NINE  DO YOU BIRIEVE ME?
 
 江戸城跡周辺。そこはけして人口密度が少ないわけではない。だが、そこに人間は存在していなかった。人気はなく、林立するビル街には明かりがない。先程までマスコミがたかり、野次馬がたくさんいたはずだが、それらが乗っていたどの車も、もぬけの空だった。そこはすでに、毎日騒音の絶えない大都市ではなく、模型のみが存在する、「戦場」なのだ。
 雪が降り出している。
 これで光学迷彩をかける必要がなくなる。・・・が、すっきりするものではない。ここが東京ではないような気が、四人を襲った。あたりにmother 2はいない。もしかしたら、雲の上に存在するのかも知れない。
 たまりかねたドリッカーが、口を開いた。
「出てこい!臆したか!!」
「・・・・・・あいかわらずせっかちだな。君はその不安定な精神を何とかしないことには、けして強くはなれない。いや。君の抱く正義に、すでに強さは存在しないのだ。君は負の感情で構成されている。ゼロといったかな・・・君の兄は方法を誤った。故に君は弱くなるしかなかったのだ。悲劇を持って覚醒された兵器は、負の感情しか抱けない。」
「・・・俺達は理論を説明されにきたわけではない。ロックを覚醒させるため、そして現在の状況を打開するためにここに来たんだ。つまらないことを気にしている前に、まずその姿を見せてみろ!」
 上空から、雲を吹き飛ばしながら機械が降りてくる。人間を遥かに越えた細い身体。それはすでに犠体と呼べるものである。そして一番特徴的な、顔全体に渡る赤いモニターアイ・・・・・・。あたりを埋め尽くす、何本もの触手。それは、悪魔の降臨を表していた。
「・・・・・・これが。」
「敵・・・。」
 ロックと綾の二人が、相次いで言葉を漏らす。その威圧感。すべてが常識を逸していた。
「ロック君・・・来てもらおう。」
 言われて少し退いたものの、ロックは覚悟を決めて目を瞑る。次の瞬間、キッとmother

2を睨み付け、ゆっくりと頷いた。
「わかった。」
 ロックがスラスターを駆使して、上空へと昇っていく。
「気をつけて!」
 綾が叫ぶ。しかし、ロックは振り向かなかった。彼は怒りをたぎらせていた。ドリッカーをあそこまで苦しめ、何の罪もない三人の自衛隊員を殺し、ロールを精神的にも身体的にも傷つけた。絶対に、許せない。だけど殺さない。殺せば全くやっていることは同じではないか。僕がやろうとしていることは、けして復讐ではなく、この計画をやめさせるためだ。いくら人を覚醒させるためとはいえ、そのために他の人を巻き込んでいいという保証はない。それは間違っている行為なのだ。
「君達もそれだけではつまらないだろう。特別な場所を用意しておく。ぞんぶんに戦ってくれ賜え。」
 愛はそれだけを聞いて、敵の存在を感知した。数百・・・。常識外れの数字だが戦えないわけではない。跡はその種類だが・・・。
「ドリッカー。ここから皇居の方に向かってくれる?多分その先にリーバードの大群がいるはずだから。あたしは綾と一緒にこのまま下に降りるわ。」
「そっちが2でこっちが1か。なんか不公平じゃないか?」
「あんたならそれくらい何とかなるじゃない。」
 そこでドリッカーは大きく溜息をついた。
「数は?」
「300。」
 その瞬間、ドリッカーと綾が絶句した。
「おいおい・・・それは2カ所併せての話だろ。」
「違うわ。本来もっとあるけど、2カ所合わせたら650くらいよ。50数が少ない分、あんたの方がちょっとはましでしょ。」
 ・・・・・・データ的に少ないと言うだけである。だが、それを敢えて口に出すと言うことはドリッカーには出来なかった。すぐにスラスターで皇居の向こうに飛んでいく。その直後、愛も綾を引き連れて下へと降りた。
 雲の平原が続いていた。その上に今自分は立っている。浮いているのではない。ただ、力無くそこに立っている。何故立てるのかはわからない。それはきっと何かが介入してきているから。それだけはわかった。
「何を不満そうな顔をしているのかな?」
「どうして僕はここに立っていられるんだ?」
 待っていましたと言わんばかりに、その場にアイリスが現れる。もっとも、ロックはアイリスという女性を初めてみたので、誰なのか全くわからない。その女性の方を見ながら、警戒しながらも興味深そうにしていた。
