4.波打ち際の茶番
「海だねえ・・・。」
「海っすねー先輩。」
「学校はようやく夏休みになったからってバイトした金だして海にきてみれば・・・。」
「人間ばっかですねえ・・・。」
「海だぞ!海!俺はこんなところには雄大な自然と、素晴らしい空気があると信じていたんだ!親は一度も俺を海に連れていかず、友達が俺に海の自慢をするのに耐え、大学に入学して、ようやくバイトもできて、金貯めてあこがれの海にきてみたってのに・・・。」
「俺も海にはきたことなかったし・・・。すいませんね先輩。ここが海です。」
ここは千葉県(はっきり言っておくが、作者と千葉県はなんら関係はない)のとある海岸である。そこに、少し老けた長髪の男と、ひょろりとした童顔の男が並んでたってビーチを見ている。二人は埼玉県生まれで、親が貧乏のため生まれてから一度も海に行ったことがなく、泳いだことすら満足にない。まして、長髪の男の方は自然が大好きなのだ。それでこの海の現状を見てみれば、まあ落胆するにも納得がいく。
「なあ川崎。俺は海って言うと、青く透き通ってて、魚がいっぱいいて、昔めいた漁船がでてるもんだと思ってたのに。」
「それって沖縄の海じゃないんすか?先輩。いくらなんでも、そこまで理想は持ちませんよ。」
「・・・・・・。じゃあお前はどう思っていたんだ?」
「俺ですか?ちょっと緑色で・・・、それで鴎が優雅に飛んでて・・・、静かな白い砂浜があるもんだと思ってました。」
「お前のも別の意味で理想が過ぎると思うぞ。いくらなんでも人ぐらいはいるもんだ。」
そう言い終えた後、二人は辺りをぐるーりと見回してみせる。
どこを見回しても、人、人、人・・・。海岸というものが、人というもので埋め尽くされている。まして今は八月初頭・・・、人が来る最盛期の頃だ。
「どうします?先輩。俺達一泊分の宿泊費しか持ってきてませんし、まして騒いで何カ月も前からかなり高いホテルとってましたから・・・。少なくとも、満足に飯も食えませんよ。この辺りの定食屋にでも、行きますか?」
「・・・。」
「先輩。先パーイ。」
何度呼びかけても、先輩は答えない。
「先輩・・・今度はもっと金貯めて、一週間くらいかけて沖縄の海にでも行きましょうよ。こんなところにいつまでもいたって、夢が壊れていくだけです。」
「わぁってるよ・・・。でも、もう少し海を見ていたいじゃないか。せっかく高い金だしてやってきたんだ。もうちょっと見ていようぜ。」
「冷たいものでも買ってきますよ。それにしても俺達、何となく虚しいですね。普通ならこんなところで女の子でもつれてるんでしょうけど・・・。俺達、男二人っすからねー。」
そう言っても先輩は答えなかったので、川崎は溜息と共に走り出した。
冷たいジュースを持って帰ってきても、遠い目をしている先輩に全く変わりはない。
「先輩・・・。」
何となく悲しそうな感じの先輩を見て、川崎は泣きそうになってしまった。涙のたまった目を拭いて、先輩の頬に冷たいジュースを押しつける。
「先輩、人生これからですって。今悲観することないですよ。」
「・・・・・・。なんだぁ?あれ・・・・・・。」
「え?」
先輩がのろのろと指さした先には、何やら青年が棒を持って剣術のように振り回しているのが見て取れた。まるで舞を舞っているかのように美しく素早いその動きは、人間技とは思えない。
「すごいですね。専門的にやっている人なのかなぁ。」
「ここまできたついでだ。近くで見せてもらおう。」
その青年は、この暑いのにTシャツの上にブラウスを羽織り、ジーンズをはいている。何となく、変な感じだ。
近づいてくる自分達に気付いたのか、汗を拭って日陰にはいる。
「こんにちはー。暑いですね。」
先輩がさりげなく話しかける。
「ええホントに。僕は夏だとか冬だとかいう気候にはなれてないもんで。」
そう言って子供のような屈託のない笑みを浮かべてみせる。
「今・・・何か不思議な剣術を。」
