トップ > SF > トリのために > 第12稿「曖昧な世界」


俺たちは2-6号室にいた。
闇は消えていた。
闇の奥底にいた時と二人の距離は同じままだった。

ラボは俺に、にっこりと笑い顔を見せた。
闇の奥底での話に区切りをつけるかのように。
闇の中にそれをしまってしまうかのように。


第12稿>「曖昧な世界」


俺たちは訪問を進めていた。

秋の空は高く、夜は長い。
涼しかった。
月の光が全てを白く照らしている。
雲は静かに宙で眠っている。
上空の風にゆっくりと流されながら。

その夜、俺は眠れなかった。
そっと部屋を抜け出した。

最近の生活は、あまりに奇妙なものだった。
一人で外に出て、マンションを見上げると妙な気持ちになる。
マンションの付属公園に佇んでいると、物思いに耽り込んでしまう。

「俺はいったい何をやっているんだろう」
滑り台。
ブランコ。
鉄棒。
ジャングルジム。
そして何も出来ない俺。
「何もやってはいないんだ、俺は流されているだけの」
「あの空の雲と一緒か」

この不可解なマンション。
曖昧な世界。
それが俺のある場所。
俺のいる意味はあるのか?
俺に何が出来る?
こんな体の俺が。
俺は気づいた。

「俺、俺、俺だ」

意味なんか求めていなかったのに、あれから。
あの日から。

今の俺は、こだわりだしている。
意味を求めだしている。
自分にこだわることになんて興味は無かった。
そのはずだったのに。

「ラボか」
「姉さん」
「甘えだしている」
「失敗」
「俺は何をしてあげられるだろう」

「お前は何もしなくていいのさ」
それは、叔父の声だった。
叔父が滑り台の上に立っていた。

「叔父さん。どうしてここに!?」
「連絡も通じなかったのに」

「お前に伝えたい事があって来た」
何の重苦しさもない、自然な喋り方だ。

叔父の年は、さほど俺と変わらない。
25、6歳ぐらいだろうか。
叔父は学校の先生をしていたらしい。
見た目で言えば、そんな風にはとても見えない。
まるで何処かの役者のようなスタイルと顔立ち。
ラフに見えるその格好にも、お金がかかっていそうだ。気品がある。
今は、何をやっているんだ?
俺は知らない、叔父のこと。
助手がいたり、マンションを持っていたり。
この謎のマンションを。

「叔父さん!俺はたくさん聞きたい事が」
「叔父さんは知ってるんですか?今、俺が...

「まあな」
叔父は月を見ながら言った。
「しかし、俺から話してやれることは、あまり無い」
「全ては自分自身で理解しなければ意味がない」
「人に与えられた答えというのは、その与えた人の答えであって、自分の答えではないのだよ」

「はっきり言えば、お前には、その答えを見つけ出す力はない」
「まだ今はな」
「まだ今は『待つときだ』」
「俺はそれを伝えに来た」

「お前が生き急がないように」

「生き急ぐ...
叔父は何を言っているんだ?

「これからは、毎日0時にマンションの屋上で悪魔を待て」
「3分間だ」
「これは絶対だ」
「お前があのマンションに住む限り」

訳がわからない。
悪魔ってなんだ?

叔父がマルボロに火をつけた。
そして、その煙を肺に染み込ませるとそっけなく言った。
「それとも、あのマンションには住みたくないか?」
「訪問も続けたくないか?」
「今ならまだ引き返すことも出来る」

そんなわけはない。
俺は、叔父に決意のまなざしを向けていた。
確かに困惑はしている。

しかし、俺は意味を求めだしていた。
ラボ。
俺は存在することを求めだしている。
曖昧なこの世界から。


第1章>完


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