「初めまして、ロック。」
「・・・貴方は?」
「私はアイリス。貴方は知らないでしょうが、観測者という職に就いています。」
 思いきり上面だけの説明をしてくれる。どうやら特に小難しいことを言うつもりはないらしい。
「私はあなた方が安心して戦えるように、この雲の平原に少し細工をさせていただきました。」
「それがこの立てる雲のこと?」
「そうです。」
 どうやら、ただ者じゃあないらしい。それだけはわかる。やりたいからという理由だけで雲に細工が出来るほど、世の中は甘くはない。しかし、この女の人はそれを行うことが出来る。自分たちを越えた強大な力を持つ、一人の存在。敵に回したくはない。しかし、とりあえずはいい人らしい。今は戦いの場を作り上げてくれただけなのだから。
「ロック。話はあなた達が戦いを終えた後にしましょう。この戦いはそれだけ重要なのです。私達は行動を誤ってしまった。あのエデンを怒らせてしまったのです。今の状況を打開するため、そして目的を果たすため、今、あなた方に再度戦いを挑みます。いかな手段を用いても構いません。貴方は目の前にいるこの機械を、倒せばいいのです。」
「それが覚醒に関係してくるということ?」
「そうです。」
 ゆっくりとアイリスは頷いた。
 あったこともない人物のはずなのに、この女性は何故か懐かしい。今の自分の中で何かがこの人を求めている。・・・・・・そう。受けることのなかった、母親の愛。優しさと強さに包まれる、この暖かな感じ・・・・・・。
「あなた方は私を気にしないで、この場で戦って下さい。それでは、私は他に声をかける必要がありますので・・・。」
 そう言い残すと、アイリスは音もなく消えた。これも彼女の能力なのだろうか?と疑問に思ったが、それを気にする暇はすでにない。今は、目の前の気持ち悪い機械人形を何とかするときだ。
「アイリスも困った奴だ。口調は異なるが、本当にアリアに似ている。」
「僕はその人のことを知らないんだけどな。」
「気にするな。君も生き残ることが出来れば知ることが出来る。」
「つまり、今あなたと戦って生き残ることが出来なければ、意味がないと。」
「そういうことだな。」
 その言葉が終わると共に、ロックの光刃の光が唸る。それに備えたかのように、mother

2も触手に力を込める。
「最後にもう一つ。覚醒は戦わなくては出来ないの?」
「・・・・・・悲しい現実だが、そうだ。」
「・・・始めよう。」
 すさまじい速度で近づいた2機の兵器は、閃光をちらつかせながらぶつかりあった。
 来てみれば、そこは一面、見慣れたレトロ調の機械で埋め尽くされていた。
「・・・雑魚が一杯・・・か。」
 こんな奴等と会話を交わす気は毛頭ないので、上からグラビティブラストを浴びせかける。それでも、数は十分の一も減らない。
 ドリッカーはほんの遊び心から、覚醒された力を使って白兵でこれを切り抜けることにした。口元が急速に緩んでいく。
 ドリッカーが降り立った後には、その周り五十メートルのリーバードは全て吹き飛んでいた。
 「最悪ね・・・こんだけの数一体いつ作るのかしら。」
「でも姉さん。これはナノマシンで作られているので、そんなに大変なことではないのではないでしょうか?」
「・・・一まとまり形成するだけで一日。それも大体十や二十そこらなのよ。一体どれだけ時間かければあんな大量に・・・。」
 愛は素早い動作で、三つほどあるガトリングガンのロックをはずしていく。
「行くわよ綾。死ぬなんて冗談話にしてね!」
「もとより、承知しています!!」
 綾が風刃を抜いて、回転しながら敵の真ん中へと突っ込んでいく。愛はそれに続くような形で向かいながら、ガトリングガンを乱射する。二、三発で吹っ飛んでいく様は、何となく罪悪感が耐えないものだが、愛は機械を壊し馴れているので、一気に上空から叩けばいい。綾は風のシールドに包まれているので、ロケット弾でもなければ、そのシールドは突破できない。
 すぐにガトリングガンを肩の上にかつぎ、左手にビームサーバーを出現させる。そうすれば接近戦にも対応できる。腕に数だけ武器がでる=二つ武器がでるのだが、威力の大きすぎるものは体力の問題で作れず、せいぜいがそのくらいだ。