「ああ・・・暇つぶしですよ。することもないし、せっかく海にきたって言うのに、こんなに人が多いんじゃあ・・・。」
どうやら、この青年も自分達と同じ状況らしい。何となく親近感を憶えた。
興味深そうにこっちを見回した青年が、出し抜けに口を開く。
「兄弟で旅行ですか?」
「まさか。単に大学の先輩と後輩で。海を見たくてきたんですが、人が多くて失望したところですよ。」
「へえ・・・じゃあ僕と同じですね。初めて海にきたんですけど、これじゃプールですよ。」
整った顔立ちと、少し灼けたしっかりとした肌。三十近いと言った感じだろうか。それでも、何となく若さは失われていない。
「先程の剣術は・・・どこかの流派にでも?」
「いえ・・・流派と言えるほど大きなものでもないんですがね、親に教えてもらっていたんですよ。今は自分の趣味でやっていますが、何の役にもたちません。仕事の合間を縫って汗を流しているだけです。」
「それにしちゃあかなり極められたものですね。他流試合とかは?」
「しませんよ。元々ルールのある剣術じゃないんです。スポーツチャンバラ的な感じですね。近くの子供達にも教えてるんですが、みんな楽しそうですよ。ルールがないし、痛くないからって。」
「へえ・・・俺もチャンバラは昔よくやりましたが、出来れば少し教えてくれませんか?」
「ええ。いいですよ。今道具を持ってきます。」
そう言って青年は立ち上がり、自分の車らしきところまで走っていった。
「先輩・・・。かなうはずありませんよ。見たでしょう?あのすごい動き。」
「だからそれを教えてもらうんだろうが。もし少しでも憶えられたら、護身術に使えるかもしれんぞ。」
「あ、なるほど。」
しばらくして、青年が戻ってきた。手にはしっかりとスポーツチャンバラ用のものを三本もっている。
「あ、俺のぶんも持ってくれたんですか。有り難うございます。」
「いいえ。遊びはみんなでわいわいやった方がいいですよ。」
そういって、次々に手渡す。
「ルールはないんですけど、やっぱり危ないので顔は叩かない方がいいですね。後は何をしても構いません。存分にかかってきて下さい。」
三人で同等に間合いを広げていく。状況は二対一。こっちに有利である。しかし、それで勝てるかどうかは不明確だが。
「やっ!」
とりあえず先輩が不利かぶって上から切り込んでいくが、青年はそれをぱっと横に払い、そのまま回転して胴を叩く。
「大きく振りかぶると、威力は高いんですけど、そのぶん胴ががら空きになります。踏み込みにかなりの自信がない限り、やめた方がいいですね。」
そう言ってにっこりと笑ってみせる。
「てえい!」
今度は川崎が、横に払うかのように不格好に切りつけていく。それを棒でぱしっと受けとめて一気に払い飛ばし、思いきり踏み込むと、胴をぴたっとさした。
「ちょっと遠慮していますね。もう少し、勢いよく踏み込めば、当たったかもしれません。剣術の基本としては、踏み込みと切り返しに自信がない限り、むやみには踏み込まない。相手の攻撃を受けとめるのではなく、その力をそらして相手に隙を作るんです。そして的確な判断でとどめを刺す。冷静になれば、少し判断力も上がるんじゃないでしょうか。なれれば、感覚で出来るようになりますよ。」
そして、数時間後。
二人は疲れはてて座り込んでしまった。
「さすが・・・。ものすごく強いですね。」
「ま、長い間やっていれば誰でもそれくらいにはなりますよ。あなた達だって、普通の人じゃかなわないくらい強くなったと思います。」
慰められているような気もしたが、まあ悪い意味ではない。
空は日が沈み始めているところだった。
「じゃあ、俺達はもうホテルの方に帰ります。何時間もこんなへたくそにつきあってもらっちゃって、すいませんでした。」
「いいえ。楽しかったですよ、とっても。」
そのまま道具を返して、二人は海を後にした。
