打開する方法が自分にはない。いくらかやることがあるかと思い、こうして少しだけ動いてみたものの、結局は自分が動かないことが最良の策だということに気がつく。自分がこんなに小さい。頭の中でわかっているはずだと言うのに、自分はそれを認めまい認めまいとあがく。所詮、人は損得勘定や理性では割り切れないものがあるのだ。
とある気象庁の観測所。その内部は今荒れに荒れていた。
「一体何だというんだ!この時期に台風だと?」
「太平洋上を、毎時四キロのスピードで北上中。中心内の風速は100メートルです!一体こんな台風がどうやって作れるって言うんですか!?絶対にシステムの故障ですよ!!」
「自己診断プログラムが常時走ってるんだ!異常のままで進むはずがないだろう!」
「でも・・・ここ最近風が強いと思わないか?」
「そんな・・・・・・そんなバカなことがあってたまるか!いくら温暖化現象でも、そんな超大型台風が出来るのはこのまま進んでいって、後数百年は先の話じゃないのかよ!しかも今までと全く違う海流上の、それも冬にだぞ!どう考えたって、科学的にこんなバカな台風が出来るわけがない!!」
毎日がこうした議論の繰り返しである。気象庁の方では公表を迫っているものの、政府が動こうとしないのが現状だ。公表したりすれば日本中が大混乱に陥る。政府というのはそういう組織であるが故に、思い切った行動が出来ない。システムの故障ならいいところだが、本当の所どうなっているのか確かめようにも、もしそこに台風があるのだとしたら飛行機やヘリではバラバラ、船にいたっては沈没がいいところだ。人工衛生で撮影しようとしてみたが、何故か発信源特定不可能の強力な電波妨害がはしりまわっている。まず間違いなく映像の転送は不可能。毎日の天気予報すらままならない状況だ。市民には動揺が走っているが、それだけでは住まない。同じような状況が、アメリカを含むその他の国でも起こっている。原因は不明。
「ちっくしょう・・・。世界では一体何が起こってるってんだ!!」
一人の観測員の言葉も、また苦し紛れにもならないものでしかなかった。
「・・・・・・何よこれ。どうしてエマージェンシーがでているわけ?」
行きなりに警告が響くものだから、愛はびっくりして飛び起きた。
「・・・・・・・・・場所は・・・太平洋洋上!?んなとこと私と何の関係があるってのよ!!え・・・・・・・・・。」
ナノマシンの報告に、愛は動けなくなった。
「エデン・・・・・・・・・。神による災害!?どういうことよ。私のナノマシンのシステムがいかれたっての?」
そこでいきなり扉がバンと開き、何かが階段を転げ落ちてくる。
「愛!今何か変な感じがしなかったか?」
這いずり回りながらでてきた男は、真っ黒な衣に身を包んだドリッカーだった。
「ドリッカー!あんたエデンについて何か知らない?」
「エデン?聞いたことないが。」
やはりだ。そんなものの存在は聞いたことがない。エホバなら知っているが・・・・・・第一あれは破壊されているし、第一何年も後の話だ。一体どうなっているのだろう。それの存在が自分たちに何をもたらすかはわからない。しかし、敵であることに間違いはない。自分のナノマシンが異常な状態でなければ・・・。
「・・・・・・そもそも、あんたの変な感じってのは何?」
「あくまで感覚的なものだ。そこまでは・・・・・・。」
ドリッカーが口をつぐんだとき、さらにドアの開く音がした。二階の方からではない。玄関だ。
「ドリッカー!」
「突然だけどただいま。ちょっと変な感じがしてね。」
ロックとロールだった。
「同じ・・・か。」
「一体・・・・・・?」
さらに綾がとたとたとたと階段を降りてくる。けして焦ってはいないが、彼女の表情もまた、険しくなっている。
「皆さん、今変な感覚がしませんでした?」
「愛ちゃんとドリッカーも?」