「綾・・・あたしが死んでも、貴方は生きなきゃいけないのよ。忘れないでね・・・。」
 愛の呟きは、遠くの地面をホバーしながら敵を鎌鼬で切り裂いている、綾には聞こえない。それを把握しているから、愛は今憂いた顔をすることが出来る。すぐにそれを引き締め、愛はほとんど落下するよりも早く、戦場へと降り立つ。
「さあ!死にたい奴からかかってきなさい!!」
 無感情だが、力強い叫び。相手の人型戦闘機は、動じる風でもなく愛の所に突っ込んでくる。が、正面から突っ込んで来たので、無論のことガトリングガンで吹き飛ばした。向こうの二十ミリバルカンも、こんな所では特に役に立たない。第一戦闘機並のでかい図体がひしめき合っているのだ。幾つもの兵器が突っ込んでくるなど、動きにくさを確認するだけだ。そのほとんどが、成す術もなくガトリングガンで吹き飛んでいく。
 攻撃は守りよりも難しいというのはほんとうね・・・と、愛は思った。
 しかし、ここで相手に同情して攻撃を叩き込まれようなものなら、ばかばかしいにも程がある。今自分がいる状況を忘れては、本当に残忍になることは出来ない。ガトリングガンの斉射をやめ、突っ込んでくる戦闘機を一気にサーバーで切り払う。この方が、何となく自分の心にけじめをつけられるかと思ったからだ。爆発音の中で自分が赤く染まる。見慣れている風景のはずが、今はとても場違いに思える。一年間の空白が、自分の心に何か別のものが作り出されている気がするのだ。
 そしてガトリングガンは、いつものバスターへと変貌する。まだ爆炎で自分が隠れて、敵はやってこない。そのあいだに、一気にチャージする。(私は私・・・それ以外に何にもなれない。だから、私でいる。そして今私は戦っている。自分という存在を確認するため、そして誰かを守るため。守るものは日々変貌して行くけど、これだけはきっと変わらない。私は私を守る。それは、きっと必要なものだから。)
 愛が回転しながら放ったバスターは、光となってあたりの戦闘機を吹き飛ばす。彼女の心は、その一発と共に大きく晴れ上がった。(後は綾・・・あなたよ。)
 自分が風で走り抜けると、それだけであたりの機械は吹き飛んでいく。鎌鼬が生まれているらしいが、自分はそれを知らない。自分が自分の知らない力を制御し、何かを傷つけていく。考えたこともなかった。一体自分のやっていることがどんなもので、何に関係してくるものなのか。
 でもそんなことを考えていても仕方がない。迷いは人の感覚を鈍らせ、油断としてつけ込まれる。それをなんとか避けるために、自分は意識を集中していなければならない。
 今まで大人びてませているように考えられていたのだが、自分はそれを全く違うと思う。実際自分は子供のようになにも考えてはない。自分が何で、何のためにここにいるのか、何故このような力を持っているのか、何故、こんな状況に陥っているのか・・・。機械を吹き飛ばすことにも何も感じることもできず、人の話があまり理解できない。
 敢えて言うなれば、言語学習機ではしっかりした喋り方は学習できても、人と一緒にいることで生まれる経験が全く得られないということになる。
 目の前で機械が吹き飛んでいるのに、自分はそれに何も感じることが出来ない・・・。綾はそれが悲しくて、悔しくて、どうしようもなくなってきた。一瞬、目を瞑ってしまう。
 気がついたときには後の祭りで、綾は思いきり目の前の戦闘機に直撃していた。
「くっ・・・。」
 慌ててスラスターをふかして空へと逃げる。いくら風刃を使う綾でも、何十分も空に浮かんでいることは出来ない。それに、向こうは飛べる。文句無しに飛べる。はっきり言って陸の上ならいざ知らず、空では完全に不利だ。
「どうすれば・・・・・・。」
 今自分は危機的状況にある。口からは焦ったような言葉がでてくる。しかし、自分の心の中では、冷めた自分が一人いて、「だから何?」といっている。綾は急に吐き気がしてきて、自分で自分の肩を抱えた。
 
 「あああああっ!!」
 いつもみたいにへらへら戦っているわけではない。力もちゃんと入れているし、スラスターだってほぼ全開だ。
 なのに--(何で当たらないんだ!?)