二人の去る姿を見送った後、青年は溜息をついてその場に座り込んでしまう。
「いつか・・・ヒトを助けるために使う剣術って言うけど・・・。実際、こんなに遊べるんだから人に教えてもいいと思うんだけどなあ。」
そこで、いきなり砂を蹴る音が聞こえたので、青年は不審な気がして辺りを警戒した。すると、近くから童顔の青年が歩いてくる。ほとんど子供にしか見えないようなあどけない表情を浮かべて、こっちに近づいてくるところだ。
「すごい剣術ですね。」
にぱっと笑ってそんなことをいってくる。どうやら、悪い人間ではなさそうだ。
「ええまあ・・・。」
「・・・一つ僕と勝負してくれないかなーなんて思ったんですけど。」
よく見てみると、日本人ではないような感じだ。なんとなく、それとは違う雰囲気がある。しかし、見るなりに勝負してくれとは・・・なにか流派を修めているものなのだろうか。
「何かやってるんですか?」
「え?別にやってませんよ。独学です。それで、あなたが何かすごい剣術を使っていたんで、興味を持ったんです。」
どうやら純粋に興味本位のようだ。今時、独学で剣術をするような人間がいるはずがない。口から出たでまかせだろう。
「いいですよ。」
そう言って道具を渡す。
「あ、こんなんじゃなくて。そこら辺に適当な棒が二本あるでしょう?それでやりましょうよ。」
何という無謀な人間なのだろう。もしこれで当たれば、けがをすることは必至。それでも少年は笑みを絶やさない・・・。どうやら、本当に出来る人間らしい。
「後悔しませんね。」
「願い下げですよ。」
二人とも適当な長さの棒をとって、それぞれ構える。青年は棒を前に持ってきて、それを介してものを見るように、少年は右肩を前に出して、下に棒を持っている。
一瞬の動きで、二人は間合いを詰める。青年が繰り出した一撃を、少年はいとも簡単に受けとめ、そして・・・。
「ちょっと・・・遅いかな。」
手首を返して、手に一撃を入れた。別に痛くはない。だが、彼にその気があり、持っている剣が本物なら、腕を切られている可能性も充分にあるということだ。
信じられなかった。これでもかなり剣術には自信を持っている方である。なのに、少年は手首の動きを巧に利用した細やかな動きで、自分に一当て入れてきたのである。この貧弱そうな少年の、どこに手首だけで相手の一撃を支える筋力があるというのだろうか。
「もうちょっと動きがコンパクトになるといいかもしれませんね。場数を踏めば、僕なんかよりいくらでも強くなれますよ。」
「君、名前は・・・。」
その少年は、その言葉に嬉しそうに笑ってみせる。
「僕はロック。ロック=ヴォルナット。それじゃ。」
そう言って少年は去っていった。いきなりのことで、青年も呆然と見送ることしかできなかった。
「あ、ロック。どこ行ってたのよ。」
「ちょっと遊びに行ってたんだよ。」
ロールが憤慨しながらそう言うので、ロックはたははと笑ってみせる。
「でもダメね・・・。東京の海は人間が来るところじゃないけど、この海は人がきすぎてるわ。」
「そーだなあ・・・。せっかく旅行する気だったのに、これじゃあ人混みをただ見ているだけだったな。家でのんびりしている方がよかったのかもしれねえな。」
ドリッカーと愛も、呆れたように呟いた。
「ロック・・・お前、さっき棒で誰かとやりあってたろう。」
「あれ?ばれちゃった?」
「当たり前だ。愛はかなり前から気付いていたがな・・・。それにしても、お前の相手をしていた人間、ありゃ一体何者だ?お前のスピードについていってたぜ。」
「ぜえんぜん。なんか遊んでたから、ちょっかい出してみただけだよ。僕ってちょっと鬼畜かな。」
・・・その場にいた三人が、呆れたようにロックを凝視してみせる。
「単に遊んでるだけなんじゃないの?」
「悪ふざけでしょ。」
「趣味わりいぞ。」
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