「ああ。」
「私の方はちゃんとしたエマージェンシーよ。しかもそれに対する名前まで、ナノマシンは教えてくれたわ。」
その場にいた全員が、端と息を飲んだ。
「この中に・・・誰かエデンって名前を聞いたことがある?」
「え?」
「何よそれ。」
「エデン・・・。」
「俺はさっき言ったとおりだが。」
全員、全くもって知らない。自分が知らないものの名前がでてくるわけがないのに・・・・・・。やはりナノマシンのシステムがいかれたか。それにしても、こうも明確な名前が知らされてくるなど、ただ事ではない。
自分たちの体の中を通り抜けていった、焦燥感にも似た不吉な感情。一瞬にして周りを警戒しなければならなくなり、その余裕と希望を全て奪っていく・・・。言うなれば、重い戒めの感情・・・・・・。明らかに敵を表すその全てが、彼等の頭を痛めた。
「mother 2の、アリアの他に俺達の敵がいるとでも言うのか?奴等はそんなことは全然・・・・・・。」
「ちょっと待ってよ。あんた今回の敵に会ってるんじゃないでしょうね。」
ロールがいきなりジト目になったのをみて、ドリッカーは硬直した。このままでは言わなかったことをロールとロックと綾に咎められるばかりか、口を滑らせたとして愛に殺される。いくら切羽詰まっていたとはいえ、このようなへまを犯すとは・・・。
「ドリッカー。一体、これはどういうこと?」
ロックが苦しそうに声を絞り出す。
「隠しきれるかな・・・・・・と思ってたんだけどね。」
溜息を一つついて、愛は自分から切り出した。ドリッカーにまかせるつもりは、元々ないらしい。
「つい数日前、あたしとドリッカーが街を歩いてると、いきなりビルから鉄骨がふってきた。原因を調べるためにそのビルに乗り込んだあたし達は、そこでアリアに出会ったのよ。アリアだけじゃない。mother 2って無茶苦茶な機械がいたわ。ドリッカーはそいつに太刀打ちできなかった。彼等はこう言ったのよ。目的は、兄さんを覚醒させることだってね。」
「ロックを!?それに覚醒って・・・・・・。」
ドリッカーが、そのロールの声ですぐに枯れ木のような黒い翼を出した。すさまじい威圧感が全員を支配する。
「これだ。これを持つことが出来るのは、覚醒した人間だけ・・・・・・。」
「そう、つまり彼等の目的は私達を抹消することじゃない。私達に強くなってもらいたいだけなのよ。手段は恐ろしいくらいにえげつないけどね。」
「じゃあ・・・・・・。そのエデンというのも?」
ロックがそういうと、愛は目線を下に落とし、少し考えた仕草をする。
「違う・・・と思うわ。彼等にあったのはむしろ暖かみで、あんな邪気はなかったもの。絶対におかしいわよ。」
ドリッカーがそうだとでも言うように、視線を宙に泳がせる。素直に頷くことが出来ないのは、彼がアリアやmother 2を憎んでいるから。実際邪気・・・というか、悪意は感じられない。しかし、いくら悪意がなかろうと何だろうと、その画策のおかげでドリッカーは心に癒しようのない傷を作ることになってしまったのだ。それは、許せない。
今でもおもちゃをいじめっ子に取り上げられた子供のような顔で、それらを拒み続けるドリッカー。しかし彼の失ったものはそれほどにまで大きかった。兄と慕った存在。父親。溺愛していた妹。一つ失うだけでも気が狂いそうになるものを、彼は耐えた。それが自分の生きる意味だと考えたから。
そう考えると、そのエデンという存在は一体・・・・・・。
現実という空間の中で、自分たちの知らない存在が、想像もつかない何かをやらかしている・・・・・・。気分のいいものではない。それでも彼等は、そのうちにそれらを知ることになる。もっとも、本当に何年も何年も後の話だが。
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