 さっきからロックは常識はずれのスピードで光刃を叩き込んでいる。普通の何かならすでに何十等分かされているのだろう。しかし・・・その全ては空を切っている。いままでロックは自分の前に立ちはだかるものを、嫌々ながらも問答無用で切り伏せてきた。今回もmother 2に少し傷をつけて、戦意を喪失させてやろうなどと甘いことを考えていた。だがmother 2のスピードはロックを上回っている。振り下ろす刃とそれとの間は5メートル。見切っているということを示しているというより、ロックのスピードが遅いということを協調するような避け方だ。
「鍵となれるものの力はこれだけか!?光よ、お前はまだ本気を出していない。私はお前の必死さを全く感じとれない。本当の感情を叩き込まねば、覚醒することは絶対に不可能だぞ!」
 確かにそうかも知れない。自分は確かに力の上では本気を出している。しかし、心はそうはいわない。無感情にならなければ、自分は戦えない。それは何故か。
 自分は戦いを嫌っている。それを無益だと否定し、それに感情を込めないことで戦うつらさから逃げていた。そう・・・戦いは必然。それに心がついてこない。
「・・・・・・・・・出来ない!」
「何故だ?戦っていながら、何故それに心を込めることが出来ない?」
「わからない・・・だけど怖いんだ!自分にそんな感情がいってしまうことが怖くて仕方がないんだ。もし感情が入ってしまったら、僕は戦いに溺れてしまうかも知れない。喜んで人を殺すようになるのかも知れない。殺される人の心がわからなくなるかも知れない。それに・・・。」
 ロックは耐えられなくなって俯いた。
「僕と共に戦う人が、死んでしまうかも知れない。その人が死んだら、その人を愛している人が苦しむ。僕だって悲しむことになる。それに、僕が死ねば悲しむ人がいる。そんな人たちの苦しみを振り切ってまで戦うことは、僕には出来ない!!」
「それは甘えだな。ならば戦わなければいい。周りだけを気にして、自分を捨て去って生きればいいではないか。私はお前に失望した。今すぐ、そのナノマシン兵器を捨てて去るがいい。人の幸せが自分の幸せ。それはいい。しかし、自分の悲しみは人の悲しみ・・・それははっきり言うが間違っている。何故戦いをそこまで消極的に考える?自分が死に、共に戦うものが死ぬことを、何故そこまで恐れる?死ななければよいだけの話だ。それに、戦いは必ずしも殺すために存在するものではない。一つのけじめをつけるために存在するものだ。このような戦い方がいやなら、お前の方から方法を提示してくればいい。お前が覚醒することが出来るほどに感情を入れ込むことが出来、なおかつ人として、生物としての道徳を知るものであれば、私はいくらでも協力しよう。しかしお前にそれは不可能だろう?まだお前は子供だ。物事の何にどんな意味があり、どのような道徳が存在するのか、全く知るまい。だから私はお前のために、状況を作り出してやったのだ。それが嫌だとだだをこねるなら、即刻、この場を去るがいい!!」
 子供を諭す大人のような言葉だった。切り捨てるように、だけど、それでいて何か暖かみのある言葉・・・。ロックは今になってようやく、自分がただ「甘えて」いただけなのに気付くことが出来た。むしろ自分はこの戦いに感謝するべきだった。自分の中にある消極的なものを、色々な屁理屈をつけてごまかしていた。そして、自分でそれを気付けなかった。だから諭された。
「・・・・・・光刃。」
 今までより一層大きな青い刃が、光刃にともされる。今、一つだけロックは成長した。大事なのは逃げてその人を悲しませないことではなく、立ち向かってその人に暖かみを与えることなのだ・・・と。
 それがわかった時、ほんの一瞬だけ、彼の背中に淡い光が見えた。
「戦いはけしてただ間違っているものではないのだ。光と闇が存在する今の世界で、戦わずして決着をつけることなど、不可能なのだからな・・・。」
「おしゃべりはここまでにしておこうよ。今は・・・・・・。」
 そして、その刃を両手に握り直す。
「戦いの時間だ!」
「承知。」
 きりがない・・・というわけではない。後三十分ほど戦うことが出来ればここの奴等を一掃することくらいは可能だろう。しかし、彼が心配しているのは愛と綾の方だ。ここ最近、どちらの精神もあまりいい状態とは言えなかった。綾は特に顔面蒼白だったし・・・・・・。
 だから早く支援に行ってやらなければならない。しかし、
「ったくなんでこんなにごちゃごちゃいやがるんだ!」
 頭に来ているドリッカーは、口調が全く元に戻ってしまっていた。ジュノとの戦いの時や、十四くらいの時の口調に。もう少し制御できるようになっていたはずだが。
 気付いたときには、中型のリーバードが背後から大挙して攻めかかる。それを膝をばねにしたジャンプでなんとかかわすと、重刃の刃で思いきり横に薙払った。そうやって切り落とされた残骸の向こうから、待機していた大型リーバードが火炎を浴びせかけてくる。スラスターを全開にして上空へ逃れ、今日何十発目かになる特大のグラビティブラストを放つ。
「うざってえ・・・どいつもこいつも・・・・・・。」
 即座に腕をバスターに変えて、溜めることもせずに乱射する。
 いくらか煙がでた後に、少し荒くなった息を整える。その間わずか5秒。
「愛・・・綾・・・ロック!死ぬんじゃねえぞ!!」
 そう叫びながら、ドリッカーは再び乱戦状態に返り咲いた。
 暗い部屋の中で、ロールは枕を抱え込んでいる。さっきから冷蔵庫の音や、外の車の音が聞こえるだけで、それ以外は本当に静かだ。
 いつも、一人で待っていた。戦いの時 --
 自分は後方で指示をすることしかできず、さらに今ではそれを見ることすら出来ない。無力な自分を見ることが出来るのは、人間が鏡というものを作り上げたからなのかも知れない。青ざめた自分の顔が、小さく映っている。
「ロック・・・早く帰ってきてよ。」
 涙が自分の心を埋め尽くした。
「何もできないなんて、そんなのないよ・・・。」
 悲痛な叫びは、自分の中の自分にしか届かない。そして誰もそれを知ろうとはしない。ロールの悲しみの渦は、消えることは絶対にない。
 数が減ることでそれは自由に動き始めた。
 今までと違う動きをし始める。
 愛はこのあいだの戦いで、それが一機しかいなかったことにちょっとでも幸せを憶えていた。
「・・・・・・!!」
 何とか2機を撃ち払ったかと思うと、後ろから何機にも別れてバルカンを放つ。バク転でそれをかわしたときには、後ろから待ちかまえたように撃ってくる。
 読まれている・・・?
 愛はさっきからそれを感じ始めている。戦いの時間が過ぎていくのに応じて、そのプログラムは成長しているようだ。よくよく観察してみると、さっきと全然姿が違う。その形状まで可変させることが出来るようだ。
 自己成長することが出来る人工知性体・・・。
「新型のリーバード・・・。」
 信じられなかった。いくら数がたくさんあるからといって負けるつもりはなかった。そう、この機会集団に翻弄されてしまっているらしい。
 --認めたくない--感情が全身を支配して、自分のナノマシンを無理に大規模なグラビティブラストへと変貌させる。そしてそれを発射した後には、左手は傷だらけで動かなくなっていた。
「チッ・・・。」
 舌打ちをして、左手をあげようとすると、激痛が走ると共に大出血した。
「あっ!」
 ・・・・・・さらにばかばかしくなってきた。叫び声などあげたのも初めてである。しばらく経てばナノマシンが修復してくれるはずなのだが。少なくとも数十分は全く動かないだろう。・・・さらに行動が制限される。
 ふと、自分の頭の中に自分が死ぬ可能性というものが思い浮かんだ。(死ぬ・・・。死ぬ・・・・・・?私が?何故?これに殺されるの?私は・・・死ぬ・・・?)
「姉さん!」
 風が巻き上がって、周りの機械が全て吹き飛んだ。
「大丈夫ですか!?血が・・・・・・。」
「・・・気にしないで。それより、気を抜いたら死ぬわよ。この連中・・・。なるべく体力を使わないようにして、ドリッカーが支援に来るのを待つ方がいいわね。クッ・・・ちょっと辛いかな・・・。私の場合は暴発よ。気にしないで。」
 自分の左腕を見てみると、動脈が切れているのか綺麗な赤色の液体が流れ落ちる。でもこれで死ぬことはない。そのうちに動脈にあるナノマシンが血管を遮断し、さらに故障箇所を急速冷凍するはずだ。そうなってしまえば腕は動かせなくなるが、血管が流れなくてもいいので血液の流出は防げる。細胞への栄養と酸素の供給は、ナノマシンがやってくれるはずだ・・・。つまりナノマシンがなければすぐに死ぬ。特に愛の場合はナノブレードという強化型のナノマシンなので、よけいに安心できる。
 急に愛は胸が苦しくなった。病んでいるわけでもないのに胸は愛を締め付ける。
「どうしたんですか・・・?」
「・・・苦しい。」
 耐えられなくなって目を瞑ると、真っ暗なはずの視界を一つの存在が埋め尽くしていた。ぼんやりしてわからなくり、愛はすぐに目を開けると、胸の苦しみも治まっていた。
「・・・治った。」
「・・・・・・よくわかりませんね。病気ですか?」
「違うわ・・・もっと他の・・・・・・、あ、来るわよ!」
 すでにその残骸を押しのけて、機械が赤い目を光らせる。
「アイツらには学習能力があるのよ。これ以上成長させないように、なるべくパターン通りの動きを見せてね。」
「わかっています・・・姉さん。」
「何?」
 この状況の中で、綾は笑った。
「来てくれますよ。ドリッカーさん。」
 
 それからの戦いは実に淡々としたものだった。相手から逃げるのを主とし、出来るだけ攻撃をしない。綾の能力で出来るだけ空に逃げる・・・。それを繰り返していた。
「・・・おかしいですね。この方達、どんどん形状が・・・。」
「人間みたいになっていく。それも、見慣れた感じの・・・・・・。」
 元々ヒューマノイドタイプだったこともあるのか、どんどん滑らかに、どんどんしなやかな形へと変貌していく。身長もなんだか人間らしくなり・・・・・・。・・・・・・むしろ愛と綾の形になっていく。
「・・・・・・これは・・・。」
「まさか。」
 自然と愛と綾の動きが止まる。それにあわせてそれらの動きも止まった。
「私達に・・・。」
「似ている。」
 数十秒後、その姿は完璧に愛と綾になった。
「・・・・・・そんなのってあり?」
「あります。あなた達がその姿と戦い方を見せてくれたのですから。」
 綾の形状をした一つが答えた。
「本物は負傷中。偽物が完璧な状態・・・皮肉なものよね。」
「私達の性格までコピーしたの?」
 愛の形をしたものがうっすらと笑った。何体もいるので少し気持ちが悪い。
「私達をただの可変戦闘機とでも考えてたの?まあそれはないでしょうね。私達はmother

2に作られた、ナノマシン兵器の一種類。自分がより強くなるための学習機能を持ってるの。今回はあなた達が一番強かったから、それに形状と機能を似せたわけ。」
「あなた達はさっきから辛そうに喋っていたので、その喋り方まで憶えてしまいました。すいません。」
 その言葉に愛はせせら笑う。
「そんな単なるコピー装置なんなら、あたし達の性格までコピーしたんでしょ?この戦いをやめてくれるってわけには行かないの?」
「悲しいけど私達はその一番の使命をやめるわけにはいかないの。あなた達を・・・殺すという使命をね。」
「問答無用というわけですね・・・・・・。」
 コピー全員が一斉に構える。
「そういうことよ。」
「さいってーね・・・あんた達。」
「何とでも言って。」
 すぐに全員が行動を開始する。流麗な動きに、繰り出される攻撃・・・その全てが現実ではなく、夢なのだとしたら、彼等はどれだけ楽に戦うことが出来るのだろう。自分たちの置かれている状況が戦争だからこそ、人類はその感情を全て解き放つ。それと同時に、自らの力を知る・・・・・・。覚醒のねらいはこの一点にある。しかし、今彼女たちは覚醒することは出来ない。
 愛はその左手をかばいながら、必死で自分のコピーから逃げている。本体には劣るものの、その性能差を着実に埋めていることもあるが、何せ数が多い。相当リスクのあるものだ。空を飛ぶかのように数人の愛が飛びかかる。レッグスラスターで後ろへ逃げれば、その後ろにも数人の愛がいる・・・。
 自分が自分でないような気がしてくる
 愛は攻撃をかわしているうちに、自らの感覚がなくなっているのを感じた。必死な形相は消え果て、心の中の自分が冷徹に戦う自分を見つめ続ける。
 いつもだ。戦いとはいつもこんなものだ。なのに、今日は見つめられている自分が、見つめている自分に文句を言っている。
「そんな顔してないで、あんたも一緒に戦ったらどうなのよ!」と。だがそれももう一人の自分には届かない。そしてそんな二人の自分を見つめる、無表情な自分がたくさんいる。たくさん、たくさん、たくさん・・・。
 急に吐き気が全身を遅い、愛はその場にうずくまった。何故かはわからない。でもこの吐き気は、逃げようと言う意志よりも遥かに強く自分にのしかかってきた。
「もうだめ・・・。みんなで私を見ないで・・・・・・。バカにしたような目で見ないで!!」
「違う。そうやって自分をバカにしているのはあなた自身。」
「あなたを冷徹に見ているのはあなた自身。」
「あなたが嫌っているのはあなた自身。」
「あなたが逃げようとしているのはあなた自身。」
「あなたが・・・。」
「あなたが・・・。」
「あなたが・・・。」
 何人もいる自分のコピーはためらうことなく自分に話しかけてくる。
「やめて!聞きたくない・・・。そんな現実は知りたくない。そんな真実は知らない。私は私・・・どうして自分で自分を否定しなければならないのよ!」
「いやなんでしょ?戦うのが。戦いに感情を込められない。」
「戦いというものを、冷めた視点でしか見ることが出来ない。」
「そもそもあなたは、機械的な戦い方と、戦争とはよほど呼べない戦いしか知らない。」
「戦争で何よりも怖いのは、自分が自分を信じることが出来なくなること。」
「周りからの刺激に耐えられずに自壊してしまうこと。」
「自分を消してしまうこと。」
「自分を嫌いになってしまうこと。」
「逃げようとすること。」
「死のうと思うこと。」
「自分を忘れること。」
「仲間を信じられないこと。」
「仲間を気遣えないこと。」
「戦場にある、自分の力と正義を、信じることが出来ないこと・・・・・・。」
 いつのまにか、愛の周りを、コピーが何重にもとりまいていた。
「自分を信じられないから、人類は神の存在を信じるの。」
「相手を理解できないから、自分で想像して理解したふりをするの。」
「何もかもを否定しながら、心の中では自分以外の何かから与えられる何かを待つ。」
「だから神に勝てない。貴方はヒトじゃない。貴方はもう・・・人間。」
「姉さん!その人達の話に耳を傾けてはいけません!その人達は、私達の恐れを引き出そうとしてるのです!自分で押し込めているもの全てを、自分という形を持って引き出そうとするんです!」
 うずくまっている愛の横に、綾がおり立った。
「逃げてはいけないんですか?現実と向き合うことが本当に自分で正しいと思えることなんですか?あなた達はけして自分を知ることが出来ないんです。知らないなら、知らないでいいじゃないですか!何がいけないんですか?信じることが出来ないなら、信じられるように努力すればいいじゃないですか!あなた達こそ、誰かから扇動してもらうことを何よりも喜ぶ、神を信じてる存在なのではないのですか!自分の中にある感覚を、誰かに似せて押しつけるのは、やめて下さい!!」
 その瞬間、無数の砲弾が綾を襲った。
 しかし、それが綾に当たることはなかった。
「姉・・・さん。」
「貴方の・・・言葉を聞いたとき・・・から、吐き気が・・なくなった・・・・・・。有り難う・・・・・・私を置いていっても構わない。貴方だけは生き延びて!!」
「出来ません!・・・・・・。」
 だが、綾はそれ以上自分の言いたかったことを言うことは出来なかった。強力な矛盾。自分の中にある、自分の感情を否定する言葉・・・。
 自分は造られた存在なのだ。嘘の感情で塗り固められた、人間と同素材で造られた機械・・・本当の感情を知らない欺瞞に満ちた存在・・・・・・。そんな自分が、一体、何に対して何を諭すことが出来るのだろう・・・。
 綾は、持っていた風刃を取り落とした。
 呆然と立ち尽くす自分に向かって、複数の自分が襲いかかる。
 吹き飛ばされ、堅い地面へとたたきつけられる。そしてその自分を堅い風の刃が切りつけてくる。不意に、自分の表面を血液が走り抜ける。赤く染まった自分の視界を自分が見つめている。涙を流しながら・・・。(ああ・・・可哀想って・・・・・・。)
 もう一人の冷たい自分を、綾は撫でた。(こんなに、暖かい感情だったんだ・・・・・・。)
 綾の首は、もう一人の綾の手によって切り放された。たった八年の生涯が、簡単に幕を閉じた。
「ねえ。」
 綾を殺した綾は、自分が切り放した首を拾い上げて、抱きしめた。
「私達は、何故ここにいるの?」
「知らないわ。mother 2の御意志だから・・・。」
「でも・・・本当にこんなことをしていいのかな?」
 それは永久に連なる自問自答だ。しかし、答えてくれるはずの「本当」の自分は、すでにこの世にはいない。
「・・・。」
 誰も・・・・・・誰も答えられなかった。
 そこにあった綾の人形達と、愛の人形達。
 全て還っていった。何もないところへと。
 暗闇の中に一人、本当の愛が、存在した。
「綾・・・。」
 目を開けた瞬間、すさまじい光景が自分の中になだれ込んできた。四散する幾人もの自分、綾。さらに・・・一つだけぽつんと、赤い肉塊があった。
 ・・・・・・。ゆっくりと立ち上がり、その肉塊へと語りかける。
「何で死んでるの・・・?生きなさいっていったじゃない。自分を見捨ててもい言っていったじゃない。私をこの世界に引き戻したのはあなたじゃない。・・・・・・答えてよ。」
 自分が声を押し殺して嗚咽するのがわかる。
「どうして勝手に死んでるのよ。一言ぐらい断っていきなさいよ。勝ち逃げのつもりなの・・・?それなら絶対に許さない。私はあんたをただの肉の塊だとしか思わない・・・・・・。」
 側にある赤く染まった風刃を、愛は拾い上げる。
「・・・。」(姉さん。)
 いきなり自分呼ぶ声がしたので、愛はあたりを見回してみる。だが・・・これはどうやら風刃の中に綾の意志が残っているのが直感的にわかった。(先に私は行きます。身勝手ですけど、私はこれでいいと思います。新しい生を迎えるため、不完全だった自分の精神を、元に戻すために。
 私は自分を信じることが出来ませんでした。誰かを信じることもできませんでした。なのに私はそんな態度をとることが出来た。それは私を学習させてくれた、機械のおかげでしょう。だけど私は、知っているのに知らないというこの矛盾が嫌で嫌で仕方がなかったのです。
 この戦いで私はそれに気付いたのです。追いつめられ、精神を搾り取られて、ようやくそれを知ることが出来ました。私は私になるために無へと還ります。そして、どんな障害があったとしてもこの生の世界へと戻ってきます。死は・・・けしてただの終わりではないのですから。)
 それきり・・・声はしなくなった。
 風刃は愛の手を離れ、幾つもの光球になり・・・消えた。
「・・・・・・。」
 ナノマシンが、消えた。
 それは綾の命が完全に消え去ったことを表す。
 愛の狂ったような叫び声が、あたりに響きわたった。
 「これでぇ・・・ラストォ!」
 ドリッカーの放ったバスターが、遂に最後のリーバードを吹き飛ばした。残骸が音を立てて下に落ちる。
「・・・ったく手間とらせやがって・・・。」
 背中に輝く黒い翼が、ぶうんと音を立てて消えた。
 あたりには自分以外の何者も存在しない。あるのはつまらない機械の残骸のみ。300にも渡るリーバードの群は、全て無へと還ったことになる。
「愛・・・綾・・・。」
 ロックの方は心配はないだろう。それに自分が介入してしまっては、覚醒させられるものも覚醒させることは出来ない。
 そう思案にくれているところに、鼻をつく臭いがあった。鉄が錆びたような臭い・・・・・・これは・・・血の臭いか!
「まさか・・・!愛!!」
 再びその黒い翼を広げ、信じられないようなスピードで地を滑り出した。
「ただ血が流れただけでこんなにも鼻をつく臭いがでるわけがねえ・・・。どちらか・・・それとも二人ともが死んだのか・・・・・・!なんてこった!」
 ホバーリングではない。スラスターを横向きにして飛んでいるのだ。故に常識外れのスピードがでる。
 しばらく走ったところで、幾つもの愛と綾が見えてくる。しかも・・・全てが四散していた。
「何だ・・・?」
 しかも四散している全ての愛と綾からは、血液が流れ出ていない。・・・人間ではなさそうだ。
 そしてさらに、そこにうずくまっている愛がいた。左手が変な風に曲がって、全く動かなくなっていた。その側に・・・肉塊と化した綾の姿があった。
「・・・・・・。勝ったのか?」
 愛は返事をしなかった。ただうずくまって、声を押し殺して泣いているだけだ。
「お前しか生き延びることは出来なかったのか。」
「・・・・・・・・・ドリッカー?」
「綾は死んだのか?」
「見れば・・・わかるでしょ。」
 確かにその通りだが、それでいてもただそれだけでいる気にはならない。
「・・・そうか。」
「悲しくないの?」
「悲しくないと思うか?」
 ドリッカーは、初めて涙に瞳を濡らせてこっちを見る愛を見た。その状態に、ドリッカーはどうしようもない切なさを憶えた。愛に歩み寄ると、その身体をゆっくりと抱擁する。
「私・・・信じられなかった。自分の周りにいる自分に追いつめられて、自分が信じられなくなったときに、綾が助けてくれた。だけどあの子は動けなかった。自分が造物であることに一つのコンプレックスを抱いていたの。私はそれに気付かなかった。追いつめられているあの子に、何もしてあげることが出来なかった・・・。」
 答えることは、出来ない。
「今でも信じられない。あの子が死んだってことを・・・。でもあの子・・・・・・消えた後に風刃を通じて伝えたのよ。自分は無へと還って、生物になって戻って来るって・・・!」
「もういいんだ!」
 震えの止まらない愛の身体を、ドリッカーは深く抱きしめた。
「死んだ人間は戻っては来ない・・・。それでここまでの自分を後悔しても、何にもならないだろう!」
「あなたには守れるものを守れなかったという敗北感はあるの!?目の前で誰かが死ぬところを見たことがあるの!?」
「あるさ!俺の父親は死に、ゼロは俺自身が吹き飛ばした!そして、俺が必死に守ろうとした妹も、結局目の前で殺されたんだ!・・・・・・お前はそんなことで自分を責めるのか!?目の前で仲間を死なせているのは、お前だけじゃねえんだよ!」
 ドリッカーの脳裏を、撃ち殺されるローズの顔が過ぎった。
 そう・・・確かな死を見てきたからこそ、その死にたいして言えることがある。
「・・・ゴメン。頭に血が昇ってた・・・・・・。」
「愛・・・。お前は俺とは違って、毎日を戦いに明け暮れてきた。でもお前の戦いは、単純なものだったんだ。心が入る戦いをお前は知らなかった。それだけの話じゃないか。俺は14でそれを経験した。お前は11だ。精神が不安定なことは言うまでもねえ。」
 そうして愛の頭を一撫でする。
「もう少し肩の力を抜いたらどうだ・・・。お前はまだ子供だ。綾が消えた今、お前が俺達の中では一番小さい。だがお前は俺達と対等に生きよう、対等に話をして、対等な立場にいようとしてきた。だが、お前が俺達と対等でいることはけして出来ない。戦いの経験がないからだ。」
「ドリッカー。」
 急に愛が子供の甘えるような声を出した。
「子供でいていいのかな・・・。」
「当たり前だろう?俺だってそうだったんだ。」
 次の瞬間、愛が声をあげて泣き始めた。
 悲痛な叫びがあたりに響きわたる。
 ドリッカーはそんな愛の身体を、いつまでも抱き続けた。
 
 
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